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第91話  鍛冶屋はハイホーの香り


 ギルドから出て、職員に教えてもらった道を歩く。

 ドワーフ鍛冶師の工房は、歩いて15分ほどのところらしい。


 工房の名前は、ダルゴス鍛冶店という。

 カッコ良く言うと、アトリエ・ダルゴスなのだろうか。

 単純に親方の苗字がダルゴスだから、ダルゴス鍛冶店という名前で出しているってだけらしい。日本で言うなら野口鍛冶店みたいなものか。

 いや、地元に鍛冶屋なんてなかったし鍛冶屋がどういう形態で商売してたのかなんて、いまいち想像できないけども。


 ドワーフ鍛冶師と何度も言っているが、ドワーフ族自体は希少種族とかいうわけではない。そこらで、わりとよく見る種族だ。

 前に屋敷の修理改装をやってもらった時も、ドワーフらしき職人が何人も混じっていたし、エリシェでもしばしば見かける。

 鍛冶師やってるドワーフも、けっこう多いという。

 現代日本と比べれば鉄器は貴重品なわけで、鍛冶屋はかなり需要があるみたいだ。なにせ鉄製品は使い捨てるような物じゃない。クワが擦り減れば刃先だけを付け足して長く使いたいし、包丁だって何度でも研ぎ直して使うだろう。


 さて、そもそもドワーフ族とはなにか。

 ゲームやおとぎ話にはよく出てくるのでスルーしていたが、エルフやターク族、カナン族など同様に異世界の一種族――ということになる。

 特徴を端的に言ってしまうと『背が低い器用な毛深いオッサン』である。

 いや、俺が見た事ないだけで女性もいるはずではあるのだが、オッサンの割合が多い。もしかすると、女性のドワーフは外に出ないとか、人前に出ないとか、そういう文化があるのかもしれない。もしくは、見た目がオッサンで見分けが付かないという可能性もある。

 若いのだって当然いる。いるはずだ。だが、基本的に毛深いため老けてみえる。

 だいたい、ほぼオッサンと言ってしまって問題ないだろう。


 ドワーフ族はその持ち前の器用さでもって、クラフト系の天職を授かるケースが多いらしい。また、鉱山で採掘師として働くドワーフも多いそうだ。背が低いから狭い穴にも入りやすいし、力も強いからだろう。


 そういうわけで、ドワーフにはもともと鍛冶師の素養があるということだ。

 俺が紹介状を書いてもらったダルゴス鍛冶屋の親方は、そんなドワーフ達の中でも腕が良いとされているのだそうだ。


 ドワーフの名工。

 もうそれだけで、なんだか平伏ひれふしてしまいたくなる。

 俺がミーカー商会に売ったナイフは、結局自分たちでは調べきれずに親方に調査依頼したらしい。

 ドワーフの名工が、あのナイフのことをどれだけ調べられたのかも興味深い。


 ルクラエラの大通りを歩く。朝といっても、もう9時を回ったような時間だ。ちょうど世間の人は仕事をしている時間。人通りは少ない。

 そもそも、ルクラエラはそれほど大きい街じゃない。

 いや、異世界基準ではそこそこ大きい街の部類らしいんだが、現代日本人の俺からすれば普通に田舎だ。

 エリシェくらいになれば、人も多いし都会感あるんだがな。


 道すがら考える。

 今回、例のラムネみたいなコインを売ったことによって、資金的にはかなり余裕がある。

 あるが、この世界で商売をする為のお金もある程度はプールしておきたいし、ネトオク用の金も残しておきたい。

 だけど、せっかく武器を作りに来たのだから、ある程度はドーンと使ってしまいたい気もする。

 なにせ、今回ちょっとお金持ちになったのは、あくまで偶然運がよかったってだけ。

 偶然、魔法の地図を手に入れて、偶然、クリアできて、偶然、その報酬がお金になったというだけなのだ。

 言うならばこの金はあぶく銭だ。後生大事に使うような必要はないように思う。エリシェでの商売だって、まあまあいい線いってるわけだしな。


 まあ、それもこれも、鍛冶屋が提示する金額次第ではある。

 もともと、武器防具の類は安いものではない。

 既成品もあるけど、オーダーメイドも多い業界だし、文明度からいって金属類の値段が地球より高めだってのもある。マリナの壊れてしまったミスリル鎧だって、総額で150万円くらいした(壊れたのは胸部アーマーのみだから、修理にはそこまでの金額にならないはずだが)。

