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第88話  鉱山街はドヤ街の香り



「レベッカさん、ナイトメア族って知ってますか? お導きなんですけど。それに会えって」

「う~ん? 聞いたことないわね。でもお導きなら、ルクラエラのどこかにいるってことなんじゃない?」


 物知りのレベッカさんでも知らないか。


「ディアナは知ってる?」

「ナイトメア族……? 私も聞き覚えがないのです。珍しい種族でしょうか」

 こっちもダメ。まあ、ディアナは知識にかなり偏りがあるし。


 一応、マリナ、エトワ、エレピピにも聞いてみたが、やはり知らないという。ずいぶんマイナーな種族のようだ。

 まあでも、メジャーな種族に会えじゃあお導きにならないんだろうし、仕方がないのだろう。ドワーフ族に会えってんなら楽だったんだが……。

 ま、無理なら無理にお導き進めなくてもいいか。

 精霊石はたくさんあるんだしな。


 さて。お導きもいいが、とにかく宿である。

 ちゃんとギルドを通して予約もしてあるし、抜かりないぜ。


 みんなで、ルクラエラの大通りを進む。

 予約した宿は、大通り沿いにしばらく歩けば見えてくるらしい。


 さて今回の旅行であるが、俺も含めて全員ルクラエラは初めてである。

 比較的、旅慣れているレベッカさんもルクラエラに来るのは初めて。用事がなければただの鉱山だから、それも当然だろう。

 他のメンツに至っては、こういう、ただ遊びに行くだけの観光が初めてだという。まあ、巡礼の風習でもあれば別なのかもしれないが、そうでなければ旅行なんて贅沢の極みみたいなものだからな。

 いや……、ディアナに関しては『お導き』で俺のとこにいるんだし、長い旅行の最中なんて考え方もできるかもしれないか。


 そのディアナは、灰色のフード付きローブを目深にかぶり、俺の隣を歩いている。

 フードをかぶるのは、髪も耳も刺青も丸出しだと非常に目立つからだ。

 ディアナは、初めて見る街に興味を引かれ、やや興奮気味に、あれはなんです? これはなんです? とレベッカさんに訊ねている。エレピピや、マリナやエトワもほとんど同様だ。

 ワーワー言いながら街道を進む様は、それだけでも人目を引く。

 それに、なんてったって、女の子ばっかりだからな。男、俺だけだし。

 そこにさらに、フード無しの刺青エルフまで参加してたら、ちょっとしたパレードだ。

 チンドン屋と言い換えてもいいかもしれない。

 女の子たくさんで羨ましい! というところまでならいいが、エルフまで連れてると、誰ぞ! 誰ぞ! あの御仁は誰ぞ! どこぞの金持ちぞ! バクシーシ! バクシーシ! 

 となる――のかもしれない。

 それは勘弁してもらいたいのだ。


 いちおう言っておくと、エリシェでも普段は、ディアナはローブで姿を隠している。治安の良いエリシェでは、そうそう誘拐事件みたいなことにはならないだろうが、下手に人目を引くというのは、どうしても良くないものを引き寄せるのだ。

 であるならば、なるべくそれは回避するべきと思う。

 すでに、一度は野盗に襲われているんだからな。


 さて。ルクラエラは鉱山街である。

 鉱山街ってのは、鉱山ありきの街で、つまり鉱山で働く人がほとんど――という、ちょっとばかし特殊な街だ。

 そして、鉱山で働く人ってのは、たいていムクツケキ大男である。

 ルクラエラは、肉体労働者の街。

 天職なんて関係なしに働ける街であるし、仕事自体も多い。

 労働奴隷に落ちた人々も、この辺ではルクラエラで労役に就く場合が多いのだとか。


 街自体は綺麗だし、自治体が努力しているのだろうとは思うが、産業の主体がそういった内容である為、どうしても労働者の街という印象の施設が多い。

 まず、一目で自分が予約したのとは違うとわかる安宿が、裏通りに林立している。安宿というより、木賃宿と言ったほうが適切かもしれない。宿屋印の看板が出てるから判別できるが、そうでなければ民家と見分けが付かないだろう。

 さらに酒場。酒場は宿屋も兼ねていて、当然これにも宿泊できる。木賃宿より安いのか高いのかは不明だが、レベッカさんによると、相部屋が多く衛生的にもかなり微妙なものなのだとか。

 酒場は昼にも店を開けていて、酒も出すが基本的には食堂として営業しているらしい。

 現在は昼過ぎの、夕飯にはまだ微妙な時間だが、すでにドヤドヤとオッサンがどこからともなく湧き出て、酒場に吸い込まれていく。

 まあ、こっちの世界では暗くなったらもう寝るだけってのがデフォだからな。朝から肉体労働してる方々の時間感覚としては、こんなもんかもしれない。まだ一四時だけど。


ん……? あれは……?


