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第125話  騎士隊パレードは夢の香り


 パレードを翌々日に控えた午後の昼下がり。

 俺は実家でオークションで落札された商品の梱包を行っていた。


 ネットオークションに商品を出品する時、だいたい同じタイミングでオークションが終了するように調整している。そうすれば、まとめて発送できて楽だからだ。

 昨日落札された分を今日梱包し配送屋に持って行く。


 梱包が終わり、住所を再度確認してから家を出ようとしたら、夜勤明けで家にいた母親に呼び止められた。


「あ、次郎。あんた、最近いないけど、明後日わかってんでしょうね」


 明後日? パレードがありますが、なにか?


「バカだね。爺ちゃんの三十三回忌があるでしょうが」


 え、マジで? お年忌と重なっちゃってたの。

 てか、三十三回忌ってなんでしょうね。でなきゃダメなのかな?

 親戚とかみんな来るやつだろうし、厳しいかな。


「ちょっと用事が……」

「法事は午前中だけで済むから出なさい」

「マジで」


 ええー、マジで三十三回忌ってなによ。

 もういいんじゃないかな! やらなくても! とっくに成仏してるよ!


「用事ってなにがあるっていうの。どうせ遊びでしょ」


 道楽半分だけど、決して遊びではない。

 でも、説明もできないんだよな。


「でも、兄貴も姉ちゃんも帰ってこないんでしょ」

「だから、あんたくらい出なさいってことでしょうが」

「ぬぬぬ……」


 パレードは昼過ぎ、午後二時くらいからのスタート。

 天気の心配は今のところなさそう。

 うーむ……。仕方ないか……。母親にはかなわない……。ボイコットするという手もあるが、最悪、顔出しさえしておけば気が済むだろう。


「わかったよ。じゃあ明後日ね」


 懸念だったディダの妨害も結局なさそうだし、俺抜きでもレベッカさんもヘティーさんもいるからな。むしろ、俺がいないほうが伸び伸びやれるという噂もあるくらいで……。

 当日の準備はみんなに任せることにしよう。どうせパレードそのものには、俺は参加しないんだし、日本の用事も全部ないがしろにできるってわけでもないのだ。



 ◇◆◆◆◇



「……どうだ?」

「これは……素晴らしいじゃないですか」

「デヘヘ」

「だろう! 旦那から面白いデザイン画をたくさん貰ったからな。久々にいい仕事が出来た」

「いや、あのイラストからここまで再現してくるってのは流石ですよ」

「デヘヘ。あんまり見られると恥ずかしいであります」


 俺はダルゴス大親方が作製した装備を確認していた。

 騎士隊のお揃いの装備。

 パーツ単体では途中途中で見せてもらっていたが、完成してからのお披露目は初。

 ちゃんと全身を装備しての最終確認だ。

 さっきからデヘデヘと身をよじって恥ずかしがっているのはマリナである。


 俺は大親方に装備を発注しつつ、そのデザインサンプルとして日本――というかインターネットから、かっこかわいい騎士のイラストを印刷して渡していた。

 もちろん、この世界にもカッコいい装備はあるのだが、やはり実用性が重視される。なにより女性専用としてデザインされたものは見たことがない。

 となれば必然である。やるしかねぇ。やっていただいちゃうしかねぇ。

 そんなわけで、エロカワカッコイイ最強の女騎士装備が完成したのだった。


「マリナ、着心地はどう? 重さとか」


 エロカワカッコイイのはいいが、実用製に問題があるようでは困る。デザイン製と実用性の両立は必須事項と言っていい。


「前の鎧よりは重いでありますが、問題にならないであります!」


 凛々しく答え、バカっぽくピョンピョンと跳ねて軽さをアピールするマリナ。

 前の鎧は総ミスリル製だったから、今回のよりは遥かに軽いだろう。

 もちろん、今回の鎧にもミスリルは使われているが、大親方曰く、総ミスリルだと軽いは軽いが、防御力という点で劣るので、上手く要所要所で使い分けたほうがいい……という話。

