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第119話  クランホームは橙の香り



 飛び出した天職板が、精霊(小)に変化する。

 いつものお導き担当の口が悪いやつだ。

 さらに、クランリングからも精霊(小)が飛び出した。

 こいつはクラン担当のやつだ。

 見た目はほとんど変わらないが、髪の色や顔が違うので区別はつく。つくからなんだという話ではあるが。


「よおよお! ようやくだな! こんなお導きに何ヶ月かかってんだよ。これからはなるべく急いで頼むぜ! じゃ、これ精霊石。クランのほうもこれでランクアップか? それじゃ俺はドロンさせてもらうぜ。ドロン!」


 ドロンて。

 忍者的な知識があるってことなのかな。天職『忍者NINJA』の人がいる可能性がある……?


 それはさておき、俺の手にはお決まりの精霊石が握られている。

 けっこう前から出ていたお導き『マイホームを手に入れよう 0/1』をクリアした証だ。

 俺がこの屋敷に泊まったことで、ここが俺のマイホームとして認められた……ということらしい。

 すごく今更感あるが。


 石の色はブルー。これはトルマリンかな。

 これからのことを考えると、精霊石はありがたい。なんてったって、これひとつで金貨20枚、つまり300万円相当の価値があるのだから。


「あの~……。マスター、そろそろよろしいですか?」


 クラン担当の精霊さんがおずおずと口を開く。

 待っていたのだろうか。お導き担当と比べてずいぶん慎み深い。


「ああ、ごめんね。どうぞ」

「……では。えっとこれでこの屋敷があなたのマイホームとなります。このまま『クランホーム』にも登録可能ですが、どうなさいますか?」

「頼む」

「はい。ポンポンポン。……これで、この屋敷をクラン『アルテミス』の本拠地ホームに登録できました。そして、おめでとうございます。クランランクを現在のブルーからオレンジにランクアップできます。どうなさいますか?」

「やってくれ」


 そして、またポンポンポンと口ずさみながら、手にしたステッキをパパパパパっと振るう。

 俺やディアナの指に嵌められたクランリングの色が、ブルーからオレンジ色に変化する。


 さて、オレンジランクである。

 例の特典。「マイホームへのテレポート」というのが実現する。


「オレンジランクの特典ですが、まず、クランインベントリ枠が15から20へ増設されます」


 なるほど。

 一番最初のホワイトランク時には10枠だったから、これで倍である。

 20個ではなく、20枠。数に限度はあるが、20種類の品を収めることができる。

 この、種類で運べるってとこがミソで、この能力だけで行商人として十分食っていけるような気がする。

 まだ検証は十分ではないが、一点ものの国宝を秘密裏に運ぶのでもいいし、特産品を一度に大量に輸送するのにも便利だ。

 こういったアイテム袋的なものは、ゲームではよくあるものではあるけれど、現実ではまさにチートとしか言い様がない。


「次に、これより本拠地ホームへのテレポートが一日一回使用できるようになります。テレポートは一方通行のみ、ダンジョン等からのテレポートはできませんからご注意ください」


 キタキタ。テレポート。

 しかしまあ、一日一回か。案外少ない……ってこともないか。十分すぎる。


 テレポート。つまり瞬間移動。

 行きの分だけの荷物もって旅に出ても、帰りの心配なしってわけだ。散々遊んでヘトヘトになっても、一瞬で自宅のベッドにまで戻れる。

 ぜんぜん知らない荒野をさすらって、完全迷子になってもまったく問題ない。

 なんか悪さしてミスって追いかけられても、テレポートで逃げるなんてのが可能。いや、やらないけど。

 山登りして頂上到達からのテレポート。

 海でさんざん遊んで水着姿のままでテレポート。

 インベントリがあるし、手荷物だっていっしょにテレポートできるんだから、他国まで遠征して買い付けしまくって、大荷物ごとテレポートってのも可能。

 大荷物でなくても、長距離輸送に向かない商材にも威力を発揮する。

 価値が高くて盗賊に狙われそうな品は当然として、腐りやすい生鮮食品や、長距離移動中に死んでしまう可能性が高いペット用小動物、陶器や磁器なんかの割れ物にも良い。


 うーん、便利。

 便利すぎる。

 ちょっと考えただけでも、いろんな使い方が思いつく。


 しかし問題もある。

 俺たちはエリシェまでの移動に馬を使っているので、帰りにテレポートで戻ってしまったら、馬は置き去りだ。

 馬は街の入口にある預かり所みたいなところに預けている(有料)んで、追加料金を払えば問題はないが、次の日の出勤は当然歩きになってしまう。

 そう。

 車で街に出て、酒飲んじゃったから帰りはタクシー。うわぁ車どうしよう? みたいな! そういう状況になってしまうのだ。

 微妙に使いにくいゾ。


 あと、ダンジョンから使えないというのも……いや待て、ダンジョンてなんだろ。ルクラエラ山にダンジョンがあるという話は聞いたことあるけど、まあ、俺の生活範囲ではいまのところ関係ないか。

