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第99話  騎士の本懐の香り


 現在、モンスターの湧きは小康状態にある。

 モンスターってのは無限に湧き続けるというわけではなく、一定の間隔を置いて湧くものらしい。まとまった数がワーっと出てきて、それらを倒しきったら、次まで少しインターバルがある。

 そういえば、シャマシュさんの坑道でもそういう感じだった。


「いやぁ、助かったぜあんちゃん」

「やるもんだ」

「モンスター相手にてぇしたもんだ」


 モンスターをすべて倒しきったと勘違いしたのか、避難もせず遠巻きに眺めていたスラム在住のおっちゃん達が寄って来る。蚤の市巡りを生業としていた俺にとっては、懐かしさすら感じる社会不適合臭がする男たちだ。

 服というよりは布切れと言ったほうが適切なものを着込み、なぜか一様に帽子をかぶり、朝晩は冷え込みそうなものなのに、全員裸足だ。

 俺以外の戦っていた七人を無視して、にわかに集まりだし、そして、おもむろに俺の回りに散らばる魔結晶を拾い始めるではないか。

 この辺に散らばっているのは、俺が倒したゴブリンから出たものだ。所有権は俺にあるはず……なのだが。


「あの……それ俺のですけど」


 かなり声を掛けづらい雰囲気だったが、勇気を出して注意してみる。

 弱いゴブリンが相手とはいえ、一応はこっちも命を懸けて戦ったのだ。戦利品だけ気軽にゲットされてはたまらない。

 しかし、おっちゃん連中は強気だった。

 薄々そんな気はしていたが、


「ああァ!? ルクラエラで取れるもんは、みんなここに住んでる人間のもんだ!」


 とキレてみせた。

 そして有無を言わさぬ勢いで、魔結晶を回収していく。


「マジすか……」


 俺にはおっちゃん達と取っ組み合いのケンカをしてまで、それを取り戻す気概はなかった。

 いちおう、ゴブリンと戦っていた地元の戦士には「手伝うが魔結晶はもらう」と宣言していたのだが、あまり意味はなかったらしい。

 正式な契約でもなければ、鉄火場のドサクサだ。

 まあ、モンスターはまだまだ湧いてくるだろうし、ゴブリンの魔結晶くらいは盗られてもいいっちゃいい。たいした損害でもないしな。

 でも、割り切れないというか、普通に気に入らないという思いもある。当然。

 一円を笑うものは一円に泣くってばっちゃも言ってたしな……。


 でも……無理もないのかもしれない。

 魔結晶は換金ができる。

 精霊石ほどではないにしても、けっこうな金額だ。

 俺がさび・・剣の解呪用にとギルドで買った魔結晶でも金貨一枚もしたのだ。まあ、ギルドは公式機関なんだろうから、換金レートは高めなんだろうが、そうだとしても安くはない。

 金貨一枚の魔結晶はだいたいコブシ大。精霊石と同じくらいのサイズだ。


 なんでそんなに高いかと言えば、魔結晶も精霊石と同じように、特別な力があるからだ。

 厳密には、精霊石が『精霊力』の塊であるように。

 魔結晶も『魔力』の塊なんだろう。


 ゴブリンの魔結晶は、スケルトンのそれよりもさらに小さく、それこそ小石程度のものだし金額的にはたいしたことないだろうが、それでも一〇エルくらいにはなりそうだ。

 そして一〇エルあれば、数日は食える。

 このスラムでの生活なら、この石が三つもあれば一ヶ月は食えるだろう。


 実際、七人の地元戦士たちも必死で石を拾っている。今回みたいなケースでは、自分が何匹のゴブリンを倒したかなんて、カウントしてないだろう。

 みんなそれがわかってるから、早い者勝ちで拾い集めているのかもしれない。

 となると、のほほんと突っ立ってた俺も悪かったのかな。

 これもまた、授業料ってやつなんだ。


 [ …………ガガー、ピー ]


