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第95話  魔族屋敷はデカダンの香り


「ずいぶんと懐かしい名で呼んでくれるじゃないか。君は誰だ? どうしてその名を知っている?」


 魔族と思しき褐色の女。

 誰だ? と聞かれても困る。

 この世界じゃ紛うことなき異邦人だから、個人を証明するのは難しい。

 いや、そういう話じゃないんだろうけど。


 しかしこの魔族。……いや、ナイトメア族か。

 白い――というより、象牙色アイボリーの髪。

 少し太めの眉。

 こんな洞窟に住んでいるくせに、やけに健康的な褐色の肌。

 やたらと主張して止まない胸の双丘。

 なにより、その側頭部には捻くれた二本のツノが生えている。

 うむ。牛女だな。


「シャマシュ……」


 豪奢な短剣を握った獄紋娘が呟く。

 朱い瞳が、戸惑いに揺れる。

 かっこいい短剣。ダマスカスの刀身。

 どうやら、シェローさんの家にある短剣と同じような品らしい。

 あれは元々、シェローさんが副団長をやってた傭兵団の団長が皇帝から賜った品だったはず。団長が亡くなった時に形見として貰ったとかなんとかいう話だったか。

 なるほど、それほどの品を持っているんだし、この獄紋娘はワケありには違いないだろう。てか売ってくれないかな。今までちょいちょいエリシェでも探してたけど、あれほどのは見たことないんだよね。

 守刀的なものだとすると、ダメなんだろうけど……。


 魔族の女が、腰に手をやり、やれやれと肩をすくめ言った。


「とにかく、その彼は私の客だ。剣をしまえ。……ふふ、実に久しぶりの客だ。茶でも飲みながら、ゆっくり話でもしようじゃないか」


 少し低く絹のように滑らかな声音。

 そして、想像していたよりもずっと朗らかだ。


 魔族というぐらいだから、すごく肌が緑で触角とか生えてて、パっと見で「こいつはやばい」とわかるようなものを想像してたのにな。

 普通に、若い美人が出てくるとは……。


 そんなわけで、坑道の中にあるという、魔族さんの住居に案内された。

 獄紋娘は、誤解だというのにまだ俺を警戒している模様。


 坑道は涼しく、空気の流れがある。どこかにつながっているのだろう。

 さらに、謎の光源があるらしく真っ暗闇ではない。黄昏時、少し離れた相手の顔が認識できるかできないか程度に明るい。

 理屈は不明だが、ファンタジー世界だからな。ヒカリゴケでも生えてるのかもしれない。

 まあ、光源なしの真っ暗闇では、魔族はともかく、獄紋娘は暮らすのは厳しかろう。坑道なんかで住むなんて不便そうだと思ったものだが、明るさがあるなら、住めなくはない。むしろ普通の家より便利かもしれない。


