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第73話  レースはコレクタブルアイテムの香り



 エレピピの給料は時給で3エル――450円支払うことにした。


 金額はレベッカさんとエトワと俺の三人で協議して決めた。

 天職なしの雇用としては、これでもけっこう良いほうらしい。俺としては少ないかなと感じたが、仕事内容は布売ってるだけだからな……。

 騎士としての装備とか今後買ってやることになったら、普通に赤字だし。


 前にも言ったが、俺の店は長くても夕方までしかやってないし、朝も特別早く開けているわけでもない。

 それこそ、フルに働いても9時から16時の7時間労働で3150円しか稼げないんだが、食っていくには十分過ぎるほどなのだとか。バイトとしては、そんなもんなんだろうか。まあ、天職も不要な店番なんだから、こんなもんなのかも。


 エレピピとしては、バイトで生活が助かるという部分より、騎士隊のほうに完全に興味が向いているようで、レベッカさんとマリナにあれこれ聞いている。武器はなにがいいか、普段どういうトレーニングをするといいか、17歳からでも遅くないか、などなど。

 年齢のことを言うなら、俺なんて21歳からの遅いスタートだったのに、そこそこ天職効果で強くなっているようだし、17歳からでも十分強くなれるだろう。マリナだって俺のとこ来てからだしな。まあ、マリナと同じ程度のシゴキが待っているんだとすればご愁傷様だけど……。


 ちなみに「生活困ってるならその精霊石売ればいいじゃん、俺が金貨20枚で買い取ってやろう」などと提案してみたが、すでに借金のカタとして抑えられていて無理とのこと。庶民レベルでは精霊石をカタに借金するのは、わりとスタンダードなのだとかで、自分の為に精霊石を使う、使える人は少ないのだそうだ。

 まあ、そりゃそうだよな。なんぼスペシャルパワーを秘めてるったって、300万円相当の品をパッと使うか売るかっていったら、後者を選択する人のほうが多くなるのは当然だわ。金持ちならともかく、生活苦ならなおさら。

 逆に言うと、手に入れようと思えば精霊石自体は手に入れやすいとも言えるだろう。金さえあれば……だけど。



 さて、騎士隊やるならお金はいくらでも必要になってくるし、そろそろ商売も次の段階に移行するしかないかもしれない。

 具体的にはまだ考えてないが、金持ち相手にデカい商売をやるか、不特定多数相手に細い商売をするかのどちらかか、もしくは両方となる。


 金持ち相手のデカい商売をやるなら俺自身が動く必要がある。だが、俺にはそんな商才はないし、海千山千相手に上手く立ち回れるようなコミュ力もない。なんせ、引きこもニートだからな。

 その代わり、上手くやれた場合は見返りもデカい。ハイリスク・ハイリターンというわけだ。


 細い商売はその逆。

 露店を増やす、小さい店舗を借りる、行商してみる……いろいろあるが、ローリスク・ローリターン。地道だが堅実な道だ。

 でも、今の露店でも金額的には悪くない数字が出ているし、人を雇うのも「精霊契約」という縛りがあるおかげで、リスクが軽減されている。


 まあ、ディアナがいればどっちの商売でも問題なく成功できそうだけどな。やるならやはりローリスク・ローリターンのほうがいいか。別に焦って大金稼がなきゃならない理由なんかないし。

 デカいのはエフタ相手に一度か二度高額なもん売りつけるくらいにしておこう。お導きもそろそろクリアしたいし。


 ああ、それにしても金金金。

 こんな原始的世界に来てても金に縛られている俺は、なんとも言えずちっせえ男だなや。





 ◇◆◆◆◇





「エトワよ。お前を総店長に任命する」


「突然ですねボス。ついに店を増やすんですか?」


「そうだ。理解が早くて助かるよ」


 というわけで、今更ながら店を増やすことにした。店員もいちおうエトワ以外に、エレピピとマリナと俺と、おまけでディアナもいる。露店くらいならもう一店舗くらい増やしても大丈夫だろう。

 隣で数独ナンプレをやりながら店番をしているエトワは、俺が突然そんなことを言い出しても、すぐに対応してくる。

 数独もすごい勢いで解いてしまうし、本当に頭がいい。今度は詰め将棋でもやらせてみたい。


 エトワはもう露店を捌くくらいは問題なくこなし、俺まで一緒に店番するってのは人的無駄使いに他ならない状態だ。

 だから、店を増やす、増やせるわけだが、多少問題もある。

 まずエレピピはバイトだから一店舗をまるまる任せるのはつらい。

 ディアナは基本的にマスコット枠なんで戦力外。いれば売上増が見込めるだろうが。

 マリナはまあまあ使えるが、基本的に俺に引っ付いてくるんで単独で使えない。あと計算も弱い。


 とすると、結局は俺とエトワで一店舗づつ担当する以外にないわけだ。そんでエレピピはエトワのほうに付けてやる――と。


 う~ん……。

 騎士隊だ、訓練だ、魔獣だ、行商だなどと夢は広がったけど、現実はしょっぺえな。単純に人が足りなすぎる。儲けは欲しいが、遊ぶ時間もちゃんと確保したい。

 いっそのこと弟子を増やすか……?

