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第79話  初訓練は警報の香り


 地図を手に入れたことにより、新しいお導きが出ていた。


『クエストに挑戦してみよう 0/1』


 初クエストだから出たのか、常にクエストとセットなのかはわからないが、とにかく出た。魔法の地図の依頼に挑戦してみようという意味に違いないだろう。

 クリアすれば、クエストの報酬と、お導きの達成報酬と両方貰えるということになるわけで、かなりお得である。

 もっとも、クエストの報酬がなにかはわからないけれど。


 とはいえ、例のクエストは、戦闘の準備をしておけと書いてあるわけだし、それなりに危険がありそうだ。クエストタイトルからして『蹲るうずくまる獣と空色の無花果いちじく』である。モンスターというか、魔獣みたいなものと戦うことになる可能性は否定できない。


 とりあえず、もう少し訓練して、強くなったと実感したころに挑戦したいところだ。せめてシェローさんに一太刀入れられるくらいには。


 その訓練だが、今日からエレピピが合流する。

 舞台役者の仕事が(いちおう)あるので、いつでも合流できるわけではないが、せっかく騎士隊を――たとえ名目上だけのものであっても――作ったのだから、なるべく参加してもらいたい。

 それに、騎士隊として活動するならば最低限の強さは欲しいし、まだエレピピは17歳。騎士の天職の作用でいくらでも強くなれるはずだ。



「さて、エレピピの武器どうします?」


 朝、いつも訓練をしているシェロー家近くの草原である。

 エレピピが参加するにあたって、彼女がメインで使う武器を決めなければならないが、そんなに何種類も武器があるわけではない。

 剣やナイフなんかは俺の趣味でもあるし、多少はあるが、鈍器系はぜんぜんだ。

 まあ、騎士ってんだから、剣か槍か、せいぜいメイス、フレイル、弓なんかもいいか……って、あんがい幅が広い。

 同じ騎士天職の先輩、レベッカさんに決めてもらうのがいいだろう。


「そうね。一通り試してもいいんだけど……、エレピピは、そんなに体格が良いわけでもないしオーソドックスに剣と盾でいいんじゃないかしらね。うちには盾持ちいないし」

「盾ですか」


 確かに片手剣と盾ってのはRPGなんかじゃ基本スタイルで、超安定のスタンダードである。

 なぜかうちは攻撃特化型みたいのばかりになってしまっているから、丁度良いかもしれない。


 それに、奴隷であるマリナや、歴戦の戦士であるシェローさんレベッカさんと違い、エレピピはこっちが雇ってる他所の家の子だ。

 それを考えると、ケガをさせたり、まして死なせたりなど絶対にできないわけで、防御に寄った装備のほうがベターだ。


 うむ。これしかないような気がしてきた。


「いいですね。それでいきましょう。問題は盾がないことですが」


 誰も盾を使う者がいないし、前に買ったのもオクで流してしまった。

 まあ、今度買ってくることにして、今日の所は片手剣の基本的な訓練を積めばいいかな?


「ジロー。そんなこともあろうかと作っておいたぞ。ホレ」

「!?」


 木製の盾を放ってくるシェローさん。

 い、いつのまに……?


「盾だけじゃないぞ、訓練用の武器は一通り作っておいた。昔から、訓練武器は自作と相場が決まってるもんだからな。わはは」


 あ、ありがてぇ……ありがてぇ……!

 どうやら、シェローさんが思わぬ器用さでもって、訓練用にと数々の木製武器を制作してくれたらしい。

 剣に大剣に槍に斧に盾に短剣。

 重さには欠けるだろうが、ケガの心配なく実践的な訓練ができるだろう。


 エレピピの訓練メニューは、いつものようにレベッカさんに一任。

 マリナの時ほどではないだろうが、かなり過酷な内容になるだろうな。


 じゃあ、今日も元気に訓練をはじめよう!



