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第71話  パトロンはメキシカンの香り




 パトロン……。この場合のパトロンっていったらつまり、愛人契約的な? 21歳の童貞には、いろいろ厳しいぞ……。


「なんで、いきなりそんなこと言い出したんだ……? そういうのは自分の客に申し出たほうがいいんじゃない?」


 至極全うな俺の意見。だが、エレピピは頭にハテナマークを浮かべ、「なに言ってんのこの人」と言い出しかねない雰囲気。


「……客って?」

「いや……だから、その、お得意さんとか?」

「……え? ……あ。そっか」


 おお、納得。といわんばかりにポンと手を叩くエレピピ。

 どういうことなの? やっぱリアルな感じなアホの子だったのかな。


「……あたし、街娼じゃないよ。あの場所にいたのはお導きに従っての事だもん」


 そして、さらっと問題発言。


 そ、そうだったの……?

 ……確かに、あの時何人か娼婦いる中で、この子だけスレてなさそうで話しかけやすかったなんて経緯があったりもしたけど……。その時点でお導き始まってたのね。

 娼婦扱いで腕とか組ませちゃってすみませんでした……。

 天職が娼婦かもとか思っちゃってすみませんでした……!


「じゃあどうしてパトロンなんて?」

「……あたし、女優だから。これでも。でも、生活カツカツ」


 せいかつかつかつ……。

 なるほど。演技力があるのもパトロンが必要なのも、女優さんだったのなら頷ける話……なのか?


 こういう時は……レベッカさんに相談しようそうしよう。


「え? う~ん。そうねぇ……。確かにあれだけ芝居ができるなら、本当に女優なんだろうけど……。エリシェには劇場もあるし。でもあそこの舞台女優なら、そんなに生活苦しいはずないけど」

「だそうだけど、どうなん?」

「……あたし、まだ端役しかもらえないから……。お給料も少ないし、家も裕福じゃないし」


 実力があっても、現実は厳しいということか。

 年齢的にもまだ若そうだし、劇団? でも年功序列社会が形成されているんだろう。それか上のもんが見る目がないとか。

 もちろん、他の連中がもっと上手くて花もあるなんて可能性もある。

 いずれにせよ、生活は困窮……していると。


「そっか……。天職があってもままならないものなんだな」


 人生は厳しい。地球と比べれば祝福なんてもんがあるから楽な部分もあるだろうが(精霊石ゲットで300万円! なんてのもあるし)、それでも天職さえあればどうにかやっていけるというものでもないようだ。5倍成長率があっても、同じ天職持ったライバルみんながそうなんだから、実はアドバンテージにならないのかもしれんし。

 だが、エレピピの答えは俺の想像していたものとは違った。


「……あたしの天職、役者じゃないよ。役者の天職がある人はエリシェには一人もいないと思う……。珍しい天職だから」

「……そうなんだ」


 天職の話題はデリケートだっていう話だし、ちょっと迂闊だったな。

 基本的にこの世界の人は、自分の天職として出たものを職業にしているという話だったんで、そういうものだと思い込んでいた。

 なんてったって、詐欺師(俺だ)なんて天職が存在している以上、どんなイメージの悪い天職もありえるだろうし、エレピピがそういう天職だという可能性も否定できない……というわけなのだし。


 なんとなく気まずい雰囲気になってしまったのを察したのか、エレピピが俺の腕を取り体を寄せ、耳元でささやいた。

「……決してわるい天職じゃないの。ただ、ちょっと運が悪かっただけ。……教えてあげる若旦那。……あたしの天職は…………」

 うん、エロい。

 狙ってやってるならともかく、天然だとしたら非常に困る。これが魔性というやつか。


 しかし、こういう自己申告をどの程度信用するかは判断が難しいところ。

 だが、俺はエレピピを、――エレピピの天職を信用することにした。


「……それで、もし俺がパトロンになったとして、どういう見返りがあるの?」


 娼婦のパトロンというと、なんか淫靡な気配があるけど、役者のパトロンというと、ちょっと意味合いが違ってくる。単純に応援しているから援助するとか、有名になったら店の宣伝をしてくれるとか、なんかそういうやつなんだろう。