 だが、弟子増やしたところで、やらせることは店員だからなぁ。

 鍛冶屋の弟子とか、行商の弟子とかなら、弟子のほうにもノウハウを盗んだりなんだりとメリットあるんだろうが、俺の弟子なんかやってもな。

 この先、騎士志望の子が来たらバイトしてもらって、人手不足も解消……ってのが理想なんだが……。その可能性が実現するのは、まだ先の話になるだろうし。

 だとすれば、やはり弟子か、人を雇うか、奴隷でも買うか……。


 総合的に考えれば、結局、弟子がいちばん便利なのかなぁ。

 弟子……弟子ねぇ……。


「エトワ。お前、俺の弟子になってよかった? こんな、店員ばっかやらされて不満溜まってるんじゃない?」

「えっ!? 本気で言ってるんですかボス?」


 弟子のことなら弟子に聞いてみればいい。

 しかし、質問に対して大げさに驚いてみせるエトワ。表情はよくわからないが、対人間用リアクションなのか、わりと大きくボディランゲージで示してくれるので、可愛い。効果音を付けるなら「ミ゛ャッ!」って感じ。


「冗談でこんなことなかなか聞かないだろ。どうなん? 実際」

「ハァ……、ボス。私の月のお給金、いくらか知ってます? その計算も任されてるので、自分で計算していただいていますけど」

「売上の5%だろ。週一日休みで、一日の売り上げ平均が1000エル程度だから……一日50エルくらい。月だと1000エルくらいってことか」


 金貨一枚。

 ちょうど月給15万円くらいの計算になる。まあ、無難だろう。


「私の知る限り、弟子でそんなに給金をいただいているものはエリシェ広しといえど一人もいませんよ、ボス」

「一人もいないかどうかは知らんが、そうらしいな。でもエトワはよくやってくれてるし問題ないだろ。これからもっと責任のある仕事してもらうつもりだし」

「ボス……私がお給金を貯めて独立してしまうとは思わなかったんですか?」


 その発想はなかった。

 だって、まだ13歳の子猫ちゃんだし……。

 それに、まだ雇ってふた月くらいだし。


「独立? でも……まあ、それならそれでもいいぞ。なんかやりたい商売あったんだな、エトワ。支援が必要ならするし、資金的に足りなければ貸してもいい」

「え、ええええええっ!?」


 また「ミ゛ャッ!」っと驚きのリアクションを見せてくれるエトワ。

 エトワは実際優秀だからなぁ。やりたい仕事の一つや二つあったんだろう。

 即、独立されてしまうのはやや残念だが、縁が切れるわけでもないし、せっかくだから応援してやりたい。失敗したならまた雇ってもいいし。


 また驚いて固まってしまったエトワだが、すぐに辞めるなんて言い出して、ぶん殴られるとでも思っていたんだろうか。たしか、弟子制度はやっすい金でコキ使うのがデフォだって話だったから俺みたいに半端な使い方する奴は少ないんだろうが……。


「ボス……。独立はたとえ話ですよ。ボスは人が良すぎるって言われませんか? 私はこんなにすぐ一店舗を任されるようになるとは思っていませんでしたし、お給金だって一人前と変わりないだけいただけるなんて想定外だったんです。ただでさえ私はカナンで、変な天職で、1年間もどこからも声が掛からなかったんですから。だから、ずっとしっくりこなかったんです。どうして、この人はこんな私を信頼してよくしてくれるのか」


「お、おう」


 ベラベラ喋り始めるエトワ。独立うんぬんは例え話だったらしい。


「そしていっしょに仕事をしていく中で気付いたんです。ああ、これは私は当たりを引いたのだと! 弟子講習で同期だった子たちの間でもマコトシヤカに語られていた『当たり親方』だと!」


 やめろぉ!

 と思うけど、確かにギャンブル性はあるよね、普通は話来たら弟子側から断ることってできないらしいし。


 それになにより、俺は「当たり」じゃない。

 金払いがいいだけの、素人だからな。長い目で見たらキビしくて金払いが悪くても、ちゃんと弟子を育成できる職人のところに行ったほうが良いに決まっている。まあ、エトワの場合は、天職が「数学者」なんて珍しいものだから、まだしもだけど。


「当たり親方かどうかはともかく、弟子として不満はないんだな?」

「もちろんです。それに私の天職は数学者。こんな天職持っている人、他に知りませんから他に行くところなんかありませんし。数字が強くてもギルドの銀行で雇ってくれるわけでもありませんしね。それに、ボスは見たことない高度な数学本を持ってきてくれますし、それこそ枚挙に暇がありません! あと、これ全部解いちゃったんで新しいのください」


 ま、確かに数学ドリルやナンプレを用意できるのはこの異世界広しといえど俺くらいだろうからな。



 とにかく、俺は「当たり」ということだし気にせず弟子取ることにするか。あんまりガチな天職な子を雇わなければ、問題ないだろう。むしろ、変な天職の子ばかり集めるくらいでもいいかもしれないな。


