「というわけだから、お前ら先に宿に戻って待ってるか、好きなとこ観光しててよ」
錆びた剣を直せるかもしれないという、大親方の知り合いの魔族。
そこに連れて行けるのは、俺だけとのことだ。
どういった事情か、魔族ってのはよほど人見知りする種族なんだろう。俺もそういうとこあるからわかる。
レベッカさんあたりがいきなり知らない人をたくさん連れてきたら、キョドりまくる自信あるしな……。
しかも、俺がロクデナシだから謁見OKだという話。
清廉潔白な感じのが相手だと、拒否反応が出るタイプの人なのかな。
例えば、昼間っから酒飲んで中年太りでハゲ散らかした感じで……、嫁に働かせて自分は働かず家でグータラして……、嫁の稼ぎをピン跳ねして……、酒買ってこいと怒鳴るような……。
いくらなんでも、そんな昭和のステレオタイプのロクデナシなわけないか?
でも、異世界つっても、人間社会がそう大きく変わるもんでもないしな。
ありえなくもない……といったところか。
「主どのが、一人で行くでありますか? 魔族のところに」
マリナがキョトンとした様子で聞いてくる。
おおマリナ。ご理解いただけませんでしたか。
「一人というか、大親方と二人で……かな。どうも魔族さんは、人見知りするようだからね。大人数で押し掛けると機嫌を損ねて錆剣も直してもらえないかもしれないわけよ」
いずれにせよ、全員で行くのは多すぎるからね。
「マリナは奴隷であります」
「ん?」
「マリナは付いて行きたいのであります。奴隷は数に入らないのであります」
「数に入らない?」
そうなの? そうかも?
奴隷は、道具扱いでこの場合同行OKだったりする感じ?
「そうなんですか? 親方」
「いや……そういう問題でもねぇが」
「ダメじゃん」
「あー……。だが、ターク族か。……なら、その子だけならいいぞ」
「いいんだ」
「痛み入るであります!」
親方が、頬を掻きながら許可をくれる。
奴隷は数に入らないらしい。
違うか。ターク族だからOKという感じだ。
しかし、そうすると……、
「ど、奴隷なら私だっていいはずなのです。私も付いていきますっ」
ディアナがグイグイ来るじゃん。既定路線じゃん。
「ん、うーむ……。エルフ様はなぁ……」
困った顔の大親方。
エルフであるディアナを邪険にできないが、かといって連れて行くのも微妙という感じなのだろう。
魔族といえば、多分、魔力の扱いに特化した種族なんだと思う。
魔結晶を使ってなにかをするという点でも、それがうかがえる。
そして、エルフは精霊力の扱いに特化した種族。
精霊石を使ってなにかするのはエルフだし。
……とすると、魔族とエルフは対になるような種族なんじゃないか?
ディアナは世間ズレしたノーテンキなお姫さまだからともかく、一般的には魔族とエルフは仲が悪いとかいう話があるとか……?
