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第124話  長女はハイソサエティの香り



 ディダはイオンをハメた張本人と目されている人物だ。

 イオンからすれば殺しても飽きたらないだろう。

 さらに言えば、緋色の楔の団長アイザックが死んだ原因も、ディダにありそう。となれば、レベッカさんやシェローさんも意趣返しをしたいと思うのかもしれない。

 ならば、いっそやっちゃうか? という気も少しするけど――


 みんなの視線がイオンに集まる。

 当然、ヘティーさんも。


「………え?」


 ヘティーさんの氷の無表情が、みるみるうちに、驚愕へと変わる。

 一瞬、ヘティーさんに知られたらマズいかな? とも思ったが、今更だな。


「うそ……。ル……ルクリィオン姫……?」


 やはりヘティーさんはイオンのことを知っていたようだ。

 まあ、大商家の長女だしな。社交界とかいろいろあるんだろう。よく知らないけど。


 しばし、見つめあうふたり。

 イオンはしばらくヘティーさんの顔をマジマジと見ていたが――


「あ! ヘンリエッタさん! ヘンリエッタさんじゃないですか!?」


 と、突然、大きな声を出した。

 ヘンリエッタというのは、ヘティーさんの本名だ。

 お姫さまだったイオンが名前知ってるレベルの知り合いだったんか。


「ディダ・バルバクロの話にも驚きましたけど、ヘンリエッタさんがアヤセさんと知り合いだったなんて! 本当に久しぶりです、ヘンリエッタさん」

「えっ!? うそっ。ほんとに……? ほんとに本物のルクリィオン姫なんですか?」

「本物ですよー!」

「ひっ、姫! …………よくぞご無事で。リース様もお喜びになられるでしょう」

「いっ、痛いですよ、ヘンリエッタさん!」


 ヘティーさんがイオンを抱きしめる。

 珍しく相好を崩し、涙を流さんばかり。イオンとの再会を本当に、心から喜んでいるようだ。

 イオンもうっすらと涙を浮かべ、柔らかく微笑んでいる。驚くほど親しい間柄だったようだ。

 御用商の娘と、皇帝の娘。そんなに親しくなるものなんだろうか。御用商というのが、どれくらいの力を持つものかは知らないが……。


「ふたりは顔見知りでしたか。もしよければ、どういう間柄か後学のために訊いても?」


 なんとなくへりくだってみたりして。


「え? アヤセさんはご存知ではなかったのですか?」

「ご存知ではないです」

「私もそのことは隠していましたから。親友のベッキーも知らないことです。ま、昔のことですしね」

「ちょ、ちょっとなんなのよヘティー」


 なにやら秘密があるらしい。なんなの。


「ジロー様。私の天職はご存知なかったでしょう。3つあるというのは、前に話したことがあるかもしれませんが」

「ええ、なんか戦闘系が三つあるとかって聞きましたね」

「傭兵団のみんなには話してましたが、私の天職は『剣闘士グラディエーター』『猟兵レンジャー』『格闘家グラップラー』の三つ」

「すごいじゃないですか」


 とうてい勝てる気がしない。脳筋だ。


「ですが、実はもうひとつあるのです。それが、このルクリィオン姫と知り合った、そして私が傭兵団を立ち上げた理由でもあるわけですが……」


 そして、ヘティーさんは一呼吸置いて言った。


「私の筆頭天職は『聖騎士パラディン』。私は、かつてルクリィオン姫付きの聖騎士だったのですよ」

「え、えええええええええ!」


 俺とレベッカさんの「ええええええ」が草原にこだまする。


「せ、聖騎士! じゃ、じゃあなんで傭兵団なんてやってたのよ!」

「いろいろあって辞めたからよベッキー。私がルクリィオン姫付きの聖騎士だったのは、姫がまだ幼少の頃までだったからね。姫が私のことを覚えているのは、聖騎士をやめてからも、リース様とは個人的に親しくさせてもらっていたからだわ」

「リース様って?」


 俺の質問に、イオンが答える。


「リースは私の母です。ヘンリエッタさんは、母のお茶飲み友達でしたから」


 イオンの母。

 つまり、前皇帝の正妃様ってことか。つまり現在の皇太后様ってことだろう。

 そういえば、聖騎士になると皇族と仲良くなれるみたいな話、レベッカさんがしてたような気がする。聖騎士は近衛騎士になるとかって……。

 しかし、うーむ。人に歴史ありだな。

 ヘティーさんは、御用商の長女で、元聖騎士で、元傭兵団の団長で、メイドだ。いや、メイド服は個人の趣味だ。というか変装か。


「なんでそれでヘティーは聖騎士を辞めたの? っていうか、聖騎士って一度城に入ってから辞められるの?」

「父親絡みだったからね。あのクソ親父からすれば、私が聖騎士をやっているよりも、政略結婚してくれたほうが都合が良かったのよ。しかも、私は完全にリース様寄りだったから、第二夫人側に投資していたクソ親父からすると疎ましかったのよ」


