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第87話  公共馬車は長距離バスの香り



 旅行当日。

 ルクラエラまでの移動は乗合馬車を利用することにした。

 ルクラエラは隣街で、エリシェの一部という位置付けであり、関所みたいなものもないし、街に入るのに特別許可がいるわけでもない。


 乗合馬車の乗車賃は、ルクラエラまでで一人たったの20エルである。

 全員分で120エル。銀貨1枚と白銅貨2枚。往復でも240エルだ。

 これなら、下手に自前の馬を繰り出すよりも、ずっと良い。


 ただ、一つだけ気がかりなのは、近いとはいえルクラエラまで半日はかかる。

 盗賊とか出ないのかな? という心配だ。


 御者の青年によると、エリシェ近郊は治安もいいし、盗賊やるくらいなら鉱山で働いたほうがよっぽど実入りがいい。リスクを負って盗賊なんかやるやつはいない……のだそうだ。

 ん? でも俺、盗賊3人組に襲われたんだけど。


「個人が襲われるのは時々エリシェでも起こっているよ。でも乗合馬車はこれでも公営だし、憲兵が一人付くからね」


 と、御者の青年。

 警察付きのバスを襲うようなものか。

 たしかにわざわざそんなもん襲うバカはいないか? まあ、それなら安心だな。

 もちろん、盗賊なんか出ても、たいていのなら倒せる自信あるけどね。俺だけじゃなくディアナもレベッカさんもマリナもいるんだから。

 でも、それとこれとは別の話なのだ。

 殺伐としたものは、なるべく見たくはない。

 荒事というのは、それ自体が精神を蝕むものなのだ。


 そうして、俺たちは一路「鉱山街ルクラエラ」へ。




 ◇◆◆◆◇




 話は少しさかのぼる。

 クラン登録をし、クランインベントリを使えるようになった俺は、大はしゃぎでこれを調査しはじめた。


 まず、最初に調べたのは「お金」だ。

 この世界の通貨はコインである。金貨、銀貨、白銅貨、青銅貨。

 そんで、こいつがまた重いのだ。紙幣の便利さを痛感する。

 だから、お金をバーンと入れておけたら便利だなー、無くしたりスられたりする心配もないしなー、と思ったわけだ。


 まず金貨を入れる。

 スルッと入り、「純金のコイン(40g)」と出た。

 金貨という単語ではなかったが、他の金貨もスルスルと入っていき、「純金のコイン(40g)×85」になった。ちょっとした貯金箱だ。これで、重たい金貨を持ち歩く必要はなくなるし、カツアゲ対策もばっちりである。


 ちなみに、銀貨も白銅貨も青銅貨も同じように入れることができた。

 でも、実際に入れておくのは金貨くらいかな。枠も少ないし、今まではお金持ち歩いてたんだしな。なによりちょっとの買い物のたびに天職板から金出してたら不審どころの騒ぎじゃないものね。


 お次は精霊石。

 これはすでに一度入れていたので、入ること自体は確定していた。

 できれば一枠にたくさん入ってくれたほうが助かるんだけど。

 しかし、現実はそう上手くいくものではなく、同一種類の石なら複数個入るが、種類の違う石は枠も別になってしまうのだった。

 今大量に持っている石のなかで、孔雀石マラカイトだけ3つもあるのだが、これは纏めて入れることができた。

 とりあえず、孔雀石の精霊石だけインベントリに放り込んでおく。


 次は魔結晶だが、こいつも一枠占有型だった。

 まあ、魔結晶は精霊石と違ってサイズがまちまちだからなのだろう。

 精霊石はだいたい握りこぶしくらいのサイズだからな。


 他にもある程度の法則を発見することができた。


 地球製のハイテク機器は入らない。

 地球製でも鋼材なんかは入る(ちゃんと鋼の板という名称も出る。「ATS34」のような商標は入らない)

