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第74話  セブンティーンはハンカチーフの香り



「オリカ、17歳の誕生日おめでとうであります。母君どのからはオシルシをいただいていないでありますね? では、此度は不肖ではありますがマリナが用意した故、受け取って欲しいのであります」


 首尾よくレースを大量ゲットできた次の日、我が家のかわいい書記メイド、オリカの誕生パーティーを開催した。

 宴もたけなわ、いよいよプレゼントを渡すという段になって、なにやらもったいぶってマリナが口上を述べはじめる。

 そして、それが当たり前というように畏まって聞くオリカ。

 うーん? オシルシってなんだろうか。いや、マリナがオリカの為に用意したのはハンカチなんだから、それに決まってるんだが……。

 マリナは17歳の誕生日が特別だと言っていたが……。

 ディアナは知らないと言っていたが、他の子たちは知っているのかもしれない……が今更聞くような雰囲気でもなくなってしまったな。

 なんか厳かなる式典の様相を呈しはじめてしまったし。


「ありがとうマリナさん。……つつしんで頂戴いたします」


 そうして、きれいに包装されたレースのハンカチを贈るマリナ。

 恭しく受け取るオリカ。

 ん? なにか違和感があるな。

 オリカの受け取りかた……。受け取りハンカチを胸に抱くその仕草。

 どこかで見たような……。


「開けてみても?」

「もちろんであります」

「――わぁ……! すごい。可愛い」

「気に入ったでありますか。実はそれは主どのが用意してくれたのであります。恥ずかしながらマリナでは、それほどのものは用意できなかったでありましょう」


 あー。俺が用意したとかわざわざ言わなくてもいいのに。

 誰が買ってきたかなんかどうでもいいんだから、そういうのは言う必要のないことだ。先に言い含めておけばよかったかな。


 マリナがオリカへ贈ったハンカチは、俺が娼婦向けの店で買った中でも特に繊細に編まれたものだ。もっと実用的なやつのほうが良いのかと思ったが、なるべく白く細やかなものが良いというので、その通りにしてやった。

 代金はマリナからしっかり銀貨一枚受け取ってある。当然、無料ただでもよかったわけだが――まあ、この金はそのうちまた小遣いとして渡せばいい。それよりも、自分でお金を払って買ったってことのほうが大事なんだろうからね。


「だ、旦那さまが用意してくれたの……?」


 よほど想定外だったのか、男の俺がハンカチを用意したのがおかしいのか驚きを隠し切れないオリカ。

 なにそのリアクション。俺が用意したのでは不味かったのか? でも俺が布関係を商売にしてるってことは、屋敷付きのメイドとはいえオリカだって知っているだろうに。


「マ、マリナがどうしても手に入れられなくて主どのに頼んだのであります! 主どのからは別のものがあるらしいのでありますよ! だから、ハンカチはマリナが用意したものでありま、す? あります!」


 そして、慌てて否定するマリナ。

 なにそのリアクション。やはり最初から自分で用意したと言わせるべきだったか?

 まあ、いいか。



 ◇◆◆◆◇




 話は少しさかのぼる。

 オリカの誕生日当日、店は早めに切り上げてみんなでパーティーを開くことにした。

 パーティー会場はシェローさんの家。自分の屋敷でもよかったが、ほぼ常時オリカがいるため、どうしてもサプライズ感に乏しいということで、レベッカさんに協力してもらったのだ。おかげで、いろいろ用意できた。

 オリカには今日は夕飯いらないから用意しとかなくてよいと伝えてある。

 王道展開では「せっかくの誕生日なのに、誰も帰ってこない……。一人ぼっちの可愛そうなアテクシ……。そうだ、街にでも出て、自分で自分を祝おう……」となるのだろうが、ちゃんとマリナが「贈り物を買って帰るからちゃんといるであります」とか言い含めてあったので問題なかった。


 パーティーは人数多いほうが楽しかろうと、村の友達数人(オリカの母親は仕事で来れなかった)、エトワとエレピピも呼んだ。

 二人にとってはオリカは初対面なんだけど、みんなで仲良くなれたらいい。


 パーティーの準備完了後、オリカを屋敷から連れ出し馬に乗せてシェローさんの家に招待した。

 自分の為に誕生パーティーが開かれるとは想像もしていなかったらしく、驚きと感激でオリカはコロコロと表情を変え、少し涙ぐみ、最後はマリナに抱き付いたりした。素直に感情を表に出せる子はかわいいものだな。