 トランシーバーに感あり。


「こちらアルファリーダー、こちらアルファリーダー。ブラヴォリーダー応答せよ」

『ボス! 聞こえますか? こちらエトワです。もうすぐ到着しますが、そっちはどうですか?』

「おお、問題なかったか、ブラヴォリーダー! こっちはもう着いてるよ」

『少々、姐さん方が目立ってますが、問題はありません!』

「オーケー。とにかく合流しよう。ドゥーユーコピー?」

『Copy that!』

「英語通じる!」


 エトワからトランシーバーで連絡が入る。

 もうすぐ着くらしい。彼女たちが到着したらどうするかな。

 とりあえずこっちで必要なのは現場の保守だが、地元の戦士やおっちゃんたちでなんとかなるなら、俺たちが無理に出張る必要はないのかもしれない。

 魔結晶も盗られてしまったし、タダ働きだ。

 騎士隊として戦うのもいいけど、甘く見られてまで命を懸けて頑張る意欲はない。

 志だけで動く気力がゴッソリと失われてしまった。


 ……てか、冗談でトランシーバー通信のお約束を英語で言ってみたら、普通に通じたどころか英語で返事してきたな……。自動翻訳が掛かってるから、英語でしゃべれば英語の翻訳がかかるってことなんだろうか。

 俺がしゃべっているのは日本語だ。

 自動的に翻訳されて相手も日本語で喋ることについて、あんまり深く考えてなかったけど、俺が英語で喋ろうと、スワヒリ語で喋ろうと、この自動翻訳は完璧に機能するってことなんだろうか。

 するんだろうな。日本語だけに対応ってのもなんだか変な話だし。


 まあ、翻訳は別にいい。

 どうせ調べようもないし、俺もバイリンガルじゃないしな。

 そもそも、トランシーバーでの通信でもちゃんと翻訳が掛かるその高性能さが驚きに値するし。


 それより、魔結晶だ。

 もうすぐ、レベッカさん達が到着するけど、もうここで戦うの嫌になっちゃった。

 勝手にしろ! って叫んでおうち帰りたい感じ。


「……あの。魔結晶盗られちゃうんじゃあ、もうモンスター出ても戦いませんけど、いいんですか? たくさん死んじゃいますよ?」


 魔結晶をあらかた拾い終わったおっちゃん達に訊いてみる。


「モンスターだぁ? もうあれだけ湧いたんだ。もう出ねぇだろ? 空ァ見てみろ。まだヒトツヅキでもアワセヅキですらねぇんだ」


「戦わなくてもいいのかって訊いたんですよ。出ないかどうかではなく、出た場合の話。てか、まだまだ本番これからですよ、マジで」


 というか、まだ全然出まくりますよ、と情報もくれてやる。

 連中の常識からすると、何の前触れもなく連続してモンスターが湧くなんてことは、ありえないことなんだろうから。


 だが、おっちゃん達はモンスターはもう出ないの一点張りで、魔結晶も返してはくれそうにない。

 別にゴブリンの魔結晶そのものがそれほど惜しいわけでもないが……。


 とりあえず俺は、魔結晶を大量にゲットしてホクホク顔のおっちゃん達を横目に、大親方とイオンさんのところに戻った。

 大親方はだいたいの事情は地元民に説明したようだが、どうも理解の色が薄いらしく、さっきのおっちゃん達を筆頭に、逃げずにウロウロしている人間がまだ少なからず残ってしまっていた。


