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第133話  山梨県の魔法使い


「くっそ……やっぱ良い求人だと、大卒以上が条件なんだよなぁ……」


 俺はハロワで貰ってきた求人票を前に唸っていた。


 現実世界での第一歩を踏み出した次の日。

 ハロワで大量の求人票を手に入れてきた。やる気もある。スーツもある。職歴も学歴もないが履歴書だけは買ってきた。


 とはいえ。

 仕事を選ぶ……というわけでもないが、異世界へ仕送りをする関係上、やはりある程度良い仕事に就きたかった。

 だが、そこは悲しい高卒である。不景気も相まって、ろくな求人がない。まして、職歴がブラック企業(現在は倒産)だけのフリーターでは。

 こういうのは、ハロワに毎日通い、良い求人が出た瞬間申し込むのがコツだと聞いた。

 それで毎日通っているわけなのだが――


「いっそ、料理関係に進むというのも手だが……。最終的には独立目指すとして、ある程度自己資産がないと独り立ちは難しいとも聞くし……」


「いや、後継者不足の刀鍛冶に弟子入りするという手もあるか? しかし、あれは給料なんてほとんど出ないんだろうしなぁ……。産業としても先細りだし……。戦国時代ならともかく需要がなさすぎる……。包丁だって、ステンレスのほうがぶっちゃけ便利だし、鋼の包丁に拘る料理人なんて、これから減っていく一方なんだろうし……」


「詐欺師関係はコリゴリだから、真っ当な宝飾関係というのもいいかなぁ……。ただああいうところは、信用問題からか高卒は雇わないんだよ……。扱っている商品が高額だからなのかなぁ……」


