エレピピの天職は「騎士」だった。
俺が彼女を信用できるとしたのは、つまりそれが理由だ。
レベッカさんもマリナもそうだから、騎士の天職を持つ女性は信用できる。
もちろん、必ずそれが当てはまるとは俺も考えちゃいないが、天職はその人の持つ素養に合ったものが出るという話だし、少なくとも参考程度にはなるはずだ。
しかし、なんの因果か、妙に女性の騎士と縁があるんだよな。
しかも全員美人揃いだ。騎士の女性が美人なのか、俺が運がいいだけなのかはわからないが。
エレピピの身長は俺より少し低めでマリナと同じくらい。
象牙色の肌は役者だけにちゃんと手入れをしてるらしくシミ一つない。
薄緑のターコイズカラーの髪を、太めの三つ編みにして垂らしており、長さは肘ほどまである。
顔つきは、つねに眠そうではあるが、役者モードに入ると覚醒するのでギャップが面白い。瞳の色は髪と同じターコイズでなかなか神秘的だ。
スタイルも良い。役者志望だけあって、外見には気を使っているってことなのかもしれない。
まあ、こうやって美人と知り合いになれるのならいくらでもOKだ。
でも――、こういう展開は予想外だったな。
「あーあー。私はディアナ。ディアナ・ルナアーベラ。エルフの姫なのです。汝―、エレピピよー。これより汝を私を守る盾となり時に剣となる騎士と認めようー」
「おおお、忠誠を誓います、姫!」
「よしなに頼みますよ、エレピピ……」
俺は目の前で行われる(前にも見たような記憶のある)謎の儀式をただ見ているだけだった
マリナの時もそうだったが、どうも騎士ってのは姫に忠誠を誓いたい生き物らしい。騎士の天職持ちと縁が深いのも、エルフの王族であるディアナを連れているからなのかもしれない。
ディアナに忠誠を誓って、無気力系のエレピピもこの時ばかりは感無量である。まあ、仲間が増えるのは良いことだし問題ないんだが。
お導きが導く出会い――か。エレピピにしてみたら、精霊石以上に価値のある出会いなんだろう。なんとなく俺が踏み台にされたような気がしないでもないが、まあどうでもいいな、そんなことは。
――事の顛末はこうだ。
エレピピが入団したいと口走ってマリナは大興奮(先輩と言われたのも嬉しかったらしい)。そして、俺とレベッカさんに懇願するような顔を向けるマリナとエレピピ。そもそも騎士隊自体が初耳だったんで、レベッカさんに聞いてみたところ、やはり有名無実、実際には別になんにもしてないらしい。
ただ、マリナがレベッカさんのことを「タイチョー、タイチョー」と呼ぶんで、「じゃあ騎士隊長だね」とか言ったら、なんだかそんな感じになったんだとか……。レベッカさんもレベッカさんで、天職が同じのマリナには一定以上のシンパシーがあるらしく、いつもの戦闘訓練も「隊員を鍛える隊長」という設定で気分を出していたんだそうだ。
俺とレベッカさんが入団しても別に構わないと言うと、諸手を挙げて喜ぶエレピピ。
どうやら、エレピピも騎士の天職があるんだから騎士になりたいと思っていたクチらしい。女優を目指したのも、役柄の上では騎士になれるから……とかなんとか。
そうこうしているうちにディアナが帰還。「あれがうちのお姫さんだよ」と紹介すると(実際には奴隷のはずなんだが、もう面倒なんで説明放棄)、いきなりディアナに跪くエレピピ。さすがのディアナもこれには驚いて俺に助けを求めてきたんで、「お前の騎士になりたいんだってよ」と投げやりに説明してやった。それですべてを察したのか謎の儀式でエレピピを騎士と認めるディアナ。涙ちょちょぎれるエレピピ。
俺はほとんど蚊帳の外だった。
しかし騎士隊である。団じゃなくて隊なところが慎ましやかでヨロシイ。
勢いあまってエレピピも隊員に任命してしまったことだし、正式に隊を発足してみようと思う。
騎士隊長 レベッカさん
騎士隊員 マリナ
騎士隊員 エレピピ
糧食係 オリカ
会計 エトワ
お姫様 ディアナ
パトロン 俺
俺、パトロンかよ! 王様ポジションとかじゃないのかよ!