 そのうち、遠征することもないとも限らないんで、とりあえず覚えておけばいいだろう。


「あと――」

「まだあるの?」

「はい。本来、ホームへのテレポートはブルーランクでの恩恵になります。オレンジランクでの恩恵はまた別です」


 やったぜ。まだなんかあるらしい。


「クランランク『オレンジ』での特典は、メンバーの取得経験値、及び、モンスター討伐時のアイテムドロップ率がそれぞれ3%増加――になります」


「アッハイ」


 正直、思ったより……地味だな。

 経験値て……。いや、天職で成長率5倍とかいってるし、そういうの含めて経験値なんだろうけど。

 しかし経験値か。別に数値化されてるわけでもないだろうけど、天職がクラスアップ可能になるのも、ある程度修練を詰んだからなんだろうし、そういう意味では、取得経験値が増えるってのはけっこう良い特典……なのか?


 うーん。どうしても、こう、ソクブツ的なのが良かったと思ってしまうな。

 特典で、武器! とか、防具! とか、金! とか、精霊石! とか。

 いや、物や金だとクランメンバーと揉めるから、その配慮だろうか。

 もっとランクが上がれば、そういうソクブツ的なのが来る可能性もある。上げられそうなら上げられるよう頑張ろうかな。


「そんで、次のランクってなにになるの?」

「次はレッドランクですね」

「到達条件は?」

「クランメンバーが10人以上で、名声が一定値を超えることが条件です」


 メンバー10人ってのはなんとかなりそうだが、名声?


「名声はクランの名声……つまり『良い評判』ですね。個人の名声とは違い、クラン単位での活動が必要です。主なものは戦争での貢献とネームドモンスターの討伐ですね。また、街での地道な活動などでも名声値は増えていきます」


 ふわっとしているけど、そのものズバリ、「アルテミスの名声」がどれだけあるかということなんだろう。

 ネームドモンスターの討伐で、確かに一定以上の名声は得られていそうに感じるし。

 でも、「一定以上の名声」って曖昧じゃないか? 


「それって数値化されてる……ってことなの?」

「……我々のサイド・・・・・・ではされています」


 一瞬、無表情になる精霊(小)。


「そうなんだ、それじゃ――」

「ランクアップですか? 『アルテミス』の名声値は、レッドランクに進むには今ひとつですね。がんばってくださいね」


 ではではドロン、と消えてしまう精霊(小)。

 数値化とか聞かれたくない要素だったのだろうか。

 せっかくファンタジー的な曖昧感でやってるのに、無粋なこと言いやがって的な。


「我々のサイド……か」


 我々って、どこからどこまでが「我々」なんだろうな。


「……終わったのです?」


 ディアナに声を掛けられて我に帰る。

 精霊(小)はお導きのやつもクランのやつも他人には見えない。そういう仕様らしい。

 だから、ディアナからは空中に向かって話しかけているアブナイ人に見えただろう。


「うん。クランランクがオレンジに上がったよ。マイホーム登録のお導きも達成した」

「おめでとうございます、ご主人さま。今日はお祝いですね!」


 お祝い。そうだな――


「あっ。……主どの、起きたでありますか? お、おはようございましゅ……」


 ふいに声を掛けられる。

 通りがかりに、俺が起きているのを発見しての挨拶。


「マリナ」


 ――――主どの、大好きであります


 ふいに蘇る、昨夜の記憶。

 照れ照れと赤面し、扉で半分身体を隠してこちらをうかがっているマリナ。


 やだ、なにその反応。こっちまで照れるんですけど。

 やっぱり昨夜のことは夢じゃなかったんや!


