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第97話  雑魚モンスターは無限湧きの香り


 外に出る。

 同時に、襲い掛かってくる人影。

 俺は剣を抜き放ち、これに対応した。

 横薙ぎの一閃。

 軽い、サクッとした手応え。

 脇腹から入った魔剣が、そのまま人影の上半身と下半身を泣き別れにさせる。

 死体は煙のように消滅し、後に小さな黒い石がポトリと落ちた。

 ほんのピンポン球サイズの魔結晶。

 つまり、この人影は『モンスター』だということだ。


 産毛程度に毛の生えた、ほぼ禿げと言っていい頭髪。ツンと尖った鷲鼻に、大きめの耳。ギラギラと光る瞳。薄い黄土色の肌。

 一様に粗末な短剣や手斧を持ち、中には木盾や革鎧を身につけた者もいる。


 子鬼ゴブリン

 俺の知識の中にある単語でいうなら、このモンスターはまさにそれだった。

 そんなやつらが、「ギャギャギャギャ」と、耳障りな鳴き声(もしかするとゴブリン語なのかもしれない)を発しながら、攻撃を仕掛けてくるのだ。

 数は20か30。

 さっきの手応えからすると、実際弱いのだろう。相手の攻撃にさえ気をつけていれば、負けることはないように思う。


 いや、油断は禁物か。

 スケルトンの時もそうだったが、どんなに弱そうでも相手が人間を殺し得るだけの攻撃力を持った存在だというのは忘れてはならない。

 実際、あの手斧が腕にでもクリーンヒットすれば、ディアナがいない今、出血多量で死ぬことも十分にありえるのだろうから。


 とはいえ、普段シェローさんと訓練している俺にとって、ゴブリンは動きも遅く弱々しい存在――はっきりと言ってしまえば、雑魚だった。

 人型だし心理的なハードルがあるかとも思ったが、死ねば消滅するだけの存在にそこまで心を割けるほど優しい人間でもなかったらしい。

 周辺にいるやつから順に、どんどん狩っていく。

 魔剣は全長120センチほどもある、両手持ちの長剣だ。剣としてはかなりリーチがある部類だろう。

 攻撃が届かない距離から繰り出される一撃に、ゴブリンたちはなす術もない。


 狩る。

 狩る。

 片っ端から狩っていく。


 ゲームみたいに経験値の概念があるなら、例えゴブリンの経験値がほんのわずかだったとしても、無限に経験値が得られそうだ。

 魔結晶もポロポロ出るので面白い。


「ふひひ」


 気持ち悪い笑い声が漏れてしまった。

 しかし、ちょっとやみつきになりそうだ。ゲーム感覚ではいかんと思うが……。


 ちょっと余裕が出来たので、シャマシュさんのほうを見てみる。

 そういえば、魔法を見せてくれると言ってたっけ。でも魔法を使っている様子はない。

 一発ブッぱなすのに時間がかかるのかな?


