目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第77話  祝福は騎士の香り


 祝福。

 それはこの世界では、必須とされる神々の加護のことである。


 精霊石を授かれる「お導き」は、単純に「精霊石うめぇwwww」というだけでなく、信仰する神に進むべき道を指し示していただけるということで、とてもありがたいものとされている。

 導きを通して知り合った者同士が、一生の友達になれると言われているのも、神が指し示す正しい道だから、それで知り合った者と親しくなるのは神の思し召し……ということなのだろう。

 実際に、俺もお導きを通して知り合った人が多いのも事実だ。一生の友達うんぬんは、ぶっちゃけ眉唾だけど、仲良くなれるならそれに越したことはないよな。うん。


 そして、重要なのがもう一つ。

「天職」だ。

 その人に最も適しているとされる職業。まあ、これは日本でいう天職と意味は同じなわけだけど、おせっかいにも神様がそれを指定してくれるのが、この「天職」なのである。


 天職は祝福を受ける時に授かる。

 通常、この世界では、10歳の誕生日にちょっとした洗礼として祝福を受けるわけだが、10歳といえば日本なら小学生。職とか言われてもピンと来ない年齢だ。

 でもまあ、この世界では10歳で受けるのが習わしだから仕方がないのだが、もちろんこれにはちゃんとした理由がある。

 天職を授かると、その職に対しての理解力だか才能だかが開花して、通常の5倍もの効率を発揮するようになるのだ。

 これは、俺も剣士の天職で確認しているが、確かに加速度的に剣の扱いや、剣での戦い、身のこなしが身についていっているように感じる。

 ただ、これは天職を授かったからそう・・なったのか、もともとそういう才能があるのを表示しただけなのか、判別する術はない。

 ともかく、天職を授かれば5倍効率を約束され、職業も決まって人生の方向性も大精霊サマが決定してくださるというわけだ。それなら早いに越したことはないじゃないか。おそらくは、そんな理由で10歳で祝福を受けるのだと思う。

 10歳で進むべき道が決定されてしまうというのは、どうかとも思うが、いちいち悩まなくてもいいし、考えようによっては、天職という「保険」があるから他の遊びができる……なんて向きもあるかもしれない。

 やる気があれば、天職なしでも結構どうにでもなるようだしな。

 あくまで「5倍」効率というだけだし。なにを基準に5倍なのかは謎だが……。


 さて、『職業に貴賎なし』なんて言うが、残念ながら、この世界では当てはまらない。

 良い職もあれば、悪い職もある。

 俺に詐欺師なんて天職があるように、よろしくない天職が出てしまうこともあるし、単純に上下関係にあたる職が天職で出たりもする。

 武器の扱いに長けただけ・・の『剣士』や『槍士』『弓士』なんて職。

 戦いそのものに特化した『戦士』や、弓を使った狩猟のプロフェッショナル『狩人』。己の信念と正義を武器に戦う『騎士』。

 さらに上には『聖騎士パラディン』やら『将軍ジェネラル』なんていうレア職もあるらしい。

 俺が持つ『固有職』なんてのは、例外としても、ゲームみたいに基本職だの上位職だのが判然としているってわけだ。


 まあ、10歳でそういうのが決定してしまうというのは、日本人的な価値観からすると残酷にすら感じるものだが、海外では「その子に向いた職ってもんがあるんだから……」みたいな考えが主流らしいし、単純に文化の違いなのだろう。




 ――ともかく、その祝福である。


 オリカの誕生パーティーの次の日、神殿に訪れた俺たちは、ちょうどその日に祝福を受けるという男の子の家族とバッティングした。


 栗色の髪の可愛らしい少年である。

 両親に連れられて、真新しい純白の洗礼用の服に身を包み、祝福についての説明を受けている。やはり緊張するのか、口を真一文字に結び真剣な表情だ。

 祝福の説明をするのは、当然、我らがエルフの神官ちゃんだ。


 ああ……かわいいよ神官ちゃん……。うちのエルフも可愛いっちゃ可愛いけど、やっぱ癖あるよね。

 黒いのも白いのもいいけど、たまにはタクアンみたいな黄色いのもいいよね、ホッとするっていうか……、箸休めっていうか……、やっぱり日本人には漬け物だよねっていうか……。