 異世界のアイテムはだいたい入る。

 商品の布もちゃんと入る。

 地球産の宝石も入るが、複数個は入れられない。


 どうやら、複数個入れられるものは、同一のもの、あるいはそれに近い品でなければならないらしい。そうでなければ別枠になってしまう。

 まあ、それも使いようではある。

 少なくとも、商売で使う布は何反もまとめて運べそうである。

 布と金貨と精霊石だけで、充分すぎるほどの利便性だ。


 そういうわけで、今回の旅行用にといろんなものをクランインベントリには詰め込んだ。鋼材も重くて大変だと思っていたので助かった。


 あとは、もともと持っていくつもりだった、いつか買ったまま放置していた「さびついた剣-2」。


 残ったスペースには、水だの手土産だのなんだの詰め込んだ。

 たかが10枠、されど10枠。

 やはりちょっとした革命だな。




 ◇◆◆◆◇




 6名で馬車に揺られている。


 移動用の馬車は、想像していたものよりもデカかった。

 4頭立ての大型馬車。御者は二人。護衛の憲兵が一人。

 客は無理をすれば10人は乗れるだろうが、今回は運良く俺たちの貸し切りだった。うちだけで6人いるから、採算は取れるということらしい。まあ、公営だということだし、あまりかつかつの商売というわけでもないのだろう。


 馬車はヘティーさんの馬車のように上質なものではないようで、けっこう揺れた。

 ヘティーさんの馬車は、バネ熊とかいう熊の腱を加工したサスペンションを付けてるって言っていたが、この公営馬車は木材のたわみを申し訳程度のショック吸収材としている程度の機構。解体屋から車のサスでも持ってきてやりたいくらいだわ。


 客席はベンチシートが三列。

 シートには詰めれば三人座れるが、乗客が俺たちだけで余裕があるので、二人づつ座った。

 ちょっと話したいことがあったので、俺の隣はエトワ。

 マリナはレベッカさんと、エレピピはディアナとペアになった。

 マリナとディアナがなにやら不服そうだったが、スルーした。


「エトワとはあんまり遊んだことないから、なんか新鮮だな」


「ボスはボスで、私は弟子ですからね。当然でしょう。むしろ、私まで旅行に連れていって貰えるとは思いもしませんでした。ありがとうございます!」


 ニャニャッと頭を下げるエトワ。


 旅行で気合が入ったのか、服装はカナン族の民族衣装。

 半袖で、ちょっと肌寒そうかな? と一瞬思ったが、考えてみたら寒いはずがない。むしろ暑いくらいなのかも。

 民族衣装が薄手のセーラー服とスカートなのは、裸でも十分だけど社会に適合する為にいちおう着てみました。という程度だからなのかもしれない。まあスカートは案外蒸すという噂だし、実用性で言うならショートパンツなんかのほうが良いんだろうが……。

 なんせ、猫ちゃん毛むくじゃらだからね。


「エトワはうちの大事な総店長さんだからな。ぶっちゃけエトワが一番仕事してるのは紛れもないよ」


 そうなのだ。

 マリナも護衛と各種手伝いと目の保養といろいろ仕事してくれてるし、オリカだって炊事洗濯家事に馬、と多くの仕事をこなしている。

 しかし、現実問題として、最も金を稼いでいるのはエトワだ。

 給料を歩合制にしたのが良かったのか、それとももともとの才能なのか、持ち前の愛想の良さと可愛らしさ頭の良さでもって売上げを伸ばしている。

 エトワ一人でも店を回せるし、とても助かっている。エトワは本当に拾い物だった。残り物には福があるって本当だったんだ!


「私は弟子として当然の仕事をこなしているだけですよ」


「まぁ、そうかもしれないが。でだな、あんまり関係ない話なんだけど『騎士隊』を始めたのは知ってるだろ」


「はい。エレピピさんも『騎士』だそうですね。ボスが、騎士隊を立ち上げ運営をすることにより、不遇な女騎士の救済を目指しているんですね! 儲かるイメージはありませんが、しっくりきます!」


「おう……。それでだ、エトワに騎士隊のほうの経理運営も頼みたいんだなコレが。給料据え置きで」


 ま、ほとんど仕事ないと思うけどな。事実上、収益は無いわけだし。道楽で一方的に金掛かるだけの負債……。まあ、そうだとして、どの程度の赤字運営となるのかは把握しておかねばなるまい。


「それはお安いご用ですが……、私は騎士隊には入れてくれないんですか? 確かに私は数学者なんて戦闘には縁のない天職ですし、チビですけど……」


 あれっ? 予想外の申し出。

 でも考えてみたら、みんなで儲け度外視でチャンバラやって遊んでるんだから、参加してみたいと思うものなのかも。

 実際、生活掛かってて、死にたくないけどモンスターと戦わなきゃ……みたいな悲壮感あるものでもないし、言ってみればスポーツに近い(訓練はハードだが、スポーツだってトレーニングはハードだ)。

 そりゃ、自分だけ除け者じゃあつまらんよな。


「もちろん大歓迎だよ。戦闘もいいけど、エトワは頭が良いし、軍師とか参謀とかのほうがいいかもな。ははは」


「軍師に参謀ですか! 確かにワクワクします。書店で兵法書買ってみますね!」


「へえ。そういう本売ってるのか」


 兵法書って売ってるようなものなのかな。

 孫子の兵法書みたいなのが、伝わってたりするのかも?


