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第89話  夜の儀式は伝統的遊戯の香り



「え?」


 なんて?


「いつもは、その……奴隷ちゃんたちと……してるんだろうし、今日はやっぱそのつもりなのかなー? なんて。……私も、……勇気、出してさー。……けっこう、その……そのつもり・・・・・で来たんだけど……。エトワも寝たみたいだし。……エレピピはどうするのか知らないけど」


 え、ちょ、ちょっと待って。

 なにをですか? ナニをですか?

 そのつもりって、どんなつもり?

 あれ? なにこの展開。どこでフラグ立ったの?


「……あたしもいいよ、若旦那」


 エレピピが小さく呟く。

 俺の位置からは、暗さもあってどんな顔してんだか確認できないが、マジかよ、おい。

 向こうで笑いを噛み殺してるんじゃないだろうな。みんなで事前に話合って決めてたドッキリ企画なんじゃあるまいか?


 よし、落ち着け。落ち着こう。

 ここで、「うっほほい、いただきます!」とやると、大失敗するってのは今まで数多のラブコメから学んできたこと!

 いくらなんでもドッキリ企画はないにしても、どうせ「寝る前のシリトリ合戦しないの?」とか「寝る前の枕投げしないの?」とか、より都合よく解釈しても「おやすみのキスしないの?」ぐらいのものであることは確定的に明らか!


 だって、そうじゃん、こんな大部屋で、六人もいてね、そんなことあるわけないじゃん?


 どうせ「ゆうべは|(しりとりを)おたのしみでしたね」とかいうアレに決まってるじゃん。


 そうだ、そうだ。

 落ち着け、深呼吸して……。


 俺が脳を目まぐるしく回転させながらも、見た目は仏の様にして黙りこんでいるのを、同意と受け取ったのか、レベッカさんは意を決したように上半身を起こし、腰をずらして左足からベッドを降り。

 そのまま――俺のベッドに腰掛けた。


 体重で軋むベッド。

 普段はポニーテールにしている赤い髪を降ろし、寝仏陀の恰好で固まっている俺を、やさしく潤んだ瞳で見下ろしてくる。

 熱量すら感じる至近距離に、風呂あがりの赤髪の美女である。

 エトワ以外は、間違いなく全員起きているはずなのに、レベッカさんの吐息だけがやけにリアルに耳朶を打つ。


 ……あ、あれ?

 ……これって……マジっぽくね?


 シリトリとかそういうお遊戯的な事じゃなくね?

 二十一歳童帝さまの俺でもわかる。これは本気で抱かれに来てる!!


 だがしかし、なんでまたそんな。

 レベッカさん、俺なんかが相手でいいのかな。

 いいってことだと考えるしかないよな。

 シェローさんだって、よろしくって言っていたしな。

 でも、俺自身にその覚悟がないんじゃないのかな。

 でも、ここまで来ちゃったらな。

 噂のSUEZENだしな。

 そいつは食わないと恥ずかしくて道歩けなくなるレベルって話だしな。

 でも六人部屋だしな。

 背中に誰のものとは言わないが視線が突き刺さってるしな。

 我々の世界の常識では、こんな大部屋でなんて考えられないんだけどな。

 でも異世界だからな。

 ましてや、異世界での夜の生活なんて思いもよらないものだからな。

 てか「いつもは奴隷としてるんだろうし」って、レベッカさん普通に勘違いしてるけどな。

 実際にはまったく一度もキスすらしてない関係だけどな。

 でもそりゃ勘違いもするよな。

 一つ屋根の下で暮らしてるんだからな。

 ましてや、ディアナは立場が難しいけど、マリナなんかは奴隷なんだからな。


 でも……、実際のところ、それとこれとは関係ないよな……。


「レベッカさん……」


 つい見つめ合っちゃったりして。

 そして、


「ジロー、あのね、その……私、はじめてだからね。……やさしくしてねー?」


 頬を薄明かりでもわかるほどに紅潮させ、はにかみ小首をかしげるレベッカさん。


 う、うおおおおお!

 マジか。

 マジだろう。

 そんな嘘をわざわざつくものか。


 だが……いいのか?

