そもそも、
普通に生活している分には、あまり意識しないかもしれない。
漠然と似たような物かな? と思う程度だろうか。
だが、この二つはわりと明確に別物だ。
鉄ってのは、広義でも狭義でも鉄だ。
元素番号26番。
鋼と鉄は別物と言ったが、広義では同じ「鉄」である。
なぜなら鋼の主成分は鉄だからだ。鋼とは一般的に「
で、炭素鋼ってのはなにかっていうと鉄を主成分とした合金で、鉄に炭素が0.3~2%以下の範囲で入ってる合金のことを指す。
日本刀の素材といえば、ご存知『
日本刀自体はかなり古い歴史があるものだが、古刀の時代――およそ江戸時代が始まるまで――は、それこそ、いろいろな出自の鉄が使われていたらしい。
鎖国前なので輸入鉄もあったし、田舎で少量だけ作っている鉄もあった。隕鉄が使われることもあったらしい。
基本的には、舶来の南蛮鉄を素材として地元の
とにかく、そういった多様性があったそうだが、江戸時代からは鎖国だのなんだので鉄の需要に反して供給が足りなくなったらしい。
その関係で幕府主導で鉄の生産に乗り出して作り出したのが、新刀以後の鋼だ(日本刀は時代別に『古刀』『新刀』『新々刀』『現代刀』と区分されている)。つまり、その時点で素材的な多様性はかなり損なわれたらしい。
そうでなくても、技術の継承に失敗したケースも多かったようで(素材が手に入らなくて廃業というケースもあっただろう)、古刀期の技術は失われたものが多いのだそうだ。
今でも、日本刀で最も良いものは、古刀であるというのは、もっぱら常識として通る話である。
もちろん、古刀でも良い物もあれば悪い物もあるだろう。
江戸期でも古刀期の素材や作刀法で作られた刀もあっただろうし、古刀でも出来の悪い品はいくらでもあったはずだ。それは新刀以後の作品であっても同じことが言えるだろう。
だが、現存する名刀とされる日本刀は古刀がほとんどで、現代でもそれらの再現はできないという話だ。
いわゆるロストテクノロジーってやつだな。
そもそも、古い物というのは基本的に「良い物」が残りやすい。
まして、日本刀は武器として使用されるケースがある分、(武器として使用された日本刀は)悪い品ほど淘汰され失われていったはずだ。
また、名工が打ち上げた品ほど需要が高まり値が張る。値が張れば張るほど大事にされ、後の世に残る可能性が高まるというわけだ。
ただ、戦争のなくなった江戸期以降は武器としての日本刀というより、美術品としての日本刀の需要が高まった関係で、残っている日本刀が「武器として良いもの」かどうかは難しいところだったりする。
そういう意味でも、古刀は価値があると言えるのかもしれない。
まあ、江戸時代でも古刀は人気があり、当時ですら偽物が横行していたという話なので、必ずしも良いものだけが残るというわけではないのだが。
ところで、俺はナイフ作りが趣味だ。
こっちの世界に来るようになってからは作っていないが、それまでは年2本程度のペースで作っていた。
最初にシェローさんに贈ったボーイナイフも自分で作ったし、ここのドワーフ親方が調べていたナイフも、もともとは俺が作ったのをミーカー商会に売ったやつだ。
しょせん素人が作った品。特別良いものではない。
だけど、素材は良い。刃材のATS-34は日本製の高級ナイフ用鋼材だし、グリップ材はマイカルタという米製の合成素材だ。
この鋼材があれば俺は引退しなかったとか大親方も言っていたし、この世界でも良い素材として認識されるようでなによりだ。
ナイフのブレード材は
ナイフ用の鋼の種類は大きく分けて、炭素鋼、ステンレス鋼、粉末冶金鋼とあり、さらには違う素材を組み合わせた複合鋼というものもある。
俺が趣味でナイフを作る時に使うブレード材は、100%、ステンレス鋼を使っている。例外はない。
細かい配合だのメーカーだのの違いから、440CだのATS-34だのVG-10だの銀紙だの、だのだのたくさん種類があるわけだが、どれもステンレス鋼には違いない。
ステンレス鋼の特徴は、クロムが入っているところにある。
比率は13%以上。
これが入っているおかげで錆びに強く、ツルピカの輝きも出るというわけだ。
作成方法は、個人の趣味でナイフを作っている人のほとんどが、ナイフの神様ことR. W. ラブレスが考案したストック&リムーバルという方法で制作している(厳密にはメーカーもだいたいがこの方法だが)。
これは、要するに一枚板の鋼材を削り出してナイフを作る方法で、当時はかなり画期的な手法だったらしい。
もちろん、この作成方法に鍛冶的な要素はない。どちらかというと、削って~磨いて~と、鉄工所寄りな作業である。