 神官ちゃんは、金色に輝く身長と同じくらいある杖を持ち、服装はいつもと同じカラフルな祭服カズラ。頭には、バッファローマンみたいなツノの生えた可愛い神官帽がちょこんと乗っている。

 なんだろあの萌え帽子。初めて見るけど、正式な祭事用の帽子なんかな。

 俺のときは、ノーアポイントメントで祝福の儀式やってもらったけど、実際にはちゃんと予約というか、事前に頼んでおくものなのだろうし、そういう場合はバッチリ正装するのかもしれないな。

 髪型も、いつもと違い、後ろをアップにして、モミアゲ部分だけを垂らして前髪は横分けにして留めている。メイクもいつもより気合が入っているようにも見えなくもない。


 かわいい。神掛かってかわいい。シンプルにかわいい。奇をてらわずかわいい。とがった耳がかわいい。亜麻色の髪がかわいい。ちっこくてかわいい。ダボダボした服がかわいい。偉そうでかわいい。お澄まししてかわいい。帽子がかわいい。エメラルドグリーンの瞳がかわいい。低めの鼻がかわいい。サクランボみたいなくちびるがかわいい。小顔でかわいい。細い首がかわいい。謙虚な膨らみがかわいい。木の靴がかわいい。笑顔がかわいい。声がかわいい。エルフかわいい。超かわいい。


「……なにかとても失礼な比較をされているような気がするのです」

「主どのは神官どのが好きなのでありますね。食い入るように見ているであります。でも、いくら主どのでも神官どの狙いは無謀であります。手近な所で妥協するべきであります」

「……さりげなくアピールする先輩かわいいー」


 ディアナとマリナとエレピピがなにか言っているが、そんなの関係ねぇ! 俺は望遠レンズを装着したデジカメを構え、神官ちゃんを余すところ無く撮影し尽くす。

 今まで、何度も撮影しようと思ってたけど、なかなか機会がなかったんだよね。今日は、男の子の祝福をやるからか(親戚だか見物人だか知らないが)人が多いし、ドサクサ紛れにやりやすい。

 途中で、当然というか、神官ちゃんに気付かれたが、上手く誤魔化した。この世界にはカメラなんてないから、盗撮でONAWAになることはないのだ。



「ふぅ……。良い絵が撮れた……。あの少年もなかなか可愛いし、結果的に良かった。ただのグラビアじゃない、儀式の荘厳さまで表現したものが撮れたと思う」


 100枚近くシャッターを切り、俺は満足していた。

 うちの子たちも可愛いエルフには違いないが、やはり本職の神官やってるエルフちゃんは別格である。

 怪しい動きで写真を撮る俺に、男の子の両親も不審そうな目を向けたが、必殺言い訳「エルフサマの言いつけで、ちょっと魔道具の試験をしているんです、マジで」ですべて許された。

 まあ、もしなんだったら、思い出の品として数枚プリントしてプレゼントしてもいいかもしれない。

 あれ? これって商売になるんじゃないかな? ……いや、さすがに道具依存の商売は危険か。エルフの里産であるという言い訳にも、限界があるだろうし。


 男の子の祝福はなかなか始まらなかった。

 厳密なことを言えば、俺たち(今日は、俺、ディアナ、マリナ、エレピピ、レベッカさんが同行している)が到着してから、すぐに始まってはいるのだが、儀式の段取りというものがあるらしく、肝心の大精霊さまの祝福を与えるという部分がなかなか来ない。


「祝福って、けっこう長げーんだな。俺のときってかなり特殊だったんだな。1分くらいで終わったし」

「そりゃあね。本来は10歳の誕生日と共に、大精霊の使徒となる神聖なる儀式だから。儀式のあとには宴会まであるのがほとんどだしねー。ジローのは特殊なケースだったし、なにより予約なしだったし」