 しかし、シャマシュさんは魔法を使うどころか、頬を赤く染めて、ボンヤリと立ち尽くしていた。

 家の周りにタカっていたゴブリンはすべて狩ったから、さほど危ないってことはないが――


「シャマシュさん!」

「……ふぇ?」

「どうしたんですか? まだいっぱい魔物来ますし、ボンヤリしてると危ないですよ。自慢の魔法を見せてくれるんじゃなかったんですか?」


 駆け寄り肩を叩く。

 ハッと正気に返ったかのようなリアクションのシャマシュさん。


「あ、ああ……すまない。気を失っていた」


 おいおい。


「ちょ……大丈夫なんですか? 攻撃食らったとか? そのわりには無傷っぽいですが」

「その、なんだ。……うん。確かに攻撃を食らったよ。……私のような干物女には目に毒だな」

「なんですか、目に毒って……」

「うん……。いや、いいんだ。忘れてくれ。……それより、魔術が見たいという話だったね。それとも魔法のほうが良いかな?」

「あ、はい。……てか、魔術と魔法って違うんですか」

「うん。魔法はエルフの『精霊魔法』とナイトメアの『召喚魔法』。あといくつかあるけど、誰でも使える術である魔術とは、厳密には違うものとされているね」

「そうなんですか」


 ってことは、ナイトメア族であるシャマシュさんは、召喚魔法が使えるってことか。

 なんだろうな、召喚魔法って。なんかヤバげなやつでも呼び出すのかな。

 お導きを達成した時なんかは、精霊さんがポンっと発生するのだし、召喚魔法で何が出てきても今更驚いたりはしないけどな。


 そんな会話をしている間にも、坑道の奥からゴブリンたちがどんどん出てくる。

 文字通り、湧き出てくるという表現がピッタリだ。身長1メートル程度の矮躯に、刃こぼれして錆び付いた武器。

 こちらに一直線に向かっては来るが、しょせんは魔素に向かってくるだけの存在だ。連携して攻撃してくるわけでもないし、特別変わった攻撃をしてくるでもない。

 その代わり数が多い。山全体でヒトツヅキとアワセヅキが同時に来たような状況だとシャマシュさんは言っていたが、こんなもんが定期的に起きているとなると、バイオレンス世界も極まっていると言える。


 普段、けっこう苛烈な訓練をしているから、弱いモンスターがたくさん出たところで、さほどの脅威を感じることはないが、戦闘能力がないものからすると、かなり怖い状況だろう。

 対応できているうちはいいが、ひとたびヘマったら物量に押されて圧死するのは間違いない。

 戦争は数だよとは、よく言ったものだ。


「シャマシュさん。とにかく数が多いです。まず減らしていかないと」

「む、そうだな。ではとりあえず魔術を見せようか。…………君に見られると思うと年甲斐もなく緊張してしまうな」


 両手をこすり合わせながら、若干上目遣いでそんなことを言う。案外ヘタレなのかもしれない。


「では、氷の魔術を見せようか。……魔素にことわりを与え――術をなす」


 シャマシュさんが無造作に腕を振ると、それこそ魔法のように、何もない空中に50センチほどの氷柱が無数に出現する。


「おおっ。すごい。手品みたい」


 前に魔術師の館で見たときも同じ感想を持ったが、このなんとも言えない非現実感が、魔法というより手品っぽく見えてしまってしかたがない。

 安っぽいファンタジー映画感があるというか。

 リアリティがあるんだか、ないんだか。


 シャマシュさんがもう一つ腕を振ると、坑道の奥から湧き出してくるゴブリン目掛けて勢いよく氷柱が射出されていく。

 鋭く尖った細い円錐状の氷柱が弾丸となり、柔らかいゴブリンの体を貫通していく。

 弾けるように霧散し、小さな黒い結晶に変わるゴブリンたち。


「どうだ? これは簡単な魔術ではあるが、単純ゆえに効果が高い。自慢じゃないが、これをこの精度で連続で撃てるのは、あまりいないはずなんだぞ」


 自慢じゃないがと言いつつも、かなり自慢げだ。

 ドヤ顔でこちらをチラチラ気にしながら、氷柱を空中に出現させては、撃ち出すのを繰り返している。

 ディアナが精霊魔法を使うときのように、ブツブツと詠唱を唱える必要はないらしい。無言で腕を振るだけで、シームレスに魔術が飛び出していく。

 名前を付けるなら、アイスジャベリンとか、そういう感じか。


 ゴブリンをどんどん屠っていく、シャマシュさんの凶悪なる魔術。

 精度というが、必ずヘッドショットが決まるというものではなく、胴体に突き刺さることもあれば、腕や脚を吹き飛ばすこともある。地面に衝突し砕けた破片が、眼や首に突き刺さることもある。