 ~2時間後~



「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」


 仰向けに倒れ、ぜいぜいと喘ぐエレピピ。

 訓練に使った木製武器を放り出し、汗みずくで酸素を求めて胸を上下させている。


「う~ん。ちょっと初日から激しすぎたかしらねー」

「いつもこれくらいですし、いいんじゃないですか」

「そう? でも嫌になってやめる~って言うかも」

「これで音を上げるようなら、騎士隊やるのなんて夢のまた夢ですし……。だいたい、みんなある程度以上の歳になってから騎士訓練開始ってことになりますし、通常より厳しいくらいじゃなきゃ遅れは取り戻せないでしょう。慣れるまでは辛いけど、がんばってもらうしかない」


 エレピピは17歳。天職を授かってから、もう7年も経っているのだ。

 戦闘訓練のゴールデンエイジがあるのかどうかは知らないが、10歳から地道に訓練を開始したような人間には、なかなか敵わないだろう。


 騎士隊は(ほとんど)俺の道楽ではじめるようなもんだけど、だからといって完全にお飾りというわけにはいかないのだ。

 女ばかりの騎士隊なんてやれば、必ず目立つ。

 目立てば、この前の野盗の例を出すまでもなく、良くないものを惹きつける。

 そういう時の為に、ある程度以上の力は身につけておきたいのだ。



「ハァッ……ハァッ……ハァッ……ハァッ……」

「どうだ、落ち着いてきたか?」


 エレピピは、初日からレベッカさん相手に例の(俺もシェローさんから受けた)実践防御訓練を受けていたのだ。それも2時間ぶっ通しで。

 あれは初日が特にツラいからな。こうなるのも無理はない。

 むしろ、よく頑張ったといいたいぐらいだ。


「……ハァ……ハァ……わかだんな……、いつも、こんな感じ、なの?」

「いや、今はさらにグレードアップしてる。最悪の訓練のときは、あれを全員対一人でやることもあるぞ」


 もちろん1対1が基本だけど、シェローさんとレベッカさんの訓練メニューはそれだけに留まらない。

 さすがは元傭兵団員ということなのか、多人数と戦う方法、飛び道具への対処法、上手い逃げ方、現場にあるものを使った小技、魔獣との戦い方(傭兵団では、強力な魔獣を倒すような仕事もわりとあったのだとか)、仲間との連携、戦場食の知識、野営の心得、などなど。


「…………」

「やめたくなったか?」


 エレピピはいままで、こういう訓練はしていなかったのだ。

 それにあの訓練は、本能的に死の恐怖を感じるというのもあって、とても厳しいもの。

 向いてない人間には無理だろう――って時に、天職があると違うんだよな。

 俺は、エレピピの答えを聞きながら、改めてそう感じていた。


「……ううん。楽しい。……疲れるけど、みんなまっすぐぶつかって来てくれて、すっごく楽しいよ。でも……ひとつだけ、あたしついてけるかだけ心配」


 柔らかく微笑んで、こんなことをおっしゃるからな。

 ほんと、騎士の子はみんないい子ばかりやで……。


「まあ、まだ初日だから。あの訓練は大変だけど、すぐ気持良くなってくるよ。脳内からヤバイ物質がドバドバでる」

「……かも」

「ははは、ま、とりあえずこんな感じだけど、改めてこれからよろしくなエレピピ」

「……うん。こちらこそ、ふつつか者ですが、よろしくおねがいします」


 ディアナとマリナが、

「なんかあそこ良い雰囲気なのです」

「主どのは新入りには優しいであります。アメとムチであります」

「ほとんど飴なのよ」

「姫はムチのほうが好きでありますか?」

「それはそれで……って何言ってるのよ!」

「わひゃぁ~」

 とかやってるけど、俺たちのことを言ってるんじゃない……だろう。


 ちなみに俺とマリナとディアナは、護身用の片手剣での戦い方をシェローさんから教わっていた。

 俺が持ち歩いてる魔剣は刀身だけで1メートルほどもある長剣だ。

 扱いも(重さ的には片手でもいけるが)両手持ち。いつも佩刀してはいるが、邪魔っちゃあ邪魔である。

 マリナにいたってはクソ長いハルバードだ。

 それしか武器がないからいつも持ち歩いてるが、戦場じゃあるまいし、どう考えても邪魔である。街中では、剣だけでなんとかなるようにしておいたほうが良いだろう。

 ディアナは訓練では弓を使うのがほとんどだが、せっかくだから、ということで。

 まあ、片手剣自体も一本も持ってないし(激しく錆びついたのなら一振り持ってるが)、全員分買いたいな。

 そんで、できればミスリル銀以上の素材がいい。高いけど。

 鋼は持ち歩くには重すぎる。


 ――ちなみに重さ=威力なので、ミスリルという単語から連想するほどミスリルが強いわけではない。防具には軽くて強く優れているが、武器としての用途なら重さも粘りもある鋼のほうが優れてるらしい。