 高額――例えば、片手剣一振りで300万円とかいうレベルだったら、それこそ必要最低限しか買えないだろう。


 さて、今回ドワーフ鍛冶屋で作ってもらう予定の品は――


 騎士隊のお揃いの片手剣を人数分。

 エレピピのメイン武装。

 防具関係。

 エトワ用の武器。

 というラインナップである。


 最初に、騎士隊のお揃いの剣。

 これは、どうしても礼装的な意味合いが強いのだが、もちろん実用的な側面もある。

 まず現状として、我々はそれほど武器を持っているわけではない。

 というより、全然ない。

 シェローさんとレベッカさんは職業柄いろいろ持っているようだが、俺が持っているのは魔剣とナイフくらいだし、マリナはドでかいハルバードだけ。ディアナには通販で買ったクロスボウがあるが、ほとんど持ち歩くことがない。

 単純に数が足りないのだ。


 そして現状で持っている武器は、ちょうど良さというか、取り回しの良さがない。

 俺の魔剣でも全長120センチを超えるような長さだし、マリナのハルバードに至っては2メートルほどもあるのだ。

 そんなデカブツ、エリシェの街で護身用に持つには大げさすぎるし、実際にコトがあったとしても使いにくいだろう。街中を車で走るなら大型車より小回りの効く小型車が良いようなもので、適材適所というものがある。


 そこで、片手剣というわけだ。

 実際、エリシェは治安もいい。

 俺の場合、一度野盗に襲われているので多少神経質になってはいるが、それでもハルバードは大袈裟。片手剣で必要十分だろう。

 もちろん、ちゃんと扱えるように鍛えるのが前提になるだろうが、まあ、それも天職補正があるから問題ないはずだ。


 ……なんて言ってるが、半分以上は「みんなでお揃いの騎士剣!」とハシャぎたいだけなんですけどね。

 道楽だよ!


 エレピピのメイン武装は、片手剣と盾だ。

 片手剣は騎士隊お揃いのものを作る関係上、盾だけ用意してやればいいかもしれない。ただ、お揃いの片手剣は護身用というか、見た目重視というか、魔獣なんかを相手にするような仕様にはしないつもりなのが問題だ。

 とすると、魔獣やモンスターとも戦えるように、多少ゴツい片手剣を別に作るかという話になるが、それも無駄が多いよなぁ。

 ってことは、エレピピの片手剣だけゴツめに作って貰えばいいか?

 スペシャルバージョンってやつだ。

 うん。そうしよう。


 エレピピの盾は、そこそこ大きめのものを訓練で使っている。

 訓練で使っている盾はシェローさん手作りで、大柄なシェローさんが作ったからか、それとも傭兵的な標準仕様なのか、けっこういいサイズしてる。いわゆる小さい盾――バックラーとかそういうの――とは違う、上半身くらいならすっぽり隠れるようなサイズだ。

 というわけで、そのサイズのものを作ってもらおうかと思う。

 でかい分、軽い素材じゃないと苦しいだろうからミスリル製がいいかな。

 さっきのギルドでのミスリル精製現場を見るに、盾みたいなものは手間いらずで作れそうに思える。最初から板状なんだからな。


 防具関係。

 もともと防具はなるべく早く手に入れようと思っていた。

 こないだのクマとの戦いのこともあるが、現状あまりに無防備だ。マリナだけが防具を装備していて、他の面々は「E ぬののふく」である。

 せめて最低限でも防具がないと、この先なにかあったとき厳しいだろう。

 本当はちゃんとした鎧を手に入れたほうがいいのではないかとも思うわけだが、フルプレートメイル(鋼のは重そうだから、ミスリルで)はあまりに高い。マリナの鎧を買ったときに見たが、それこそ300万円くらいするのだ。

 現実的なラインでは、スケールメイルなんかでもいいかもしれない。スケールってのは鱗のことで、鉄片を鱗のように張り合わせたようなやつで、プレート、つまり板金を用いた鎧よりも動きやすいだろうし、重さも値段もお手頃だ。

 もしくは、革の鎧なんかも良い。

 昔、先輩のライダースジャケットを着させてもらったことがあるが、あれは防具というに相応しいゴツさだった。なれば、本場の革鎧ともなればかなりの防御力が期待できそうに思う。まあ、見た目的に金属鎧のほうがカッコ良さそうだし、そもそも鍛冶屋に注文するなら金属製以外ないんだけどもね。

