ディアナと合流して、状況を説明する。
先ほどの感触だと、ディアナを連れていかなくても取引的には問題なさそうではあるが、一応ディアナを見せたほうがインパクトがあって良いかな? いや、向こうはすでに交渉に応じているんだし、必要ない手札を更に切る必要はないか。
今回はディアナは待機だな。
そして、そのまま少し離れたところにある岩塩屋へ向かった。
「こんにちは~」
「おお、エルフ様の連れの兄ちゃんか。もう塩なくなったのか?」
ディアナを連れて歩いていることが多いんで、最近はエルフ様連れてる(連れられてる)兄ちゃんという認識がエリシェ市民に広がりつつあるらしい。
みんなエルフ好きすぎだろ。
「いえ、今日は別件でして。前に少しもらったアレ、まだあります?」
岩塩屋は、そのままの意味で、塩と岩塩を売っている店だ。
塩が無料に近いこの国では、商材としては微妙なところ。ただ岩塩に関しては、塩湖跡からなんぼでも掘れる普通の塩と違い、いちおう採掘しなきゃならないってことで値段が付くようだ。まあ、コブシ大の塊で3エルとか5エルとかの小遣い級の価格だけどね……。
さて、その岩塩屋ではなにを売ってるかというと……そりゃあ岩塩なわけだが――、食用以外に使う塩をメインで扱っている。
もちろん食べる塩も売っているわけだが、それ以外には――。
岩塩ブロック。赤やピンク色の可愛い岩塩のブロック。きれいな長方形に切り出しており、レンガのように建材に使ったり、インテリアとして使うとイケてる。
岩塩キャンドル。岩塩を中空に彫ってあり、中にロウソクを立てて照明にすると、淡い光が拡がってイケてる。
岩塩バスソルト。飴玉サイズに砕いた岩塩を浴槽に入れて入浴すると、冷え性改善、お肌もツルツル、マイナスイオン効果で気分もリフレッシュできてイケてる。
岩塩タイル。同一サイズに切り出した岩塩をタイルにすれば、シャレオツ空間の演出に一役買ってイケてる。
岩塩ソーサー。岩塩で作った各種皿。塩が自然に溶け出すから、調味料いらずで美味しく焼肉とか食べられてイケてる。
岩塩サウナ施工。岩塩ブロックやタイルを使ってサウナを施工してくれる。遠赤外線効果で、身も心もリフレッシュできて超イケてる。が、高い。いずれ俺も屋敷に作りたい。
あとは普通に馬用の岩塩や、岩塩用のおろし金なんかを販売している塩の専門店といったところ。ちゃんとした路面店で、わりと繁盛しているようだ。
俺もこの岩塩屋で馬用の岩塩塊や、屋敷や実家で使う塩を購入している。
日本で買ったら良い値段する天然塩がタダ同然で手に入るんだから、普通に買うのがバカらしいくらいだ。
俺のお目当ては、前に買い物に来た時に見せてもらった物だ。
この店では食用岩塩としては真っ白い物だけを販売しており、色付きは馬用か、飾り、風呂用などの用途で使われる。
しかし、それらの用途のどれにも使えないものがあり、扱いに困っているということで、前に見せてもらっていたのだ。
その時は、不要ということで少しだけもらって帰り、屋敷で使わせてもらったのだが――。
「あれをか? あんなのがまだ欲しいなんて変わったやつだな」
大量に欲しいと申し出ると、店主は眼を白黒させた。なにせ、無価値と断じて店の裏に積んであるような物だからなぁ。
岩塩屋の店主は、弟子と共に岩塩を掘りに出かけ、山盛り持ち帰ってくるゴリマッチョ。魔獣が出てもツルハシでジャストミートして、その場で岩塩プレート焼肉しちゃう剛の物である。
だから、商品は潤沢にあり、わざわざ変な物を売ったりするほど、困窮はしていない。
例の品も今回使う分くらいは余裕であるというので、必要数手に入れた。
「それで、これ――自由に使って構いませんね?」
「そんなもん、どう使おうが構わんぞ。その代わり、食ってどうにかなっても俺は責任は取れんし、取らんからな」
「問題ありません。ありがとうございます」
◇◆◆◆◇
「いやぁ、すみませんおまたせしました」
岩塩屋で貰った品を、また別の店で買った麻の巾着袋に丁寧に収め、それを100個ほど用意した。
ディアナは結局連れてきていない。
ディアナは印籠だ。使いドコロは選ばねばならぬ。変なもんを見せる必要もないしな。
あ、変なもんってのは、このダブル詐欺と、インチキ業者のことね。
「お、おお。遅かったな。エルフ様は……いないのか?」
「ええ、ワタシも探したのですが、日のある内に出立したのか見当たりませんで……。とりあえず、商品だけは持って参りましたが、信用ならないのであれば、今回は諦めざるを得ませんが……」