 というわけで、体幹に近い場所を護る部分はほぼ鋼鉄製で、ガントレットやグリーブはミスリルの割合が多くなっている。

 身体の末端に重量のある装備を持ってくると、疲れがハンパじゃないからな。


「剣はどうだ? 旦那も確認してみてくれ。ちゃんと全員分ある。ああ、あのカタナはまだだぞ。もうちっと余裕ができたら作ってみるつもりでいるが」

「カタナは余裕できてからでいいですよ」


 剣もお揃いのデザインのを作った。

 基本デザインはお揃いだが、刀身の幅や長さなんかは、各人の好みに合わせて微妙に変えてある。刃付けも両刃だったり片刃だったりするし、エトワのだけは短刀が二本だ。


 魔獣の革で造られた真新しい鞘から、剣を引き抜く。

 美しい鋼鉄の地肌が、陽光を受けて輝く。

 注文通りの、片刃の直剣。


「いいじゃないですか……!」


 魔剣は刀身が漆黒だからな。やはり、こういう鋼の輝きはいいもんだ。

 重さはほどほどある。魔剣よりは重いだろうが、これが一般的な剣の重さだ。

 練習用に使っている両手剣と比べれば全然軽い。


 ちょいとビュンビュンと振ってみても、刀身短めで扱いやすそうだ。

 片刃にしたのは、峰打ちができるように。街中で、なんかイザコザになった時に峰打ちで対処できるように……というつもりだったのだが、峰打ちといったところで、結局は鉄の棒。当たりどころが悪ければ普通に殺してしまいそう。まあ斬り殺すよりはマシなんだろうが。


「いやぁ。素晴らしい仕事ですよ。ありがとうございます」

「わはは。ワシも楽しんどるよ。良い鉄も使わせてもらえてるしな。ああ、それとこいつも完成したんだった。試着してもらわんと」


 大親方が取り出したのは、ミスリルと鋼で造られた鉄仮面だった。

 仮面というか、頭部全体を覆う兜といったほうが正確だろうか。

 イオン用に用意してもらったものである。


 とはいえ、イオンは屋敷だからこれは持って帰っての調整だな。

 試しにマリナに被せてみたが、なるほどこれなら個人の特定は難しいだろう。

 もし、なんか言われたとしても、顔面の火傷の痕を隠してるとかなんとか言っておけばいい。定番の言い訳だが、十分通るはずだ。


 ちなみに、ヘティーさんは自前のがあるということで新しい鉄仮面は作っていない。

 もともと、顔を隠していた傭兵団をやってたヘティーさんは、けっこう多くのコレクションを持っているのだという話だ。




 ◇◆◆◆◇




「ご主人さまは、本当に参加しないのです? 私たちだけでなんて……」

「マリナは主どのとぱれーどしたかったのであります」


 パレード前日。

 できたての騎士装束に身を包んだマリナと、純白のドレスに簡素な部分鎧だけを身につけた姫騎士役のディアナが、口々に言う。


 二人とも、すごく綺麗だ。


 俺は二人のその姿を見た瞬間から、このパレードの成功を確信した。

 明日、午前中に法事が入って確認できない代わりとして、最終リハーサルを行うことにしたのだ。

 もちろん、ちゃんと装備も整え本番さながらに行う。


「ま、俺は外でやる仕事があるからさ。今日の主役はお前らなんだから、楽しんでくれよ」


 午前中は留守にするし、どのみちパレードの参加は難しいしな。

 それに俺は主役でもなんでもないんだから。騎士隊がメインだ。あくまで。

 女の子たちはほとんど全員パレードに参加するから、俺は先に会場入りして、進行役をやる予定だ。

 右腕となってくれそうなエトワもパレードに参加するし、けっこう忙しいかもしれない。


 装備類をそろえるのはけっこうギリギリだった。

 なにせ全員分だ。ビル氏に彫金も頼んだので、よけいに時間がかかったというのもある。

 ドラゴン用の防具というか飾り鎧もかなりのものになった。質量的にもそうだし、豪華さもだ。最終的には金色の折り紙まで動員して飾りつけた。まるでチンドン屋だが、まずは目立つこと、度肝を抜くことこそを重要視してみた。