 とはいえ普段からそれを装備するのも堅苦しい。

 用意だけしておいて、訓練とか実戦の時だけ装備する感じでもいいかな。

 ただ、マリナとエレピピだけはガチ装備させよう。あいつらは騎士なんだから。


 あとはエトワの装備か。

 行きの馬車でエトワは騎士隊に参加したいと言っていた。俺はそれを快諾した。

 しかしエトワはまだまだ子どもだし、ガチ戦闘員というわけにはいかないだろう。天職だって戦闘系じゃない。

 ただ、種族的には身軽で足も速いらしい。さらに頭も良い。

 エトワ自身は軍師とか参謀にも興味があるらしいから、武器はそれこそ護身用のものだけにして、兵法でも学ばせてみるか? 日本で孫子の本でも買ってきて。いや、それは無理か。日本語読めないしな……。

 それか、レベッカさんに師事させて斥候技術を学ばせてみてもいいかもしれない。足の速さだって活かせる。

 問題は、斥候技術が必要とされる局面が思い浮かばないってところだけど。まあ、技能は多くとっておくに越したことはないよな。

 とにかく、武器は簡単なものにしておこう。


 ……うん。

 けっこうな数になるな。

 片手剣に至っては、これから隊員になるメンバー用に少し多めに打ってもらうつもりだし、金がどれくらい掛かるか想像もできない。


 あと、親方に個人的に頼みたいコトもある。


 なんにせよ、楽しみなような怖いような気分だ。

 ドワーフなんていうファンタジー丸出しの種族に剣を打ってくれと頼みに行くなんてな。



 ◇◆◆◆◇



 ドワーフ鍛冶屋ことダルゴス鍛冶店は、想像よりも大きい店だった。いや、店というか工房というか、工場こうばというか。

 すぐ横に小川が流れ、3箇所ある煙突から白煙だか蒸気だかがモウモウと上がっている。


「ここだな。看板出てるもんな。……てか、なんかいろいろ書いてるな」


 異世界文字が読めないので、なんて書いてあるかは不明だが、店の前に看板が5つほど置かれている。

 いかにも荒々しく書きなぐった感じの荒々しい筆致。しかも、最近書かれたものでもないらしく、色褪せ、なんともいえない気配を漂わせている。

 ……うーん。この雰囲気。

 なんだか嫌な予感がした。

 なんというか、市民運動的なニュアンスがムンムンと伝わってくる……。


 ……だが早合点してはいけない。

 なんたって、異世界クオリティだからな。日本とは違うからな。

 きっと大丈夫だろう。大丈夫だと思うしかない。

 ドワーフ特有の美意識とか価値観とか、そういう類だろう。きっと。


「これ、なんて書いてあるんだ?」


 未だにこっちの文字が読めない俺は、振り返り訊ねた。レベッカさんかディアナが答えてくれるかと思いきや、マリナがまっさきに手を上げた。


「マリナ読めるであります! オリカと一緒に学習したのであります」


 確かにマリナは、夜にオリカといっしょに勉強していた。もともと勉強をする機会自体がなかった為か、字の勉強も楽しいらしい。


「お、そうか? じゃあ頼む」


「承知であります! ……ええと、『ダルゴス鍛冶店』『どうぐ修理うけたまります。そくじつ修理できます』『さいくつ用品、ざいこあります。ツルハシ、スコップ、くわ』……」


 なんだ、ぜんぜん普通だな……。と思っていたら、まだ続きがあった。


「こっちのは、ちょっと難しいのであります。えっと、えっと……『こ、こくえいクズせいてつじょだんこ反対』『じゅうみんげきどちたい』……」


 普通じゃなかった!



 ◇◆◆◆◇



 どうやら、国営製鉄所の反対運動をしているらしい。

 長いものには即巻かれる現代日本人としては、こういうのちょっと苦手意識あるなぁ。面倒くさそう……。

 いや、でも自分は客として来ただけなのだし、関係ないか。


 マリナがもじもじと期待のこもった瞳でチラチラ俺を見ている。

 ああ、看板読めたのを褒めて欲しいのかな。犬みたいなやつだ。


「よしよし。マリナは頼りになるな。もうこれくらいなら読めるんだ?」


「へへ、実はギリギリでありました」


 ペロっと舌を出す。

 まあ確かにちょっと片言みたくなってたからな。

 でも、オリカの教え方がいいのか、もともと母国語だけにある程度読めたのかはわからないが、文字が読めるようになったってのは良いことだ。文字が読めないってのは生活に支障が出るしな。