 だが、なるほど、確かにこれはすごいものだ。


 俺は素直に感嘆した。

 遠距離で、これだけの物量を連続してぶつけられるとなると、近距離でしか戦えない者は手も足も出ないだろう。


 実際、あれだけの物量を誇るゴブリンでも一定以上近づく事さえできないでいる。


「ふふふ。どうだ? 私が欲しくなっただろう!」


 これだけ連続で魔術を射出しながらも、息一つ乱さないシャマシュさん。

 魔族の名は伊達じゃないってことか。素晴らしい戦闘能力だ。

 そういえば、シェローさんが、魔族と戦ったことがあるって言ってたっけな。こんなのと戦ったことあるのか、あの人……。しみじみ化け物だな。


 しかし、欲しくなっただろう?――か。

 欲しいと言われれば、欲しいに決まってる。

 てか、天然というか、それとも種族的な特徴なのか、いちいち扇情的な言い方をするのはやめて欲しい。

 この人、ディアナたちに会わせてもいいのか心配になるな。余計な軋轢は勘弁して欲しいところだ……。



 ◇◆◆◆◇



 あらかた倒し終わり、攻撃の手を緩めるシャマシュさん。

 目を眇め、坑道奥から湧き出てくるゴブリンたちを見やる。


「ふぅ……。しかしまぁ……」

「どうしたんです?」

「……なぁアヤセ君。君はモンスターについて、どの程度知識がある?」


 知識ったってな。ファンタジー世界すげえって程度の知識しかないぞ。


「えっと、魔素溜まりから発生して、近くの魔力源に向かって突進してくる魔物……でしたっけ」

「そうだ。実際に見たことは?」

「今、見てますけど、これ以外では骨みたいのと戦ったことあります」


 あと、クマも一応モンスターか。

 まあ、あれは例外的すぎるし、魔法の地図由来だから厳密にはどうなのかよくわからんが。


「うん。そこだ。普通はね、骨とか、木偶人形とか、動く石像とか、そういうモノが湧く。仮初の命を与えられた魔法生物がモンスターであると言い切ってもいい。一部では例外的な地域もあるが」


 そうなのか。いや、レベッカさんからも同じような説明受けたような記憶あるな。

 でも、今出てきてんの明らかに亜人というか、ゴブリンだし、生物感ハンパないんですが。


「いつも、このあたりでは『ゴーレム』という土とか岩、鉄、アワセヅキならミスリルを原料にした人形が湧くことがほとんど。だからこうして、ゴブリンが湧くことは稀なんだよ」


 稀ってことは、湧くこと自体はあるのか。

 てか、ゴブリンはやっぱりゴブリンなんだ……。それとも翻訳の都合なのかな。


「でも、実際湧いてますよね、嫌ってほど」

「困ったことにね。……普通、こいつらが湧くのは、ヒトツヅキの時だけなんだよ」

「ヒトツヅキ。とすると、今ヒトツヅキが来たってことなんですか?」


 ヒトツヅキってのは、二つあるこの世界の月が月食みたいに完全に合わさって『一つの月』になる瞬間のことを言うらしい。

 その間に、二つの月の子どもとされる強力なモンスターが出るとかなんとか。

 まあ、さっきヒトツヅキとアワセヅキがいっぺんに来たような状況だとか言ってたし、似たような状況なんだろう。


「いや、ヒトツヅキはまだ先だ。二つの月はまだ合わさってすらいない。……だからなのさ。なにか――ヒトツヅキとは別のなにか・・・が起きている。しかし、確実にヒトツヅキ級のやつが――」


 話してる間にも、ゴブリンたちはまたワラワラと湧きこちらに向かってくる。

 そいつらを切り伏せながら、俺はこの異常事態の理由に思い至っていた。


 突然モンスターが湧きだしたタイミング。

 俺のお導きの進展。

 ナイトメア族に会おうの次に出ていた。


祭壇座アルターの『アルゲース』討伐 2/3』


 無関係かもしれない。

 無関係だと思いたい。

 だが、強烈なモンスターも湧いたみたいだとシャマシュさんも言っていた。

 山全体でモンスターが湧いているらしい。

 すべての坑道から、これだけのゴブリンが湧き出しているとなると、事態はジョークにもならないレベルに深刻なんじゃないだろうか。

 ここに来るまでに、大小10個くらいは坑道の入口を見た。

 廃道に住んでいる人も多いと聞く。

 山に寄り添うこの街では、坑道の近くに住む人も多い。


 ――もし、このモンスターの大量発生が、俺のお導きが原因で引き起こされた事象なんだとしたら?