「おはよう。よく眠れた?」

「あ、あんまり寝られなかったであります」

「……そうか」

「……そうであります」


 なんとなくデヘヘと笑い合っちゃったりして。


「む、むむむ……? なにかふたりの雰囲気が変なのです」


 俺とマリナをキョロキョロと見比べてムムムと唸るディアナ。

 昨夜のことは、こいつには秘密にしておこう……。




  ◇◆◆◆◇




 マリナとは微妙な距離感を維持……しようかと思ったが、わりといつもより近い距離(無意識か、それとも意識してかツンツンと胸が俺の肘に当たる位置)にいるマリナにちょっと心乱されながら、エリシェの我が露店へ。


 エリシェの市場は活気があって人も多い。

 客数も常に一定以上おり、日本の市場と同じ程度の賑いがあると言ってもいいほどだ。

 だから、俺の小さな露店でも、それなりの稼ぎが得られているし、市場の中でも一定以上の知名度が得られている。

 売っている品は、無地の布がメインなので、それほど話題になりすぎるということはない。実際には機械織りの世界でも類を見ない品なのだろうが、ハイエルフのディアナが良い目眩ましになっているのだ。商品よりも、ディアナのインパクトで、店の商品そのものはさほど注目されてないような感じ。

 まあ、それでもコンスタントな売上げを誇っているわけだから、静かに着実に顧客は増やせているのは間違いない。


 だが、規模そのものは小規模。ほんの小さな露店である。

 一日の売上も良くて金貨一枚ぐらいなのだから、そろそろ次の段階を考えなければならない。


「……というわけで、エトワ」

「はい、ボス。どうしましたかしこまって」

「いよいよ、ちゃんとした店舗を借りて高級生地店をやります」

「ついにですか! ここはどうします?」

「ここはそのまま続けるよ。誰か雇って。まあ、安いなりに需要があるから、急にやめるのもなんだしな」

「わかりました。ついに露店卒業ですね! わくわくしてきました!」


 猫ちゃんワクワクである。

 そう、ついに商売を次の段階へ進ませる時が来たのだ。

 いままでは、このエリシェで異邦人である自分の立場もあり、息を潜めて地味め・・・の商売にとどめていたが、今となっては騎士隊もあるし、神官ちゃんとも市長とも知り合い。そう変なことにはならないはず。


 この世界では……というか、普通の庶民はけっこう服を自作したり知り合いに作ってもらったりする人が多い。

 もちろん古着もある。あるが、仕立て屋もあるし、既製品を売っている店でも仕立ては当然やっている。

 だから布から服を作るということが、まだまだ一般的なのだ。

 そういう事情があるから、布単位でも一般庶民がけっこう買っていく。

 そして、高級布となればお抱えの仕立て職人がいる金持ちが買っていくだろう。そういうわけだ。


 店は金持ち相手の高級生地専門店にしようと思う。


 この街エリシェの古着やら生地やらについてはだいぶ見てきた。

 どういう生地ならあって、どういう生地が存在しないのか、もうだいたいわかるつもり。

 絶対的な質も大事だが、レア感だってあったほうがいい。

 いままでは出すことができなかった化学繊維も今なら出せる。

 エルフと魔族がいる現状なら、精霊魔法と魔術でもって練って作ったとかなんとか言って売れる。

 もちろん嘘なんだが、来歴なんかどうだっていい。いずれにせよ、基本は秘密だ。商品の出所は商人なら秘密にするのが普通のこと。良い品で独占販売であるならなおさら。それをあかさなければならないという法もなければ、義務だってない。

