「あ、クランについて聞くのわすれてた」
神殿を出てから思い出したが、もともと今日は神官ちゃんにクランについてなにか知っていないか聞くつもりだったのだ。
少年の祝福の儀だの、エレピピの件などあって、すっかり忘れてしまっていたな。まあ、また今度でいいか……。
そのエレピピだが、今はもう元気を回復してマリナと騎士談義をしている。
ときどき、ああいう揺り戻しがあるが、少しすれば落ち着くから問題ない――とは彼女の弁だが、「嘔吐するほどのトラウマ」というのは現代社会に育った俺には想像しにくいものだった。
――これは、後で聞いた話だが、エレピピの家はもともとは帝国貴族――といっても下級の――だったらしい。
エレピピの父親は若くして家督を継いだが、事業の失敗などありエレピピが生まれる前に家は没落。その後は帝都からエリシェへ移り住み、お家復興など口に出すのもはばかられるほど困窮していたのだとか。
だが、エレピピの両親は、没落してからもずっとお家復興を願っていた。かつて、栄華を誇っていた時代の生活が忘れられなかったのだろう。
そんな中、ふたりの間に長女エレピピが生まれる。
両親は当然エレピピに期待した。貧困にありながらも良き天職に恵まれるよう、より多くの祝福を授かれるよう育てられた。
エレピピは両親の期待を受け、明るく活発で礼儀正しく、可憐に美しく成長した。
そして運命の10歳の誕生日。
彼女は祝福を受け、騎士の天職を授かった……。
その時のことを、今でもときどき夢に見るという。
顔面を蒼白にし、表情をなくした母。
「お前は親不孝な娘だ」と吐き捨て、儀式の途中で神殿から出て行ってしまった父。
その日以降、突然冷淡になり妹だけを可愛がるようになった両親……。
「……聖騎士ならよかったのにね」と、エレピピはつぶやいた。
ただの騎士と違い、聖騎士ならば女性であろうと問題ないのだそうだ。
そこに、どれほどの違いがあるのかはわからない。だが、そうなっている、そう決められている。それだけが真実なのだった。
ちなみにお家再興という点では、どこかの貴族と結婚するという手もあった為、エレピピの両親は貴族時代の伝手を使い――エレピピが祝福を受ける前から――それなりの根回しも開始していたのだそうだ。貴族との縁談がまとまれば、お家復興も現実味を帯びてくる。天職も普通のもので構わない……。
だが騎士。――――よりにもよって、騎士。
「女騎士は結婚もできないってのか? 貴族の嫁なんて天職があるわけでもなし、関係ないだろ」
俺は不思議に思い質問した。騎士では縁談も上手くいかないというエレピピの話が理解できなかったのだ。
「……結婚自体はできるよ、若旦那。でも……貴族はだめ。騎士の女は不具とみなされるし、結婚相手には決して選ばない、選ばせない」
「それはまた……なんつーか。でもそんな了見の狭いところに
エレピピはいつもと変わらぬ無表情のまま、目を伏せ言った。
「……簡単に言わないで。そんな……単純なことじゃない」
俺なりのフォローのつもりだったが、ちゃんとしたリアリティを持って理解できてはいなかったのだろう。
気軽な慰めは、時に人を苛立たせるものだ。
「……悪い。無神経だったな」
「あ、……ううん、あたしのほうこそゴメン。……ちょっとだけ、ナーバスになってたみたい」
エレピピは――没落したとはいえ――貴族の家に生まれた宿命として、結婚の自由がないことは理解していたのだそうだ。そして、それが両親の願いなら――と、自然に考えてもいた。
しかし、それも叶わなくなった。両親にも見放された。
結果、エレピピは――グレた。
密かに憧れていた役者になると宣言し、勢いで劇団に入ってしまった。だが、それに関しても両親はなにも言わなかったらしい。
家は、出なかったそうだ。
お気楽に家出しちゃう現代日本じゃあるまいし、そう簡単に家は出られない。通いで稽古したりしていたらしい。
まあ、その後、心境の変化だの家族との距離感だの妹への負い目だの……、祝福から7年もあり、いろいろあったらしいが――
「……もう、ずっと前の、子供のときの話だからね。いまだにギクシャクしてるなんてのはないよ。妹はあたしを恨んでいるかもだけど……」
「さっきも、ちょいちょい話に出てきたけど、妹がいるんだな」
「……うん。あたしの代わりに両親の期待を背負ってる妹。まだ12歳だけど、いっつも『お姉ちゃんばっかり遊んでてズルいです!』って私が叱られてる」
「しっかりもんなんだな」
「……そう。……というより、しっかり者にならざるを得なかった……のかな。私の両親、期待が重い系」
エレピピの妹は、レア天職「秘書」を授かり、役所で働いているのだそうだ。まあ、当然、働くといっても「弟子」として――なので、給料的にはお察しなのだが――
「……あたし、結果的にただのスネカジリだから。劇の出番があるときは、少し収入あるけど、ない時は本当にただの穀潰し」
「つまり、役者ときどきニートってことか。ちょっと親近感湧く感じ」
「……ニートって?」
「厳密な定義は忘れたけど、簡単に言えば、仕事もいかず教育も受けず弟子にもならない若者……ってとこかな」
「……じゃあ、それ」
「そっか。俺もニートみたいなものだったからさ。今はいちおう働いているけどね。よく親には働け働けと怒られた――って悪い」
「ん? ……ああ、大丈夫だよ。親との関係、もうそんなに悪くないし。なんでもいいから働いて家にお金入れろって、あたしもときどき言われてる」
そういって、薄く微笑むエレピピの横顔に指す、寂しさの気配。
決定的な溝は、埋まってはいないということなんだろうな………。
エレピピは、誰に聞かせるという風でもなく呟く。
「……ひとつだけ。親の前で上手に感情を出すことができなくなっただけ。これだけは、どれだけ演技の練習をしても……どうしても、できない……」
いつも無表情なエレピピ。
マリナと話している時は、けっこう表情豊かに見えるし、演技している時などはまるで別人のようだが、両親の前でだけは、どうしても上手くやれないのだそうだ。
そして「親が一度も公演を観に来たことがないのが救い」だと、諦観の微笑みを見せた。
「そういえば、親って小遣いくらいくれるの?」
俺は話題を変えるべく切り出した。
微妙に失敗しているような気もしたが、エレピピはプッと吹き出し、唇を微妙に尖らせ、言いにくそうに呟いた。
「……ときどき、い、妹にもらったり……ね……」
まあ、そういうことも、あるよね!