 なるほど、ただの聖騎士ならともかく、ヘティーさんは御用商の娘という立場もあったから辞職もできたのだな。というか、この世界ではまだまだ女性は結婚して子供を産むものという価値観が根強い。それは聖騎士であっても変わらないのかも。


「あれ? じゃあヘティーって既婚者だったの?」

「んなわけないでしょうが。怒るわよ」

「でも聖騎士辞めたんでしょ?」

「辞めたけど、クソ親父の言うとおりになんかなるわけないでしょ。もともと、リース様の為に自由に動く必要もあったから、ちょうど良かったんで政略結婚に乗る振りして自由を手に入れたってわけ」

「まあ、ヘティーらしいわ。お嫁さんになる振りして傭兵になるなんて」


 聖騎士から傭兵団長か。

 ヘティーさんは元帝国聖騎士でありながら、傭兵団を指揮して帝国と戦っていたということだ。エキセントリックすぎるだろ。


「ああ、そっか。ヘティーって戦場であんな仮面付けてたのって」

「うん。さすがに正規兵と戦えばバレる可能性あるからね。ま、うちの団はほとんど正規兵とは戦わなかったけどさ」

「そういえばそうだったわね。ドラ息子が指揮する隊なんかは別だったけど」

「あのバカ息子ね。リース様に止められてなかったら、あの時殺してたのに」


 仮面の戦士か……。

 イオンに仮面付けさせようと思ってたが、先駆者がいたんだなぁ……。


 しかし、元帝国所属の聖騎士なのに、傭兵として他国に加担して自国に弓してたってのは、ちょっと尋常じゃない。

 間違いなくいろいろ理由はあるんだろうが、訊きにくいなんてもんじゃないな。


「なんです、ジロー様。そんな顔して。私の行動が謎だって顔していますよ」

「え、うん。まあ、正直言ってしまえば」

「……当時、すでに私の父とディダ叔父との間で、ルクリィオン姫を亡き者にする計画は始まっていたのです。10歳で将軍の天職を得たルクリィオン姫は、二人のバカ息子と、それを支持する者共にとって、邪魔な存在だったのです」

「そんなころから、だったんですか」

「私はリース様にだけ、そのことを報告し、出来る限りの手段を用いルクリィオン姫を護ることを決めました。姫の天職教育にアイザックを推したのも私です。あの男の戦闘力は本物でしたし、バカ息子やバカ親父に買収されることもまずありませんから」


 確かに、アイザック氏の伝え聞く人柄からすると、全力でお姫さまを守ろうとしそうではある。実際、そのとおりの人物だったのだろう。結果的に失敗してるわけではあるのだが。


「その前に、傭兵団を作った経緯からお話しましょう。これは単純にリース様とルクリィオン姫を護る為でした。いざとなったら、傭兵団を使ってリース様とルクリィオン姫とを亡命させることまで考えていたのですから。私は愛国心ではなくリース様個人に忠誠を誓っていましたからね」


 なるほど、だから『女だけの傭兵団』だったのね。


「じゃあ、戦争に出ていたのは?」


「傭兵団ですから、戦争に出なければ食べられませんから。といっても、戦争というほど大きい戦に出たのは数回だけですよ。細かいドンパチには数え切れないほど出ましたが。なによりお金も必要でしたし、私には戦闘の才能がありましたから。……もっとも、私としてはドサクサでバカ共を葬ってやりたかったんですが、それはリース様に止められてしまいましてね。あの方も、わかってはいても、やはり殺す覚悟までは持てなかったようで」


「傭兵団はそのリース様の発案ってことなんですか?」


「まさか! あの方は優しいですから、私が傭兵団のことを話しても、いまいちピンと来ていなかったくらいですよ。つまり、私が勝手にやっていたことです。まあ……それも、ルクリィオン姫が嵌められるまででしたけどね。……それより、どうしてルクリィオン姫がジロー様のところにいるのか、訊いてもよろしいですか?」


「それは、説明すると長くなりますけど……。シャマシュさーん」


 説明は当人がするのがよかろうと、イオンとシャマシュさんに丸投げした。




 ◇◆◆◆◇




「ヘティーさん、戻ってきたばかりでなんなんですが、ひとつお願いがあるんですよ」


 なぜここにイオンがいるのかの説明が終わり、ヘティーさんは深々とシャマシュさんに頭を下げた。イオンが無事にいるのも、今ここにいるのも、すべてシャマシュさんが護ってきたからだ。そして、それはもしかするとヘティーさんがやろうとしていたことなのだ。