 午前中の訓練を終え、昼食タイムとなった。

 訓練をやる日は、みんなで昼食を取ってから店に行くパターンが多い。

 昼食はオリカに用意してもらい、マリナがオリカごと運んでくる。


「では、一度屋敷に戻ってオリカと昼食を連れてくるであります!」

「昼食も連れてきちゃうのか。いや、まて、ちょいストップ、マリナ」

「待つであります! 待つのは得意であります」


 突然だが、話はさかのぼる。

 ネットオークションにまとめて出品していたインチキ業者のレースが、昨日無事に落札されていた。


 結果としては――驚くなかれ――126,000円にもなった。

 これには俺もちょっと腰を抜かしたものだが、質問者や落札者のコメントによると、「リアルアンティークの素晴らしいコレクション」ということなのだとか。

 まあ、高く売れるに越したことはない。異世界マネーは稼げても、YENは稼ぐの大変だし。


 ただ、これにより娼婦御用達店で買ったほうのレースは、だいぶ出品しにくくなってしまったのも事実である。

 必ずしも、娼婦御用達店のレースのほうがさらに高い――というわけではないにしても、無用なリスクを負う必要もない。


 必殺技の「祖母の遺品を整理してたら出てきた」は、一種類に対して一回こっきりの裏ワザなのだし、な。


 昼食のため、馬に乗りかけたマリナにおつかいを頼む。


「ついでに、前に買ったレースと昨日の地図もいっしょに持ってきてくれ」


 レースはもともとハンカチが欲しくて手に入れたものだが、襟や袖用のやリボンなど、いろいろまだ残っている。日本では売らないが、だからって、こっちで売るのもイマイチ。なんか使い道がないか、みんなで考えたいのだ。

 あと、魔法の地図もせっかくだし、レベッカさんにでも見てもらっとこう。場所わかるかもしれないしな。


「置き場所、どこにあるかわからなければ、オリカが知ってると思うから」

「がってん承知の助であります!」

「どこで覚えてくんの、そういう言葉」


 馬を駆り颯爽と屋敷へと向かうマリナ。

 その姿に瞳を輝かせるエレピピ。


「……先輩かっこいい……」

「エレピピも乗馬の練習しなきゃな。ま、すぐ乗れるようになるよ」


 なんせ騎士の天職持ちだかんな!

 俺なんて未だにおっかなびっくりだよ。




 ◇◆◆◆◇




 レースやら地図やら食料やらオリカやらを満載してマリナが帰ってきた。

 馬ってけっこう積載能力あるよな。馬力が違うぜ。


 みんなで楽しくランチタイムを楽しんだ後(エレピピが昼食付きというのを妙に喜んだ)、レースに何か使い道がないか話し合った。


 結果から言うと――


 馬を飾ったらかわいいであります。(マリナ)

(コスプレ)衣装をこっちで作る時の素材。(俺)

 舞台衣装に使えるから少し分けてほしい。(エレピピ)

 騎士隊の記章でも作ろうか、これで。(レベッカさん)

 部屋飾りを作るので少しわけて貰えると嬉しいです。(オリカ)

 投網にして敵に投げつけよう。(シェローさん)

 馬を飾ったらきっとかわいいのです。(ディアナ)


 まず、シェローさんの案は却下。なぜ戦闘に使う……。

 でも投網自体は相手を無力化するのに、良いってことで、今度ホームセンターでなんか買ってこよう。


 エレピピとオリカには少し分けてやる。なんせ、すげー沢山あるから問題ない(量的には、悪い表現だが、ゴミ袋一杯くらいある)。


 俺の案は、まだ衣装作りのアテがないので、ひとまず却下だな。


 マリナとディアナはなぜか二人とも馬を飾りたいらしい。事前に話し合ってたのかな。馬が殺風景でござるとかなんとか。


「というわけで、レベッカさんの案でいきましょう。みんなでおそろいのレースで飾った騎士隊ってのも、わかりやすくていいかもしれませんし。女性らしい繊細さのあらわれにもなる」