 やはりこういうのは、もっとアレが必要なんじゃないだろうか。


 アレだ。

 そうだ。愛だ。

 愛が必要なのだ。

 こう……お互いの愛が高まり、高まった結果に生じる衝動であるべきだと思うのだ。

 つまり、今こうして冷静に考えている時点で、その衝動が足りてないのではないかと思うわけなのだ。


 正直に言ってしまって、レベッカさんのことは好きだ。

 優しく、美人で、朗らかで、強くて、スタイル抜群、料理だってうまい。それに加えて、俺がこの世界でやっていけてるのは、レベッカさんのおかげと言っても過言じゃない。

 レベッカさんと(シェローさんももちろんそうだが)、知り合うことができていなかったら、とっくに俺はこの異世界からドロップアウトしていたんじゃないか。

 だって、そもそも、エフタとの勝負に勝てていたかどうかも怪しい。

 負けて、精霊石十個の負債を背負って路頭に迷っていたか、下手に市長のことを嗅ぎまわって憲兵に捕まっていたかしただろう。

 それ以前に、最初にシェローさんとレベッカさんが、ギルドで俺のことを庇ってトビー氏を説得してくれなければ、エリシェでの居住権を得ることすらできなかったのだ。そうなっていれば、いずれ捕まって、今日見かけた奴隷と同じように、この街で鉱夫として労働奴隷として使役されていたはずだ。

 エフタの話を信用するなら、エフタとの勝負はディアナのお導きの関係で、俺が必ず勝つものだった可能性がどうのという話だが、それに関しては結局のところ結果論でしかない。

 勝ったから、そうだったのだろうというだけの話だ。


 そんな、俺にとっては、恩人なんて言葉では足りない人。

 そんな女性が、俺とそういう関係になってもいいというのだ。


 しかし、そのベクトルは本当に正しい方向へ向いているのか。

 ディアナのことはどうだ。マリナはどうだ。

 性欲を否定するつもりもないし、別に性欲だっていいじゃないかという開き直りもある。

 だが、やはり最初は愛であるべきに思う。

 お互いに愛でもって結ばれるのが最良であるはずだ。


 とはいえ――


 昔から言うではないか、女に恥をかかせてはならないと。

 男が優先すべきがどちらかなんてのは、わかりきっているじゃないか。

 愛なんてのは、事後承諾で育んでいけばよろしい。

 だいたい、最良の状態で脱童貞したい! なんてのは、いかにも童貞特有の甘い幻想に他ならないのだ。

 まさに、今! この状態で、言葉を駆使して逃れることなどできるものか。


 よ、よし、覚悟完了。

 俺も初めてだが、予習は映像資料などで何度もしたし、完璧と思う。

 あらゆる点で抜かりない――はず。


 覚悟完了などと言いつつも、人生で初めて万引きする小学生のようにソロソロとレベッカさんに手を伸ばした瞬間――


 部屋がカッ! と突然、急激に明るくなった。

 眩しい!

 な、なんだ……!?

 隕石? 落雷? 太陽拳? 照明弾?


 少しずつ目を開けると、空中に浮かぶ、光のたま。


 んん? これって、ディアナが屋敷でいつも出している照明代わりの精霊魔法じゃね?

 人畜無害そうに、ふわふわ浮かんじゃって……。


「……んみゃ? もう朝なんですか? あれ……? なんですか、これ。みなさんもどうしたんです? えええ?」


 急激に明るくなった部屋に目を覚ましたか、もぞもぞとエトワが起きだしてくる。猫みたく「ンー!」と伸びをしていて、完全に覚醒モード。


 一方、俺は背中一杯に冷たい汗をかいて絶賛硬直中。

 レベッカさんも顔を真っ赤にして、俺のベッドに腰掛けた状態のまま半笑い顔で硬直している。


 いざ、コトにおよぼうか! というときに、白日の下(厳密には違うが)に晒すとは、ディアナ! なんて酷い子!


 そのディアナはというと、マリナを横に従えて、自分のベッドの上に直立不動で俺たちを見下ろしている。

 なんなのこの子、なにがしたいの。


「ぬぬぬ、ぬけがけは許さないのですよ、レベッカ!」

「そうであります」

「大部屋だから大人しく今日のところは寝ようと思っていたら、思わぬ伏兵だったのです!」

「そうであります」

「まさかエレピピまでその気になっちゃって、この私を差し置いて!」

「マリナも差し置かれたであります」

「ご主人さまもご主人さまなのです! いったいどう考えているのです!」

「据え膳というやつであります」


 謎の結託を見せるディアナとマリナ。

 よく据え膳なんて言葉知ってたなマリナ。


 俺とレベッカさんは、未だに固まり続けている。


 まさか、こういう形で邪魔が入るとは……。いろんな意味でしぼんじゃったぜ。いっそ今から全員でやるか!? 無理だ。

 しかし、どうする……?

 どうもこうもない。俺が収拾をつけるしかない。

 ぬおおお! キュッと胃が痛くなってきた!