俺たちは笑いあった。
しかし、12歳の妹に小遣いをせびるとは……。
エレピピは、思ってたよりダメな感じの子なのかもしれないな。
◇◆◆◆◇
次の日、俺は
エリシェの蚤の市は定期的に行われており、市場と違い、市民が古道具などの不用品を売るというイベントであるため、掘り出し物が見つかる可能性が高い。
蚤の市には、朝一番に訪れる必要がある。
掘り出し物があったとしても、他の業者も当然それを狙ってくるのだ。ならば、足で稼ぐ――というのは変だろうか、とにかく、最初に見つけて買い付けてしまうしかない。
基本ナマケモノの俺も、蚤の市のある日だけは早起きする。
7時には現場に到着して、アクビしながら商品の準備をする出店者を一番にチェックするのだ。
朝が弱いディアナは起きてこないので、お供は基本的にマリナだけ。
昼くらいには、荷物置きと昼食を兼ねて、一度屋敷に戻るのだが、
「どうして起こしてくれなかったのです! 今回こそは私も行くと言ってあったのに!」
「おお、姫! 朝バタバタしていてすっかり忘れてしまったであります。次回こそは忘れないようにするであります!」
「こっ、この! マリナのアホ!」
というやり取りがあるが、それはどうでもいいことか。
荷車を引いて商品を会場に運び入れる青年がいたので、早速見に行ってみる。
こっちもあっちも変わらないだろうが、蚤の市のブース造りなんてのは簡素なもんだ。基本的には、敷物の上に持ち込んだ商品を並べて終わり。お値段は出店者に聞いてね! というスタイルだから、値札だって必要ない。
実際、商品はすぐ並んだ。
「おはようございます。早速見させていただいてもいいですか? なんだか、珍しそうな物が多いですね!」
「あ、おはようございます。いやぁ、うちのじいさまが亡くなりまして、その遺品整理なんですが、わけのわからない物が好きなじいさまでしてね。こういうガラクタばかり残ってて困っちゃいますよ。お金で残しててくれればよかったのに」
なるほどなるほど。これはラッキー。
一番
好事家の年寄りが亡くなって、まったく興味のないせがれが売り払う。
この黄金パターンに
かつて、近所のフリマで素晴らしい細工の施された和竿のコレクションを、まとめて仕入れたことがある。
出店者(娘と思しきおばさん)はただの汚い竿としか思っていなかったらしい。なんと、それを一本1,000円で放出していたのだ。
俺も、和竿についての知識はなかったわけだが、それでも一本5000円程度にはなるだろうと見た。
見たわけだが、――実際は一番高いものでなんと47,000円もの値が付いた。もっとも安いものでも8,000円。
つまり、宝の山だったというわけだ。
オクでその値が付いたということは、定価は最低でもその倍程度するものだったのだろう。
詳しいことはわからないが――入札者の質問や、落札者のコメントなどを見るに――ほとんどが有名な作家の手によるものだったらしい。
その時の一連の俺の出品は、ネットの和竿愛好家の間で、ちょっとした話題になったのだとか――。
閑話休題。
つまり、そんなことが普通に起こりえるほど、蚤の市というのは一発のでかい掘り出し物が見つかる可能性を秘めている、というわけだ。
青年が並べた商品を、こっそりと「真実の鏡」で鑑定しながらチェックしていく。
単純にデザインが変わっているだけの陶器の皿、銀色のカエルの置物、装飾は美しいが肝心の中身がない剣の鞘、人の顔に見える石、空瓶のコレクション、木を削りだして作られた面……。
残念ながら、どれも並の品だったようだ。鞘と面は気に入ったので買ってもいいかな、というぐらい。
日本でオクに出すという用途では、カエルも空瓶も十分売れるだろうが、そんなにたくさん買っても持ちきれないという物理的問題があるからな。
「あ、あとこれもあるんだった。これはちょっと珍しいですよ」
今思い出したという風に、青年がカバンから取り出したのは、どこか見覚えのある巻物だった。
すすぼけた羊皮紙で作られた、ゲームで見かけるような
「変な巻物でしてね。中身は地図なんですが、中に書かれた内容が指で押すと切り替わるんですよ。手紙みたいなもののようなんですが。どうです? 珍しいでしょ」
「へぇ。確かにかわってますね」
純粋に驚いたふりをしながら、俺はこれをどう手に入れてやろうか考えていた。