「どうですか、首尾は」

「ダメだな。言ってもこいつらはわからん」

「ダメですか」

「やるならぶん殴って言うことを聞かせるか、それこそモンスターに追われでもしない限りは無理かもしれんな」

「僕も、倒した分の魔結晶盗られちゃいましたよ……」


 最初から、一筋縄ではいかないだろうとは思っていた。

 だって、スラム街だもの。完全に吹き溜まりだもの。

 俺が最初、ディアナに避難説得役をやらせようと考えていたのも、これを予見してのことだったんだから。

 ……しかし、地元の強面オヤジである大親方でもダメとは。

 この場から離れると、なにか儲け話みたいなものを逃すと考えてでもいるんだろうか。実際、魔結晶は大量に出て、儲かっちゃったおっちゃんも多数いるしなぁ。

 別に、自己責任でモンスターにやられちゃうのは勝手だけどさぁ。


 放っておけば満足して避難するかと望みの薄い期待をしながら見ていると、にわかに残った住人たちが集まりだす。

 なにか口論を開始し、それは次第に怒声に変わり、しまいには殴り合いを始めてしまう。

 どうやら、さっき拾った魔結晶を巡っての喧嘩らしい。

 もともとが拾い物だけに、所有権があやふやだ。だから、腕力でもって最終的に手にした人が勝ち取れるとかいう形になったのかもしれない。

 俺のだ! 俺のだ! と喚く声が聞こえてくる。

 骨肉の争いってやつだ。

 うーん。どうしようもなさに溢れているな。




「あっ、主どの発見であります! マリナ、目はいいのであります!」


 なんだか癒される声が聞こえてきた。

 おお、ささくれだった心が浄化されていくようじゃないか……。


 声がしたほうを振り返ると、みんなが登ってくるところだった。

 特に問題は発生しなかったようで、ディアナ、マリナ、レベッカさん、エレピピ、そしてエトワと全員揃っている。

 案内は、さっき言っていたように、鍛冶屋の現親方が引き受けてくれたようで、ドワーフの先導で坂道を登ってくる集団は、実際なかなか目を引いた。

 エトワが目立って仕方がないと言う気持ちもわかる気がするな。

 俺たちだけでなく、骨肉の争いを繰り広げていた地元住人たちでさえ、そっちに目を向けているくらいだ。


「みんなおつかれ。今んとこモンスターは小康状態だよ、モンスター退治もけっこう地元民でなんとかなりそうだし、仕事ないかもしれん」


 全員合流したのは、モンスターを倒して住民を避難させるためだ。

 避難は微妙に失敗中だが、今のところはモンスターも出てきてないし問題ない。


「ご主人さま、ご無事でよかったのです。こんなにモンスターが湧くなんて……私、思いもよらなくて……」

「まあ、びっくりはしたな」


 これでモンスターがゾンビだったら、ゾンビパニック映画が迫真の映像で撮れるぞ。


「やっぱりマリナが主どのに引っ付いていくべきだったのであります! 護衛は離れてはいかんのであります」

「ディアナの護衛を頼んだだろ」

「し、しかし…………マリナは主どのをまもりたいのであります……」

「気持ちは嬉しいけどな」


 マリナは俺を危険に晒したと後悔しているのかもしれない。護衛から離れるってのはそういうことだ。今回は必要があったとはいえ。

 でも、俺だって少しは戦えるわけで、過度に護ってもらう必要ないんだよな。

 マリナには護衛以外に、なにか良い仕事を見つけてやったほうがいいのかもしれない。主を護るってのが、マリナの奴隷としてのアイデンティティなんだろうからな。


「それで、ジロー。どうするの?」とレベッカさん。

 親方のところで借りた両手剣と腕に固定するタイプの盾を装備している。

 せっかく武装してきたのに、ただボンヤリしてるのは勿体ないということだろう。


「ええ。まだモンスターは出てくると思うんですが、さしあたりこの場所を保全することですかね。ちょうどさっきまで会っていた魔族さんが、入口を封鎖する魔法を使う方で、今、他の坑道に回っているんで、それまでの時間稼ぎをできれば」


 今やれるのは現場の保守というか、突発的な事態に対応できるように見ている以外にない。社会不適合な地元のおっちゃんはムカつくが、そのうちシャマシュさんがここを封じに来るんだろうから、帰っちゃうわけにもいかん。