「……は、ははは。変に勘違いするなよディアナ。これはあれだ、あれだ……」

「あれ?」

「ほら……アレだよアレ。うちの地元では夜の儀式として伝統的な……」

「伝統的な?」

「その……シリトリ?」


 無理だった! 完全に疑問形になっちゃった。

 よく考えたら、こっちの世界にシリトリなんてゲームないだろ……。


「そ、そういうわけだから! はい、オヤスミオヤスミ!」


 俺は誤魔化すように(ようにも何も誤魔化し100%だが)おやすみを言い切って、布団をかぶった。キャパシティーオーバーだっつーの! すでに、レベッカさんが俺のベッドに腰掛けた時点で、いっぱいいっぱいだったんだからな!


「シリトリなら仕方がないのです。……ミスミカンダル」


 えっ?


「『ルクラエラ』であります!」


 えっ?


「あ、え、じゃあー、『ライライーラ』」

「……『ライラオーラ』」

「またラですか。では『らっかせい』」


 なんだこれ! 続いちゃった!

 胃が痛くなってきた! 


「ご主人さまの番なのですよ」


「え? えっと……、い? 胃薬……」


「リンクルミー! ヒトツヅキ成立で、ご主人さまの負けなのです」


 パァンと手を打ち鳴らすディアナ。

 なにその謎ルール。てか、あるんだ、シリトリ。


 結局その後、小一時間シリトリは続き、俺はボロ負けし(あたりまえだ! 異世界の知らない単語多すぎだっつーの)、レベッカさんが優勝して幕を閉じた。

 そして、そのまま、なにもなく寝た。

 寝るしかないっつーの!




 ◇◆◆◆◇




 翌朝、俺が起きた時にはディアナ以外はすでに身支度まで終わっていた。

 ディアナだけは、ベッドの上でボーっとしていたが。


 こっちの世界の人は、みんな朝が早い。

 俺は屋敷に住んでいるようでいて、夜は必ず鏡を抜けて日本の自室で寝ているので(なんせ屋敷には余計なベッドが一つもない)、朝もジャパニーズニートスタイルで寝過ごしがちだ。

 そろそろ、自分用のベッドを屋敷に用意して、メイドに起こしてもらう旦那様生活に移行してもいいんだけど……。


 時計で確認すると、朝の七時。

 決して遅い時間ではなく、むしろ早いくらいだが、こっちの人間基準では「朝飯前の仕事を一つ終えてきた」くらいの時間。旅行時なんだしもっと遅くまで寝ててもよさそうにも思うわけだが、起床時間ってのは習慣だからな。つい目を覚ましてしまうものなんだろう。昨夜も、夜の格闘技があったわけでもなく、これといって疲れてないのだし。


 洗面所で身支度をし、部屋に戻ってからなにげなく窓の外を見ると、


「げ。レベッカさん、あいつまだいますよ。『まだ』なのか、『もう来た』と言うべきか」


 昨日、俺たちの後をつけてきていた少年が宿の前の道をうろうろしていた。昨日は半裸と言ってしまってもいいほどの薄着だったが、今日は、革靴を履き(ボロボロだが)、綿のシャツを身に付けている。心なしか髪型もキメているように見えなくもない。


 少年のたくましい体つき、風貌。そこから推察される年齢からいって、もう当然働いているくらいではあると思う。ここにいるエトワだって13歳で働いているんだし、あの少年はエトワよりも年上だろう。

 それに、ここはルクラエラなのだ。肉体労働には事欠かない街だ。肉体労働ならもうこの時間は仕事が始まっていてもおかしくない。

 単純に今日が休みなだけという可能性もあるが――


「ま、外に出てみればわかるか」


 俺はあまり気にしないことにした。

 ルクラエラは基本的にはエリシェ準拠の街だ。つまり、治安もエリシェ並みである。

 俺たちを見て「殺してでも奪い取る」と突然思い立ったなんてことはありえないし、せいぜい、施しを欲しがっているか、なんならちょっと脅してカツアゲでもしたいのか、そんなところだろう。


 宿が用意してくれた朝食を食べ、支度をして外に出る。

 まず、最初の目的地はルクラエラの商工会議所ギルドだ。ミーカー商会のオヤジに紹介状を書いてもらったドワーフ鍛冶師の工房の場所を聞く為。ルクラエラは全員初めてで全く土地勘ないからね。