可能性は十分か。
となれば、下手にディアナを連れていかないほうがいいよな……。
「はい。ディアナはお留守番ね」
「どっ、どうしてです?! マリナがいいなら私だっていいはずなのです!」
ディアナは、マリナの事を妹分のように思っているようで、普段は姉的な余裕を見せている。そのくせマリナに出し抜かれる事を異常に嫌う。
条件付きで優しいという感じで、なかなか心が狭い。
でも、姉ってそういうもの。俺には姉も兄もいるからよくわかる。
それにまあ……ディアナは基本お姫さまだからな。
大親方に聞こえないように、ディアナと小声で話す。
「なあディアナ。大親方は遠慮して言わないけどな、たぶん魔族はエルフが嫌いなんだと思うぞ」
「ど、どうしてなのです」
「それは、さすがに知らんけど……。とにかく、なんかしらの事情があるのは間違いないから。万が一、『うわー、エルフだ!』とか言いながら魔法撃ってきたら困るだろ。そういうのないとも限らないし」
憶測だけどな。
でも、可能性はある。
魔法の得意な種族が、お祭りの時に見た『魔術師の館』の魔術師ばりに炎の魔法を使ってきたら、普通に詰む。
だから、リスクは潰しておきたい。
……というか、付いてくってディアナがワガママ言ってるに過ぎないんだけど。
「どうしてもというならマリナも同行させないで、俺と大親方だけで行くから。ぶっちゃけ護衛なんかいらないだろうし。いちおう俺も剣を持ってるし」
「でも……」
「だいたい武器持ってるのが俺とマリナしかいないし。考えてみたら。よし、マリナはお前に付けるから、みんなで遊んで待っててくれよ」
「でも、それじゃご主人さまが……」
「だから大丈夫だって」
「うう~。はい……」
しぶしぶだったが、承知させた。
結局、マリナも置いてくことにして、俺と大親方だけで魔族の元へ。
「あ、そうだ」
バッグをあさり、トランシーバーを取り出し、片方をレベッカさんに渡す。こっちに来る前に作動試験済みだ。
「これ、渡しておきます。使い方はこないだ説明した通りで。なんかあったら連絡下さい。こっちもなんかあったら連絡するんで」
「うん。……私でいいの?」
「そりゃまあ。レベッカさん以上の適役はいませんし」
ディアナじゃなんとも言えず不安だし、マリナは論外、エレピピはモタモタしてそうだし。
エトワは……レベッカさんがいなければ、エトワでもよかったかもしれない。やつはあれでけっこうクレバーだからな。
◇◆◆◆◇
「旦那、エルフ様を奴隷にしてるなんて、ずいぶん金持ちなんだな。どっかのボンボンなのか?」
みんなと別れドワーフ大親方と二人で魔族の元へ向かう道中。
どうもずっと気になっていたらしく、大親方が尋ねてくる。
この世界ではエルフはとても価値が高い種族だ。眉目秀麗で不老長寿、なにより精霊魔法を操ることができるのはエルフだけ。
だから高い。
嫌な例えだが、車で例えると『すごくかっこよくて』『耐用年数長くて(一生乗れる)丈夫』。なにより『高性能で、空とか飛べる』という感じだ。
もはや車じゃねぇよ、それは。
高いに決まってる。
だから、そんなもんを奴隷にしてる若造に興味があるんだろう。
テキトウに嘘を言ってもよかったが、せっかくなので俺とディアナとの出会いの話をしてみた。
別にヒミツにするような話でもないしな。
道すがら、ひと通り話すと、
「――なんだ半分ハメられたようなもんじゃねぇか」
と大親方。ハッキリ言うなぁ。
「ようなもんというか、半分は間違いなくハメられてましたね。俺も青かった……」
フッ……とカッコつけてみても、エフタに上手いことやられた事実はなくならない。だいたいあいつシレッと「精霊石10個」とか言いやがって。当時はピンときてなかったが、今となってはそれがどれほどの価値かわかる。つーか、普通に破産するわ。
「さっきのターク族が、その時に買ってもらったってやつか?」
「はい。可愛いでしょ」
「ああ、よく懐いているな。旦那はターク族に対して、その……差別意識ないんだろう? これは確認だが」
「まったくないです」
「エルフ様を奴隷にしているくらいだからな。まあ、そうでなきゃ魔族に会いてぇなんていわねぇか」
エルフを奴隷にしてるかどうかと、ターク族に対して差別意識があるかどうか関係あるのかな?