 それに……モンスターが湧き出てくれば、結局うちのメンバーで相手するしかないんだろうからな……。

 自業自得だからと、おっちゃんたちが殺されるのをダマって見てられるほどサバけてないし、もともと金目当てでここに来たわけでもないんだしな。

 あの、地元の戦士がもう少し当てになればいいんだが、さっきの戦いぶり見た感じ、あんまり期待できそうもない。


 おっちゃんたちは俺たちのことが気になるのか、やたらとチラチラと見てくる。

 だが、俺の魔結晶を盗った手前か、積極的に話しかけては来ない。

 まあ、全員ちゃんと武装してて目立つからな……。


 雑談などしながら待機していると、大親方がチョイチョイと肩叩く。


「ん? どうしました?」

「お、おい旦那。そろそろイオンさんを紹介してやってくれ。さっきから居た堪れなさそうで、気の毒だ」

「…………」


 大親方の後ろで顔を隠しちっさくなっているイオンさん。

 人見知りなのか、獄紋者ゆえか、フードを目深にかぶり顔色はうかがい知れない。

 確かに、まずこの獄紋娘のことを紹介しておいたほうが――


「どっ、どいて! どいてくれ!」


 イオンさんを紹介しようと思ったところに、人混みを掻き分け坂を駆け上ってきた少年が通りすぎていく。

 大汗をかいて、こちらには一瞥もくれず坑道口へ向かっていく。


 おお。あれは今朝の少年だ。マルコっていったっけ。


 白いシャツとクロップドパンツ。腰に巻いた布がはためいている。

 おみやげ売りの少年だ。なるほど、このスラムに住んでいるのかもしれない。


 少年は坑道の入り口で、戦士たちに足止めを食らっている。

 どうやら、中に入りたいようだが無謀だ。モンスターはまだ大量にいる。一人で入ったら死にに行くようなものだ。


 ん? だが、連中はもうモンスターは出ないと思っているんじゃなかったか?

 じゃあ、あのマルコを通してしまうのかもしれない。

 止めに行ったほうがいいかな……。


「妹は! リィンは無事なのか? ダグさん? 連れてきてくれてるんだろ!?」


 マルコ少年が叫び、地元の戦士に食い掛かっている。

 妹がいるのか。

 そういえばギルド員も、あいつは家族想いのいいやつだとか言ってたっけ。


 見回してもマルコの妹がいないということで、騒然となる現場。

 マルコの顔にはっきりとした焦燥の色が浮かぶ。

 あの焦り方からして、モンスターが大量に湧いているという話は、どこかで聞いてきたのだろう。

 魔結晶を盗っていったおっちゃん連中よりかは、現状のヤバさを認識しているように見える。


「いっ、妹は歩けないんだぞ! 俺がいない間は、なにかあったら頼むって言ってあったじゃないか!」


 マルコが、地元の戦士の襟元を掴んで叫ぶ。


 ああ、そういうこと……。

 もうこの坑道からは、モンスターが湧き出てきてしまっている。

 モンスターは特性上、近くの一番大きな魔力源というか生命体に向かってくる。

 マルコの家は、坑道の中にあるんだろう。カヤンタウ坑道は廃道で、中が広く、そこを利用してスラム街が作られているというし、間違いない。

 その坑道から、モンスターが湧き出てきているってことは、その途中にあった魔力源は、すでに除かれたってことを意味するのではないだろうか。


「悪いなマルコ。なにせ突然のことで、お前さんの妹のことまで頭が回らなかった。いきなり、すげぇ量のモンスターが押し寄せてきたんだ。こっちだって命からがらさ。ここにいなかったお前に、文句を言われる筋合いはねぇよ」