 錆びた剣を、刃こぼれした手斧を、一切の遠慮なく打ち込んでくるゴブリンたち。感情のうかがい知れない紅玉の瞳が坑道内の燐光を受け輝き、迷いのない攻撃を繰り出してくる。


 一瞬で全身が毛羽立つ。


 自衛手段がある者ならばいい。

 だが、そうではない者は――


「……シャマシュさん。この現象がヒトツヅキだとしたら、どうすれば事態を収拾できるんですか」


 なにか終わらせる為のフラグが存在するはずだ。

 まだ、今なら被害が拡大することなく事態を収めることが。


「ん? 知らないのかアヤセ君。…………すべての・・・・モンスターを・・・・・・倒しきるまで・・・・・・――だよ」


「……え?」


「ヒトツヅキは大量のハンターを雇って発生地点ですべてを殲滅するものだろう? 一箇所でまとめて倒してしまわないと、被害が拡大するからな。だが、今回はそれができていない。なにせ突然だったからな」

「……ルクラエラでは、どう対処してるんですか」

「モンスターは、行動するのに体内エネルギーを使っているってのは知っているかな? その特性上、いつかは力尽きて消える宿命にある。ルクラエラではその特性を利用して、ヒトツヅキの間は操業を停止して、すべての入口を閉ざすことになっているのさ。坑道に住む私たちのような人間も含めてね。強力なモンスターでも放っておけば数日で消えるからね」


 つまり生き埋めにして、対処してるってわけか?