「モノを見せてくれ」
「はい、それはもう。ちょうど里から届いたばかりの一品ですよ」
麻の巾着袋を紐解き、うやうやしい動作でブツを取り出す。
「ん、なんだこりゃ!? 黒い……岩塩か?」
「はい。エルフの聖地『ヒマラヤ山』で採れる黒い岩塩でございます」
そう。不吉な色だからってんで売り物にならず、岩塩屋の裏に打ち捨てられていた……ね。黒色のイメージが悪いのは、こっちもあっちも世界共通認識なんだなぁ。
ちなみに「ヒマラヤ山」の由来は当然、地球のヒマラヤ山。
岩塩屋であの黒い岩塩見た時から思ってたんだが、昔うちの姉ちゃんが通販で買った「ヒマラヤのブラックソルト」って商品と似ていた……ってか同じものだったからね。実際に食べても同じようなもん……てか塩の味の違いなんかわからんけども。
「確かにこんな色の塩は見たことがねぇな……。塩っていえば、白かせいぜい赤みが差したっくれえのもんだと、相場が決まってる」
「はい。ワタシもはじめ見た時は驚いたものです」
「……エルフの里で採れる貴重な塩か……」
「そちらのエルフ様が編んだレースと釣り合いがとれるかはわかりませんけれど、こちらの品も貴重な物だと自負しております。さて、今ちょうど100個持ってまいりましたがどうなさいますか?」
「そうだな……」
そうだな……じゃねぇよ。すでに交渉自体は成立してるはずなのに、いちいち悩む素振りを見せるインチキ業者。まあ、俺も譲歩するつもりもないし、交換に応じないならディアナと憲兵呼んできて公開処刑にするだけだけどな。
「よし、しょうがねえ、交換してやるか!」
しょうがねえじゃないよ。
「ありがとうございます。それではこれと交換ということで……。それで、いちおうですが、この商品はエリシェではワタシが独占販売している品ですので、エリシェでは販売しないようにお願いしますね」
「おう、わかってるわかってる」
そうして交渉は成立した。
インチキ業者は、手早く店を片付けると、ほくそ笑みながらエリシェから撤退していった。なかなか行動力があって結構なことだ。
顔面をいやらしくホコロばせながら「マリシェーラまで行くか……、いや一度帝都に戻って貴族に売り込んだほうがいいか……。へへへ、こんな田舎まで営業に来なきゃならんとは、俺も焼きが回ったと思ったもんだがな……。運が向いてきたぜぇ……」とか呟いてるのが、まる聞こえだけどな。
本人にしてみれば、まさにヒョウタンからコマといったところなんだろう。今まではインチキ屋だったけど、今回できたパイプを使って、恒久的に「本物」で儲けられるとか考えているのかもしれない。
俺はといえば、無事にレースを大量に手に入れることができ、さっそく店に戻って検品検品。
作りはそれほど細かいものではないが、レースを機械で編むような技術はまだないだろうし、当然手編みだろう。色はすべて白かベージュで(日光による紫外線焼けしてるだけかもしれない)、素材は麻。
レースなんてカーテンぐらいにしか縁がないから、良し悪しがよくわからん……。そもそもポリエステルのカーテンはレースだけどレースじゃないだろうし……。素材だって麻じゃなくてポリエステルだし……。
ま、余ったのはネットオークションで1円で出しちゃえばいいか。
適正価格にはなるだろ、多分。どうせタダで手に入れたもんだから、どうでもいいぜ。
「あら? レースじゃない。どうしたのそんなにいろいろ」
午後にレベッカさんが遊びに来て、検品しているのを興味深げに覗きこんできた。
レベッカさんは、エリシェに用があって来たときにはだいたい寄ってくれる。その後閉店時間まで遊んで、いっしょに帰るのがいつものパターンだ。
今日も、いつものように買い物ついでの寄り道のようだ。
俺が手に入れたレースに興味しんしんの模様。あんがい良いものだったりして……?
「ちょっとヒョンなことから手に入れまして。レベッカさん欲しいですか? よかったら、いくらか譲りますけど」
「ん? くれるの? そうねー、……じゃあ、ハンカチ一枚ちょうだい」
ハンカチか。ハンカチなら何枚持っててもいいもんだしな。
そういえば欧米では、鼻をススルのは最低のマナー違反。だが、ポケットティッシュは普及してないということで、みんなハンカチにズビズバやるらしい。そんでそのズビズバやったハンカチは当然使用後もポケットに収納し、何度でも使うとか……。
わー、エンガチョー、日本人の感覚だと最もついてけない習慣の一つだね!