 パーティーは屋外にテーブルを出しての立食方式。

 料理はエリシェで買った素材をみんなで料理したものと、俺が日本から買ってきたもの。飲み物はジュースと酒。

 シェローさん向けに、量販店で安いウイスキー(4リットルで3000円)も買ってみた。

 エリシェではなぜか魚のほうが肉より高いので、俺は事あるごとに(日本で)魚を買ってきては屋敷で振舞っている。今回は、奮発して5キロほどのブリを一本奮発してきた。値切りに値切ったにも関わらず、5000円もしたけどもね。でも、美味しいですもんね。寒ブリ。


 談笑しながら飲み食いし(ブリは刺身にしたり、煮たり焼いたりして食べた。こっちの人は刺身にもあまり抵抗がないのかパクパクと良く食べる。いや、マリナが率先してウマそうに食べるからかな? 西洋人ぽい外見してても、異世界なんだから地球のイメージで言って仕方ないのだけど)、適当なタイミングでプレゼントを渡す感じになり、なぜか厳かな感じにマリナがオリカにレースのハンカチをプレゼントしたのだった。


 さて、次は俺の番かな。


「よーし、じゃあ俺からのプレゼントも受け取ってくれ。つっても本当に大したものでもないんだがね。はいこれ。ワンピースと新しいメイド服。あと俺からもってのも変だけどレースのハンカチもつけてみた。ま、いくつあってもいいもんだしな」


「え」

「え?」

「ええ?」


 オリカとマリナをはじめ、みんなでギョッとしたような顔をする。

 うん? なんか今日は変なリアクションされることが多いな?

 服をプレゼントするのって、あんまり良くないことだったのかも……。男が女に服を贈るのって、ちょっと色っぽい状況という話もあるし……。でもそれは異世界では関係ないだろうしなぁ……。単純に、オリカはあんまり私服持ってないって言ってたんで、服にしただけだし。メイド服はついでで買ったものだけど、外に着ていけないような物でもないし。

 うーん?


「なんかマズかったか? なんだったら別の物に取り換えても――」

「い、いえ。すみません。欲しいです。いただきます」

「そうか? じゃあこれ。サイズはたぶん大丈夫だと思う」

「はい。ありがとうございます。……受け取りました」


 そうして、はにかんで俺からのプレゼントを大切そうに胸に抱く。

 ……ああ、そうか。どっかで見た気がしたのは、レベッカさんにハンカチをあげた時も、エトワにあげた時も、同じようにプレゼントを胸に抱いていたからか。

 全然気に留めてなかったけど、こっちの世界ではプレゼントを貰ったらそうするって決まりみたいなものでもあるのかもしれない。

 アメリカなんかだと、プレゼントを貰ったらその場で包装紙をビリビリと破って品物を取り出して歓喜の声を上げるのが礼儀だという話だし、所変われば文化も変わるものだ。日本でそれをやったら下品とされるだろうからな。


 でもまあ、ちゃんと喜んで貰えたようでなによりだ。なぜギョッとされたのかは謎だが。


「じゃあ、次はディアナがなんか用意してるらしい――――、ん? なぜそんな目で見るんだマリナ」


 マリナが指を咥えて、こっちをジトーッと見てくる。なぜかエレピピまで一緒にジトーッと見てくる。

 その横でレベッカさんとエトワが俺のあげたハンカチをヒラヒラさせながらニヤニヤしている(エトワはニャニャしてると言ったほうが適切か)。ディアナはよくわかってないのかポカンとしている。

 なにこの状況。


「ズルいのであります。卑怯であります。こんなこと言って許されるものでもありませんでしょうが、言わせてもらうのであります。ズルいのであります。全くもって想定外であります。主どの風の言い方をするなら『どうしてこうなった』であります」

「……先輩がんばれー」


「あは。ごめんねージロー。オリカがハンカチ貰ってんの見て、この子があんまりな顔するもんだから、私とエトワも貰ってるわよーなんて自慢しちゃったりなんかしてー。知らないジローを騙したみたいで悪かったけど、ついね、つい」

「姐さんに教えてもらわなければ、私も本気にしてました! こういうことならしっくりきます。やはり人間関係の機微とでもいうものは、計算では導き出せないものですね!」


 よし。全然わからん。

 どういうことだよ、君たち。説明してくれよ……。


「……ぜんぜんよくわからんけど……、ハンカチはもともと全員分用意してあるから安心してくれ。マリナだけ仲間外れにしたわけじゃないし」

「マ、マママ、マリナにもくれるのでありますか!」

「お、おう」


 なにこの世界。ハンカチ大人気だな。


「じゃあこれ」


 マリナ、ディアナ、エレピピにそれぞれキチンと包装したハンカチを渡す。包装紙はうちの母親が使いもしないのに後生大事に押入れにしまってあるのを失敬した。


 ディアナは普通に「ありがとうございます」と受け取り、エレピピは「はい、受け取りました」と胸に抱き、マリナは「う、う、こんな日が来るなんて、マリナにこんな日が来るなんて夢にも思わなかったであります。あ、主どの。そ、そのココロ確かに受け取ったのであります~!」と大げさに喜び受け取り、その豊かな胸に抱いた。


 俺はそれを許容量オーバーの無表情で見ている。

 さあ……、早くだれか説明してくれ……。ハンカチがどうしたっていうんだ……。ま、間に合わなくなってもしらんぞー!