「あ、そうだエトワ。これ良かったら使って」


 エトワにレースのハンカチを一枚渡す。たくさん手に入れたものだし、消耗品だしな。


「わ、ハンカチ。いいんですか? 私なんかに」


「いつも頑張ってくれてるからね」


「そうですか……。でも、はい。確かに受け取りました」


 そんな抱きしめるようにしなくても、タダの消耗品やで。






 ◇◆◆◆◇






 夜になれば毎日、日本の俺の部屋へ鏡を渡って帰っている。


 そして毎日ネットでオークションの状況を確認し、落札されたものがあれば発送準備をし朝一で発送。出品する品があれば写真撮影をして出品をしておく。

 現状、日本円を稼ぐ手段がネットオークションだけなので、これらはどうしても必要なことだ。日本円を稼がなければ、エリシェで売る布を買うこともできないし、家に金を入れなくなれば親からは就職しろと今以上の突き上げを食らうだろう。

 掲示板は時々見るけど、最近は忙しくてあまりレスをしていない。

「騎士隊やる」なんて言ったら盛り上がりそうだしまたちゃんと写真撮ったらネタを提供してやろう。


 さて、ネットオークションであるが、これは想像以上に上手くやれていると言っていいだろう。

 もともと、売り物が異世界の品なだけあって、あまりにも地球のものからかけ離れた物は出品しない、さらにあまりに高額になりそうな物も避けるようにしていたんだが、これは概ね成功している。


 たとえば、魔獣の皮を加工して作られたような品物が、エリシェではときどき手に入るのだがこれらはなるべく避けている。とはいえ、自然素材が売りの異世界製品なので、牛革とか豚革に近いやつを使ったバッグなんかは、出品することもあるが、あからさまに怪しい謎革を使われているツヤヤカな水筒とか、ゴツいトゲトゲに覆われたショルダーアーマーとか、そういうのは個人で楽しむ程度に留めている。


 ネトオクで俺が出している主なる商品は――なんの因果かエリシェの自分の店で売っているものと同じく――布だ。

 布というか、綿コットンリネンだ。

 ときどきシルク系の品を出すこともあるが、基本的には綿か麻である。


 本当にただの中古の布切れを出すこともあるし、シーツを出すことも多い(これは新品も中古も扱っている)。刺繍が施されたテーブルクロスを出すこともあれば、子供が祝福を受ける時に着るシンプルなワンピースを出すことも多い。ときどきキルトを見つけることがあれば、それも悪くない値段で売れる。

 あと、忘れてはならないのが古着。これもコンスタントに良い値(といっても数千円ぐらいのものだが)が付く。


 なぜ布を扱うことが多いかといえば、もちろん理由がある。

 落札価格が高くなりすぎず、かといって安くもなりすぎず、怪しくもなく、目立ちすぎず、扱いが楽で(輸送で壊れる心配がない)、なにより市場や蚤の市で手に入りやすいからだ。それに、慣れた商材をメインにしたほうが仕入れが楽というのも大きいし、メイン商品があれば、ネトオクといえど固定客らしき落札者が付くこともある(これはほとんどないに等しいものだが)。


 もちろん、他にもいろいろ出品はしている。


 羽ペン、インク壺、洗濯バサミ(もちろん木製だ)、木製のバターさじ、やかん、裁縫具、人形、帽子や靴、木製の玩具、タバコ入れ、燭台、ドアノブ、ショットグラス、カゴ、キッチン用品、などなど……。

 まあ、要するに生活雑貨だ。

 あくまで「昔の生活雑貨」の枠内から出ないような品を、格安で買い付け売りに出しているというわけだ。そして、これらは「アンティーク」という付加価値が付けられ、好事家達にポンポンと落札されていく。


 だが、これにもコレクターの存在などあり、けっこう難しいところがある。ただの古道具だと侮ると、想定していた10倍くらいの値段が付いてしまうことが、時々あるのだ。

 こちらは住所も晒してオクをやっている関係上、希少品がなぜかどんどん出てくる出品者と思われるとうまくない。まあ、実際に家にまで来ちゃうような人はいないだろうが……。


 だから、このレース(インチキ業者が売ってたほう)も1円でまとめて出しちゃったのはマズかったのかもしれない。


 出品後、すごい勢いで価格が上がっていって、今もう3万円超えてる。

 最終的な落札価格は10万円を超えるかもしれない。写真をなるべくアップで撮したものが欲しいと言われてホイホイアップした結果がこれだよ!

 まあ「祖母が集めていた品です。遺品整理の為に放出します」と、いかにもな言い訳付けて出品してるから問題はないだろうが、古いレースってけっこう希少な品だったのかもしれないな。あんな、(娼婦御用達店で一芝居うって買ってきたレースと比べて)出来の悪いレースでも値段が上がるんだから……。

 まあ、まとめて出したから数も多いし、コレクターがギャンブル的に入札してる可能性も高いっちゃ高いが。


 店で買ったほうのレースも、余った分はオクにだそうと思ってたけど、ちょっと考えなおしたほうがいいかもしれないな。

 無理して、危なそうな品を出す必要性はいまんとこないのだし。







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