 魔族の住居は、坑道の中、少し開けている場所にあった。


「ん? おお、かっこいい」

「君はこれの良さがわかるのか? ふふふ、聞いたか? イオン、ダルゴス」

「旦那はちょっと美的感覚がオカシイんじゃねぇか?」

「えええ? これ無しですか?」


 魔族の住居は外壁や扉などに派手な彫刻が施してあった。石や木材が、植物や動物に姿を変え躍動している。

 ヨーロピアン調というか、アール・ヌーヴォーというか……。デザイン性が高くかっこいい。エリシェやルクラエラでは見たことがないものだ。

 さすが魔族の住居! と思わせる妖しさがあって、俺個人としては非常にアリなんだが……。


「これ、あなたが彫ったんですか?」


 魔族に訊ねる。


「ああ。自信作だ。なにせ暇でいくらでも時間があるからね」


 軽くドヤ顔。

 うーんすごいな。

 魔族だけど、石工か何かなのかもしれないな。魔法がどうのって前に職人じゃん。その関係で大親方とも親交があるのかもしれない。


 木製の立派なドアを開き中に入る。

 小さな暖炉があり、控えめな炎がチロチロと光っている。


 部屋の中は暖かく、やはりアールヌーヴォー調というか、クネクネと妖しい意匠が彫り込まれている家具が多い。

 壁には絡み合う蔦の絵が描かれている。

 テーブルや椅子にも、いちいち彫刻がなされデザイン性が高い。


 これも『暇だったから』造った品々なのだろうか。

 単純に職人としても知り合いになりたいな。


「さあ、座ってくれ。お茶を入れよう」


 朗らかに椅子を勧めてくれる。

 俺と大親方、そして獄紋娘の三人でテーブルにつく。

 なんとなく居心地が悪い。

 知らない人。知らない家。

 最近はだいぶ慣れてきたが、引き篭もりのニートだからね。初対面の人と上手く接するのは下手なままなのよ。


 誰も口火を切らずにいると、沈黙に耐えかねたか獄紋娘が口を開いた。


「…………先ほどは失礼しました。シャマシュにお客さんがくるとは思わなかったもので。……私の客かと」


 ペコリと頭を下げる。

 さすがにカッと頭に血が昇ったのも冷えたらしいな。


 シャマシュというのが、あの魔族の名前なのだろう。

 客が来るとは思わなかったというくらいだ。どうやら、あの魔族は筋金入りのぼっちらしい。

 あんな美人なんだし、その気になれば、入れ食いのとっかえひっかえだろうにな。


「いえいえ。突然伺ってしまったので。こちらこそ申し訳ありませんでした」

「あら。礼儀正しいのですね」

「いや、普通ですよ」


 特に礼儀正しいということもないだろう。が、いきなり獄紋について質問しない程度にはわきまえているつもりだ。

 ホントは聞いてみたいが、獄紋付きということは、なんらかの精霊契約違反をして逃げてきたということのはず。

 変に首を突っ込むこともない。


 契約――例えば俺とマリナとの契約には、この獄紋が発生するような契約内容はない。反故にすれば、ただ祝福を失うだけだ。


 基本的には、獄紋は『服役刑に対する不履行』で発生するようなものらしい。

 ってことは、この獄紋娘はなんらかの罪人で、逃げてきたということなのだろうか。

 それで、ここで魔族に匿われているのか。


「……気になりますか? これが」


 黒くのたうつ腕の獄紋をさすりながら言う。

 視線は斜め下。テーブルの端を見つめている。

 やはり後ろめたさがあるのだろうか。


「特には。うちにも似たようなのがいますしね」


 ある意味ではディアナの刺青のほうがインパクトは上だ。なにせカラフルだからな。

 それに、本人気にしてるみたいだし「気になる! 気になる! 超気になる!」とか言うわけにもいくまい。


 てか、こっちの世界の人からすればこの獄紋ってのは、「うわー」って感じなのかもしれないが、現代日本人の俺からすると、全身刺青なんて常識の範囲内のものなんだよね。刺青どころか、流暢にしゃべくりまくる猫人間と一緒に仕事してるんだぞ、こっちは。


 それに、ブラック企業時代に時々事務所に来てた「顧問のヤクザ」だって全身刺青だったしな。ディアナのものとはデザインも発色も違うが、カラフルな全身刺青という点では似ている。

 まあ、そういうわけで、「わー、刺青!」という以上の感慨は湧かないのだ。


「お待たせしたね。なにせ来客などほとんどないものだから、カップを探すのに手間取ってね」


 魔族がオボンにお茶を乗せて戻ってくる。

 茶を並べテーブルに座る。そして、ジッと俺のことを見つめてくる。

 ちょ……、やめて、視線恐怖症なの……。なんなの……。


「さて……。これは非常に重要なことなんだが、最初に確認しておきたいことがある。ひとめ見た時から気になっていたんだが」


 じっと目を見て話しかけてくる魔族さん。

 まだ、自己紹介すらしてないんですけど……。


 魔族さんは、お茶を一口飲み、息を小さく吸い、そして言った。


「――君のその腰にあるものは、ひょっとして魔剣じゃないか?」

「え?」

「私は、種族的に少し特殊でね。魔の波動に少しばかり敏感なのさ。で、その剣は普通の剣ではないだろう?」


 うーん。魔剣ってわかる人にはわかるんだな。

 そういえば、クマモンスターも「魔剣だ! 許さん!」みたいになってたし。


「お察しの通り、魔剣です。銘はハートオブブラッド」


 別に隠すようなものでもない。

 いや、例のクマみたく襲いかかってきたら困るけど、まさかそんなこともないだろう。……ないよね?