 なんとなくホノボノした気分になっていると、ディアナが口を挟んできた。


「わ、私も読めるのです! マリナはまだちゃんと読めてないのです。『国営”クズ”製鉄所断固反対!』『住民激怒地帯』と書いてあるのですよ」


「ディアナは本当に大人げないな」


「ガーン」


 ガーンじゃないよ。ディアナが文字読めるのは知ってるっての。

 こいつも、褒められたかったのかな。それとも、ただチャチャを入れたかっただけかな? 犬っぽいマリナと違い、ディアナはわかりにくくていかん。ちょっと浮世離れした雰囲気もあるし。



 さて、それはさておき、『国営製鉄所断固反対』か。

 もともとルクラエラは国主導で製鉄してる街って話じゃなかったっけ。それを今さら反対してるってことなんだろうか。

 住人激怒地帯とか書いてるってことは、地元住人はみんな反対してるってことなのかな。公害問題でもあるのか。

 まあ、自分はあくまで鍛冶屋の客なんだしな。関係ないか。


 店内に入る。

 店といっても、店頭には数点の道具類が置かれているにすぎない。いちおう既成品として、日常の道具や需要の高い品は作り置きをしているようだが、こういう店では基本的に注文販売だろう。


 奥に槌を振るう赤ら顔のドワーフ達が見える。

 轟々と音を立てて炭が燃えている。

 水が弾ける音、男たちの怒声、蒸発した汗が蒸気になりけぶる・・・


 なんというか、熱量のすごい現場だ。

 何人もの男たちが、薄暗い工房内で作業をしている。

 火花を散らし鉄を叩く音が響く。


 作業しているのは、ドワーフ族が主のようだが、人間の姿もある。

 おそらくは全部弟子だろう。

 エリシェの鍛冶屋でも弟子が5人くらいいたのだし、本場のドワーフ鍛冶屋ともなれば、これくらいの規模になるのは当然かもしれない。

 20人くらいいるんだから、中小企業並だ。


「いらっしゃい! 修理ですか? 新規製作ですか?」


 弟子の一人と思われる人間の青年が、汗を拭きながら店頭に出てきて応対してくれる。

 すごい大汗だ。熱気、すごいもんね。熱中症になりそうだな。


「はい。新規で。いろいろ頼みたいのですが」


「ご新規で。どういった品を作りましょう。鉄製品ならなんでもご用命ください」


「ええと、主に剣を打って欲しいんですケド」


「はい、剣ですね。どういった剣になさいます? 使用者はあなた本人ですか?」


「はい。そうなんですが……」


 なんか普通に応対されちゃってるけど、これこのまま頼むと親方とか関係なしに話が進むパターンだ。

 普通に頼んでもそう悪くないものができるはずだけど、せっかく紹介状まで書いてもらったんだからな。できれば親方に打ってもらいたい。

 ドワーフ親方ってちょっと、いや、かなり怖いけど。


「実は……親方に打っていただきたいのですけど」


「はい。武器関係は親方が打つことが多いですし、我々弟子も親方の監督の元制作しておりますから心配いりませんよ」


 うーむ。手慣れた感じに断られたのかな。

 親方に打ってもらいたいとワガママ言う客が多いのかもしれない。

 てか、親方が打つことが多いとか普通に言ってるけど、新規の客には打たないって話じゃなかったっけ。実際は違うってことなのか?