いや、確かに商人だし、マリナ隊員の装備とか買い与えたりしているし、食事の面倒も見ているし……。
いや、違う。セルフ突っ込み入れてる場合じゃない。それは別に騎士隊がなくてもやっていることだ。
だいたい、そもそも騎士隊ってなんだ。騎士の仕事なんか別になんもないじゃないか。
そりゃあ一度野盗に襲われていることだし、俺とディアナの護衛とかやってもらったら嬉しいけど、遠出でもしない限りは必要ないしなぁ。
ちょっと考えてみるか。
女性ばかりなので花がある。式典用騎士隊としてレンタルしたら儲かる……。ダメだ、ターク族のマリナがネックになる。かと言ってマリナを外すのは本末転倒だ。それに、そもそも、騎士は男がやるものという社会通念がある世界で、受け入れられるとも思えん。
みんな戦闘系天職である「騎士」持ちなので戦闘力がある。ハンターズギルドに登録して護衛用にレンタルしたら儲かる……。
いや、俺の護衛の為にマリナを置いてるという名目なのに放出してどうする。
うーん。結局はディアナと俺を守る為って以外の運用方法ないんだよな。外に出しても仕方がないわけだし。みんなで芝居でもやるってのも手だけど、そんなことまでして稼ぐくらいなら商売頑張ればいいだけだしな……。
でも騎士隊を形だけでもやるなら、少なくとも人数分の馬と装備くらいは整えてやらないとならん。ちなみに、マリナの着ているヨロイは日本円で150万円くらいする品。エレピピには、そこまで良いものを買い与えなくてもいいだろうが、それでも武器だの馬だので100万は優に超すだろう。
まあ、軍隊ってのは金のかかるものだっていうし、しかたないのかもしれないが。
さて、ここでどうして俺がそんな金かかる上に必要ない騎士隊なんてものにこだわるのか、疑問に感じる人もいるだろうから答えておく。
だって、女ばかりの騎士隊って夢いっぱいだから!
しかも、自分の為の騎士隊とかいったらもう金の問題じゃないから!
借金してでも手に入れたいものだから!
そんで隊の名前も「白百合騎士隊」とかつけちゃうんだ……!
「…………」
「ど、どうしたのジロー? 口半開きでボーっとしちゃって……」
レベッカさんに話しかけられ我に返る俺。ちょいヤバげな顔をしていた俺に若干引きぎみだ。
いかんいかん。メキシカンで日替わりディナーの夢を見ている場合じゃなかったな。
「いえ、エレピピが騎士志望なのはいいんですけど、そうするとどうしようかなと考えてまして」
適当に誤魔化す。
「エレピピは、どうしたい? 本当に騎士隊とかやるのか?」
騎士隊やるもなにも、なにをやるんだろう? 俺たちがやってる訓練にエレピピも参加するってことになるのかな。それ以外思いつかないけど。
「騎士隊はいまんとこ仕事じゃないから、金は出ないぞ。訓練だけ出れるとき出てもらうってくらいしか活動もないし。そのくせ訓練はけっこうキツイし、相応の覚悟が必要になってくるけど大丈夫か?」
実際、マリナに対するレベッカさんの訓練は苛烈を極めている。あれを笑顔でこなすマリナは一昔前のスポコン系少女マンガの主人公のようだ。
ちなみにディアナに対する訓練は、マリナのものと比べるとかなり緩めである。まあ、ディアナは戦うとしても後衛だし、武器もろくに持たせてないからな。
俺の質問に対して、居住まいを正し軽く握った右手を胸に当て、
「我は騎士なり! 焔の魂焦がし一騎当千の主の剣であると誓う!
我は騎士なり! 巌の魂焦がし堅城鉄壁の主の盾であると誓う!
我は騎士なり! 鋼の魂焦がしどのような艱難辛苦にも立ち向かうと誓う!
我は騎士なり!」
うわぁ。
いきなり凛々しく真っ直ぐ俺を見つめて宣誓するエレピピ。
マジかこいつ。正気か。
マリナもそうだったけど、市場の店の真ん中でやるのは勘弁してほしい。もっとシチュエーション選ぼうよ! 誓いの口づけとか絶対しないかんな!