もしかして、いや、もしかしなくても、ずいぶん前にエフタが見せてくれた「クエスト発注書」で間違いない。
ディアナを賭けて勝負をしたとき、彼が市長から受け取ったのと同じものだ。
いちおう開いて確認するが、タッチパネルの如く、画面? を押すと情報が切り替わる魔法の地図だ。文字のほうは、読めないのであきらめる。
まあ、どちらにせよ買うのだ、内容はあとで確認すればいいだろう。
交渉の結果、鞘とお面と巻物の三つを銀貨3枚で買うことができた。当然というか、青年は魔法の地図の相場など知らなかった。
魔法の地図の相場はたしか(エフタを信じるならば)金貨20枚である。とすると、およそ100分の1の価格で買えてしまったことになる。
これだから、蚤の市めぐりはやめられないぜ。グフフ……。
後で確認したら、スクロールの中身はこうだった
『おかあさんの病気を治す魔法の果実を取ってきて欲しいんです。果実は北の森の近くの丘に自生しているらしいのですが……』
あ、あれ? すげー情報少ない。
前にエフタのを見せてもらったら、かなり詳細な情報(報酬とか)まで書いてあったような気がするけど……。
まあ、「真実の鏡」で確認すればいいか。
――――――――――――――――――――――
【種別】
クエスト発注書 (normal mode)
【名称】
No.01068
蹲る獣と空色の無花果
【解説】
アイテム配達クエストの発注書
難易度 D
母親の病気に効くという果物を少女へと届けよう。
果物はルクラエッラ西の森の傍の丘に立つ木に実るらしい!
噂では魔法の果実はモンスターの好物だという。
戦う準備だけはしておけ!
【魔術特性】
クリア後は報酬に変化
【精霊加護】
なし
【所有者】
ジロー・アヤセ
――――――――――――――――――――――
難易度 Dか……。
たしか、前にエフタに見せてもらった奴も難易度Dだったな。
あれは、坑道の奥のゴブリンマザーを討伐せよ! というやつだったわけだが、それと同等の難易度ということか?
Dランクというと、そんなに難しくなさそうに感じるわけだが……だがしかし、一番下がどこにあるのか不明なので微妙かも……。
一番下がDならいいが……、もしEが一番下なら? さらに下にFがあったなら?
最低難易度がFだった場合、難易度Dはイメージほど簡単ではないものであるだろう。
てか、死ねる。余裕で。
果実食いにきたモンスターとバッティングして、俺自身が果実になってしまう。
さらに言えば、Aが一番簡単で、Zが最大難易度――という可能性も無きにしもあらず……。
安全パイを取るなら、この地図をエフタに金貨20枚で売りつけたほうが無難である。
金貨20枚はなんつったって大金だ。
日本円で換算したら、300万円だ。エメスパレットでなら、下手したら数年は暮らせるかもしれない。騎士隊の装備なんかもそろえられるだろうし、馬だって買える。
なんなら、もう一人奴隷を買うなんて選択肢もあるのかもしれない(さすがに奴隷を買うには足りないだろうが)。
クエスト報酬もわからないし、金額的には確実にそっちのほうが有利だろう。
だが、俺はそのパイを切りたくなかった。
だって、やってみたいんだよ!
クエストやってみたいんだよ!
金の問題は二の次じゃん。生活困窮してるならともかく、わりと余裕あるんだし、せっかくのクエストなんだから受けてみたいじゃん。
次に、魔法の地図が手に入る予定なんてないんだし、今回はスーパーラッキーで手に入れることができただけなんだから……。
モンスターが出たとしてもレベッカさんかシェローさんがいれば、なんとかなるだろ、きっと、多分。
まあ、問題は――果物がどこにあるのかわからんのと、そもそも1000年前の地図と言われてるものが、現代でも通用するのか不明なのと、なにより、果物を渡す少女がもうとっくに死んでると思われるということ……。
普通に詰んでるわけだが、まあ、試してみればいいだろう。
魔法の果実だけでも手に入ったらエフタにでも売ればいいし、クエストも完遂できなかったら地図をエフタに売ればいいもんな。
そうすれば、ずっと放っている「御用商と商取引をしよう」のお導きも達成できるし、どちらにせよお得である。
そんなことを考えながら、魔法の地図を眺める。
地図に描かれた地形は、俺の屋敷の周辺とよく似ていた。