 基本、自分のぶんはレースを好きに使って自分で作る、もしくは誰かに作って貰うということで方針も固まった。

 俺だけズルして細工師のビル氏に発注しちゃお。



「それとですね、ずいぶん前にエフタさんから見せてもらった、魔法の地図覚えてます? あれと同じもの手に入れたんですよ」

「え? あれって確か、かなり高いものじゃなかったかしら」

「まあ、そうなんですが、掘り出し物で。で、地図の場所がこの近くっぽいんですが――」


 そう言いながら、マリナから地図を受け取る。


 受け取ったと同時に『ピルピルピルピルピー』と間抜けなサウンドが響き渡った。


 けっこう前にも鳴ったことがある、モンスターアラームだ。


 モンスターが湧いたことを知らせる魔道具。

 貴重なものだが、モンスター狩りを委託されているシェローさんの家には、一つだけ貸与されているものだ。


 しかし「あら、食後の運動だわねー」と、ノンキなレベッカさん。

 まあ、強いのはこのへんでは出ないということだし、前に戦ったスケルトンも弱かったからな。


「主どの! タイチョーどの! 今日は、マリナにやらせてほしいであります」


 マリナが張り切って手をあげた。


「ん? 俺は別にかまわないけど……ってああ、お導き出てるって言ってたっけな」

「そうなんであります。マ、マリナまだ生まれてから一度もお導きを達成したことがないのでありますし」

「私もいいわよー。でもなにがあるかわからないから、準備だけはちゃんとしてね」

「がってん承知の助であります!」

「……だからなにその言葉」


 と、和気藹々とした俺たちの中にあって、なぜかディアナだけが青い顔をして、視線を彷徨わせている。


「ん? どうしたんディアナ。なにか心配ごとでも――」


「だ、誰も外に出てはダメなのです! すぐ……すぐそこに湧いた……!」


「えっ? それってどういう」


 そういえば、最初にモンスターが湧いた時に、ディアナだけは湧いたことを知覚していた。

 だけど、モンスターは森に湧くものなんじゃ……?


「いえ、すぐそこに突然前触れもなく湧いたのです! それも、強力な……! 骨とは比べ物にならないものが!」


 珍しく取り乱して訴えるディアナ。

 なんだかヤバそうだな……。


 だからと言って、家に引きこもっているわけにはいかないぞ……。

 マリナのお導きがどうのってより、モンスター退治がシェローさんの仕事でもあるからだ。放っておいて街のほうへ行かれでもしたらコトだ。


「強いモンスターでありますか? なら、マリナが行くであります。マリナがダメそうだったら、主どのと姫とエレピピは逃げるであります。……足止めくらいならできるはず、です」


 テンパって飛び出していきそうになるマリナ。


「ちょ、待てよ。早まるなって!」

「そうよー。落ち着きなさい」

「待つのは得意でありますが……でも……」


 マリナは我々の中では最も装備がいい。

 ちゃんと鎧を装備しているし、武器もモンスター退治には有効そうなハルバードである。

 だからまあ、マリナが戦うこと自体はいいのかもしれないけど、どうせ戦うなら全員でやったほうが確実だろう。


 だけど、まあ、今回はイレギュラーな事態のようだし、プロに任せたほうがいいだろう。

 おふた方! お願いします!


「じゃあ、私達が見てくるからね。あなた達は待ってなさい」

「そうだぞ。スケルトンぐらいならともかく、高位のモンスターはまだお前らにはキツいだろうからな」


 そう言って、シェローさんとレベッカさんが気負わぬ足取りで表に出て行った。この落ち着き様。なんたって場数が違うな。


 しかし、二人はすぐに戻ってきた。


「……裏の木のとこに、けっこう大きい魔獣が寝てたんだけど……」


 魔法の地図が赤く輝いていることには、その時やっと気が付いた。






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