突然のことで対応できずオロオロする俺を見て、プッと噴き出し肩を竦めるエレピピ。
「……なーんちゃってー。びっくりした? これ、こないだまでやってたお芝居のセリフなんだ」
な、なんだ……そういうことか。驚かしやがる。
急にお芝居モードに入ると、ほとんど別人みたいになるから心臓に悪いよ。
「……でも、ホントの気持ち」
「え?」
「……騎士隊には入れてほしいってこと。時間が許すかぎり訓練にも参加する、します。だから……お願い」
お願いと詰め寄ってくるエレピピ。
「もちろん。さっき入団許可するって言っただろ。歓迎するよエレピピ」
「……ありがとう、若旦那……。嬉しい……」
うん。でも俺の呼び名は若旦那で固定なんだな。別にいいけど。
◇◆◆◆◇
その後、レベッカさんとマリナとエレピピとで第一回女騎士会談が開催された。
議題は「ぶっちゃけこの世界の女騎士、ひいては天職ってどうなってんの?」である。
知ってのとおり、騎士しか天職が出なかった女性は「天職なし」という扱いを受けるはめになる。それはこの世界の騎士――厳密には「職業としての騎士」は男性のみと決まっているため、騎士の職に就くことができないからなのだ。
が、彼女たちに備わった「騎士」は女だからといって損なわれるようなものではない。天職による補正、5倍の成長率は伊達じゃないのだ。
ただ、騎士ってのは他の戦闘職と違って、単一武術追求型じゃないから戦闘として優れるのは馬上戦闘くらいで、他はほどほど……なのだとか。その代り、槍も剣も弓も盾もほどほど使えるようになるから、わりとつぶしの利く天職だというのはレベッカさんの弁。
どうも、5倍成長率ってのは、その天職で一番メインとなるスキルが5倍の速さで成長して、他のちょっと関係してるスキルは3倍とか2倍とかで成長する……なんて感じなのかもしれない。騎士だと馬上戦闘がもっとも効率よく成長して、槍や剣は2倍程度で成長みたいな感じに。
レベッカさんの憧れの君こと、
剣でよし、槍でよし、盾もよし、回復魔術もよし、馬に乗ってよし、指揮をとってよし、戦略立ててよし、演説してよし、顔よし、性格よし、金払いもよし…………まさにチート。レベッカさんでなくても惚れる。
もちろん厳密には、聖騎士や将軍の天職でどういったスキルが伸びるのかはいまいちわからないが、天職によって差があるのだけは確かだろう。基本職、中級職、上級職、固有職……そんな感じに括れるだろうか。
たとえば、俺の剣士や魔術師なんかは如何にも剣と魔術しか伸びるのなさそうで、基本職の香りがプンプンするものだ。魔術師に関してはこの辺では珍しい天職だという話だが、他の地域――火の国とかいう国では魔術師は珍しくないということだし。
さて、ここで騎士の女性である。
天職ってのはただその天職があれば良いというものではなく、その天職に合った訓練をしたり、実際にその職に就いて実践していくかしなければ成長は望めない。
しかし、彼女たちは騎士の職に就くことができない。職に就けないのに騎士の天職に合った訓練をしてもしかたがない。だから、彼女たちは諦めて他の仕事に就くのだ。
考えてみてほしい、天職がこれだと祝福されたのに、その職に就くことができない絶望を。周りのみなは祝福され天職に向かってまい進していく中で、いきなり天職なしの扱いで放り出されるのである。
いや、厳密には放り出されないが、通常、祝福を受けるのは10歳のころだと考えると、その断絶は想像に余りある。
だから、彼女たちはせめて夢を見る。
主を得、主を守る騎士となる夢を。
「じゃあ、レベッカさん。本当に騎士隊の隊長を頼んでもいいですか?」
「本当にやる気なの、ジロー?」
「半分は道楽ですけどね。でも僕にとってはけっこう意味があることなんです」
「そう。もちろん喜んでやらせてもらうけどね。ふふふ、年甲斐もなくワクワクしちゃってるわ私。またヘティーにからかわれちゃうわね」
「給料は……商売が大きくなったら出せるようになると思います。メンバーが増えて形が整えば、ハンターズギルドに登録して魔獣退治やって稼いでもいいですしね。いや、これは僕がやってみたいだけですが」
「……騎士隊で悪い魔獣退治。滾る……」
「悪い魔獣かどうかはともかく、憧れるよな魔獣退治って。インストラクターとしてシェローさん雇ってもいいしな」
「マリナ、あれやってみたいであります! あの要人警護で馬車を守るやつ!」
「俺たちがやるとなるとただの行商だけどなー。でも、騎士隊があったら最も助かる要素かもしれないな。逆に目立つかもしんないけど」
「わ、私はなにをすればいいのです?」
「ディアナは……、なんか綺麗なおべべでも買ってやるよ」
というわけで、俺公認で騎士隊をやることにした。
レベッカさんに言った通り半分は俺の道楽だ。
でもせっかく異世界になんて来てるんだから、遊びも一生懸命にやりたいもんね。仲間が増えれば冒険や旅行、行商だってできるようになるだろうし。
それに、騎士の天職の女性に騎士体験をさしてやることもできる。
とりあえず、結成記念で写真撮って掲示板にアップだ!