 さらに、急遽参加してもらったヘティーさんの分の装備もあったんで、かなりの仕事量だったと言える。

 その結果、大親方はぶっ倒れるくらいの過労働になってしまったので、俺のコレクションのナイフや鋼材、さらにウイスキーやらブランデーやらを振る舞った。


 パレードは、騎士隊長のレベッカさんを先頭に行われる。

 レベッカさんが騎乗するのは、いつもの馬ではなくドラゴンだ。これだけで相当に人目を引くだろう。今回の目玉と言ってもいい。


 その後ろはマリナとエレピピ、エトワ。

 三人とも、お揃いの騎士装束で、カワイイとカッコイイを両立した素晴らしいもの。


 その後ろに、魔術師であるシャマシュさんと、鉄仮面姿のイオン。

 シャマシュさんは騎士ではないので、魔術師然とした濃紺の衣装を着てもらった。

 イオンはシャマシュさんのインパクトでちょい目立たなめな配置に。


 そして、ひときわ豪華に着飾ったディアナ。それを守るように、最後列にヘティーさんとシェローさんを配置した。

 シェローさんは男だし、騎士ですらないが、うちの騎士隊の大事な相談役である。



 これだけのメンツはなかなか集められないだろう。自慢の騎士隊だ。


 さらにパレード後には、シャマシュさんが呼び出した召喚魔獣相手のエキシビジョンマッチを用意してある。


 パレードを盛り上げる為に、音楽の準備も万端。

子どもがいたら飴玉を配るようにと用意しておいた。さらにフレグランスにまで気を配り、先頭のドラゴンに香水をふりまいてある。


パレード用の馬が足りないので、一頭新たに購入した。

 それでも足りない分はレンタルだ。


 また、屋敷の敷地の木々をディアナに動かしてもらって、ドラゴンのお家も作った。

 馬たちは最初ドラゴンにちょっとビビっていたが、今は仲良しだ。ドラゴンもまだまだ生まれたてで懐っこい。成長するのかどうかは謎だが、そのうち厳ついレッドドラゴンとかになるのかもしれない。今はまだピンクドラゴンだが。




 リハーサルは粛々と進んだ。

 場所はいつもの訓練場、もといシェローさん家の側の草原。

 竜騎士であるレベッカさんを先頭にして行進するみんなは、実に気高く美しく俺を魅了した。

 レベッカさんもマリナもエレピピもエトワもイオンもシャマシュさんもヘティーさんも、ディアナも。

 みんな綺麗だ。

 綺麗で、カッコいい。

 自慢の騎士隊だ。




 ◇◆◆◆◇




「主どの」


 休憩中、背中にコツンとなにかを押し付けられる感触。

 ん? と、振り返るとマリナだった。

 そのまま俺の右手を両手で握り、肩にコツンとおでこを当て、もう一度「主どの」と呟く。


「どうした?」


 マリナはしばらくなにも喋らず、ただ俺の手を握っていた。

 みんなは、それぞれに馬の練習をやっている。

 ディアナなんかは遠くからこっちを見ている様子だが、今はふたりきりだ。

 なにか、俺に言いたいことがあるのだろう。いつもの元気印とは違い、なにか思いつめているのが雰囲気だけで伝わってくる。


「主どの……。聞いてほしいのであります」


 マリナはポツポツとしゃべりだした。


「……マリナ……幸せであります。夢みたいなのであります」

「そっか。いいことじゃん」


 努めて明るく答える。

 マリナは時々、夢のように幸せだと云うことがある。

 実際、奴隷としては破格の対応なのかもしれないが、それにしても現状に対して感謝が強すぎるような気もする。

 いや、今は奴隷契約解除してるから、奴隷ではないのだが。


「でも……ずっとずっと夢みたいに幸せで、いつか、この夢が覚めてしまうんじゃないかって、不安で仕方なくなるのであります……」

「マリナ……」


 俺の肩におでこを当てたマリナの表情は窺えない。


「主どの……。マリナ……奴隷でありますのに、こんな格好をさせてもらって、馬にも乗せてもらって、騎士として扱ってもらうことができて、主どのの所に来てから、ずっと……ずっと夢みたいな生活で……」