だが、ナイフとしてはこの方法で全く過不足ない性能が手に入り、見た目だって美しい。コストもかからない。
少なくともニートの俺でも、ほどほど遊びで作れていた程度のコストしかかからないのだ(俺の場合は、知り合いのところで機械類を借りれるのも大きいのだが)。
では、
こちらの素材は、ストック&リムーバル法で使うことは少なめだ。
少なくとも俺は使ったことがない(クロムが数パーセント含まれるセミステンレスとか、ダイス鋼あたりまでは使うことがあるが)。
そう。
普通の鋼は、一般的に思い浮かぶであろう刃物の制作技法――つまり、鍛冶的に鉄を熱して叩いて形を整えて使うのだ。
これを
刃物好きであるならば、鍛造は一度は憧れるもの。
だが、実際に手を出すところまでいく人は、ただでさえ少ないカスタムナイフビルダーの中であっても、さらに稀だろう。
ちなみに、鍛冶屋と鉄工所を分ける最大のものは、鍛造を行うかどうかで、鍛造ってのは熱して叩くあの工程のことである。
似た言葉に
武具関係ではあまり使わない。鋳物は重いからな。
まあ、それはさておき。
今回、俺はけっこうな量の
青紙二号ってのは炭素鋼だ。
厳密にはクロムやタングステンが少量含まれているが、区分としては炭素鋼。
鋼ってのは、さっき説明した通り『合金』である。
要するに自然物ではない。
鉄だの金だの銅だののような、そのまま自然物として存在する奴とは、全く違うものである。
鉄ってのは地球で最も多く存在する金属元素らしい。利用価値も高い。
それゆえに研究も進んでいて、日本の鋼材はかなりレベルが高いという。
そんな中でも、日本の刃物用鋼で確固たる地位にある鋼材。
それが
これは日立金属が生産している鋼で、鉄鉱石ではなく砂鉄だか海綿鉄だかを原料にして作られた和鋼である。
日立金属では、日本古来の鋼である「玉鋼」の研究生産も行っており、安来鋼の中でも「白紙二号」は、玉鋼とかなり性質の近い鋼なのだそうだ。
――さて、その玉鋼が、今回こんなところまでけっこう高い「青紙二号」を何本も買って持ってきたかに関係している。
まず、何度も言うが俺はナイフ作りが趣味だ。
だから当然、刃物関係には興味があるし、日本刀も例外ではなく当然好きだ。
実際に日本刀を買おうと思ったことも何回かあるし、興味を持ってそれなりに調べもした。
そして知ったのだが、日本刀界隈は……かなりややこしい。
さて、自分はナイフ作りが趣味で、現代の鋼材の素晴らしさを良く知っているつもりだし、炭素鋼のナイフも(買ったものだが)持っている。
日本刀の材料――というか鋼材は、言うまでもなく「玉鋼」である。
では、玉鋼なる鋼材とはいったいなんなのか。
玉鋼について多くのファンタジーが横行している。
――が、しかし考えてみても欲しい。
しょせん、玉鋼なんて言ったって、ただの原始的なたたら吹き製鉄で作るってだけの鋼だ。その鋼が素材としてそこまで優れているはずがない。
もちろん、痩せた土地で甘いトマトができるように、原始的で非効率な方法のほうが良い物ができるという可能性も否定はできない。
だが、それでもそこまで大きい違いはないはずだ。
アンティークの良いものと、現代物との差。
我々の業界では、これを「毛が生えた程度の差」という。
好きな人にとっては大きな差だが、興味ない人にとってはほとんど差がない程度というわけだ。
それでも大きな差があると思うのなら、それは現代科学を舐めてるとしか言い様がない。
では良い鋼、いや刃物材とはなにか。
剣に関して言えば、「折れず」「曲がらず」「刃持ちが良く」「錆びない」となる。
まず最初の「折れず」「曲がらず」というのが厄介だ。この二つの要素は硬度と靭性の関係であり、基本的に相反する。
「刃持ちの良さ」は耐摩耗性。
錆びは、ステンレス鋼でなければ避けて通れない道だ。
そして日本刀は、錆び以外はこれをクリアしているとされている。
だがまあ、それはこの際どうでもいい。
とにかく、俺が青紙二号をわざわざ高い金を出して買ってきた理由がなにかという話だった。
青紙は高級鋼材なので、剣数本分(実際何本分になるかはわからん)を買っただけで、5万円にもなってしまった。
知り合いのツテで安く買ってもこれだ。
いつも使ってるステンレス鋼のほうがぶっちゃけ安いくらいだ。
それほど需要があるわけではない少量生産の特殊鋼だから仕方がないのだけどな。
で、どうしてそんなもん買ってきたかと言えば、「現代刃物鋼の良いやつで剣を打ってもらったらどんなもんかな」と試してみたかったからだった。
……はい!