「では、えっとこれだけあるんで好きなのをどうぞ。みんな微妙に違う絵柄だけど、これなんかは細工が多少凝ってますね。なんか何回か使ったら解けてボロボロになりそうな気配ですけど」
「うん。ジローが選んでくれれば、どれでもいいわよー」
「じゃあ実用的ぽい、これがいいっすかね。あんま凝ったデザインのは、実用性いまいちって感じですし」
縁に軽い装飾が入ってるだけの無難なハンカチを渡す。
「はい、受け取りました。フフ、ありがと」
妙に嬉しそうに受け取り、ハンカチを胸に抱くようにするレベッカさん。
こんなもんで喜んでもらえるなら、いくらでもってところだ。レベッカさんには本当に世話になってるしね。
……インチキ業者から手に入れた品ってのが微妙ではあるけども。でも、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いじゃあるまいし、物には罪はないぜ。
「でもレースなんていまどき良く見つけてきたわね。エリシェは貴族が少ないから珍しいわ」
レベッカさんが言う。
珍しい……か。確かにそうかもしれない。俺も蚤の市だの市場だの、けっこういろいろ見て回ってるけど、レースはほとんど見た記憶がない。
「じゃあ、実はけっこう価値のあるものだったりするんですか……?」
でも……それならインチキ業者が、いちいちエルフの里なんていう下駄を履かせて売る必要ないしな……。
珍しいけど価値がない……ってことなのか? 変なナゾナゾみたくなってきたな。
「価値があるというか、あったというか。帝都の貴族の間では贅沢品ってことで流行った時期があったみたい。私が子供のころには廃れてきてたけどねー。ほら、こういう飾りレースあるじゃない。当時としては、袖とか襟にそれを付けるのがオシャレだったらしいのよ。今となっては笑っちゃうけどねー」
「ああ、そういう……」
流行した品物が、廃れて投げ売りされる。レースもそういうアイテムだってことか。
わざわざあの業者がエリシェまで持ってきたのは、そういう帝都の流行事情を知らない人たち相手なら売りやすいという目算があってのことだったんだろう。でも、それだけでは不安ってことで、エルフの里なんていう付加価値まで付けてみた……って感じかな。
「流行が去ってからはね、貴族もメイドや使用人にあげたり捨てたりしたみたいだけど、庶民にしたら貴族の贅沢品の象徴みたいなものでしょう? だから庶民がありがたがることもなく、そのまま廃れちゃったんだって」
なるほどなぁ。
まああのインチキ業者が売ってた時点で、価値はお察しだと思ってたんで問題ない。
マリナが欲しがってた理由は謎だけど、あいつなりになんか考えがあったんだろうし。
「じゃあ、これも価値は特になしかー。まあこっちで売るつもりでもなかったから問題ないんですが」
「うーん、どうかな。価値がないってことはないんじゃない?」
「そうなんですか?」
「ファッションとして身に付けるレースは廃れたけど、レースそのものがなくなったわけじゃないもの。飾りとしては普通に売れるんじゃないー? ハンカチなんかは今見てもかわいいしね。これも敷物とかに良さそう」
レベッカさんに、ではこれもどうぞどうぞと敷物になりそうなレースを渡しながら考える。
レースが流行していたのは、帝都の貴族の間でのことで、手作りの職人仕事で値段もそれなりにしたんだろう。貴族たちは職人に作らせた高価なレースで着飾って楽しんでいたというわけだ。
だが得てしてファッションとは流行り廃りがあるもので、レースもそのうち廃れた。
そうすると、今度は廃れたアイテム=ダサいという認識になるもので、地球の場合と同じように貴族たちはこぞってレースを処分したことだろう。
レベッカさんが言うには、メイドや使用人に譲っていたということだから、メイドや使用人は自分で使うか売って家計の足しにしていたんだろう。だが、庶民にもレースは根付かなかったという。となれば、だんだんと値崩れを起こし、最終的には投げ売りに近くなったはずだ。
例のインチキ業者は、そういったレースをかき集めてきて、口上一発で帝都から離れた街や、流行に疎い村なんかで売りさばいていたに違いない。
でも、流行とはリバイバルするもの……。そうでなくても、レースなんてのは流行云々から離れた普遍的なものであるはず。そのことを、現代人の俺はよく知っている。
……ならば一度帝都へでも出向いて大量に買い付けるか……? ここにあるレースはそれほど良いものではないが、中にはもっと手のかかった品物もあることだろう。流行が去り総スカンの状態なら、安く手に入れられるはず……。
「レベッカさん、帝都ってここからどれくらいかかるんですか?」