「いえ、確認したことはありません。が、帝国では長く戦争をしているはず、用兵の本の一つや二つあるのではないでしょうか」


「どうだろな。ま、なかったら俺が見つけてきてやるよ」


「ありがとうございます! ボス!」


 エトワは元気が良くてよろしいな。



 ちなみにマリナとレベッカさんは最前列で仲良くおしゃべりを楽しんでいる。あの二人は、お互い騎士同士だからか仲が良い。というより、マリナは誰とでも仲良くなれる才能があるようだ。

 肝が太いというか神経が太いというか、けっこう物怖じしない性格だしな。


 一方、ディアナはというと――


「エレピピになにやらせてんの、ディアナ……」

「ご主人さまが、『鉱山街はススが舞っていて髪が真っ黒になって臭いが染み付いて取れない』と脅したからなのです。三つ編みにしてもらおうと」


 エレピピに、長いプラチナブロンドの髪を、三つ編みに編ませていた。

 ディアナの腰まである髪。

 癖になるのを嫌ったのか、「もっと緩く編むのです」だの「このクシを使うのです」だの注文をつけている。


 エレピピもせっせと編んでいるが、この揺れの中でそんなに手元に集中すると――


「……お、お姫。ちょっと気分が悪く……」


 それみろ。また吐くぞ。


 三つ編みは向こうについたらやってもらえと言い、エレピピは解放された。


 そうこうしているうちにルクラエラに到着した。

 およそ半日の旅。

 自転車ならだいたい半日くらいだろうか。車だったら1時間程度の距離なんだろうな。



 ◇◆◆◆◇



 ルクラエラは想像していたものとは違った。


 俺が想像していたのは、木炭を得る為に近隣の森林は伐採され見渡す限りのハゲ山。

 湿り気の無い荒涼とした大地。転がるタンブルウィード。舞い上がる砂煙。

 河川は汚染され、大気は絶えず焚かれ続ける木炭や石炭の煤塵で――


 ……だったんだけどな。


 実際は、まず緑が多い。

 何の木かはわからないが、同じ種類の木が整然と立ち並んでおり、どうやらなにか栽培しているらしい。

 それに大気も澄んでいるし、別にタンブルウィードがころがっているわけでもない。

 この分だと、水質汚染もないかもしれない。

 水のペットボトル持ってきてるんだけどな。まあ、必要ないならそれに越したことないか……。


 街並み自体も、ちゃんと整備されて綺麗な街のようだ。

 鉄鋼で栄えた街だから、お金があるのかもしれない。お金があれば、街は綺麗になる。なければ汚れる。というわけだ。


 入り口、左右にそびえ立つ、10メートルはありそうな鉄塔。

 直径は50センチほどだが、鉄鋼の街のシンボルといったところだろうか。

 こんな飾りに鉄を使えるんだから、やはりかなり余裕がある街だと言えるだろう。


 街はルクラエラ山――山といっても単一の山ではないが、総称としてルクラエラ山というのだそうだ――の麓に広がっており、ところどころから湯気が立ち上っている。

 特に公営製鉄所があると思しき一角からは、かなり盛大に蒸気とも白煙ともつかない煙が上がっており、やはり目に見えない大気汚染はあるのかな? と危惧したりする。

 ところどころから上がる湯気は、個人の製鉄所のものか、鍛冶屋から上がっているものだろうか。


 鉄塔を脇に見ながら、みんなで鉱山街ルクラエラへ足を踏み入れる。

 まずは宿を取ってメシ食って……。今日のところはそれくらいか――と考えていると突然天職板が立ち上がった。


 そうだ、お導き出てたんだっけ。

 鉱山街へ行ってみようが達成されて、次のシーケンスに進んだのか。

 どれどれ――


 ”ナイトメア族に会おう 1/3”


 また聞いたことない単語ってか種族来ちゃった。

 なんだよ、悪夢ナイトメア族って。会いたくないわ。



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