 いずれにせよ、こっちに知り合いも少ない。ちょっと変わってるけど美人なのは間違いないし、金額次第ではパトロンになってもいいかもしれない。

 せっかく、お導きで知り合った仲なんだしね。


 だが、俺の質問になぜか上目使いでモジモジ束ねた髪をイジイジ、なかなか答えないエレピピ。

 なにこれ、男心をくすぐる演技の練習してんの? 童貞はあっさりくすぐられるから勘弁してくれ。


「……見返りは、その……もちろん……体で」

「なんですと?」


 そしてダメ押しの上目つかい。

「ダメ?」と可愛くお願いまでしてきおる。

 うわぁ、女って怖い! 全くダメじゃないから怖い! レベッカさんがいなかったら、あっさり請け負ってたかもな。


「とても魅力的な話だけど、演技くさいからダメ。ま、そんなに生活困ってるなら、うちで使ってもいいぞ。給料も出すし」


 ダメといいつつ確保する気は満々。いやらしさに定評のある俺です。

 まあ、ぶっちゃけエロエロできるならエロエロしたいのは当然なんだけどさ! 

 すでにディアナとかマリナとかに囲まれてるのにも関わらず、なぜか禁欲生活みたいになってるのにさ!

 ラッキーな出会いで簡単にSUEZEN,OK! ってのもどうかと思うもんな。


「……商売? でも、あたし天職がアレだし……」

「別にいらないよ、天職なんか」


 はっきり言って、販売の仕事に天職なんかいらない。そりゃあ天職があればスーパー販売員みたいになっちゃって、全支店で売り上げナンバーワンとかになっちゃうのかもしれないけどもさ。うちはまだ唯一無二の一店舗だし、しかも露店だし。天職必要なんて言ったら鼻で笑われちゃうレベルだし……。

 あ、そうか。若旦那モードなんかやってたから、店もちゃんとしたの持ってると思われてるんだな、これ。店見せたら逆にガッカリされるかも。


「……ちょっと、ジロー。そんな簡単に雇っちゃって大丈夫なのー? 弟子じゃないなら給料だって、ちゃんと払わなきゃならないわよー?」


 レベッカさんの心配ももっともだ。弟子なら給料スズメの涙でも許されるのに、ギルド通さないで人を雇うメリットは少ない。


「いや、そんなガチな感じじゃなくてバイトみたいなもんですよ。最近は特にエトワ一人に任せちゃうこと多いんで、人手はいくらあってもいいですし。なにより一芸ある人材は確保しとくに越したことないですし、なにより……美人ですしね」


 そう。今回のケースはけっこうメリットがあるのだ。

 美人の新入社員は倍の給料払ってでも確保しろって、ブラック企業の社長も言ってたし。

 まして、演技ができる美人なんてのは商売においてどれほど価値があることか……。こんな異世界で必要あるかどうかはまた別の話なのが悲しいところだけど。

 まあ、これからなんか商談とか有った時に付き合ってもらえば強力な……、ああ、でもそういう意味ではチート級に強力なハイエルフ様

がすでにいたっけな。

 ゲームの三国志で一国しか支配してないのに、すでに諸葛亮がいて、さらに別の軍師(武力もあるぞ)を引っ張ってきた感じか。

 なにこの例え。


「……それに、こんなこと言いたくないけど、信用していいの?」

「もちろん。ちゃんと理由だってありますよ」

「そうなの? ジローがいいっていうなら私はかまわないけど。あの子の色香に惑わされてるんじゃないのー?」


 レベッカさんの言い分も尤もである。あの色香には惑わされてみたい感じがあるのも確かだしな。


「いえ、あの子の天職がね」

「天職? 聞いたの?」

「ええ。それが僕にとっては最も信用できるものだったんで。理由としてはそれだけですから、根拠としてはなにもない、単に僕が信用したいだけと言っても過言じゃないものなんですケド」