「レベッカさん、あの人達が例の労働奴隷ってやつですか」


 奴隷紋を首と手首に刻まれた数人の男達が、食堂に吸い込まれていくのを見ながら尋ねる。

 奴隷紋ってのは、奴隷契約をした際に奴隷側に刻まれるもので、首と両手首に三日月状の刺青(のような紋様)が入る。

 ディアナとマリナにも同じものが刻まれている。他人からも視認できる奴隷の証というものだ。

 わざわざ視覚的に奴隷とわかる印を付ける必要があるのかどうかは不明だが、この世界ではそういうものなのだから仕方がない。

 神官ちゃんによると、神官が施す精霊魔法は厳重に規則が定められていて勝手になんでもやっていいというものでもないのだそうだ。祝福は10歳から! とか、奴隷契約は必ず奴隷紋を入れる! とか、いろいろあるのだとか。


「そうねー。奴隷だけでいるし、多分そうじゃないかな。まあ、あれだけ自由にしてるのは模範的な奴隷なんでしょうけど」


 模範的な奴隷! 初めて聞くフレーズだな……。


「模範的でない奴隷はダメですか」


そりゃまあ、ダメに決まってるだろうけども。


「基本的にはちゃんと監視されてるものだからね」


 労働奴隷というのは、この世界に置ける懲役みたいなもので、罪を犯した人間に下される労務服役刑のようなものである。

 つまり、刑務所送りになる代わりに奴隷にされ、決められた年月働くと晴れて奴隷契約が解除されて自由になれるというわけだ。

 ただし、これは比較的軽い罪に対しての措置であって、殺人犯などの場合は普通に死刑だったり、腕を切られたりする。

 例えば、前に俺を襲った野盗などは軽犯罪の前科があったとかで、リーダー格が打ち首、子分も腕を切り落とされたらしいし、安レースをエルフ産と詐欺っていた男は、軽い犯罪ということで数年の労働奴隷になったという話だ。

 まあ、酒場で酒飲むくらいの余裕があるのなら、労働奴隷も言葉の印象ほど厳しい罰でもなさそうである。


「もし、あの人たちが逃げちゃった場合ってどうなるんです?」


 普通に奴隷同士で飯なんか食いに来ちゃってるし、いくらでも逃げられそうに見える。

 契約違反で祝福を失うだけなのだし、労働なんて真っ平ゴメンだぜ、俺は逃げる! というフリーダムな人もいそうに思うけど。


「労働奴隷が労働から逃れると、確か一週間くらいでコゲつくんじゃなかったかしらー? 契約内容によるのかもしれないけど……」

「コゲツク?」


 天罰よろしく、空から雷でも振ってくるんだろうか。

 そして、昔のアニメみたいに真っ黒焦げになるのか……?

 奴隷契約マジぱねぇ……。


「奴隷紋とは別に、奴隷契約違反の<獄紋>が刻まれることをコゲつくって言うのよー。こうなったらもう終わりだからね。そんなバカなことをする人間はいないわ。ただ祝福を失うのとは違うから」

「ど……どんな感じに違うんです……?」

「獄紋付きには金貨一枚の賞金が掛かるのよ。身体能力もかなり落ちる呪いだという話だし、終ったも同然よね。普通にはもう暮らせないし、山奥で隠れて生きるにしても身体能力が低下してるんじゃ厳しいでしょ」


 うへぇ。

 祝福失うくらいなら一般人になるようなもんなんだし、気楽だろとか思ってたけど、なかなかそういうわけにはいかないようだ。

 まあ、通常の精霊契約違反ではこの獄紋というのは出ないらしいので、そう滅多に獄紋コゲ付きにお目にかかることはないらしい。脱走犯みたいなもんなんだろうから、当然っちゃ当然だが。


「……ちなみにその獄紋ってどういうものなんです?」

「全身を黒い紋が覆い、瞳が赤くなるらしいわ」


 うわぁ。そりゃ目立ちそうだ。

 ディアナのおめでたい感じの全身刺青とはまた違った、世にも禍々しきものなのだろう。だが、脱走犯が一目で分かるってのは便利といえば便利かもしれない。山奥とかで出会ったら、クマに遭遇するのより怖そうだけどな。



