しかしまあ、実際には結婚などできるはずもない。
俺は、どうあがいても異世界人でしかないのだから。
言ってみればこういうことだ。
「国際結婚ってなんだかんだ言ってもハードル高いっスよねー、愛があっても現実問題いろいろ問題多いッスもんねー」なんて状況を、余裕で飛び越すハードルの高さなのだ。
――いや、もうハードルとかいう次元の話じゃないかもしれない。
そう。宇宙人だ。
ちょっと地球外惑星から来た似たような外見の種だ。
かつて、ブラック企業の先輩がしみじみ語っていたものだ。
「アヤセ、結婚にはな向き不向きがあってな、誰でも上手に結婚生活を送れるわけじゃないんだぞ。女はな、母性ってもんがあるから子供ができりゃあ母親になれる。だけどな、男はそういうわけにはいかないんだ。お前、父親なんてもんに子供ができたからってすぐなれると思うか? 思う? そりゃあ甘っちょろい希望だよ。男はな、よほどそれに適性があったか、そうでなければよほど努力しない限りは父親にはなれないんだよ」
……と。
いや、違った、これじゃない。こっちだった。
「アヤセ、結婚ってのはな。ワタシとアナタでするもんじゃねえんだ。そりゃあ、お互いが天涯孤独な身ならともかくとしてもだな。基本は家と家との繋がりが結婚ってもんなんだよ。今は昔ほど、そういうんじゃないなんて言う輩もいるけどな……。そんなのは希望的観測か、よほど運がよかったかのどっちかでしかないんだ……。だからな。式場だの、新居だの、好き勝手になんでも決められると思ったら大間違いだぞ。気付いたら嫁の実家で一緒に住んでるなんて事態は当たり前に起こり得ることなんだからな!」
……と。
まあ……この先輩は結局上手くいかずにアレしちゃったわけだけれど、とにかく結婚なんて簡単にできるもんじゃないってことだ。
持参金だってないし、そもそも両親になんて言えばいい?
え~、ジロー君とレベッカさんは異世界で偶然出会いまして~、などと結婚式で二人の馴れ初めをやるってのか。
いや待て、そもそもレベッカさんは鏡をくぐれないから、うちに挨拶に来るのもままならないよ! 文字通りの意味での現地妻になっちゃう!
そんなわけで、結局、考えさせてくださいとだけ言ってお茶を濁した。
だってそうだろう。
ここは異世界、夢より遠い世界。商売なんかやっちゃって馴染んではいるけど、でもやっぱり遠い遠い外国であるというのも事実。まだこの地に完全に骨を埋めるほどの気持ちはない。
だから、結婚すると簡単になんて言えるはずもないのだ。
ん? 奴隷はって?
奴隷はいいんだよ。ディアナはもともと王女さまなんだから国に戻せばいいし、マリナはレベッカさんに引き取って貰えば済む。
もちろん、やつらを手放すつもりは全くない。――ない、が人生ってのはどういう方向へ進むかわからないものだからな。
ネットオークションやってるだけのニートが、異世界で商人の真似事はじめるようになったりするくらいには。
それになによりも、単純にして明快な理由。
まだ21歳だし、何よりドーテーなんで、せっかくだからもっと遊びたいんです。
結婚とかまだ考えられんとです。
あまり結婚願望強いほうでもなかったしね……もともと……。
「そうか……。さすがに急すぎたな。だが、考えておいてくれ」
シェローさんは、やはりどこか残念そうではあったけど、まあまだこれから少しづつ付き合いを深めて、温めていけばいい。と思う。
「はい。もっといろいろ上手く行ってちゃんと地盤ができたら……ですね。今はまださすがに」
「地盤か……。俺から見るとすでに立派にやってるように見えるがな。ま、お前はまだ若い。どこまでやれるかやってみるのもいいだろう」
「はい。……で、といいますか、実はお願いがありまして」
と、俺は切り出した。
もともと、この話をしようと思っていたのだ。
「実はですね。急なお願いなんですが、シェローさんに騎士隊の相談役というか、顧問をやってほしいんですよ。今回、ひょんなことから騎士隊やることになりましたが、当然ノウハウがありません。ですから、大きい傭兵団で副団長をやっていたシェローさんに、ぜひ指導をお願いしたいんです。もちろん、報酬は払いますし、ここでのモンスター退治も手伝わせてもらいますし、魔結晶もいりませんし」