 いざとなったら騎士隊の戦力もある。鍛冶店だって始まった。

 テレポートだってあるから、本格的に『この世界だけで完結する貿易』をやっても十分食っていける。

 勝負に出られるだけの材料は揃った。


「というわけで、これを売るぞ」

「はい……って、わ、すごい! スベスベですね! こんなの初めて見ました!」

「ほら、ディアナとマリナも触ってみな」

「とても上質な生地なのです。スパイダーシルクに少し似ていますね」

「ツルンツルンであります!」

「いいだろ。これはサテンという生地だよ」


 サテン。つまり本繻子である。

 この世界でもたぶん、サテンそのものはある。絹糸で織ればかなり豪華なものになるだろうし、コットンでも普通に織れる。サテンは素材の名前ではなく、織り方の名前なのだ。

 そして、俺が持ち込んだものはポリエステル100%のもの。

 光沢があり、値段も手頃。ちょっと高級な素材としてはわるくないだろう。


「あ、でも前にも似た生地を扱ったことありますよね。すべすべの」

「そうだっけか」


 試験的に販売した生地は何種類かあるんで思い出せない。

 基本的には、安い生地しか扱ってないはずだが。


「ほら、あの……タ……タブ……?」

「あっ、タフタか!」

「みゃみゃみゃ、それです!」


 タフタは確かに扱ったことがある。

 ネットのセールで紺色の生地が1メートル300円くらいだったのだ。確か、あれもポリエステル100%で、薄いけどあんまり光沢はない生地だったような記憶がある。


「タフタはなー。サテンと比べるとちょっと弱いんだよな。値段は安いけど、言っても倍出せばサテン買えるからね」

「ああ、それならこっちのほうがいいですよね。この光沢は貴族の夜会用ドレスに仕立てるに良さそうです。貴族の夜会がどんなものだか知らないんで想像ですけど」

「そうだな。ドレス地にもなるし、コートの裏地なんかでもいい。いずれにせよ需要はあるだろう」

「需要ありそうです。あ、でも裏地ならタフタで十分じゃないですか? このサテンは、ドレス用高級生地一本で売り出すのが良さそうに思います」

「それもそうだな。よし、裏地用にタフタも仕入れるかな……」


 て、そうか。

 貴族のことなら貴族。どういう素材が売れそうかイオンに聞けば良かったんだな。

 イオンはホンマモンのお姫さま。そういうことには詳しい――

 どうだろう? よく考えたらイオンは15歳までお姫さまで、そっからは逃亡者だった。

 15歳のお姫さまが生地に詳しいってあり得るのかな。基本的には侍女が持ってきたお仕着せのドレスを着るばかりなんじゃなかろうか。

 いずれにせよ、本人に訊かなきゃわからんか。 


 他の高級生地は探り探りでだんだん販売していこう。

 顧客の確保の問題もある。いままでの店とは客層そのものが変わる。

 できれば、スーパー金持ちの客をゲットしたい。というか、それが一番の目的だ。

 20人のスーパー金持ちに毎月100万円分の商品を売って、毎月の儲けが2000万円というぐらいが理想。

 いや、さらに理想を言うなら5人のウルトラ金持ちに毎月400万円分の商品を売って、毎月の儲けが2000万円というぐらいが理想だろうか。

 商品の出処の関係上、顧客は太く短いほうが好ましい。まあ、そんな簡単なものではないだろうが、理想としてはそうだ。


 また、これからは「他の商人」にも気をつけなければならない。

 要するにテンバイヤー対策だ。相場で売れれば転売自体は気にしなかった露店時代とは違い、高級生地を扱うとなれば、テンバイヤーが鬼価格で他所で売るという可能性が出てきてしまうのだ。

 しかし、これの対策をするには『会員制の店』にする以外にはちょっと思いつかない。

 まあ、商人と一口に言っても「客」としてならまったく問題ない。というか、そこまで客を選抜しつくすことは困難だろう。

 ある程度は柔軟にやってくしかない。


 それで、ある程度、秘密を守れる金持ち客が確保できたら、いよいよ布以外の「地球産アイテム」を販売できるようになるかもしれない。

 そうなったら盤石だ。


 かつて、地元のフリーマーケットで仕入れた商品をネットオークションに出して、わずかばかりの儲けを出して生活していた頃。

 いや、かつてなんて大げさな言葉を使うには、最近すぎるか。

 ほんの半年ちょっと前まで、そんな生活をしていた。


 フリーマーケットは市民が誰でも参加できる不要品市で、だからこそその売られる品目も多種多様……。というイメージがあるかもしれないが、その実体は、常連の出品主と常連の客しかいない、半分閉ざされたマーケットだったりする場合が多い。