いや、あるか。ターク族は偽エルフと蔑まれると言ってたしな。エルフを敬う気持が強いからこそ、そんな発想が出るんだろうし。
他の国ではそこまでターク族の差別がないと言っていたし、大精霊の力が強いこの国では、ターク族は生きづらいだろうな。
まあ俺は当然大好き。ターク族大好き。
そういえば、どっかにターク族ばっかりの村とかあるのかな。
エルフの里より興味あるかもしれん。
途中でギルドに寄り、金貨一枚でほどほどの大きさの魔結晶を購入。
坑道では魔物がよく湧くのだそうで、魔結晶の在庫はけっこうあるのだそうだ。金貨一枚はけっこうな出費だが、仕方がないだろう。
なにか手土産みたいなものは持たなくていいかと聞いたが、それならと、途中で米を買った。
手土産が米。なんとも実用的である。
小柄なわりに意外な健脚でどんどん進む大親方の後ろを付いていく。
エリシェほど街が整備されているわけではないルクラエラは、道も石畳で舗装されてはいない。
砂埃の道を行く。
山、正確にはルクラエラ山――は有力な鉱山らしく、ところどころ、坑道への入口がある。
今では廃道になっているのも多いそうで、それを利用して住居にしている人も多いのだそうだ。大親方のところのドワーフにも数人そんなのがいるのだそうだ。
ルクラエラも中心部は小奇麗だったが、この辺りまでくると、かなり雑というか疎放だ。
「……旦那。今日はあんたを信用して魔族に会わせるが、俺の顔を潰すようなことだけはしないでくれ」
大親方が念を押す。
どうやら、魔族というのは、このへんでは余程微妙な扱いのものらしい。
俺が「うわぁああああ! 魔族だ! 通報します!」と騒いだり、あとになって「へへへ、憲兵サン、あそこに魔族が隠れ住んでやすぜ」とタレコミしたりするのを恐れているのだろうか。
「大丈夫ですよ」
てか、そんな恐れがあるなら、無理に俺を紹介する必要もないはずなんだが、これが恐怖の『詐欺師』天職の効用ってやつだ。「信用が得やすくなる」みたいな。
……いや、単純に金持ちだから敢えてタレコミをする必要もないはずと思ったのかもしれない。たしか、密入国者がいるとタレコミすると銀貨3枚貰えるんだっけか。密入国者とは違うけど、多くても金貨1枚程度のもんだろう。
ま、金額の問題じゃないけどな。
いくら貰えたとしても密告なんかするはずがない。
ガサガサと道なき道を行く。
力強い足取りで、雑木林を突き進む大親方。ときどき腰の
もうとっくに道なんかない。
ショートカットというには、ずいぶんと思いきったルート選定だ。
ルクラエラ山(といっても単一の山ではないけど)の麓、いくつもの坑道跡がぽっかりと口を開け、空気を吸い込んでいる。まるで山が呼吸をしているようだ。
ルクラエラは帝国最大の鉱山と言うだけあり、歴史を感じさせる木組みの坑道や、穴を開けるというより山そのものを削ったかのような跡も多く、周辺には、掘り出した土や石を積み上げたボタ山が点在している。
こちらのほうは人気がなく、古い坑道跡がほとんどのようだ。人が住んでいる気配もない。
……てか、本当にこんなところに魔族がいるってのかな。
歩いて30分くらいって聞いてたけど、案外遠いし。
と、とつぜん開けた場所に出た。
「ついたぞ。この中だ」
「ここですか」
古い坑道跡の前。
どうやら、ここに隠れ住んでいるようで、坑道外には生活感がある。
木と木に張られたロープに洗濯物が干してある。洗濯用の桶が置かれている。外で料理をした形跡。
いちおう、粗末な木製のテーブルと椅子が二脚置かれている。
こんなところだ。人が来ることも稀なのだろう。となれば、たまには日光浴なんかしながらお茶をしたりするのかもしれない。
「俺が先に行って、話をつけてくるから待っていてくれ」
「はい」
一人残される。
椅子に座ってみたりして。
……しかし、魔族か。
どういう人相か先に聞いておけばよかった。
この世界は、けっこう種族で見た目が違う。けっこうというか、かなり違う。
エトワなんか猫人間だし、エルフだって耳が長いし、ドワーフは背が低いガチムチだしな。