「……ところで、レベッカさん」


 視線をクイッと僅かに後ろに向ける。

 レベッカさんは気付いているだろう。


「ああ、つけられてるわねー」

「やっぱりですか。でもあれ……子どもですよね?」


 実はさっきから、後ろを歩くエレピピやエトワに話し掛けるフリをして、確認していたのだが、……なんだか中学生ぐらいの少年が下手くそでバレバレながら、なにやら我々を尾行しているようなのだ。

 身なりも悪く、貧しそうな少年。

 もう少しずつ寒くなってきているのに、サンダル履きで、上下ともに麻の薄手の服を着ている。

 だが、日焼けが逞しく、しぶとくこの街で生きて来たという生気のようなものを感じないでもない。


 やはり、変なのを引き寄せてしまったようだ。女の子が多いから、ついつい後をつけてしまっているのか、それ以上の悪だくみをしているか、それはわからない。

 いずれにせよ、ガキってのは加減をしらないのが多いからな。

 面倒そうなやつには関わりたくないものだ。


「……まあ、つけてるくらいならいいですけどね。宿の中にまでは来ないでしょうし」


 安宿ならともかく、俺が予約したところは一泊が銀貨一枚もするところだ。あの少年では、ロビーに立ち入ることができるかどうかも微妙なところだろう。高い宿屋は、セキュリティしっかりしてるからな。かならず用心棒が常駐してるし。


 結局、少年は俺たちが予約した宿に入るところまでは、後をつけてきていた。明日もシツコク張ってたら、捕まえて事情聴取してやろう。

 どうせロクな用件ではないだろうが。




 ◇◆◆◆◇




 予約していた宿は、ルクラエラ山の麓近く、街のもっとも栄えている辺りにあり、想像していたよりもずっと高級そうなものだった。木賃宿を横目に眺めながら歩いてきたためか、相対的にすごく立派に見える。エリシェでなら、平均的な宿なんだろうけど。


 石造りの入り口からフロントへ。

 こっちの世界は、宿屋なんだか酒場なんだか曖昧なところが多いので、こういうちゃんとした宿屋だと実に安心できる。

 まあ、こうした宿オンリーで経営してるような所は、実際にはけっこうな金持ち用で、俺みたいな若造がホイホイ使うってことはないらしい。

 だから、こっちの世界の常識ではかなりの贅沢――なのだろう。


 でもな、汚いベッドに寝るのは真っ平ゴメンだし、連れもいるのに相部屋上等みたいなのでも困るのだ。ましてや女の子ばかりなのだしな。傭兵団あがりのレベッカさんがいることだし、万が一にもおかしな事にはならないだろうが、そうだとしても旅行の主催者としては万全を期さねばならん。

 金は手段であって目的ではないのだ。使うときにはバッと使うべきものよ。


 宿の主人は、気の良さそうなオッサンだった。

 きれいな木綿のシャツを着て、口ひげを貯え、ちょい小太り。

「ゆうべはおたのしみでしたね」などと帰り際に口走りそうなタイプだ。

 実際にお楽しみになれるならいいだろうが、今回は無理だ。

 オッサンに話し掛ける。


「こんにちは。僕はジロー・アヤセといいます。ギルドを通して予約が入っていると思うのですが、確認していただけますか?」

「おお、これはこれは。アヤセ様ですね、承っております。お待ちしておりました。二泊のご予定でよろしかったですね?」

「よかった。料金は後払いでしたっけ? 先払いなら今支払いますが」

「後払いで結構ですよ」


 などというやりとりの後、部屋に通された。

 自分で電話やネットで予約するのと違い、ギルドを通しての予約だったので、実は本当に予約されているのか不安があったのだ。

 しかし、ギルドはどうやって予約したんだろうな。実はこっそり電話かなんか持ってるのかな。もしそうだとしても、全然不思議じゃないけど。

 あの機関って謎のハイテク技術持ってるしな。ギルドカードとか。


 ベルボーイに通された部屋は、かなりの大部屋だった。

 この宿でおそらくは最も大きい部屋だろう。十二畳くらいの広さの寝室には、強引にベッドが六台置かれている。多分、この予約の為に他の部屋から運び込んだのだろう。


 大部屋ということで察していただけると思うが、今回俺はわざわざ男女別々の部屋にしたり、六人だからって行儀良く三対三に分けたりしなかった。


 いや、まあ別にやましさいっぱいで酒池肉林! とかそういうんじゃなくてね。男女別々じゃあさ、単純に寂しいじゃないの。男一人でこんな異世界の宿でどうしろって話でさ。インターネットもないってのに。