道楽です!
道楽だけど、どうして俺がこんなことを思ったかといえば理由がある。
さっきからちょいちょい日本刀の話題を出しているが、日本刀とはそもそもなんなのか。
そりゃ、武器である。
細かい説明は省くが、まあ武器には違いないだろう。
だが、現代日本、いや戦後からずっと日本刀は武器としての所持を許されてはいない。
日本刀は「美術品」である。例外はない。
どういうことか。
日本刀は武器であるが、日本では武器の所持は認められていない。
所持がOKなのは、せいぜいが護身具まで。
歴然とした武器は所持すれば「銃刀法違反」などで挙げられる。所持というのは、「単純所持」のことだ。麻薬と同じで持っていてはいけない品物ということ。
刃物であれば、刃渡り15センチ以上のものは刀剣類とみなされる(槍や薙刀なども含む)。
秋葉原の連続殺傷事件以降、ダガーナイフ(厳密にはダガー=短剣なので、ダガーナイフは誤用)も単純所持禁止となった。
所持がOKとされるナイフでも、理由なく持ち歩いていれば(ポケットナイフでも)逮捕の可能性がある。それほど厳しいものだ。
しかし、日本刀は所持できる。
なぜか。
現代における日本刀ってやつは、武器であって武器でないのだ。
もともとは戦後占領下、連合国軍の刀狩りから日本刀を守る為に「美術品だから、武器として取り上げるのはおかしい」と主張し守ったのが最初だとかなんとか(それでもかなりの数の日本刀が失われたらしい)。
もちろん、登録制であるし、登録されていない刀剣は銃刀法違反ではあるのだが、ちゃんと登録されている日本刀は武器ではなくなる。
詳しくは知らないが、日本刀は美術品にカテゴライズされるのだ。
しかし、それ故に、いろいろややこしく厳しい。
まず、これは一番大きな枷であるが、日本古来の伝統製法で作刀した作品以外は法的に日本刀とは認められない。
日本刀として認められないということは、美術品ではないということだ。
つまり武器。銃刀法違反である。
だから、これだけたくさんの鋼材があるのに、日本刀に使える鋼材は「玉鋼」だけなのだ。
青紙でも白紙でもバネ鋼でもステンレス鋼でも、それらでの作刀は認められていない。
ちなみに、刀を打つのも免許制だ。
刀匠に師事して数年の修行を経なければ免許は交付されない。
玉鋼を作って卸しているのも日立金属だけ。
刀匠が年間に打っていい本数も24振りだけと決まっている(公には、刀匠は武器製作家ではなく『芸術家』という枠組みの存在となるらしい)
だが、異世界ならそんなの関係ない。
素材持ち込みで剣を打ってもらっても全く問題ない。
日本刀にはならないだろうが、俺はもともとそれほど日本刀神話を信じてるほうじゃないし、下手な刀匠よりもドワーフのほうがいいもん作るような気すらしている。
そもそも、現代の刀匠はほとんどが美術品としての刀を制作してるんだからな。
ガチで武器としての刃物が必要なこの世界の鍛冶屋とは、比べるのはおかしいだろう。
現代の刀匠に「この造りでは武器としての使用には疑問が残る」という観点をリアルに持てるはずがないのだから。
こっちの世界では武器の性能ってのは、かなり切実なものだろう。
人間同士の戦争もある。盗賊だって出る。魔獣やモンスターも出る。
「切れませんでした」とか「折れちゃいました」では済まないのだ。
そういう意味では、戦国時代の刀よりも武器としての性能が要求されるかもしれない。
昔から、必要は発明の母っていうもんだしな。
玉鋼の他にも日本刀にはいまいちファンタジー入ってる話がある。
たとえば日本刀の製法で、折り返し鍛錬なんてのがある。鉄を何度も何度も折り返し鍛錬することで強く粘り強い鋼になるというアレだ。