もしかすると、トカゲ人間だったり、氷人間だったり、炎人間だったり、クリスタルボーイだったりするのかもしれない。
さすがにクリボーだったらギョッとしてしまうかな……。
覚悟だけ決めておこう。
しばらくボンヤリしていると、ガサガサッと誰かがこちらへ近づいてくる音が聞こえてきた。
俺は椅子から立ち上がる。
こんなところに人が来る可能性は低い。
なにか、動物だろうか。
こんな場所だ、魔獣やモンスターの可能性もある。
俺は、いつでも剣を抜けるように身構えた。
バサバサと草を掻き分けて――
「ふんふんふ~ん。今日の夕飯はライライーラ~。天然のライライーラ~」
鼻歌を口ずさみながら、七面鳥のようなデカい鳥を重そうに両手で持った少女――と言っていい年頃の女性が現れた。
ここには来客などほとんどないのだろう。
俺の存在に気づいていない。
「羽根をムシって~、内臓出して~、お米を詰めて~、表面をあぶっ――」
そして、こちらを向いた瞬間、俺に気付いた。
一時停止したかのように固まる。
綺麗で涼しげな水色の髪をした少女だ。
この辺りでは、少し珍しい髪色。
帝都のほう、つまり北のほうには水色の髪が多いと聞いたことがある。
年齢は、オリカより少し上くらいだろうか。
「……………」
女月「リンクルミー」のように赤い赤い瞳。
体の見える範囲すべてに蛇のように絡み合い
ディアナの色とりどりでおめでたい感じの刺青とは対照的な禍々しさ。
どこかで聞いた気がするな。
赤い瞳、黒い刺青。
「…………こんにちは」
とりあえず、挨拶してみる。
この人が魔族なんだろうか。ずいぶん思ってたのと違うが、見た目でわかるもんでもないのかもしれないし。
値踏みするように俺を見据える、燃えるような赤い瞳。
警戒色――ということもないだろうが、明らかに警戒されている。
かといって、すぐに逃げるような体勢になるわけでもない。
謎の落ち着き。ちょっとディアナぽいな。
「……どこの手の者です」
少女が口を開く。手の者って……。
「どこの手の者でもありませんが」
「私を殺しに来ましたか」
「殺しませんけど」
「では賞金目当てのハンターですね」
「賞金首なんですか?」
「とぼけないで!」
ふんふん鼻歌うたってたくせに、けっこうキリッとした少女だな。
賞金で思い出したけど、この人はアレだ。
精霊契約違反で、「焦げ付いた状態」というやつだ。
精霊契約違反をして、しばらくすると祝福を失った上に体に黒い刺青が浮かび、目が赤くなり、力も出なくなるとかってレベッカさんからルクラエラに来る途中で聞いたっけ。
タレコミすると金貨一枚貰えるとかなんとか。
「『
「白々しくも、よくも! 誰のせいで!」
すごくカッとなる人だ。頭に血が昇っているな。
落ち着いてライライーラの下処理でもするべきに思う。
「まあまあ、ちょっと待って下さいよ。僕はあなたのことを知りませんし、完全に初対面じゃないですか。なにを誤解してるかもわかりませんが、とにかく誤解です」
「ああ……どちらにせよもうだめね……。これ以上、もう彼女に迷惑は掛けられないわ……。もう、いっそのこと……」
ダメだ。聞いちゃいねえ。
そうこうしているうちに、胸元から豪華な作りの短剣を取り出す。
どこかで見た意匠。
絶妙な捻れ
柄はらせん状に削られた鞘と同材料の黒檀で、こちらも
「おっ、かっこいい短剣」
って、あの子マジだ。
短剣を鞘から抜き放ち、今にも自害しちゃいそうな気配。
かっこいい短剣! じゃないよ。止めなきゃ。
止めようと駆け寄る前に、坑道から発せられた声で獄紋少女は動きを止めた。
「そこまで! その男は私の客人だ。落ち着いて。追っ手ではない」
大親方と共に坑道から出てくる人影。
白い髪。
長くはないが少しだけ尖った耳。
マリナに似た褐色の肌。
と、突然、天職板が飛び出した。
ナイトメア族に会おう 1/3 →
お導きが進む。
次の段階の強烈さも凄いが、そんなことより今は。
お導きが進んだってことは、つまり――
「ナイトメア族……」
魔族じゃないじゃん!