 外に出ると、案の定、例の少年が話しかけてきた。

 袖まくりしたペパーミントグリーンのシャツに、藍染めの長ズボン。ミルク色した麻の腰巻き。ライラ油でオールバックにまとめた髪。

 昨日、下手クソな尾行をしていた時は夏休みの小学生みたいな格好だったが、今日は「一仕事しちゃうぜ!」という気合が漲っている。


「なあなあ、ダンナさん。ちょっと……いいかい?」


「いいよ」


 俺は軽く答えた。


「ありがとう。ルクラエラは初めて? オレの名前はピボット、鉱物専門の鑑定士をやってんだ」


 へぇ。

 嘘くせーけど、鑑定士なんてあるんだな。

 つまり、そういう天職があるってことだ。

 こいつが鑑定士の天職を持っているかどうかはともかく、ありもしない架空の天職を、さも当然のように話したりはすまい。

『真実の鏡』は俺だけのスキルのはずだから、鑑定士なんて天職があるとすれば、鑑定眼みたいなものがどんどん養われていって、三十代の頃にはスーパー目利きに成長するような……、そんな感じなんだろう。

 少年は鉱物専門の鑑定士と言ったが、俺の『宝石学者ジェロモジスト』のように、『鉱物鑑定士』みたいな専門性の高い天職なのかもしれない。

 いずれにせよ、数の多い天職ではないのだろう。


「へー、鉱物専門の鑑定士なんて珍しいな。それで、なんか用? ルクラエラは初めてだけど」


「ああ。実は、ここだけの話なんだけどね――」


 少年は語りだした。

 彼は鉱物専門の鑑定士として、ある坑道と契約しているらしい。

 鉱物鑑定士は珍しいものなので、坑道単位で契約し、そこで採取された鉱物の鑑定を行うのだそうだ。

 少年は、これでもけっこう有力な坑道の鑑定を任されているらしく、この道五年のベテランなのだとか(天職があるなら五倍効率なので、二十五年やってるのと同じ計算になるのかな?)。

 で、そこで珍しい白い金属が出た。

 それはとても小さいもので、また鑑定士の自分でも見たことがないものであった。

 そして、つい嘘をついて価値のない金属だと言ってしまった。

 その後もその金属は時々採れたが、無価値として捨てることになっているのを、自分がコッソリと集めている。

 実はこの金属はとても価値のあるものなのだ。鑑定士たる自分の眼が確かならば、同じ重さの金よりも価値のあるものだろう。

 しかし、この街では売れない。

 金額的にも安いものではないので目立ってしまう。

 そこで、羽振りの良さそうなダンナに声を掛けたのだ。


 ……ということらしい。

 バックストーリーはともかく、要するにお土産を買わないかということなんだろうか。

 バクシーシ(お施しを!)でも、カツアゲでもなかった。


 それなら、まあ、見るだけ見てもいいか?

 値段によっては買ってやってもいいかもしれない。

 旅行先ではわけのわからんお土産を買って、帰ってから後悔するのも楽しい旅の一部みたいなものだからな。


「で、それを金持ちらしい俺に、内緒で買い取って欲しいというわけだね。うんうん。そうだね、とても良い話だね」


「だろ! で、これがその金属なんだけど――」


「だが断る」


「え! なんで!」


「まだ日程的にお土産を買うには早過ぎるからだ。お土産は旅行の後半に買うもんだ。大事なことだ。これからは気をつけな」


 買ってやってもいいが、こんな初っ端からお土産買ったりはしない。


「う……うん」


 素直に返事をする少年。

 よく見ると、可愛い眼をしているな、こいつ。


「……だが、その金属自体には興味が湧いた。ちょっと見せてみ」


 少年が大切そうに巾着に入れている金属を見せてもらう。

 受け取ると、ズシリと重い。

 なるほど、同じ重さの金より価値があると言うだけある。比重的には金に近いのかな。

 中身は、かなり小さくて白っぽい粒が一握りほど。

 粒のサイズは直径数ミリ程度か。


 う~む。どこかで見たことがあるような金属だな。

 ブラック企業の時に見たんだったかな……、それともこっちの世界だったか。

 ハンダを溶かして作った粒みたいな……。ハンダの原料は鉛とスズだったっけか、なるほど重量的にも似てるかもしれない。でも、まさかな。

 まあ、だいたいからして『ミスリル』とか、他にもいろいろわけのわからん金属のある世界だ。俺にとっては未知の金属である可能性のほうが高いだろう。


 いちおう調べとくか。


“真実の鏡”