 扉をこじ開けて出てきそうだが。


 なんにせよ、ボスモンスターを倒せば終わり、というわけではないのか……。

 ……いや、今回のは異常事態だと言っていた。もしかしたら、ボスを倒せば終わりとなる可能性もあるかもしれない。

 希望的観測だが……。


「シャマシュさん、キリないですし、一旦外出ましょう。山全体でモンスター湧いてるなら、仲間にも連絡したいですし」


 というか、ルクラエラの住民がどの程度、事態を把握しているか不明だ。

 状況的に、騎士団を派遣してもらうとか、傭兵やハンターを呼ぶとか、住民を避難させるとか、やらなきゃならないことはいくらでもあるだろう。

 外に出ればトランシーバーが使える。

 とにかく、早くしないと。


「そうだな。では、魔結晶をいくつか使わせてもらうよ」


 足元には、ゴブリンからでた魔結晶が大量に散らばっている。

 シャマシュさんはそれを数十個ほど拾い上げた。


魔法・・を見せよう」


 とだけ呟き、ゴブリンたちがやってくる坑道奥を睨みつける。


 そして、朗々と呪文を詠唱し始めた。


 〈 世界は断絶し 壁に阻まれ理となす 〉

 〈 人隠し 誰彼たそがれ 半宵の狼 黄金の暁 〉

 〈 今一時の護り 辰砂の魔城より獄門を開け 〉

 〈 我は夢遣いナイトメア シャマシュ・オーレオール 〉


 〈 求めに応じ顕現せよ! トワイライトミミック!〉


 シャマシュさんの詠唱に呼応するかのように、膨れ上がり立ち上る炎のようなオーラ。

 手のひらの上の魔結晶が熔け、そのたび力強い朱色の光に変わる。

 可視化された輝きは、やがてシャマシュさんの前の空間に焦点を結び、最後の一言がトリガーとなり一際大きな輝きを発した。

 その後に残されたのは――


「……なんですかこれ」


 残ったのは、黒っぽいモヤだった。ガス体というか……。


「召喚魔獣だよ。トワイライトミミック。こいつを呼び出せるのは魔族多しといえども、そう多くはないはずだ」


 そして、どうだ! と豊かな胸を張るシャマシュさん。

 どうだってもな。


「確かに凄いんですけど、それで……こいつが外に出るのに役立つんですか?」

「ん、そうだとも。ルクラエラでヒトツヅキの時に坑道を閉鎖しているのは、私――厳密にはこのトワイライトミミックだからね」


 そうだったのか。完全に世間と没交渉というわけでもなかったんだな。


「この子の能力は、壁に見せかけて触れたものを亜空間に引きずり込むというものでね。壁にぽっかりと口を開けて待っているだけで、自らは動けないんだが、モンスター相手には最高に相性がいいのさ」

「なるほど。物理壁ではなく、トラップなんですか」

「そういうことだね」


 言いながら、ガス体に「あそこの通路で罠を張れ」と指示を出しているシャマシュさん。

 ガス体は「オマ! オマ!」と――


「なんか鳴き声らしきものが聴こえましたぞ」

「そりゃ鳴くさ。魔獣なんだから、これでも」

「生きてるんです?」

「召喚魔獣なんだから、生きてるさ」


 そういうもんか。

 そうこうしてるうちにも、トワイライトミミックさんは、通路で体をいっぱいに広げて真っ黒い壁になった。

 あそこにゴブリンが突っ込むと、そのまま亜空間にサヨウナラとなる仕組みらしい。けっこう凶悪だな。


 しかし、トラップとかいうわりには、怪しさ満点で、真っ暗闇でなら防げそうもないにしても、けっこう明るい坑道内では微妙そうだ。

 まあ、魔力に向かって盲進してくるだけのモンスターには効果あるんだろうが……。


「さあ、アヤセ君。ここはもう大丈夫だ。魔結晶を拾って外に出よう。……イオンも怖がっているだろうしな」

「そうですね。急ぎましょう」


 シャマシュさんの家の中に戻ると、イオンさんが荷物をすっかりまとめたバッグを抱えて待ち構えていた。


「遅いわよ! シャマシュ!」


 お姫さまはお怒りの模様だ。

 ……いや、ただの強がりか? こっちの世界の人にとってはヒトツヅキってのは本当に怖いものなのかもしれない。

 シャマシュさんがあまり怖がってないから、つい甘く考えがちだが、大親方ですらかなりシリアスな雰囲気出してる。


「ああ、悪いイオン。アヤセ君が私の戦いかたを見ようと熱視線を送ってくるせいで、つい張り切ってしまったんだ」

「そこまで見てませんけど! まあ、確かに魔術も魔法もすごかったですけど!」

「ああん、もう! いいから、はやく出るわよ!」




 ◇◆◆◆◇




 外は、来たときとなにも変わらず、平和な午後の昼下がりという雰囲気だった。

 全員が、外に出てすぐに月の位置を確認したのは、この世界の人間の共通の行動なのかもしれない。

 二つの月、リンクルミーとミスミカンダルは重なることなく頭上に浮かんでいる。やはり、ヒトツヅキではないようだ。


「旦那、どうするんだ?」

「とにかく、仲間に連絡を取ります」


 俺はトランシーバーを取り出し電源を入れた。

 チャンネルは設定済み。受信レベルを上げれば繋がるはず――


『……ジ……ジロー、ジロー。お、応答どうぞー応答どうぞー! って、ねえ、これで本当に合ってるの!? 全然返事こないじゃない』『……わ、私に訊かれても困るのです。確かにこれでいいはずなんですが』『ひょっとしてもうモンスターにやられちゃったんじゃ……』『……エトワ、怖いこと言わないで』『やっぱり、マリナがついていくべきだったんであります……』