だがこれは誤解である。
あれは、ただ単に鉄を混ぜて均一化しているだけの作業だ。
パン作りに似ているかもしれない。
うちにも買ったはいいものの、全然使わないで放置してあるGOPAN!があるが、とにかく材料は混ぜて均一化しなければ美味しいパンにはならない。
話がおかしい方向に飛んだが、とにかく原始的で使いにくい鉄を叩いたり水に突っ込んだりして、不純物を飛ばしたり成分を均したりしたというわけだ。特に、炭素量の調整は必須だったはずだ。
要するに、小細工して素性の良くない鉄を狙ったものになるように調整していたということ。
もちろん、これはこれですごい技術である。
だけど、もともとの素性が良い鋼ならその作業はいらない。
実験によると、二回の折り返しまでなら強度が増すという結果が出ているという話があるが、それは折り返し鍛錬とは全く別の話である。
まあ、美術品としては、折り返し鍛錬によって模様が出てカッコいいというのが大事らしいので、美術品としての日本刀には必須の工程ではあるようだが。
他にも積層構造というやつがある。硬く折れ難いを実現する為に、柔らかい心鉄を、硬い皮鉄で包むというアレだ。
だが、良い鋼であるならば、無垢造り、つまり一枚鋼でも必要十分に良いものができるんじゃなかろうか。
実際、戦時中の軍刀などはそうした方法で作って、実用面でも問題なかったどころか、下手な伝統工法で作った真剣よりも使えたという話も聞く。
だったら、そんなもんで十分だろう。
別に、古今無双の名刀を作りたいってわけでもないのだしな。
まあ現実には海外にいくらでもこうした現代鋼材を使った
銃刀法の厳しい日本においては、KATANAは銃と同じくらいイリーガルな存在なのだ。
ちなみに、今回俺が持ち込んだ「青紙二号」ってのは鋼材の名前だが、二号がある以上当然一号もある。
基本となる黄紙、そこから不純物を取り去った白紙二号、それにクロムとタングステンを加えた青紙二号、それの炭素量を増やして硬度を増した青紙一号、さらにそれにタングステンだの炭素だのをマシマシした青紙スーパーなんて物まである。
個人的には青紙スーパーを持ち込んでみたかった。
実用とか関係なしに、あのやたら硬い鋼を見てどういう反応するのか見てみたかったからだ。
ハイテク度も高い鋼だし、ドワーフの反応も気になる。
……だが無理だった。
だって、すごい高いんだもん。
……ちなみに、青紙スーパーは超硬くて摩耗もし難く、切れ味も長持ちする鋼ではあるのだが、なんせ硬いが故に折れやすいわけで、剣には向かないのである。
実用的なことを言うなら、青紙よりも、玉鋼に近いといわれる白紙のほうが良かったかもしれない。
粘りのあるバネ鋼のほうが良かった可能性すらある。
なぜなら、現代刃物鋼などと言っても、それは刃の短い包丁とかに最適化された鋼であるのだろうし、刀剣用に優れているかどうかはわからないからだ。
だが、青紙ならクロムが入っているから多少は錆びにも強いし、刃の持ちもいいだろう。
実際にはそれほど使う用事もないだろうから、見た目が綺麗でハッタリが効いてれば言うことない。
まあ、青紙で作れば、少なくともほどほどの性能の刀と同程度にはなるはずだし、そんな程度のもので十分であるともいえる。
いや、青紙二号は十分に優秀で高級な鋼材ではあるんだけどね。
ていうか、日本刀なんて存在しない世界だから、片刃の直刀で作ってもらうつもりですけどね。聖徳太子の七星剣とかロマンだよな。
もちろん、できるなら、反りを入れてもらってもいいけどな。
俺以外の人のは、普通にロングソードにしておこうか。
悩ましいところだ。
……まあ。
ロマンもいいけどエレピピ用のだけは、ガチ仕様で作ってもらおう。これは要相談だ。