「顧問? 俺は戦闘に関することしかわからないがいいのか? レベッカだけでも十分知識はあるぞ?」
「ええ。もちろんレベッカさんがいてくれるのは心強いんですが、それでも経験者はレベッカさんだけですし……。それにシェローさんには、僕自身の訓練にもこれからも付き合って欲しいですしね。といいますか、実を言えばシェローさんがいてくれれば、単純に他にもいろいろ心強いってのが一番にあります。騎士隊なんて言ってみても、しょせんは素人の女の子集団でしかありませんしね……。もちろんレベッカさんは別ですが」
主な仕事は、俺の訓練相手、アドバイス、困った時の「先生! お願いします!」である。
ブラック企業の顧問のヤクザとあまり変わらないが、「顧問」という職種はきっとそういうものなんだろう。多分。
普段はこれといった仕事がなくとも、いざ! という時にすごく頼りになる存在なのだ。
「というと、要するに戦闘力として……か? それなら確かに――自分で言うのもなんだが、単体で俺より強い者はこのへんにはいないだろうからな。隠居暮らしが長かったぶん腕が鈍ってはいるが……。ここではヒトツヅキの時ぐらいしか、骨のある相手が出ることはないからな。となると、久々に暴れるのもいいかもしれん。騎士隊なんて言うくらいだ、盗賊団狩りくらいはやるんだろう?」
「……そうですね。……いずれは」
そういえばヘティーさんが言ってたっけ。
シェローさんは傭兵団時代、戦闘狂の怪物とか言われてたって……。
ぶっちゃけ、盗賊団狩りをやる予定はなかった……。
せいぜいみんなで仲良くキノコ狩りか薬草狩りでもやるか! くらいの気持ちしかなかったぜ。
ハンターズギルドでは、ビギナー向けの仕事としてそういうコマ使いみたいなのもあるって、どっかで聞いたような気もするしな。嘘くせー話だけど!
でもまあ、とにかくこれでシェローさんにも手伝ってもらう確約がとれた。
シェローさんは、帝国でも有数の傭兵団の副団長を務めていた人物だ。
用心棒として雇えるならこれ以上ないほどの人材である。もちろん、エリシェでただ商人として活動するだけなら、ディアナとマリナだけでもなんとかなっただろうが、これから騎士隊もやって商売も拡大して……とやっていくなら、誰よりも優先してスカウトしておきたい人だったのだ。
まあ、騎士隊っても半分は遊びみたいなもんではあるけど、遊びは全力で取り組むからこそ本当に楽しいものになるのだ。
ただ、シェローさんの仕事の「モンスター退治」のほうは、家を完全留守にできない(留守にしてもいいが、エリシェを何も言わずに離れるのはNGらしい)職なので、誰かをモンスターが湧いた時に対応できるように残しておく必要がある。
そんなわけだから、これからシェローさんとレベッカさんに参加してもらう場合は、ある程度(モンスター退治ができる程度)の隊員を、必ず一人くらいはモンスター退治役として残しておく必要がある。とすると、可及的速やかにモンスターと戦える隊員を育成しなければならない――というわけだ。
うーん。これからは、モンスターはなるべく俺たちで戦わせてもらうようにしなきゃな。あれは経験しておかないと、ちょっと動きがトリッキーで危ないし。慣れればスケルトンくらいなら問題なく対処できるようになるだろうが。
ちなみに、エリシェの50周年祭の時は二人共来てくれたが、あの時はわざわざ知り合いを家に置いて二人で来てくれていたのだそうだ。
その後、シェローさんへの頼み事も終わり、ちょうど良い機会だったので、みんなで集まって記念撮影をしてみた。
こうして全員で集まる機会が、何度もあるかはわからないからな。
俺、ディアナ、マリナ、レベッカさん、シェローさん、オリカ、エトワ、エレピピ。この8人が騎士隊の初期メンバーというわけだ。
隊の名前なんにすっかなー。