 なんかすごい聞こえてきた。

 よくわからんが、みんな元気なのは間違いなさそうだな。

 俺はトランシーバーの送信ボタンを押した。


「ちくわ大明神」


『あっ、なんか聞こえた!』『ち、ちくわ?』『ボスの声でした? よくわからなかったです』『……もう一回呼びかけてみたらいいかも』『今からでもマリナが探しに行きたいのであります』


 トランシーバーの向こうで騒めく一同。ついふざけてしまった。


「こちらジロー、こちらジロー。レベッカさん、応答してください」


『あっ、繋がった! ジロー大丈夫?』


「大丈夫ですよ。みんな今どこにいますか?」 


『まだ鍛冶屋にいるわ。それより、お姫ちゃんが、さっきから大騒ぎしてるのよ、モンスターが山盛り湧いて山は現在山の賑わいだとかなんとか』


 どんな説明だよ、大パニックじゃねーか。


「えっと、こっちも魔族さんと合流できまして、状況確認できてます。ディアナの言ってることは本当なんで、みんなにも働いて欲しいんですよ」


『えっ、ホントなのー!? アワセヅキとヒトツヅキが一度に来たとかって言ってるけど……』


「ホントです。だから、速やかに行動を開始しないと犠牲者が出ると思います」


『えっ、まずいじゃない。どうするの? 今、そっちどうなってるのー?』


 レベッカさんの声音が変わる。動揺が伝わってくる。


「こっちは大丈夫ですよ。とりあえず、ディアナと代わってください」


『あ、うん。ハイ』『……代わりました。ご主人さま、本当に大丈夫なのです? 今、山はモンスターの巣と化しているはずなのですよ』


 ディアナの狼狽えた声。

 エルフはモンスターが湧くと、周囲の精霊力が希薄になるせいでパニクることがあるって神官ちゃんが言ってたっけ。魔族であるシャマシュさんは余裕そうだったけど、なるほど、魔族とエルフの違いの部分なのかも。

 しかし、ディアナにしかできない仕事は多い。

 精霊力不足でも、やってもらわなきゃならない。まあ、いざとなったら精霊石でドーピングさせよう。そういう使い方できるのかどうかは知らないが。


「大丈夫だ。で、ディアナはまず精霊通信で神官ちゃんに連絡。非常事態を伝えてくれ。エリシェからの援軍が必要だろう。エリシェに軍隊があるのかどうかよく知らないが、エリシェから飛ばせばここまで数時間で着くはずだ。さらに、ルクラエラのエルフにも状況を伝えて、行動指針を訊いておいてくれ。まあ、あのエルフはギルドに併設された神殿にいるんだし、山の状況は街の中枢部にはもう伝わってるんだろうが」


 ルクラエラのエルフだって、エルフだ。

 魔族のシャマシュさんや、ハイエルフのディアナが異変に気づいたように、やつも当然気づいているだろう。

 なら、街としての行動指針はすぐ固まるだろうし。避難指示も出るだろう。たぶん。

 個人的には、戦闘力のあるエルフは戦闘に出て欲しいけどな。


「レベッカさんはエレピピといっしょに、山に向かってください。モンスターはゴブリンがほとんどで倒すのは容易いですが、数が多いです。武器は鍛冶屋で貸してもらうか買うかしてください。ディアナとマリナとエトワは、住人の避難勧告をやってほしい。ディアナがいれば住人も信じるだろう。マリナはディアナの護衛だ。エトワは伝令役をやってくれ。トランシーバーはエトワが持て」