 オリカの友達が話すのが聞こえてくる。

「すごーい。オリカのとこの旦那様、プレイボーイね」「今、何人に渡して何人が受け取った?」「エルフ様以外受け取ったわよ!」「確かにけっこう可愛い顔してるし、お金持ちみたいだし!」「やっぱエルフ様は駄目なんだぁ」「いいなーオリカ。目も治してもらったんでしょ。あたしも雇われたかったなぁ」「でもまだ希望あるかも!」


「…………」


 なんかNGぽい単語がチラホラ聞こえて来るんですけど……。

 プレイボーイとか渡したとか受け取ったとか……。


「……レベッカさん、そろそろ教えてくれませんか? ハンカチってなんかの符丁だったので?」


「ふふ、これね。お姫ちゃんは知らなかったみたいだけど、男性から女性にハンカチを贈るのはねー、『あなたにこの愛を贈ります』……、もっとハッキリ言うと『俺の女になれ』って意味だわね。私は頂戴って言って貰っちゃったからノーカンかな」


 クスクスと笑いながら、楽しそうにとんでもない事を言い出すレベッカさん。

 おおおおお、とんでもないこっちゃ。


「それを女性が受け取って胸に抱くのが『あなたの愛を受け取りました』のサインなのね。つまりオーケーって・こ・と」


 をををををを、余計にとんでもないこっちゃ。

 こっちの子はハンカチ程度で喜んでくれて安上がりだな(ほのぼの)、どころの騒ぎじゃなかった! 


「で、でも、マリナがオリカにハンカチを贈ったのはつまりそういう・・・・ことで?」


「ううん。17歳の誕生日に女の子にハンカチを贈るのはね、そういう相手が現れた時に『愛の印』として使う用にと贈る習わしがあってのことだわ。普通は親が贈る場合が多いんだけど……。マリナはハンカチを贈られてなかったそうだから、メイドちゃんにはどうしても贈ってあげたかったみたいね。ハンカチを贈られたら、それを胸に抱き自らの心を移し、いつか好きな人ができた時に使う……。最初は貴族がはじめた習慣らしいんだけどねー。ロマンティックでしょ?」


「な、なるほど……」



 まとめてみよう!


 女の子は17歳の誕生日に親かそれに親しい人からハンカチを贈られる!

 ハンカチは求愛のアイテムとして使われる。女性の場合は意中の相手が拾うようにわざと落として、それを拾ってもらうことで求愛の意味をなす……なんてことをやるそうだ。

 だから、ある程度以上の年齢の未婚女性は、それ用の『実用的じゃないハンカチ』を持っているものらしい! マリナはそれをオリカに渡してあげたくて探してたのだそうだ。

 さてその『実用的じゃないハンカチ』だけど、通常は自分で刺繍を施したものが使われるらしい!

 そして逆に男の方からハンカチを贈る場合、これも求愛の行動となる!


 まあ、要するにバレンタインデーのチョコみたいなものだな。

 女の方はかならず受け取るのが作法なのだとかで、その代わり、OKの場合はハンカチを胸に抱く所作をし、断る場合(義理で受け取る場合)はただ受け取るだけとする――のだとか。


 わぁい! 節操なく贈っちゃった!

 エトワにはレベッカさんが、俺がそういう風習を知らずに渡してると説明してくれたみたいだけど……。

 うーん……。マリナはけっこう感激して喜んでるし、水を差さなくてもいいか。

 こんな公の面前で複数人に渡しても問題にならないくらいだし、それこそバレンタインのチョコ程度のものなんだろうしな。


 でもみんなOKってのは、嬉しいっていうかコソバユイな。

 例え、それが雇い主に対するオタメゴカシであったとしてもだ!