俺が撮影したばかりのデジカメの画像を見ながら「これを掲示板にうpしたら、ちょっとした暴動が起きるかもしれん……」などと考えていると、隣に座って画面を覗き見ていたディアナが俺に尋ねてきた。
「ご主人さま。この8人で騎士隊をやるのです?」
「ん? そうだねー。とりあえずはね。まあ実際には店の手伝いとかもあるし、騎士隊っていうか、従業員っていうか……」
俺が写真から目線を外さずなにげなく答えると、とつぜん天職板が浮かび上がった。最近、とんと見てなかったから驚いたが、どうやらお導きの行程が進んだから飛び出したらしい。
”クラン登録してみよう 1/2”
なんだこれ。クラン? 聞いたことない単語だな。
しかも、いつのまにか行程一つ進んでるし……。
お導きって、達成時と行程が進んだ時は天職板が浮かび上がるのに、新しいのが出たときはなぜか無反応なんだよな。新規で出たときこそ、お知らせしてくれればいいのに。
これからは、なるべく毎日一度は確認するようにするか……。
「ディアナ、お導き出てるんだけど、『クラン』ってなにか知ってる?」
「新しいお導きですか? おめでとうございます」
「うん、それでクランってなにかわかるか?」
「えっと、クラン……クラン……? 聞いたことあるような気はしますけど……なんでしたっけ……」
「なるほど、田舎出の世間知らずは知らない単語ということか」
「ご主人さまは無礼なのです。でも、悔しいけど否定できるだけの材料もないのです。うう~……」
「しかしディアナが知らないとなると…‥。ま、いいか。どうせ神殿行く用事あったし、神官ちゃんに聞けば」
「……神官ちゃん?」
やべ。神官さまって呼んでたんだっけ。
脳内でずっと神官ちゃん呼ばわりしてたから、うっかり……。
「神官のことを、『神官ちゃん』なんて呼んでいるのです? ご主人さま?」
「いいや、呼んでいない」
「じゃあどういうことなのです?」
どうと言われてもな。どうもこうもねえよ! とはなかなか言えんな。適当に誤魔化しちゃえ。
「我々の業界では、若く可愛いエルフはちゃん付けで呼ぶことと決まっているのだ」
「……神官はヒトが若いと言えるほどの年齢ではないはずですケド」
「見た目がアレだから全く問題がないというのが、我々の見解だ」
「我々ってなんなのです」
「同好の士だ」
「私もエルフですけれど、一度もちゃん付けで呼ばれたことがないのです」
「ディアナは白エルフちゃんだ。お姫ちゃんでもいいぞ」
「えっ?」
「白エルフちゃん……」
「なっ、なんです。なんなのです。あっ、みっ耳を触らないで欲しいのです……! あっ、ダメ……」
「おお……、想像していたものよりも柔らかい……。これは学会に報告しなければ……! 学会では常識とされていた『エルフ耳の柔らかさは人肌に暖めたコンニャクと同じくらい』が覆されるとは……」
「ななな、意味はわかりませんが、なんだか卑猥な感じがするのです! そ、それにそんな気軽に耳を触ってはダメなのよ……」
「ふふふ、気軽にとは言ってくれる……。我々がこれに触れるのにどれほどの忍耐を持ち事を運んできたか……。さあ、今ここが天王山……! うおおおお、我に勇気を!」
「ご、ご主人さまがおかしくなったのです! こ……こんな、昼間からダメなのよ、ほ、ほらみんな見てますし。マ、マリナ見てないで助け……。あ、ご主人さま……だ、だめ……。そんな顔を近づけて何をするつもり……、え? 噛んじゃ、齧っちゃダメーーーー!」
顔を真っ赤にして、ディアナは逃げていった。
ふぅ。うまく誤魔化せたな……。
いや、むしろキズを深めたような気もするが、きっと気のせいだ……。
黒エルフちゃんことマリナが白い目で見てるけど、きっと羨ましかったからに違いない。あとであいつの耳も齧ってやろう……。
日が暮れて、楽しいパーティもお開きとなった。
酒も入ってるし今日はさっさと寝たいような気もするが、隊員勧誘ポスターだけでも今日中に制作しておかなきゃいかんな。
そんで明日、神殿行ったら神官ちゃんに頼んで貼ってもらうことにしよう。