 それどころか、夜の灯りが(ディアナの精霊魔法抜きにすれば)ロウソクとか、そんなんしかないんだぜ。本を読んでても目を悪くしそうだ。


 三対三に関しては、まあまあ良いかな? とも考えた。

 考えたが、露骨にエロスの香りがするというか、タダレた気配がするというか、それを真顔でやる根性がなかったな。

 あるいは、そういう香りがないところで、俺とエトワだけ同室にするという手もあるにはあった。子猫ちゃんならセーフだろう。なんなら一緒に寝ても余裕でセーフに違いない。

 現実問題として、リアルに本当に嘘でもなんでもなくエトワに欲情するということはないからな。一緒に風呂に入って全身洗ってやってもいいくらいだ。いやー、ケモナーの素養がなくて残念、残念。


 と、そういった事情で「ゆうべはおたのしみでしたね」と言われる事はない。少なくとも今回は。

 ……いや、少しはリアルで言われてみたい気もするけどな。

 言われて、どんな顔すればいいかわからんが。


 部屋に入り、荷物を置く。

 インベントリからは取り出さないが、手荷物だけでもけっこうたくさん持ってきてしまった。旅行だからと気合を入れ過ぎたかもしれない。

 よく旅慣れた人ほど荷物が少ないとかいうからな……、旅行初心者と見破られたかもしれん。見破られたからなんだという話だし、実際、中身はただのニートなんだから仕方ないことだけど。


 ディアナとマリナの荷物はそれぞれに持たせた。

 ディアナの荷物は自分が持つとマリナが申し出たものだが、それは却下。だって、マリナったらハルバード持ってきてるんだぜ。それだけですでに大荷物だっつーの。

 まあ、俺も魔剣はしっかりと帯剣してきているんだけどな。

 レベッカさんは、いつも持ち歩いているナイフだけ。いつぞやの礼装の時の剣は、基本的にはパーティ用らしい。あれ格好いいんだけどな。

 まあ、騎士隊としての剣はこれから作るんだから、別にいいんだけど。

 あとのみんなは丸腰だ。


 荷物を置き、ゆっくりしていると宿の主人がやってきた。


「お客さん、お風呂はいかがなさいますか? 別料金になりますが――」


 高い宿には風呂がある。

 コレこの世界の常識。

 高い宿屋には、『水瓶』という謎の魔道具があって、いくらでも水が出てくるらしい。なので、水瓶がある宿屋にはそれを有効利用するためか、必ず風呂がある。前に泊まってた御用商エフタ御用達の宿屋にもあった。

 実は、今回もちゃんと風呂のある宿屋という条件指定で予約してたのだ。

 旅行に来て風呂がないなんて、日本人としては有り得ないからね。

 忘れがちだが、今回の旅行の目的の半分は、社員の慰安なんだから。


「もちろん入る。やってくれ」

「承知いたしました。ありがとうございます」


 使用料は一人白銅貨一枚だから、だいたい千円くらいか? 高めではあるけれど、それくらいの金額なら最初から宿泊料に入れとけよとも思う。まあ、風呂なんていらないって客もけっこういるんだろうが……。


「……あ、あのボス。お風呂って私もいただいてよろしいんですか?」


 エトワがおずおずと尋ねてくる。


「そりゃいいだろ」


 種族的な問題でもあるんだろうか。

 まあ、猫だからなぁ。猫と言えば風呂は嫌いなものだけどな。

 それとも毛が抜けて排水口が詰まるとか……。これはリアリティがある話だが、そんなことで宿側が断っては来まい。ていうか、そうなら最初に断ってくるだろう。


「なんなら一緒に入るか? 洗ってやるぞ」

「ふぇ!? みゃみゃみゃ、そんみゃことをさせるわけにはいかりませんにゃ!」

「猫語になってる!」


 女子グループといっしょに入るのは、憤死レベルで恥ずかしいが、エトワとならギリギリセーフかなと思う。猫の延長線上みたいなものだし、クドいようだが、俺にケモナー属性はない。


「あ、主どのの背中はマリナが流すであります! 機会を狙っていたのであります!」


 と、突然宣言するマリナ。

 そんなこと狙ってたの!?