 俺が答えると魔族さんは瞑目した。


「そうか……。すまない。もしよければでいいんだが、見せてもらっても構わないだろうか」

「いいっスよ」


 魔剣を鞘ごと渡す。

 魔族だけに魔剣に対しては思い入れがあるんだろうか。

 うやうやしく受け取り。鞘から剣を引き抜く。

 そして、その刀身に魅入られる。


「……おおおお! 伝承通りだ、七本の魔剣。魔を練り込んで打たれた神剣。本当に実在するなんて……」


 神剣て。


「ドワーフ族に伝わる伝承じゃないんですか? たしか大親方も言ってましたね」


 大親方に魔剣を見せたときに、確かそんなことを口走っていたはずだ。

 七本の魔剣。七つの種族を葬り去り、七つの血色に濡れた剣――とかなんとか。


「うん。そうだな。魔剣は有名だからね。ドワーフ族にも伝わっているだろう。恐らく、その実態まで伝わっているのは、うちの種族のほうなんだろうが」

「実態ですか」

「ああ。魔剣ってのは人が打った物ではないと言われている。そして、その剣は自ら持ち主を選ぶらしい。精霊文明時代には、魔剣に認められし七人の使い手がいたのだとか。……そして、精霊文明時代が終わってからは、魔剣もまた姿を消したのだ。その使い手と共にな」

「姿を消したていうか、ここにありますけど……」


 てか、古道具屋の外にぞんざいに置かれてましたけど。


「我々の伝承によると、魔剣の使い手はよく替わっていたらしいんだ。ただし、その使い手は常に英雄と言って差し支えないほどの力量を持った勇者だったらしい。精霊文明時代については、知っているか?」

「いえ、ほとんど知りません。1000年くらい前の時代なんでしたっけ?」

「そうだ。1000年の昔。我々やエルフにとっては、数世代前の話に過ぎないが、人にとっては太古の昔だろう」


 そうだな。1000年前つったら平安時代だ。

 てか、魔族もエルフ並に長寿なのか。


「固有職持ちで有名な『悪意の沼ザ・ヴェノム』とか『ザ・シルエット』とか聞いたことあるだろう? あまり知られていないが、あの時代には他にもけっこう固有職持ちがいたらしい。現在では四人しか伝わっていないがな。ああ、『夢幻の大魔導師ザ・ミラージュ』は別だぞ。奴だけは最近の人間だからな」


 悪意の沼? 影? 聞いたことあるようなないような……。

 確か神官ちゃんが、俺が祝福を受けた時に言ってたっけ。

 固有職持ちは過去に五人いただけとかなんとか。魔族さんの言うことが確かなら、実際にはもっといた……ということらしいが。


「とにかく、精霊文明時代はそれだけデタラメな時代だったということだ。固有職は天職が五個以上なければ発現しないと言われている。そんなのがゴロゴロしていたというのだから。さらには、モンスターも今とは比べられないほど跋扈し、魔獣の数も今とは比較にならないほどだったそうだ。さらに、それに対抗するハンターの力も、現代のそれとは比べ物にならないほどだったとか……」

「バイオレンスな時代なんですね……」


 怖や怖や。

 そんな時代だったら、ゴブリンにタコ殴りにされてた可能性も高かったのかもしれん。

 魔族はなお話を続ける。


「精霊文明時代にいた勇者たち。彼らだけが持っていた魔剣。どうして君が持っている? 1000年の時を経て魔剣に認められるものが現れたのか? そして、どうして我が種族の真名を知っているのだ? 君は……誰だ?」


 おおっと。

 遠回しだったが、俺はかなり不審な存在だったらしい。

 まあ、素直に答えればいいか。


「魔剣は普通に古道具屋で見つけました。ただ単に運が良かったというか、偶然の出会いってやつですね。種族名の件は、お導きだったんですよ。『ナイトメア族に会おう』っていう。だから、魔族さんがナイトメア族だってのは知りませんでしたよ。これも偶然ですね」

「……いや。私は今の君の言葉で確信した。少なくとも君は大精霊の信徒ではないだろう」

「どうしてです?」


 エルフを奴隷にしてるという情報は与えてないはずだがな。

 それとも大親方がすでに伝えてる可能性もあるのかな?