「紹介状があるんですよ、親方に渡してください」


 いずれにせよ、次なる一手が必要だ。

 そう思い、ミーカー商会のオヤジに書いてもらった紹介状を渡す。

 青年はなにも言わず勝手に開封して、中身を確認した。まあ、手紙ってわけでもなし確認するのは当然か。

 とにかくこれで親方本人が出てくるだろう。

 やはりぺーぺーじゃ話にならんぜ。


 青年が顔色を変え「少々お待ちください!」と言い残し工房内に戻り、しばらくしてイカついドワーフが出てきた。

 筋肉隆々。鋭い眼光。鍛冶師というより、歴戦の戦士のようだ。

 体のところどころにヤケドの痕がある。火を扱う職業だから当然か。

 ヒゲも頭髪も白く、想像していたよりも高齢なのかもしれない。


 すげー迫力。これが親方か。

 いかにも厳しそうだ。こんな人の元で弟子をやる奴も大変だな。俺だったら三日で逃げ出す自信があるぜ。


 親方は俺たちをギョロッとした目で無遠慮にねめつけた。

 まるで客を品定めするかのような視線だ。


「うちの若いもんが失礼したな。ワシがダルゴスだ。少し前に親方職を息子に譲ったばかりでな、今じゃご隠居様だよ」


 わお。めっちゃ低くて渋い声。

 地響きみたい。


 どうやら、現親方はこの人の息子さんで、さっきの青年は息子さんの弟子ということのようだ。まさか引退していたとは予想外だったな。


「話は聞いた。剣を打って欲しいという話だが、ワシはもう武器は打たんと決めたのだ。わざわざ来て貰ったのに悪いがな」


 一見さんお断り的な意味じゃなくて、武器そのものを打たないってことか。


「そうなんですか。えっと、どうしてか聞いても?」


「お前さん、表の看板は見たか?」


「ええ、まあ」


 そりゃ見るだろう。


「ルクラエラじゃあ昔っから官営製鉄所が鉄を作ってるんだがな、何十年も前から新しい製鉄方法を採用し始めてからこっち、鉄の品質は落ちる一方でな。量はいままでとは比べ物にならんらしいが。おかげで昔ながらの鉄は小せぇ工場こうばでホソボソやってるところのしかなくてな、鍛冶屋で取り合いになっちまった。……だからもう俺は武器を打つのを止めたのよ。特に剣は良い鋼が多く必要だからな。値もどうしても張っちまう」


 住民激怒地帯の爆心地はこの人だったようだ。

 要するに、国が質より量でやりはじめたってことか。いや、何十年も前からって言ってるし、最初から規定路線だったんだろう。

 製鉄技術が上がれば、国も良い鉄を作れるようになるんだろうが、まあ中世レベルに毛が生えたようなもんだからなぁ。ドワーフ親父が納得する出来にはなかなかならないのかもしれない。


 うーん……。

 客だから関係ないなんて思っていたけれど、関係大有りだったな。

 しかし、ドワーフというと素材も自分で掘ってくるようなイメージだったけど、そういうわけでもないんだな。

 まあ、天職とかあって職が専業化されてる世界だからな。鍛冶屋は鍛冶屋というわけなのだろう。


「……では、中古の剣なんかを素材にしてもらうのはどうですか?」


 代案を出してみる。

 鍛冶屋なら可能だろう。

 確か卸鉄おろしがねとかいうテクニックでもって、古い鉄を再利用できるはず。まして、剣から剣を作るのなら余裕じゃあるまいか。


「うーむ……。できなくはねぇがな……。剣ってのは、鉄の声を聞きながら打つもんだ。道具作るようなわけにはいかねぇし、妥協して打つようなもんでもねぇからな。それに、素材として使えるほどの剣なら打ち直してやったほうがいい」


 なるほど、それもそうかもしれない。

 古道具屋に行くと中古の剣なんかたくさん売っているし、値段だって安いからと思うわけだけど、ああいうのは親方からすると『質が悪い』鉄なのかもな。


「……そういえば、ミーカー商会からナイフを預かっていますよね? 実はあれって僕があの店に持ち込んだものなんです。なにかわかりましたか」


 俺がそう尋ねると、大親方は顔をパァッとほころばした。


「おお! そうだったのか、あれはスゲエもんだ。製作方法はな、だいたいわかった。板から削り出して整形後に焼入れしてんだろう。だが、問題はあの鉄よ。帝都にあれほどのものがあるはずがねぇ。だとすれば他国ということになるが……。なぁ、ありゃどこから持ってきた物なんだ?」


 日本です。

 とは言えない。だが、製作方法はわかっちゃったんだ……。さすがだな。

 しかも、だいたい合ってるしな。


「あの鉄があるなら、俺ももう少し現役続けてもいいんだがな。ここの製鉄所が作るクズ鉄とは比べ物にもならん」


 日本製のステンレススチールだからね。

 てかステンレスでも鉄と同じように打てるってことなのかな。

 一般的にステンレススチールは、個人の鍛冶屋が鍛造に使う素材ではないものだけれど。いや、まだ試してないからやってみたいというレベルの話なのかもしれないし、ドワーフ親方の超技術をもってすれば楽勝なのかもしれない。

 うーん、ステンレス素材も持ってくればよかったな。


「では、良い素材があるなら剣を打つのもやぶさかでない……ということですよね?」


「ああ、そうだ。良いハガネがあればな。ワシだって鍛冶仕事は本当は好きなのよ」


「そうだったんですか。それでは――あいにく、あのナイフと同じ素材は持っていませんが、ハガネならちょっとしたルートで手に入れたものがありましてね。これで剣を打っては貰えませんか」


 事前にインベントリから出して、バッグに放り込んでおいたソレを取り出した。

 取り出して、ゴトゴトと大親方の目の前に並べる。

 大親方が目を剥く。


 日本が誇る刃物用鋼、安来鋼ヤスキハガネ

 青紙二号である。



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