 ヘティーさんからすると、どれほど感謝してもしきれないことなのだろう。


 もちろん、俺も深く感謝された。なんだったら、獄紋を祓うのに使った精霊石も出すと言われたが、そこは固辞した。

 その代わりと言ってはなんだが、ヘティーさんに頼みたいことがある。


「なんですか? ジロー様は姫を救ってくれた恩人、私にできることならなんでも言ってください」

「今はもう姫じゃなくて、ただのイオンですよ」


 ヘティーさんにはヘティーさんの立場もあり、姫は姫なのかもしれないが、俺からすると、もうイオンはただのイオンなのである。

 そこだけは譲れない。


「ええ。そうでした。イオン……イオンですか」

「もうここで別人として生きていくということで、話が付いています。実際、帝国はお兄さんが継承してるみたいですし、いまさら蒸し返すこともないでしょう。本人も、その気、ないみたいですし」


 兄に復讐して、帝国王に俺はなるっ! とかいう話なら別だし、勝手にドウゾという感じだが、ささやかな幸せで満足するのもまた人生である。

 衣食住足りてればいいじゃんか。


「気をつけます。イオン。ただのイオンか。……あのギスギスした場所にいるよりは、ここのほうがずっと幸せでしょうしね」

「幸せかどうかは本人次第ですが、シャマシュさんと暮らしてた坑道よりかは、ずいぶんマシだと思いますよ」


 皇女時代がどうだったのかは知らないが、実際、こっちに来てイオンはかなり笑顔が増えた。

 出会ったころはかなり暗い感じだったけど、もともとは明るい性格なのかもしれない。


「それで、お願いなんですけど、ヘティーさんもパレードに参加してくれませんか? ディダがパレードでなにかをするなら、ヘティーさんが中に居てくれれば防ぎやすいでしょうし」

「それは構いませんが……。いいんですか?」


 ヘティーさんがわずかな戸惑いを見せる。

 なにか問題があっただろうか。あったっけ?


「ヘティーさん、天職『聖騎士』だってことですし、問題はありませんが」

「いえ、私はその、顔がけっこう知られていますから、どうかなと」

「じゃあ、仮面でも付けてもらって……」


 仮面騎士再びだ。

 イオンも仮面付けてもらうし、ひとりもふたりも同じである。


「そうですか。では、参加させていただきます。ふふ、装備を揃えなくてはいけませんね」

「やった! なんだったら騎士隊にも入隊して欲しいくらいですが、さすがにそれは虫が良すぎる話ですかね? あ、装備はこっちで用意しますよ」


 ヘティーさんは百戦錬磨の戦士だ。

 総合力ではシェローさんすら上回るだろうと、レベッカさんも言っていたほどの猛者なのである。パレードに参加してもらうだけでも破格なのに、騎士隊にもなんて。


「隊に……私も誘っていただけるのですか……?」


 まっすぐに俺を真摯な瞳で見つめ返し、そう訊ねてくるヘティーさん。

 あれ? 案外、まんざらでもなさそう……?


「え? ええ、そりゃもちろん。ヘティーさんが来てくれるなら大歓迎ですよ!」


 ヘティーさんは得難い人材だ。強さもあるけど、なんてったって美人だし。

 俺が答えると、ヘティさんは一瞬だけ柔らかく微笑み、そして、すぐキリッとした表情に戻り言った。


「嬉しいです、ジロー様」

「では……?」

「はい。是非参加させてください。いえ、実は私のほうから頼むつもりでした。ジロー様も、イオンをずっと側で護るのは難しいでしょうから、私にも手伝わせて下さい。それに、私もかつては傭兵団を率いていた身。なにかと役に立つでしょう」

「やった! 俺も嬉しいです、ヘティーさん。よろしくおねがいします!」


 ついテンションが上がって、手を握ってブンブンと振ってしまう。

 ヘティさんは、ちょっと困惑した表情をしつつも、なんだか嬉しげ。

 あまり表情が変わらないタイプだけど、なんとなくわかる。これは本当に喜んでいるときのやつだ。俺も嬉しい。ホントに。


「ふふ……。女ばっかりの騎士隊か。昔を思い出すわね、ベッキー」

「そうねー。でも、死神ヘティーが参加かぁ。ちょっとこれは帝国では有名になっちゃうかもね」

「そうなんですか?」

「いえ、私の顔を知る者は少ないですから問題ないでしょう。ジロー様が私の名前を使いたいならやぶさかでもありませんが」


 名前……名前かぁ。ヘティーさんってよほどの有名人なんだな。


 俺は「そういう意図はありませんよ」と答えた。

 ヘティーさんが有名であればあるほど、ヘティーさんのネームバリューだけがひとり歩きしてしまいそうで怖いからな。もっと、女騎士隊だというところをフィーチャーしたいのだ。いずれは、騎士団と言える規模にまで育って欲しいのだ。


 その後、ヘティーさんにルクラエラでのことを話した。

 大親方を紹介し、ドラゴンを見てもらった。

 ヘティさんもパレードに参加するということで、大急ぎで装備品を注文し、記章もひとつ追加で作ることにした。


 パレードまで、あと一週間。

 大親方によると、ギリギリ間に合うそうだが、キツキツのスケジュールになってしまったな。





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