 と、思ったが、そういうことではなかった。


「お導きで出会った相手のことを『偶然の出会い』とは、大精霊の信徒なら絶対に言わないからさ。大精霊のお導きの結果とか、大精霊の思し召しとか、そういうふうに捉える」


 やべぇ、失敗したな。確かに、みんなそう言ってたわ。


「――まあいい。悪い人間ではなさそうだ。今更だが、私の名はシャマシュ。見ての通り――君らがいうところの魔族というやつだ。正確には、君が言ったように、ナイトメア族という種族なのだがね。まあ、それは忘れてくれていい。忘れ去られた名だ」


 そうして、ようやく自己紹介となった。



 ◇◆◆◆◇



「いやしかし、さっきは驚きましたよ。いきなり短剣出して、自刃でもしそうな勢いでしたからね」

「申し訳ありませんでした。こちらにも事情がありまして」

「事情ったって……。あ、そういえばさっきの短剣かっこよかったですね」

「え? ええ、ありがとう」


 お茶を飲みながら談笑したりして。

 獄紋娘の名前はイオンというらしい。大型スーパーみたいな名前だ。

 大親方もイオンさんに会うのは、初めてだったとのこと。もしかしたら、今回も偶発的に会わなかったら、会わずに隠れてたのかもしれない。


 まあ、懸賞金かかってるおたずねものだからな。獄紋ってのは。

 金貨一枚ってのはけっこうな額だし、下手に知らない奴と会うのはリスクが大きいだろう。


「しかし旦那も水くせえな。魔族と会うお導きが出てるなら、そう言ってくれりゃいいのによ」


 と大親方。


「いえ、ただナイトメア族に会おうとだけしか出てませんでしたし、それが魔族なのかは知らなかったんですよ。だから、今回のは偶然――いえ、大精霊のお導きだったんです」


 実際のところ、ナイトメア族なんて幽霊的な青白い肌で、柳の木の下に立ってるようなのを想像していたのだ。

 まさか、幽霊とは正反対の肉感的な美女が出てくるとは……。


「そうか。なら、シャマシュさんと何か縁があるんだろう。いや、本当に何者なんだ、旦那。ただの金持ちだとしても、エルフに魔族に魔剣と、ちょっと普通じゃねぇぞ」

「エルフ?」


 テーブルから身を乗り出してくるシャマシュさん。


「クンクンクン! 確かにエルフのニオイがするな」


 顔が近いよ! 天然なのかこの人。

 乗り出して来てるから、胸の谷間が凄いんですけど! マリナで耐性がなかったらヤバかったね。


「エルフ特有のニオイなんてあるんですか。川魚のニオイでもするんですかね?」


 もしくは森の芋虫のニオイとか……。いや、さすがにそんなことはないか。ディアナも別にこれといったニオイがするという記憶ないし。


「うん。いや魚のニオイではないけどね。ヒトにはわからない香りだよ」


 そういうもんか。

 ニオイにもヒトの感知できる範囲みたいのあるんだっけ?