 俺の言葉にレベッカさんは肩を竦めた。あんな説明でも一応は納得してくれたらしい。

 まあ、別に100%信用しきる――ということはさすがにない。ちゃんと、押さえるべきところはちゃんと押さえておくつもりである。


 未だ半信半疑のエレピピに仕事の概要を説明する。

 給料は時給制で支払うことにする(時給の概念がなかったんで説明した)。

 稽古や舞台があるときは休んでいい。

 どうしてもお金がないときは、給料前借りしてもかまわない……。


「……でも、ホントにいいの? 若旦那」

「若旦那じゃないっつーに……。いいもなにも、働いてもらうだけなんだから」


 むしろ、最初に体で払うなんて言ってたことのほうが、「ホントにいいの? げへへ。俺本気にしちゃうよ?」って感じだっつーの。


「これから時間あるなら、とりあえず見に来るか? 合わなそうなら断ったっていいし」

「……うん」





 ◇◆◆◆◇





 3人で店に戻る。

 店というか、露店というか、屋台というか……。

 エレピピの「こんなはずじゃなかった顔」が見れるかと思ったが、全くの無表情。

 クソ、芝居が上手いな。


 店ではマリナが待ち構えていた。ディアナはまだ戻っていないらしい。


「あ、主どのにタイチョーどの! おかえりなさいであります! どうでありました? レースは見つかったであります?」

「ただいま。レースはちゃんと見つけたよ」

「ありがとうであります、主どの。これでオリカに贈り物ができるであります。あ、でも、その、……マリナに売ってもらえるでありますか?」

「当然。そのために見つけてきたんだからな」

「恐悦至極であります!」

「変な言葉知ってんだなお前」


「……若旦那、その方は?」


 お、そうだ紹介しないとな。

 ディアナがいないけど、ここが事実上の最終面接みたいなものか。

 ターク族に嫌忌感があるなら、ちょっとうちでは雇えないし。


「おお、こいつはマリナ。俺の護衛奴隷。むこうのはエトワ。俺の弟子。二人とも、この子はこれからバイトで時々働くことになったエレピピだ。よろしくしてやってくれ」


 簡単に紹介すると、マリナとエトワが口を開く前に、エレピピが前に出た。


「は、はじめまして! エレピピ、17歳です。よろしくおねがいします。……ヨロイ素敵ですね!」


 あれ……? なんかテンション高くない? 17歳ってのも驚きだが、いきなりヨロイを褒める感性にも驚きだよ。


「おお、このヨロイの素晴らしさがわかるでありますか! マリナは主どのの奴隷であります! そして、主どのと姫を守る騎士であります。ヨロイは主どのが買ってくれたんであります。マリナの宝物であります。武器もあるであります。マリナの斧槍であります。これも主どのが買ってくれたんであります。マリナの宝物であります。マリナ、奴隷なのに馬にまで乗らせてもらっているであります。マリナの宝物であります。さらにこの髪飾りは――」


 やめろぉ! 恥ずかしいなんてもんじゃないぞ! 自分の奴隷に主が装備買うのなんて当然なんだから……。


「――騎士」


 憧れを含んだ熱い視線をマリナに送るエレピピ。これは……。


「ねえ若旦那。彼女、騎士……なの?」

「騎士だな」

「騎士隊であります!」

「え?」

「……騎士隊なの?」

「タイチョーどのと隊員のマリナだけの騎士隊であります!」

「ええ!?」


 うわぁ。俺の知らないところでいつのまにか騎士隊が結成されてた!

 しかもレベッカさんが隊長らしい。本人に聞いてみたらまんざらでもない様子。マリナの暴走というわけでもないのか……。まあ、確かに二人とも騎士の天職持ちなんだし、なにも問題はないんだが……しかし……。


 マリナの騎士隊発言でさらに瞳を輝かせるエレピピ。そして感極まったように口走る。


「あ、あたしも入れてほしい! いえ、騎士隊に入団させてください先輩!」


 うわぁ。






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