「で……でも……」


「じゃあ、今からでも助けに行ってみればどうだ。モンスターはもう湧かねぇかもしれねぇぞ。…………俺は入らないがな」


 無慈悲に告げられて、膝を折るマルコ。

 そして、少しだけ悩んだ後、立ち上がり、坑道の中に入っていってしまった。

 ああ、もう。


「……主どの、助けてあげないのでありますか?」


 耳打ち。マリナは子ども好きだからな。


「騎士の仕事は、民草を護ることであります。まだ、あの少年の妹御が死んだとは限らないのであります。あの少年も、あのままでは危険でありますし」


 確かにその可能性はゼロではないだろうが……。

 振り返って見れば、マリナだけでなくレベッカさんも、エレピピも勇ましく戦うつもり満々のご様子。

 なるほど、騎士の本懐ってやつが、この状況にはあるのかもしれない。

 エレピピなんて、まだ全然弱っちいくせに。まったく。


 確かに、まだ湧いてきてるのはゴブリンだけだ。

 マルコの妹が、うまく隠れていれば生きている可能性もあるかもしれない。逆に、急がなければ助からない可能性もある。

 今まさに妹の命は風前の灯火……という可能性も。

 マルコがうまく助けて戻ってくる可能性だってある。

 しかしどれも、低い可能性だ。世界はそこまで優しくはない。


 まあ、あのおっちゃん達には辟易したけど、マルコは、あの変な鉱石をまだ持ってるって話だし、恩を売っておくのも悪くないか……。

 モンスターにだって、このメンツなら遅れをとることはあるまい。


「じゃあ、いっちょやったりますか。その代わり……死ぬなよ!」




 ◇◆◆◆◇




 中に入るメンツは、マリナ、レベッカさん、エレピピ、俺である。

 ディアナとエトワは待機。ディアナは回復役だし、エトワは戦えないからな。


「ちょっと行って、さっきの少年回収して来たいんですが、いいですか? すぐにここ閉鎖するわけでもないんですよね?」


 少年と口論していた、地元戦士に話しかける。

 確か、ダグさんとか呼ばれてたっけ。


「あんたはさっきの……。騎士隊なんて言って、なんかの冗談かと思ったが……その彼女たちが、騎士だってのか?」


 ジロジロと、マリナたちを見るダグさん。

 まあね。女で騎士隊なんて言ってりゃこんなもんでしょうよ。


「ハハハ。マルコを捕まえてきてくれるってんなら、そりゃ願ったり叶ったりだが、俺の勘じゃまだモンスターは出るぞ。モンスターの湧き方がアワセヅキの時と変わらねぇからな」


「でしょうね。だから助けにいくんですよ。ちょっとした縁もある相手ですし」


「そうか……。さっきの戦いぶりからして、腕に自信があるんだろうな。こうしてる時間がもったいねぇ。別に誰の許可もいらねぇから行ってくれ。……頼んだ」


 話してみると、そう悪い男でもないらしい。

 自分もできれば助けに行きたいが、腕に自信がないとのこと。昔は冒険者をやっていたが膝に矢を受けてしまったのだそうだ。それなら仕方がない。


 そうして、坑道へと入った。

 武器を携えてダンジョンに入るってのは、まるでRPGのダンジョン探索みたいだ。

 マルコはもう先に行っている。どのみち、奴の妹を探すなら道案内は必要だったから、さっさと捕まえて案内させよう。


「主どの! 最初のモンスターはマリナに戦わせて欲しいのであります!」

「なんで?」

「お導きであります。乱戦になる前に、達成したいのであります」


 そういえば、マリナは「モンスターを倒そう」みたいなお導きが出てるって話だったな。


「いいよ。つっても、モンスターが出る時はワッと出るから。こっちでもフォローするけどな。レベッカさんもお願いします。エレピピは……いちおう連れてきたけど、大丈夫か?」


 今回、みんな武器を鍛冶屋で借りて来ている。

 マリナはもともとのハルバードがあるからいいとして、レベッカさんとエレピピはふたりとも剣と盾を携えている。


「……あんまり自信ないけど、先輩たちと一緒だから。大丈夫、私、舞台では失敗しないよ」

「無理はすんなよ、討ち漏らしだけ相手にするぐらいでいいからな」

「……りょーかい、若旦那」


 エレピピはまだ訓練を初めて日が浅い。騎士の天職を授かってから、戦闘訓練をやってきたわけでもないので、素人同然だ。

 本人が言うには、役者の稽古で毎日走ったりはしてたって事らしいんで、運動がからっきしってわけではないはずだが……。


 驚くほど広い一本道の坑道を走る。

 坑道というか、スラム街。

 坑道の左右にはバラックが立ち並び、そこら中にゴミが散乱しており、なんとも汚い。

 住人が全員避難しているからいいものの、通常状態では到底近寄りたくないところだな。


「あっ、いたであります! 襲われているでありますよ!」


 目がいいマリナが発見した。

 次のモンスターが湧いてたか。


「ねえジロー。ここからは私が指揮を執ってもいいかしら?」


 レベッカさんがそんな提案をしてくる。


「そうですね、レベッカさんが騎士隊の隊長ですし。おねがいします」


 ま、俺はオーナーだし。

 そうでなくても、実戦はレベッカさんに任せたほうがよかろう。

 俺がやると、同士討ちになったりしそうだ。


「じゃあ、これが騎士隊の最初の仕事ってわけね。……マリナ、あの少年にたかっているモンスター、一人ですべて倒してきなさい」


 レベッカ隊長の命令が飛ぶ。


「了解であります!」


 マリナが叫び、ハルバードを上段に構えて走りだす。


「えっ、ええっ? マリナ一人でやるんですか!?」


 うろたえる俺。こんだけ人数いるんだから、みんなでやるんじゃないの?