 ――――――――――――――――――――――


 【種別】

 金属素材


 【名称】

 レシア・メタル群 ※ルク河川産出


 【解説】

 各種用途のある金属素材。

 河川産のものは精錬をせずに合金素材として使用可能。

 合金化にはレシピ必須。


 レアリティ A


 【魔術特性】

 なし


 【精霊加護】

 なし


 【所有者】

 マルコ・ピボット


 ――――――――――――――――――――――


 聞いたことない金属だった。

 ファンタジー系か。

 真実の鏡もけっこう出てくる情報量に偏りがあるというか、種類と名前、魔術特性と精霊加護、さらに所有者名がわかるのはいいんだが、肝心の解説が適当なんだよな。「~らしい!」みたいな説明も何度か見た気がするし。


「ど、どうだ。それはすごく価値があるものだぞ。ルクラエラでは誰にも知られてないが、帝都なら――」


 必死な感じに口上を述べる少年。


 う、うーん。確かにすごくレアリティ高いらしい。

 鉱山で取れたとか言う割に、河川産とか出ちゃってるけど珍しいという部分はガチのようだ。

 買ってもいいけど、少年本人は俺をだまくらかして売ろうと思ってるってのは間違いないんだよな。河で取れたのを、わざわざストーリー作って売ろうとしてるくらいだし。


 だが俺は、なぜだかこの少年に悪い感情を抱くことができなかった。

 昨日はあれだけ小汚い服装だったのに、今日はこの商談の為にナケナシの一張羅を着てきたからだろうか。それとも、商品を売るためのバックストーリーを作ってきたことに感動したからか。

 なんにせよ、その頑張りを評価してみたくなった。


 こいつは、野盗やチンピラなんかと違うのだ。

 商品を売るために策謀し売りやすい相手を探し実行している。

 おそらく、真実の鏡ではレアと出ているが、ルクラエラではけっこうありふれたものなのだろう。

 ルクラエラに来たばかりの人間を狙うのは、この金属を知らないことに賭けているからだ。その為に、入り口を見張り、新しくルクラエラに来る人間を待ち、自らを鑑定士だと偽り、声を掛けてくるのではないか。


「で、いくらだ?」


 レアリティAの部分に惹かれた。

 金額によっては買ってやってもいい気分。


「ちょ、ちょっとジロー? 買う気なの?」


 レベッカさんが驚く。まあ、確かにね。


「金額によっては、ですけどね。……で、いくらで俺に売りたいんだ?」


 瞳を輝かせる少年。ちょっと詐欺をやるには顔に出過ぎるな。


「き、貴重なものだからな。その袋一つで銀貨……三枚でいいぞ」


 思ったより安かった。

 いや、安くはないか。銀貨一枚は15000円の価値だ。


「へぇ。袋一つってことは、まだあるのか?」


「え? ああ、まだある」


「貴重なものってわりにはずいぶん溜め込んでるんだな」


「う」


「まあ、いいけどね。……そうだなぁ。さっきも言ったけど、お土産はまだ買うには早いからな。一袋だけ買ってやろう。さらに明日お金に余裕が残ってたら、何袋か買ってやる。そのかわり、この最初の一袋は銀貨一枚で売ってくれ。その条件なら買う」


「一枚じゃあ、丸損だよ!」


 丸損ってこたぁないだろう。

 売れるかどうか不明な品を、銀貨一枚以上で仕入れてるなんてことがあるわけがない。


 俺は財布から銀貨一枚を取り出した。

 ルクラエラとエリシェはどの程度物価が違うんだろうか。近いからほとんど同じくらいだろうか。

 それとも、逆に高くなるのか。

 いずれにせよ、銀貨一枚は少年にとっては大金だろう。


「銀貨二枚なら!」


 食い下がる少年。


「…………」


 俺は銀貨を一枚つまみ持ち黙った。


「ぎ、銀貨一枚と白銅貨八枚」

「…………」

「一枚と白銅貨五枚……」

「…………」

「一枚でいいです……」


 わりと簡単に折れた。

 かわいそうなので、おまけで白銅貨を二枚付けてやった。


「あ、ありがとうな!」


「おう。じゃあ、また明日にでもここで待っててくれ」


 そう告げて、俺達はギルドへと歩き出した。


 実際に明日残りを買うかどうかは不明だけど、とりあえず、サンプルを手に入れた。

 ギルドで聞いてみれば、ルクラエラでのこのレシアメタルとかいう金属の正体もわかるだろう。

 本当にありふれたものなら、わざわざ明日少年から買う必要もあるまい。

 まあ、レアリティAというぐらいだから、価値はなくとも珍しい、そんなものかもしれない。

 問題は使い道がないってところだけど、レアアイテムはとりあえず確保しておく! この辺は性分だな。


 あとは、ドワーフ親方が剣を打つのに、どれほどの金額を請求してくるか次第か。

 お土産もいいけど、お金の使い道は計画的にしなきゃ!



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