 良い場所に陣取るのは、古くから参加しているプロ業者で、ゴミみたいなものを相場の10倍ほどの値段で並べている。

 個人で参加している人も、リア充の若者か主婦、そうでなければ半プロみたいな中年男性がほとんど。

 ある程度通えば、どういう品が並ぶのか予想がつくし、それがハズレることはほとんどない。

 だから、珍しい品を売る新規の出品者。そういうフレッシュな新人には静かな注目が集まる。


 俺はこの異世界で商売を始めようかというころ、エリシェのフリーマーケットで商品を売っていた。

 どういうものが売れるのかわからなかったんで、いろいろ持ち込んで試してみたのだが、まあ、なんでも売れた。全部売れた。それなりの高値で売れてしまった。

 もちろん、フレッシュな新人参加者だったから注目度も高かったというのもあるだろう。

 だが、そういうの抜きにしても、俺が出す品々は珍しく、良いものばかりだったはずだ。


 そして、今、この世界での生活ももう半年。

 いろいろなことがわかってきて、その結論として。


 この世界では、本当に売ろうと思えばなんでも売れてしまう。

 そして、下手をすると爆発的なヒットになってしまう。

 いや、「なんでも」というのは言葉のアヤだ。売れないものだってあるだろう。

 だが、ちょっと考えれば、いや、ここで生活していれば『これなら売れる』なんてものは星の数ほどあることに気付くはずだ。


 なんてったって、この世界には薄っぺらい普通の紙すらないのだ。

 厚ぼったい紙は存在する(最初、羊皮紙だと思っていたのだが、ほとんどそのまま紙として収穫できる植物があるらしい。う~ん、ファンタジー)のだが、我々が普段使っている白くて薄っぺらい紙がないのだ。

 だから、それを持ってきて売るだけで、巨万の富だ。


 磁器でもガラスでもネジでも車輪でもゴムでも楽器でもボールでもボウガンでも接着剤でもタオルでもペンキでも洗剤でも化粧品でもハサミでもマイクロファイバー毛布でもチョコレートでも羅針盤でも鏡でもロウソクでも軍手でもシーリング材でも針金でもワイヤブラシでも砥石でもビニールシートでもビニール袋でもヘルメットでもルーペでもテニスラケットのグリップでもアートカッターでもマスクでも安全ゴーグルでも安全靴でもカラビナでもロープでもステッカーでも竹箒でもスチールウールでも土嚢袋でもワイヤーでもチェーンでも脚立でも下着でも錠前でもコーヒーでもヒゲソリでもタイヤでもヘヤーワックスでも釣竿でもリールでも水鉄砲でも水晶珠でも望遠鏡でもハチミツでも。


 一時が万事、そんな具合。

 なんでも売れる。なんでもこの世界じゃ革新的新商品だ。


 だからこそ、怖い。


 俺がこの世界で手に入れたい――――いや、すでに手に入れかけている幸せのためには、悪影響しか及ぼさないのは確定的だ。


 というわけだから、やっぱり新商品は布なのである。

 布はいい。この世界にも普通にたくさん存在している。

 服という状態じゃないから、基本的には仕立て屋を噛ませなきゃならないんで、注目度がちょっと下がりそうなのも良い。

 俺が売っているのは「ちょっとだけ良い布」であって、少し嗜好性が高いにすぎないし、この世界でも織ろうと思えば織れるようなものばかりだ。

 さすがにポリエステルやナイロンなんかは存在しないだろうが、その分、魔獣素材やファンタジーな素材がいくつも存在している。

 前に俺がポッチャリ商人に売った「ベルベット」だって、この世界では「夜魔の王上布」という名前で存在してるという話だったくらいなんだから。


「あ、でもボス。鍛冶屋で打った商品を売る店はどうするんですか?」

「それも売るよ。でもまだそれは形になってみないとな……」


 ダルゴス大親方が打つ鉄製品は、最も地に足付いた商品であり地球産なのは素材である鉄だけだから、この世界で売るのは非常に簡単――というかやりやすい。

 それゆえに、今回俺がやる路面店では「日本刀」が形になるまでは販売しなくていいかなと思っている。

 いくら大親方の腕が良くても、この世界の文化と地続きの商品では、俺が敢えて売る意味が薄い。もちろん、客からの注文が入れば受けるが、普通の鉄製品を並べても仕方がない。

 鍛冶店で打った品は、別のところで売るか、ミーカー商会あたりに卸すか、人手が増えたら武器防具の店みたいのをやってもいいが、とりあえずは布店だ。

 基幹商材は「地球から持ってきた品」にしたいからね。

 ま、それになにより、大親方もまだ弟子の育成やら、騎士隊の装備やらでいっぱいいっぱいだろう。


「とりあえず、ちょっとギルドに顔出してくるわ。このへんでどっか貸し店舗空いてるか訊いてくる」

「はい、いってらっしゃいボス」


 店はそんなに大きくなくていい。

 金持ちがお忍びで来るような、小さいけど高級。

 そんな店がいい。





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