 夢みたいな生活か。

 それは俺にとってもそうだ。

 この異世界で、夢みたいに幸せな生活をさせてもらってる。

 ネットオクーションで日銭を稼いでたニートの俺が、騎士隊のオーナーだなんて冗談みたいな話だ。

 それで、急に不安になるというのは、わかる気がする。


 マリナはおでこを俺の二の腕にくっつけて俯いたまま、ただただ、それを離してしまったら、夢が覚めてしまうのだと言うかのように、俺の手を強く握りしめていた。


「マリナ、ありがとな」


 口をついて、そんな言葉が出た。


「えっ、そっそれはマリナのセリフであります!」


 バッと顔を上げるマリナ。視線が絡み合う。


「じゃあ、マリナもただ、ありがとうって言えばいいんだよ」

「主どの……」


 実際、マリナには感謝している。異世界に来るようになってからいろいろあったけど、マリナに癒され助けられたことは何度だってあった。今の生活が夢のように素晴らしいものだとしたら、それを作ったのはマリナの力でもあるのだ。


 しばし見つめ合い、照れ臭くなって少し頬を染め、マリナは一度強く俺の手を握ったあと、思い切ったように手を離し、バッババッと三歩ほど身を離した。


 そして、少し困ったような顔をして、俺の顔を真正面から見る。

 頬を赤く染め、意を決したように目をつぶる。

 そして、叫んだ。


「主どの! ずっと、ずっと言いたかったのであります! あの時、みそっかすのマリナを選んでくれて! なんにもできないマリナを大事にしてくれて! そんなマリナを騎士にしてくれて、ありがとう! 本当に夢みたいに、幸せであります! ずっと、ずっと幸せすぎて死んじゃいそうなんであります!」

「マリナ……」

「主どの! マリナは……マリナは、主どのの事、ずっとずっっっと、大好きであります!」


 マリナは言い切った後、そのまま「ひゃぁわあああああー、またまた言ってやったでありますぅぅーー」と顔を覆って走っていってしまう。


 俺は硬直。

 嬉しい。胸の高鳴りが抑えられない。

 前にも好きだって言ってもらったけど、何度目だろうと、やっぱり嬉しい。


 マリナは俺が買った奴隷だ。

 そのことに関して、やっぱり少し後ろめたさはあった。

 俺が買わなければもっと悲惨なことになっていたのだとしても、それとこれとは話は別だ。

 だから、そんなマリナが幸せだと、夢みたいだと、好きだと言ってくれたのは、救いでもある。


 いや、そんな難しい話じゃない。

 嬉しい。

 そうか、男として嬉しいんだな、結局。

 うん。嬉しい。やったぜ! うおーーーー!



 その後、ちょっとまだ照れ顔で、俺のことをチラチラと時々窺うマリナを尻目に、パレードのリハーサルを見守った。


 きっと、このパレードは成功する。

 ドラゴンに乗ったレベッカさんは単純に誰が見たってカッコいいと感じるだろう。

 マリナもエレピピも綺麗だ。エトワも可愛らしい。

 シャマシュさんは怪しくも美しく、鉄仮面のイオンは凛々しく孤高の気配が漂っている。

 へティーさんとシェローさんは、只者ではない強者のオーラで満ち溢れている。

 そして、ディアナは超然と美しく、神々しさすら感じてしまうほどだ。 


 ドワーフ大親方が作った装備も、美しく、それでいて可愛らしさもあり、女騎士の魅力を存分に引き出している。

 実際に戦っても強い。強いからこそ、ルクラエラのモンスターも押さえ込めたのだし、今回のパレードもあるのだ。

 まさに才色兼備だ。


 そんな騎士隊が、女性だけで構成されている(例外的にシェローさんも入ってるが)。

 女でも、ターク族でも、カナン族でも、魔族でも、エルフでも。

 種族の垣根すらなく、同じ騎士隊員として、同じように切磋琢磨できる。

 別にマイノリティに救いの手を差し伸べようとか、差別をなくそうとか、そんなに大それたことを考えているわけじゃない。騎士隊を始めたのも、ほとんど成り行きみたいなものだ。

 だけど、それでもちょっと夢を見てしまうところはある。

 これから、騎士隊としての仕事の依頼もたくさん来るようになるだろう。

 別に彼女たちを手放したいとか、そう思ってるわけじゃない。

 騎士として危険な仕事をして欲しいと思ってるわけじゃない。

 だけど、認められて、尊重されるようにはなってほしい。

 天職や性別や種族で差別されることがないように。

 小さくてもいい。ほんの楔にでもなってくれればいい。




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