 現状、これしかないだろう。


 レベッカさんは戦闘力がある、ゴブリン程度なら問題にならないだろうし、エレピピの訓練にもなる。そっちにはなるべく早く俺が合流するようにしよう。


 ディアナは、ハイエルフのご威光を利用して、避難勧告を行ってもらう。

 突然『ヒトツヅキになったから、逃げろ』と言われても、人間なかなか対応できないだろう。そういうところではディアナは打って付けの人材だ。

 ただ、回復魔法を使えるのがディアナだけなので、人材の分断は一長一短ではある。

 少なくとも強いモンスターと戦わなきゃならないときまでには、合流しないとな。


 トランシーバーはエトワに持たせる。

 エトワはレベッカさんに次いでクレバーだ。いや、もしかすると一番頭がいいかもしれない。

 状況判断も含めてチームの行動を管理させてみよう。本当は俺かレベッカさんがやればいいんだろうが、戦力の都合もあるし、エトワならやれるはずだ。

 ……まあ、実際には、走り回るような仕事になるだろうが。


「旦那、その道具はなんだ? 誰かが中にいるのか??」


 不思議そうに訊ねてくる大親方。

 ドワーフにこういう不思議アイテム見せるのは失敗だったかな。あんまり追求されても困る。


「ああ、ええ。離れた仲間と話せるアイテムなんですよ。そうだ、鍛冶屋で武器を借りてもいいですかね? 大親方の許可があれば、助かるんですが」

「そりゃかまわねえが。それで、うちのもんとも話せるのか?」

「話せますよ」

「ちょっと、貸してもらってもいいか」

「いいですよ、ちょっと待ってください」


「ディアナ、ちょっと鍛冶屋の人に代わってくれ。大親方が武器を借りる話通してくれるらしい」

『わかったのです』


 ディアナが返事をする。

 どうやら大親方の息子さんに渡したらしい。


「これで話せますよ。このボタンを押しながらどうぞ」


 トランシーバーを大親方に渡す。

 ゴツゴツした大きい手で、優しくトランシーバーのボタンを押した。


「おう、聞こえるか……? ダルゴスだ」


『あっ、ご隠居ですか?』


 返事を聞いて、驚き目を剥く大親方。

 一度トランシーバーから口を外す。


「本当に通じてやがる。すげえもんだな。魔道具……なのか?」


「まあ、そんなようなもんです」


 適当に返事。説明しようがないし。


「まあ、いい。今はそれどころじゃねえからな」


 言って、再びトランシーバーのボタンを押す。


「俺だ。いいか、緊急事態だ、そこの嬢ちゃんたちに状況を聞いたら、全員武器を持って近くの坑道へ向かえ。モンスター退治だ。それと嬢ちゃんたちにも武器を貸してやれ、なるべく良いやつをな。住民にも、モンスターが大量に湧いたと伝えていけ。今ならまだ間に合うはずだ。こっちもすぐ合流する」


『りょ、了解。親方もご無事で!』


 鍛冶屋も総出で手伝ってくれるらしい。


「助かります、大親方。ありがとう」


「旦那、こりゃあルクラエラの問題だ。俺たちがなんとかするのは当たりめえだ。礼を言いたいのはこっちのほうだぞ。さっきの話しぶりからすると、モンスター狩るのも手伝ってくれるつもりなんだろ」


「さすがに、この状況で『しーらね』とは言えませんよ。どこまでやれるかはわかりませんが、乗りかかった船ですし。せめて、時間稼ぎぐらいはできるといいんですが」


 乗りかかった船もなにも、俺を中心に海が出現したような状況なんだけどな。俺のお導きが原因だと決まったわけじゃないが、いずれにせよ、見過ごすわけにはいかない。

 俺たちには戦闘力があって、騎士隊をやろうと息巻いていて、そして今日のこれなんだから。


『エトワです。ボス、私はなにをすればいいんですか?』


 エトワからの戸惑いを含んだ声が聞こえてくる。

 エトワには、全員の間を行き来して、状況を伝え、場合によっては行動の指示までしてもらいたい。

 全体を見回して判断する役目だ。


「エトワ、俺も合流するけど、とりあえずはディアナといっしょに行動。そんで状況を俺に伝えてくれ。あと、状況次第でレベッカさんのところにも行って、どうなってるか見てくるんだ。かなり走ることになるけど……できるな?」


『わかりました、ボス。任せてください!』


 いい返事だ。


 ルクラエラは決して広い街じゃない。

 なんとかなるかもしれないな。




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