「なるほど」

「あ、でも、そろそろ祝福を授けるみたいよ」


 見れば、祭壇にて神官ちゃんがいよいよ少年の手を握り、祝福を与える(正確には大精霊が与えるものなんだろうが)ところだった。


 パァッと一瞬の輝きの後、神官ちゃんにより儀式の成功が告げられる。

 両親がおめでとうと少年を抱きしめる。少年もホッとしたのか、笑顔を見せる。

 母親が不安そうに「天職は、なんだった?」と尋ねる。


 俺たちは、その光景をホンワカとした気分で見ていた。

 少年が大人になる第一歩の儀式と言っても過言ではない。彼はここで決まった天職に向かって、その後の人生を邁進していくのだ。


「他人ごとながら、なんの天職が出るのか楽しみだな」

「きっと良い天職を授かるのであります。やさしそうな良い子であります」

「そうねー。両親の服装を見るに、理容師の跡取りといったところかしら。とすると理髪師が出れば万々歳……ってとこね」

「服装でわかるんですか……?」

 大切な儀式だからか、よそ行きのきれいな服を着ているし、理容師の要素があるんだろうか。

「赤と青と白の服を着てるじゃない」

 床屋の看板か。


 エレピピは何も言わずに、神妙な表情で少年を見つめている。

 いつもの眠そうな表情ではあるのだが、みんなのように祝福を祝福・・・・・しているという気配ではない。


「どうした? エレピピはあんまり興味なかったか」

「……そういうわけじゃないの。若旦那。ただ……」

「ただ?」

「……あたしの時はさ、ほら、アレだったから。先輩や隊長も同じはずだけど……」

「アレって?」


 アレがなにか思い当たる前に、少年が天職板を開き、自らの天職を告げた。


「う~ん、天職天職天職! あっ、出た! 出たよおかあさん、おとうさん! 天職は……、わ! 騎士だって! 僕の天職、騎士だ! やったぁ!」


「おおお、本当か! うちから騎士が出るなんて……!」

「おめでとう! あなたは私たちの誇りだわ!」

「ありがとう! おとうさん、おかあさん! 僕、立派な騎士になるよ!」


 おお。どうやら少年の天職は『騎士』だったようだ。

 少年の両親も、少年も、親戚と思しき人たちも興奮気味だ。少年の体を揺さぶるようにして、祝辞を贈っていく。

 少年も、顔を紅潮させ、輝かんばかりの笑顔で返礼していく。


 先ほどの厳粛な雰囲気からは一変し、ごった返したような喧噪に包まれた。

 参列者の男が、別の男になにか指示を出している。また別の男も、弟子らしき少年になにか指示を発している。女たちは集まりなにかの相談をはじめている。

 う~ん……。祝福ってのは一大イベントらしいっての、わかった気でいたけど、なんだかすごいもんなんだな。

 みんな、こうなのか。それとも、少年が特別だったのか……? 