 ちなみに、ディアナからオリカへのプレゼントは本だった。

 どんな内容のかはわからないが、帝国では人気のものなのだとか。

 ちなみにこっちの書物は、だいたい手書きだ。






 ◇◆◆◆◇






 ハンカチ貰っちゃった貰っちゃったとはしゃぐマリナや、ハンカチの意味を聞いてやり直しの要求を求めるディアナらがキャイキャイやっている。

 娯楽のあまり多くないこの世界では、ハンカチが乱舞するようなのはデカいイベントなのだろう。俺にしてみれば、知り合いの女の子全員に求愛したアホみたいな状態なので恥ずかしいんだけども。


 そんな女の子たちを尻目に、俺は手酌でウイスキーをやって幸せそうなシェローさんの隣に座った。


「どうです、その酒。高いものではありませんけど」

「おーう、ジローか。少し甘いがいい酒だな。余った分は本当に貰ってもいいのか?」

「どうぞどうぞ。僕はウイスキーは飲めませんしね。シェローさんはさすがですよ……」

「ワハハ、強い酒だからな。これでもゆっくりやってるつもりだぞ」


 ゆっくりって……、すでに1リットルくらいは飲んでそうな減り具合なんですけど……。


「それで、……なんか話があるんだろ?」

「ええ、実は……というか、騎士隊をやることになりまして、レベッカさんに隊長をやってもらうよう頼みました。まあ、まだ実際に隊で何をやるのか決まっているわけではありませんし、ままごとみたいなものですが」


 レベッカさんに手伝ってもらう以上、一応は父親であるシェローさんには報告をしておく必要があるだろうからな。

 まあ、今まですでにさんざん色々手伝ってもらってはいるんだが、騎士隊で魔獣と戦ってみたりとか危険なイベントもなきにしもあらずだし、遠征とかもあるかもしれないしな……。遠征という名のただの慰安旅行だったとしても。


「……そうか。ジローは……レベッカが俺の娘だと知っているんだったな?」

「あ、はい。ヘティーさん経由で知ったんですけどね」

「あの跳ねっ返りか。まあ、それはいい、レベッカなら隊長でもなんでもこなせるだろう。レベッカはいつもアイザックのやることを見ていたからな」


 アイザックってのはシェローさんとレベッカさんが在籍していた、傭兵団のチート的な団長のことだ。


「アイザックが死んでからレベッカはずっと塞ぎこんでいてな。団は解散、残った団員達と共に他の傭兵団に行くという手もあったんだが、傭兵家業は過酷だ。俺は闘うくらいしか能がない男だから傭兵を続けようと思っていたんだが……。……さすがにあの状態のレベッカを連れて行くのも、まして残していくのも選べなくてな……。それで、ツテのあったエリシェに来たんだが――」


 酒が入っているからか、こういう話をシェローさんがするのは珍しい。

 いつもはもっと明るい酒だからな。

 急にこんな話をしだすなんて、今日はどうしたんだろ?


「エリシェに来てからも、なかなか笑顔が戻らなくてな。わざわざこんなところで一緒に住まなくても、エリシェで部屋を借りて街で仕事を見つけろとも言ったんだが、私はここでモンスター退治しながら余生を過ごすなどと聞かなくてな……」


 なるほど。レベッカさんって定職がある風でもなかったから、余計に主婦だと思ったわけだが、そういう事情があったんだな。


「そうだったんですね。はじめて会った時から、朗らかな人という印象だったんで、ぜんぜんわかりませんでしたよ」


「……ジロー」


「はい?」


 グラスに残ったウイスキーをグイッと一気に飲み干し、俺に向き直り、正対するシェローさん。

 いつも明るく朗らかなシェローさんだが、今はとても真剣な表情だ。


 そしてシェローさんは、静かに頭を下げた。


「……ありがとう。お前には、どれほど感謝しても感謝しきれない。お前が来てからレベッカは本当に明るくなった。アイザックが死んで、自分も尼になるなどと言っていた時期があったのが信じられないほどだ」


 そんな時期があったのか……。思いつめる方なんだなレベッカさん。


「ジロー。お前は正体不明なところはあるが、優しさも強さも運の良さもある男だ。なによりレベッカがお前のことを気に入っている。それに……ハンカチだって渡したんだろう?」


 ハンカチは知らずに渡したんだけどな……。

 父親に知られているってのは、なんとも言えない状況だ……。

 まして、その後に何人もの女の子に渡しちゃってるしな。


「だからなジロー。レベッカのことを、お前に頼みたいのだ。騎士隊をやるなら、きっとレベッカは役に立つ。用兵術もある程度は心得ているし、戦闘集団の経営にも明るい。それに、親の俺が言うのもなんだが器量だって悪くない。このまま、こんな田舎で猟師や退魔屋で一生を過ごさせるのは、あまりに忍びないという親心、わかるだろう?」


 これは……つまり、嫁にしろ……ってこと?

 DTにいきなり結婚話とか一足飛びすぎる!





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