 ……いや、確かに屋敷でも風呂に入るときに何度かそんなこと言ってたっけな。その時は「よせやい。照れちゃうぜ」とかなんとか言って、誤魔化したけど……。


「いいわねー。みんなで入ればいいわね」とレベッカさん。

「……広いお風呂ならいいな」とエレピピ。

「私の背中も流させてあげるのです、マリナ」とディアナ。

「それはいつもやってるであります」とマリナ。いつもやってたか。


 しかし、こいつら……。俺といっしょに入るのに全く躊躇らしきものがないじゃないか。

 エトワにしても、体を洗われるのはともかく、入浴自体は俺と一緒でも問題ない様子。

 とするとアレだ。俺だけが変に気にしてるのもオカシイかもしれない。何食わぬ顔で、シレッと混ざりこんでしまえば、案外まったく自然に問題なくザッツ混浴! と相成る可能性が浮上してきた次第でござるぞ。

 元々、一人で入ろうと思ってたけど、そうだよな。異世界なんだから!

 郷に入れば郷に従えというし、混浴温泉では変に気張らず混浴すべきで、意識しすぎるのはマナー違反だとか、昔父親が読んでた雑誌に載ってたしな。


「でも、ご主人さまは、お風呂は一人で入る主義なのです。ね?」

「え?」


 そうなの? そうだっけ? そういう主義者でしたっけ、俺。

 ディアナが笑顔で、そう言い切ってくるが……。


「そう言って、私が誘った時も断りましたものね? ご主人さま?」

「え、あ、はい」


 ディアナに謎の迫力で押し切られてしまった。


 確かに、屋敷が完成して数日後の夜。マリナが俺の背中を流すと言い、ディアナもいっしょに入るのです、とかなんとか言ってきたことがあった。

 だけど、その時俺は「フロを入る時はね誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」とかなんとか言って誤魔化したのだ。

 クソッ! 照れ隠しの冗談半分だったとか今更言えない雰囲気!


 結局、一人で誰にも邪魔されず自由で救われてて独り静かで豊かに入浴した。大浴場独り占め! うーん、あんまり嬉しくない。せっかく、その気になってたのにな。

 だが、まだ慌てるような時間じゃない。夜はこれからだし、まだ明日だってある。

 というより、そもそも今回の旅行はそういうの目的じゃないのだった。

 旅行でしっぽり……とか、こんな炭鉱節が聞こえてきそうな、オッサン街でやるようなことじゃないよな。目を覚まそう!



 風呂から出て(エトワが風呂について聞いてきた理由は、風呂に毛がたくさん浮くのでカナン族は公共浴場の利用を禁止されているという理由からだった。実際たしかに、たくさん浮いたらしい。風呂係にはチップを弾んでおこう)、夕飯(魚介度ゼロの)を食べて、歯を磨いて今晩はもう寝ることに。

 ディアナがいるから、精霊魔法で灯りを灯すことも可能だが、宿屋でそれをやるのも変だろう。明日は早いし、さっさと寝よう。移動疲れだってあるし。


 六つ並んだベッドにそれぞれ寝る。

 RPGで宿屋に泊まると、こうして並んだベッドにそれぞれ寝るなんてシチュエーションを良く見たけど、状況的にそれに近い。

 少しお酒も飲んだし、よく眠れそうだ。

 修学旅行みたいに、いろいろお話してもいいけど、エトワなんてもう既に猫ちゃんよろしく丸まって寝てしまったし、あんまり騒がしくもできまい。


 灯りといえば、ロウソクのみの薄暗い部屋。

 異世界の夜は、更けるのが早い。日が落ちてしまえば、もう寝るより他にないのだ。

 薄暗い中で何か作業しても効率が悪いばかりか、目だって悪くなるのだしな。


 もう寝るばかりとゴロゴロしていると、隣のベッドのレベッカさんが、こっちをジッと見つめているのに気付いた。

 夕飯時に、けっこう飲んでたからか、ほのかに頬を染め、薄着で寝る主義なのか、ちょっとはだけた胸元が色っぽくて困る。


 ちなみに、ベッドの並びは、エトワ→マリナ→ディアナ→俺→レベッカさん→エレピピである。ディアナが謎の仕切り力を発揮して決めたものだ。

 俺は別にどうでもよかったので、従ったが――


「……ねぇ、ジロー」


 囁くように話しかけてくるレベッカさん。

 濡れた桜色のくちびるがたまらなく色っぽくて困る。


「……えっと……その。……しないの・・・・?」


 え? ナニヲデスカ?


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