「なんかすごいもんだったな。祝福。まあ、なんにせよめでたいイベントってのは、こうホンワカするな」

「大精霊の思し召しなのです」

「……………そうで、ありますな。本当に」

「…………」


 いつも通りなディアナと違い、マリナとエレピピとレベッカさんは、なんとも言えない表情で少年を見つめている。


「ど……どうした?」


 特にエレピピは、顔面蒼白で、ジッと身じろぎひとつしない。

 俺が「大丈夫か」と声を掛けても、心ここにあらずといった様子。


「……マリナは平気であります。ターク族では男だったとしても、どのみちそう・・はなれなかったでありましょう」

「私も、父親があれで、少し事情違ったから、まあ……ね。それに、私はダブルだったし。……でも、ちょっと……これ以上見るのはつらいかな」

「…………」


 ああ、そうか、三人とも女性で『騎士』だから……。

 エレピピはずっと無言。本当に大丈夫かと肩に触れようとして――


 エレエレエレエレエレ


 エレピピは突然吐いた。



 レベッカさんとマリナが、エレピピを介抱しながら外に出す。

 神殿に来ていた人たちが、掃除を手伝ってくれた。

 掃除をしながら、「彼女どうしたんですか? 朝に悪いものでも食べたんですかね」と聞かれたので、「恐らくそうでしょう」と返事をした。


 掃除を終えて、神殿の外に出ると、エレピピは未だに血の気の失せた顔をして震えていた。両サイドにレベッカさんとマリナが座り、肩を抱くように身を寄せている。

 エレピピはグスグスと涙ぐみ、まるで小さな子供になってしまったかのようだ。


 エレピピが落ち着くまで、俺たちはずっとそこにいた。



「……めいわくかけてゴメンね、若旦那。もう克服したつもりでいたんだけど……ね。思ってたよりも、ずっと傷ついてたみたい」

「……いいさ」


 その後、エレピピはぽつぽつと話してくれた。


 両親に期待をされて育ったエレピピは、自分も両親の期待に応えたいと思っていたらしい。そして10歳の誕生日に祝福を授かる。


 しかし、彼女の天職は『騎士』だった。


 あからさまな失望を見せる両親。

 盛大にため息をつき、席を立つ親類。

 期待されていた分だけ、落胆も大きかったのだろう。本来ならば、文字通り、祝福すべき日であるはずだったのに。


 そして、なにより不幸なことに、エレピピは女は騎士職に就くことができないということを知らなかった。


 だから、少年と同じように、無邪気に喜んだ。

 騎士になれるなんて夢のよう……。

 しかし、エレピピのその希望は一瞬で吹き飛ばされることになる。


 無邪気に喜ぶ少年と両親を見て、その時のことがフラッシュバックしてしまったらしい。

 自分の時とはあまりに違う。違いすぎる。と。

 想像するだけでも、胸が悪くなるような話だ。吐くのも無理はないのかもしれない。



 騎士の天職が出た男の子は、騎士候補生エスクワイアとして、騎士養成所に入ることになる。そこでの数年間の鍛錬を経て、正式な帝国騎士団の騎士となるのだ。

 もちろん、騎士候補生でも賃金が国から支払われる為、騎士というのは、栄誉も実入りも良い職として、滅多になれないが、人気の花型職業であるのだ。

 しかし、女の子の場合は、エレピピの時のようになることが、ほとんどなのだそうだ。


『騎士』の「男」と「女」。

 これが、この世界の現実だった。





 ◇◆◆◆◇





「……というわけで、このポスターを神殿に一枚貼らせてほしいんですよ。そして、できればまた騎士の娘が出たら、それとなく紹介してくれると嬉しいんですが」

「わぁ、すごく綺麗な絵ですね。ジローさんが描いたのですか? 私としても女性騎士問題には胸を痛めていましたから。喜んで協力いたしますよ」

「ありがとうございます。神官ちゃ……さま」


 神官ちゃんに頼んで、予定通りポスターを貼らせてもらった。

 さらに、わずかばかりだが献金もした。

 本来、祝福を受ける時にするものなのだが、俺がやったときは無一文だったので払わず出世払いにしてもらっていたのだ。

 さらに、ディアナの件で、高貴なるエルフがいるとかいう噂を流さないで欲しいと、言おうかとも思っていたが、どうせ騎士隊やるならある程度の名は売らなきゃならないってことで、やめておいた。


 ポスターは、日本のCGサイトでダウンロードした、かっこいい女騎士のイラストをプリントアウトして、文言はオリカに書いてもらった。文面は少々うさんくさくなってしまったかなと思うが、ま、問題あるまい。ブラック企業でもこんな感じのが多かったし。

 これを見て応募してくる子は滅多にいないだろうが、エレピピのようなトラウマを抱える子が、少しでも減ればいいなと思う。



 ―――――――――――――――


 隊員募集中!


 エリシェを拠点に活動する非営利団体「アルテミスの騎士」では、女性の騎士を募集しています。

 あなたも、エルフの姫を守る騎士になってみませんか?

 せっかく「騎士」の天職を授かったのに、活かす機会がない……、そうお嘆きの貴女! 年齢不問、種族不問ですので、是非お気軽にお問い合わせ下さい!

 活動内容等は面接時にて。


 ―――――――――――――――





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?