 ヒトの聞こえない音域の声でコミュニケーションとるコウモリとかイルカみたいな……。


「ニオイが染み付くほどだ、そのエルフは君の『いいヒト』なのか?」


 いいヒトって……。

 あいつとの関係性を一口で言うのは難しいが、


「厳密なことを言えばいろいろあるんですが、端的に言って僕の奴隷です」

「奴隷! 奴隷か! なんてひどいやつなんだ。君はル・バラカの祝福を受けているんだろう?」

「ひどい、ですか。祝福はル・バラカですね。いやほんと、いろいろ事情があるんですよ」


 人にはそれぞれ事情がある。

 獄紋のイオンさんも、こんな洞穴で暮らすシャマシュさんも、それぞれになんらかの事情があるんだろう。


 まあ、エルフを奴隷にしたい! ってのは、ディアナの例のお導きとか抜きにして、俺の望みだったんだけどね……。事情抜きで。


「……しかし、そうか……。ル・バラカの信徒でもなく……エルフの奴隷持ち……」


 ブツブツと何か考えだすシャマシュさん。

 まあ、俺はこの世界ではかなりの変人枠になるのは、もはやお察しだ。


「……うん。で、今日はなんだっけ、剣の魔を祓って欲しいという話だったかな?」


 ああ、そうだ。

 こんなおしゃべりしに来たんじゃないんだった。

 要件自体はすでに大親方が伝えてくれてあったらしい。


『さびついたつるぎ』と魔結晶を取り出し、テーブルの上に置く。


「これです。大親方が言うには、錆びではなく魔が取り付いてるとかなんとか……」

「へぇ……」


 興味深そうに、剣を手に取るシャマシュさん。

 ちょっと素手で触るのは躊躇するような錆びっぷりだが、全く意に介した様子はない。

 魔が取り付いた錆びは、酸化鉄的な意味の錆びとは別物なのかもしれないな。


「ふーん……。君は目利きか? こんなのどこで見つけてきたんだ? エルフを奴隷にしてるなら、ソレの持ち物だったのなら理解できるが……」


 剣から俺へ、視線を移し訊ねてくる。

 ずいぶん昔に買って放置してた剣だが、なかなか良いものだったのだろうか。


 目利きかどうか? と言われれば微妙なところだ。『真実の鏡』というズルチートをしてるしな。鑑定能力がなかったら、こんな錆び剣を買ったりはしなかっただろうし、ワザワザ修理に持ち込んだりもしないだろう。

 新品を買うお金がないわけでもないし、別に歴史的に重要な一振りとかそういう問題でもないのだから。


「目利きですよ。商人ですからね。普通に古道具屋で見つけました」


 チートのことは秘密で。

 商人だから、目利きでもおかしくない……はず。


 てか、あの古道具屋。魔剣も謎剣も売ってたんだから、今考えるとなんか凄いな。探せばまだ掘り出し物あるかもしれない。


 こんな答えで納得したのかどうか、シャマシュさんは視線をまた剣に移した。

 そして、なにかを考えているような仕草。

 なんだろ……。あっ、


「そうだ。お代はどうしますか?」


 錆びが取れて、どんな剣が出てくるかわからない。

 駄剣だから安くとか、名剣だから高くとか、そういう感じになってしまってもこまる。先に金額を決定しておかないと。


「……おお、そうか。そうだ。お代をもらわなくちゃだな。うん。よし」


 まるで、盲点だった! とでも言いたげな顔をするシャマシュさん。

 こんな所で世捨て人みたいな生活してたら、現金収入は特に大事だろうにな。けっこう自給自足でなんとかなってるんだろうか。

 イオンさんも七面鳥ライライーラをどっかからか捕まえて来てたしな。


「君……、いやアヤセ君。この剣は私が責任を持って祓ってやろう」

「おお。ありがとうございます」


 やったね。どんなん出るのか楽しみだな。


「ただし。お代だ」

「はい。いかほどでしょう」


 ずいぶんもったいぶる。

 神官ちゃんなどは、少しお布施すれば術の施行自体は安いけど、魔族の場合は高いのかもしれないな。

 精霊石と違って、魔石はそんな高いものでもないし。


 剣をテーブルに置き、少しだけ下を向き。一瞬、イオンさんのほうを見て、そして、真っ直ぐ俺の目を見た。

 懇願するかのように、熱っぽい瞳。

 シャマシュさんが口を開く。


「……金貨、100枚。頼めるだろうか」

「シャマシュ!」


 ええええええ!!

 高い! 高いよ!

 高いなんてもんじゃない!