それに、なにより最も根本的な問題は、切れ味は使用者の腕由来だということ。剣の訓練はしているが、物体を切る訓練はしていないしね。
◇◆◆◆◇
俺は何キロ分もある鋼材を並べ、さらに酒瓶を8つ取り出した。
「ドワーフといえば酒」という安易なイメージを元に、ディスカウントショップで安いのを大量購入してきたものだ。
都合8リットル。鍛冶屋だしドワーフがたくさんいると思って奮発した。
本当はペットボトル入りのさらに安いやつにしようと思ったが、ペットボトルの製法がどうのという話になると面倒くさそうだったので止めておいた。
まあ瓶のやつでも、こっちの世界からすれば製造技術高すぎってもんだろうが。こっちにもガラス瓶自体はあるけどな。
だが、まあいずれにせよ酒は持ってくる予定だった。
仲良くなったら、ネトオクに出品する為の品を作ってもらおうという下心もあったし。
最初はもっと少なく持って来る予定だったが、インベントリに入ったので、大量に持ってきてみた。
鑑定能力なんかより、このアイテムボックスのほうがよほどチートだよ……。
「この酒は、まあ自分は一見さんみたいなものですし、気持ちです。みんなで飲んでください。口に合えばいいですが」
酒を出しながら努めて笑顔で言う。
「いいのか? こんなに」
言外に高いだろう? という大親方の視線。
まあ、確かに安くはない。といっても1リットル1000円程度のものだけど。
だが、こっちの世界では100円ショップの品でもかなり高く売れる。となると、簡単に8000円の価値だから安い、ということにはならない。
あくまで、日本では8000円で買えるというだけの話だ。
こっちで売った時の金額が、この場合この酒の価値となるのだから。
だからこの世界的には高い酒となる。実際に売ったわけではないから、この世界での適正価格がどれくらいかは不明だが。
まあ、先行投資としては悪くないだろう。
さらに、俺が持ち込んだ鋼――青紙二号を手に取る大親方。
手に取り目を閉じる。
皮膚の分厚い赤茶けた両手に、まるで赤ん坊を扱うように抱かれる青紙二号。まるで鉄の声でも聞こうとしているかのようだ。
「……こいつもくれるってのか」
しばらくして瞳を開き、独り言のように呟く大親方。
くれるっていうか、それを使って剣作って欲しいんだけど。
「いえ、それで剣を打って欲しいんですよ。いや、気に入って貰えたらですけど」
ナイフ用ステンレス鋼は気に入ったようだが、青紙がどうかはわからないからな。そんときゃそんときだ。
大親方は、青紙を恭しくテーブルに戻すと鍛冶場に戻り、突然怒鳴り声を上げた。
「おう、おめーら。手の空いてるのはこっちに来い! このダンナが鉄と酒を持ってきて下さった。それも最高のものをだ!」
大親方の招集を受け、なんだなんだと集まってくるドワーフたち。
それぞれ大親方と同じような仕草で、青紙二号を手に取る。あるものは驚愕し、あるものは歓喜の声を上げ、あるものは涙を流した。
そして大量にある酒を見て、やはり歓声を上げた。
よくわからんが、とにかく喜ばれているようだ。良かった。
俺がホッとしていると、歓喜の中にいるドワーフ達が――
「ハイホー♪」
「ハイホー♪」
なんだ……?
なんかガチャガチャと金床をタイコ代わりに叩きだして――
ハイホー♪ ハイホー♪
かつての王が消えても♪ たとえ我が身が朽ち果てようとも♪
ハイホー♪ ハイホー♪
我らが掘りし黄金は残る♪ 我らが鍛えし鋼は残る♪
さあ仕事をはじめよう♪ 炉に火をくべよう♪
永遠の輝きを我らの手で与えよう♪
魔法の絵の具で彩りを与えよう♪
友の為にこの槌を振るおう♪
ハイホー♪ ハイホー!
う、歌ったァーーーー!!!