「え? 帝都は遠いわよー? 馬車で2週か3週くらいかかるんじゃないかしら。行くの?」
「そんなに。さすがにそれだと今は無理ですかね。遠いなぁ」
往復で4週から6週……。ちなみにこっちは1週が6日なので、往復24日~36日。半端じゃない距離だ。
とても「ちょっくら行ってくるわ」なんて感覚じゃあ困難極まりないわ。ちょっとした海外旅行並じゃん。そんな遠いところに少しの儲け当てにして行くより、ディアナの実家にでも行ったほうが有意義そうだ。
……繊細な手縫いのレースってのは多少物欲刺激されるアイテムではあるんだけどな……。
「もし行くなら、案内してあげるわよー? さすがに今は『ヒトツヅキ』が迫ってるからダメだけど、その後ならいつでも」
ほがらかに同行を申し出てくれるレベッカさん。
レベッカさんは帝都に貴族の知り合いもいると言っていたし、ついてきてくれるなら頼もしい限りだ。それ以前に、馬車で半月以上もかかる場所に俺らだけで旅行とか、どう考えても無理。
想像して欲しい……、突然馬車渡されて「アメリカ大陸横断チャレンジ! がんばって!」と送り出されるのを……。イメージとしては多分きっとそういう感じだ。まして、ここは魔獣怪物山賊盗賊なんでもござれの世界。ガイドブックだったら(※注 死にます)とか書かれててもおかしくない。ヨハネスブルグも真っ青な世界なのだぜ。
まあ、実際に行ったわけじゃないので、どういう旅路なのか想像の範囲でしかないんだけどね。実際はそんなに危険じゃない可能性もなくはないのだ。例のインチキ業者も行商人だけど、一人で行動していたしな。
「ありがとうございます。その時はぜひお願いします」
「はい。まかされました」
そう言って胸に手をやってニコリと微笑む。俺の贈ったガーネットの指輪がレベッカさんの胸で煌めく。
そういえば、ヘリパ湖にもいっしょに行こうって言ってたっけな。店もエトワのおかげでだいぶ落ち着いてきたし、例のヒトツヅキが終わったらみんなでパーッと旅行でも行くかなー。
あ、神殿行くの忘れてた。……ま、今度でいいか。
◇◆◆◆◇
仕事帰りにギルドに立ち寄り、トビー氏を呼び出した。
「お久しぶりです。ちょっと今日、とんでもない詐欺師を発見しまして。ギルドのほうで取り締まったりできるんですよね? エリシェからはもう撤退してしまったようなので、他の都市でまたやらかすと思うんですが」
「ああ、
「ええ、ブツはこれ……なんですが、この黒い岩塩を『エルフの里』の一品だとなんと銀貨1枚もの高値で販売していましてね。エルフのディアナと共に偽物だと糾弾したら逃げていきましたが、あの様子だとどうせ他の街でも同じことをするはず。ディアナも偽物と確認していますから、間違いありません。な? ディアナ?」
「間違いないのでーす」
「ほう、黒い岩塩ね。塩なんか買う人がいるのかな? こんなもんで騙される人がいるとも思えないが」
「塩屋に問い合わせたところ、通常は不吉な色ということで廃棄しているそうですが、それ故に人の眼には触れず、知らない人は希少価値があるものと思い込んでしまうのかもしれません。とりあえず塩屋にあった分は僕が確保しておきましたが」
「へぇ……。そんなセコい詐欺を働く輩もいるんだな……。いや、信心深い人は騙されるか……? 人数はわかるかい?」
「ええ、
「3人組か……。とすると、それなりに大きい詐欺グループの可能性もあるかもしれないな。よし、周辺都市のギルドへは注意勧告を出しておくことにするよ。この岩塩は証拠品として預かってもいいかい?」
「どうぞどうぞ。それではよろしくおねがいします」
「ああ、ご協力感謝する」
――その後、近くの街であの岩塩をエルフの里の品だと高値で売ろうとした男が捕まったと聞いた。
男はしきりに騙されただの無実だのと弁明していたが、ただの岩塩をエルフの里の品だと売ろうとしていたのは事実であるため、そのまま労働奴隷にされたらしい。初犯なんで、一年契約程度の奴隷紋を刻まれただけらしいが。
一応は、男に岩塩を渡したとされる残りの詐欺師の捜索もされたが、結局見つかることはなかった。男に残っていた岩塩を上手く売りつけ、次の商材へ鞍替えしたものと思われる……とのこと。
最後に男が言っていたそうだ。
「……つまり、俺と同じことをやってた奴らに潰されたってわけか……。触れが出て岩塩が商材として危険になったから、最後に俺を騙して売り抜けたってことか。へへへ、本当に俺も焼きが回ったぜ……。そうだ、憲兵さんよ、奴らはレースでダマシをやるはずだ。せめて、あいつも捕まってくれなきゃ浮かばれんぜ、頼むぜ」
だが、レースをエルフの里の品だと販売する人間が見つかることもなかったという。