 まさかの1500万円じゃん。精霊石5個分じゃん。

 予想外の金額だったからか、イオンさんまで血相を変え、ガタンと立ち上がりテーブルを揺らした。


「うそうそうそ! 嘘ですよ、アヤセさん。シャマシュ、いい加減なこと言って――」

「イオンは黙ってて。アヤセ君、わかるだろう? 私は魔族だから、こういう場所に住むのも、さして苦痛ではない。でも、この子は違う。まだ若いのに、獄紋を背負わされて、人並みの青春もなくこんな洞穴で原始人みたいな暮らしをしているんだ」


 んんん? 話の繋がりがよくわからないんだけど?


「頼む。もちろん、これはタダじゃない。イオンはメイドでもなんにでも使ってくれればいいし、私もできることはやろう。なんなら、君の奴隷になってもいいぞ」

「そんな! なにを言っているの!? シャマシュ」

「イオン。イオンだって、ここでいつまでも私と暮らしていればいいとは、思っていないだろう!? 夜にコッソリ泣いていることだって知っているんだぞ」

「やめてよ……ほんとに……。私はシャマシュに会えてよかったし、ここでの生活だって、そんなに悪くないって思ってるわ。それに……私の命が尽きるまで守ってくれるって言ったくせに」

「それは、こういう形で運命の流れが来るとは思わなかったからだよ。エルフを奴隷にしている商人。大精霊の信徒でもなく、金貨100枚出せる者との出会いなど、今後あるはずもないとイオンだってわかるだろう? 私だってイオンとの生活は楽しいし、ずっとここで暮らすのも悪くないと思う部分もある。だが……」

「シャマシュ……」


「あ、あのー……」


 二人がすごく盛り上がってしまったが、全く話が見えない。


「そもそも、どういう話なんですか? もう少し噛み砕いて話して貰ってもいいです?」

「あ、ああ。すまない。一口で言えばね、君に……イオンの獄紋をとってやって欲しいんだ」


 そういうことか。

 獄紋って取れるんだ。


「魔族の私では、大精霊の獄紋を洗うことはできない。精霊石だって5個も必要だからな。私には精霊石は無縁のものだし、イオンはもう祝福自体がない。だけど、君なら……用意できるだろう? エルフを奴隷にしているくらいなのだから……」

「なるほど。まあ、確かに用意できなくもないですが」

「そうか! だから頼む! イオンは可哀想な身の上でね。私がここで預かっていたんだが、本当にいい子なんだよ。さっきも言った通り、私なんかでよければ喜んで奴隷にでもなんでもなるから……。もっとも、私のような地黒の女は気持ち悪いだろうが。だが魔術も使えるし、当然魔族の『術』も使える。どうだろうか……。これも大精霊のお導きだと思って、飲んではくれないか……」

「やめてよ! シャマシュがそこまでする必要ないじゃない! そんな……初めて会った男の奴隷になるなんて……」

「イオン。私は魔族だ。君たちとは寿命が全く違うんだよ。一時的に奴隷になることくらいはなんてことないんだ。それに奴隷と言っても、エルフを奴隷にしているような男だ。私のような者はソレの対象にはならないだろう。まあ、ソレに関しては、実は私もヤブサカでもないんだがね」


 めっちゃソレの対象になりますけど、それは。

 いや、そういうことじゃない。


「それに……魔剣に認められるほどの男だからなのか、私個人としても君に興味がある。元々、私の種族――ナイトメア族は男好きだと言われていてね。だが、私も私の母もそういうところがなくて不思議に思っていたんだが。……ふふふ。大精霊のお導きってやつも、悪くない」


 そう言って流し目をくれてくる。さりげなく腕で胸を押し上げる仕草。まるでエロ女じゃないか。ナイトメア族って悪夢族じゃなくて、夢魔族なんじゃあるまいか……。


 しかしまあ、大精霊のお導きか……。

 魔族さんが奴隷になってくれるってのは、正直に言ってしまって魅力的な提案だが、「はい、じゃあお願いします」ってのも、なんだかゲスくさい。


 しかし、錆びた剣直そうとしただけなのに、すごい展開になってきたな……。

 どうしよう?




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