 確かに湧いてるモンスターはゴブリンだし、なんとかなるとは思うけど。


「ジローは優しすぎるから。だから私が指揮を執るのよ。部下に死んでこいって言えない指揮官は、大局で必ず失敗するものよ。……私だって言えるかどうかはわからないけど、ジローよりはマシね」


「えっ。じゃあマリナは……」


「そんな顔しないの! あれくらいのモンスターならマリナ一人のほうがいいでしょ。武器がアレだから、密集して戦うのに向かないし!」


 なんだ、マリナを捨て駒にしたのかと、一瞬ゾッとしたぞ。

 まだゴブリンばっかり湧いてるようだけど、数が数だ。

 なにか間違いが起こらないとも限らないだろう。

 戦闘に『絶対』なんてもんはないのだ。


 マルコ少年は、短剣でもって、なんとかゴブリンと渡り合っている。

 だが、完全に防戦一方だ。なにせ数が多い。それに武器が短剣では、頼りなさすぎる。

 そこにマリナが到着。

 ゴブリン達の攻撃目標が、マルコ少年からマリナへと一部移る。


 しかし、そういった事柄は些末事だった。

 マリナの、なんだかんだで半年近く常に傍らにあった滅紫けしむらさきのハルバードが唸る。

 横薙ぎに一閃。

 線上にいたゴブリンは、死を認識できたかどうかも疑わしい。

 一瞬でその姿を、魔結晶へと変換させる。

 と、同時にどうやらお導きを達成したらしい。マリナの瞳が、空中で焦点を結び、その手にはコブシ大の石が握られている。

 マリナは石をすぐにポケットにしまい、戦闘を再開させた。

 お導きの達成は嬉しいだろうが、まずはゴブリンどもを倒してしまわねば。


 マリナの攻撃は流れるように淀みなく、また強力なものだった。

 それなりに重いはずのハルバードを巧みに扱い、まるで竜巻のようにゴブリンを巻き込み吹き飛ばしていく。


 戦いにもならない。

 ゴブリン達は天災に遭遇したかの如く、その姿を黒い石に変えていった。

 最後にマルコ少年に集っていたゴブリンを、槍部分で突き刺していく。

 まったく危なげなく快勝である。


「……マリナってあんなに強かったんですね」

「強くなったのよ。ジローを護りたい一心でね。かわいいもんじゃない」

「嬉しいけど、少し複雑な気分ですね……」


 女の子に護ってもらうってのはな……。まあ、マリナはディアナの護衛でもあるんだから、強い分にはいいだろう。

 もちろん、鍛えたレベッカさんの手腕によるところも大きいんだろうが。


 マルコ少年のところに駆け寄る。

 少年は、尻もちをついて呆然とマリナを見上げていた。

 まあ、命を救われたような恰好だからな。うちのマリナに惚れるなよ?


「よう少年。命拾いしたな。……と、気障に話をしててもいいんだが、妹が危ないかもなんだろ。家にいるのか? どこだ、さっさとしろ」


 時間もったいないから巻いていく。


「え、ああ。あ、あそこの家」


 マルコ少年が指差す先。

 20メートルくらい先で、ゴブリンが数体たかってる石造りの小屋がある。


「ちょっと見てくる」


 俺は小屋に近寄り、たかっていたゴブリンを切り捨てた。


「おーい! 生きてるかー!」


 声をかける。


 ゴブリンがたかってたってことは、中の人は無事ということだ。

 小屋が石造りなのもよかったのだろう。

 小屋の扉は木製で、ゴブリンの手斧で傷つけられ、ところどころ穴が開きボロボロではあるが、しかし、中の人は無事だろう。

 無事なはずだ。


「あ、はーい! 大丈夫です! 助けてください!」


 無事だった。






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