「細工師を生かす仕事は案外多いけど、どうかなぁ。地元の仏壇屋は求人出てたけど……」


「やはり、普通の会社で探すのが無難だろうな……」


 求人表とにらめっこしながら、一人でブツブツと呟きながら悩む。

 職探しは大変だ。

 選ばなければいくらでもあるとは云えど、多少は選びたいのもまた人情。


 世の中は不景気。

 気付いた時には不景気が叫ばれ、そのままずっと叫ばれ続けている。

 実感はない。気付いたときからずっと不景気なのだから、景気が良い状態なんてのは神話世界の物語だ。

 ブラック企業時代には、景気が良かった時代の話をよく聞いた。

 バブル時代の思い出というやつだ。


 曰く、働く気があればどんな仕事にでも就けた。

 曰く、街には人が溢れかえっていた。

 曰く、飲食店はどの店も満員だった。

 曰く、車は2年で買い換えでも遅いくらいだった。

 曰く、公務員は負け組が就く職だった。

 曰く、会社の面接に行くだけで内定と金一封がもらえた。

 曰く、株をやれば絶対に勝った。

 曰く、金利だけで食えた。

 曰く、5000万円の土地が次の日には1億円で売れた。

 曰く、とにかく毎日が酒池肉林だった――


 神話だ。そうとしか言い様がない。

 そんな時代があったなんて想像もできない。

 俺が異世界でちょっと楽しんだことなど、このバブル時代のフィーバーぶりに比べれば、ぜんぜん可愛いものだろう。


「ま、とにかく面接受けよ」


 大量に貰ってきた求人票からいくつかピックアップする。

 明日、ハローワークで面接を受ける手続きをする予定だ。

 実際、そう簡単には採用されないのが実情らしい。

 企業サイドもできれば即戦力の人材をと考えるらしく、となれば高卒でほとんど職歴がないような男は採用されにくい。

 これが大卒になると、かなり採用される確率が上がるのだそうだが、残念ながら普通高校卒が最終学歴だ。


 パソコンを開く。

 大卒云々は言っても仕方がない。今から大学に行くというのも、手としてないわけじゃないが、元手もないし、異世界へ物資も送りたい。

 まず、稼がなきゃいかん。


 パソコンからでも求人は見られる。

 ハローワークがやってるサイトもあるし、ハロワを通さない企業の求人もある。


「とはいえ、パソコンから探すのはやっぱり効率悪いか」


 ツイッターなんかでは、けっこう求人が出てたりするらしいが、探すのが大変だ。

 やはり基本はハロワ通いだな。


 オークションのページを開く。

 鏡が割れて一ヶ月ほどもそのままにしてしまった落札者には、昨日謝罪文を送った。

「非常に悪い出品者です」と評価されてしまったのは、もう覆せないだろうし、実際に自分がしてしまったことの結果だ。

 とにかく連絡が取れた落札者には商品を送ろう。


「……ん?」


 新しい評価が増えてることに気がつく。


「このタイミングで?」


 評価数はネットオークションの評価な証となる。

 たくさんの「良い」評価は、そのままたくさんの良い取り引きをしたという判断材料となり、落札者に安心を与える。

 だから、当然のこととして俺も評価数は常に気にしていた。


「――――え?」


 その評価に書かれたコメントを見た瞬間、時が止まったかのように頭が真っ白になった。

 心臓が一度強く跳ねる。

 白昼。真っ昼間に近所の公園で夢の中で会った登場人物に挨拶されるような、そんな非現実感と共に、確かにそこに書き込まれている。



――――――――――――――――――――――――――――――

 評価:非常に悪い出品者です。 評価者:darker_than_darkness

 ・輸入民芸品 木彫りの仮面 手作り♪

 コメント:1さん、スレにミラージュこと夢幻の大魔導師さんが来てるよ。

 鏡直してくれるってさ。帰ってきなよ。

――――――――――――――――――――――――――――――



「夢幻の……大魔導師…………?」


 確かに聞いたことがある。

 あの世界で、時々聞いた名前だ。

 100年近く昔のエリシェの英雄だったか。


 いや、そもそも1さんって……。

 スレって妖精板のスレのことか……?


 まるで白昼夢でも見ているかのように現実感が希薄だ。

 しかし何度見返してみても、確かにそう書き込まれている。


 俺は仮面を出品したオークションページを確認した。

 取引用掲示板のほうにも、落札者からのメッセージが新しく投稿されていた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――

 こんにちは、仮面を落札したdarker_than_darknessです。

 1さんが姿を消した理由が、ネトオクバレしたからか、鏡が実在して本当に割れてしまったからかはわかりませんが、私は黒エルフちゃん着の仮面が欲しいだけの一介の趣味人に過ぎません。どうか、安心して取引をお願いします。

 スレのほうにもまた顔を出してください。夢幻さんが本物かどうかはわかりませんが、もし本物なら捨てアド晒してるようなので、連絡取ってみてもいいかもしれません。

 私も1ファンとして、新しい写真期待してます。

 できれば黒エルフちゃんの写真を上げてくれると嬉しいです。

 ではでは、よろしくおねがいします。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


「………………マジかよ……」


 商品の仮面は、写真を撮ってからそのへんに放置してある。

 エリシェの蚤の市で買った、ちょっと古い木製の仮面だ。


 パソコンを操作して画像フォルダを漁る。


「これか……」


 スレにアップしたうちの一枚、屋敷でのスナップでマリナが仮面で遊んでる写真が混じっていた。

 気を抜いていた……というわけでもなかったが、こんな小さな写真から関連性を導き出してくるなんて、スレ住人を舐めてたな……。


 いや、この際、そんなことはどうでもいい。

 スレに夢幻の大魔導師が来ているという。

 ちょっと意味がわからない話だが、とにかく話を聞きたい。

 本物……というか本人かどうかなんてわからないけど、夢幻の大魔導師のことなど俺は誰にも話したことはない。もちろんスレに書き込みするわけもないし、そもそも俺自身も昔の偉人の名前なんだな――という程度の認識だったのだ。


 俺は掲示板を開いた。

 最新のスレを開き、まとめスレを読み込んだ。

 スレにいくつかの書き込みをして住民から話を聞く。

 自称「夢幻の大魔導師」の捨てアドも手に入れた。


 情報を精査……というほどのこともないが、とにかく――


「やっぱり……本物……か……」


 と思うしかない。

 偶然といえば偶然だが、ディアナのことをハイエルフとはスレで言ったことがない。

 ナイトメアのことも。エリシェやルクラエラという単語はもしかしたら出したことがあったかもだが、ミスミカンダルやリンクルミーなんて俺自身もうろ覚えだった名前だ。

 少なくとも、異世界に関係がある人物なのは確か。

 そして、あの鏡を自分が作ったと言っている。


「よし……」


 連絡を取りたい。

 直してもらえるなら、これ以上の喜びはない。


 ――だが。

 もし、おかしな人だったらどうする?


 もう俺に失うものなんてない――なんて簡単には言えない。

 まだあの鏡の欠片がある。

 俺にとってはただ一つ残された異世界との繋がりだ。 


 もし、本当に夢幻の大魔導師だったとして、もし、本当に魔法使いだったとして。

 だからって「ん? 間違ったかな?」などと、魔法失敗、鏡は失われてしまった! とならないとは言い切れないじゃないか。

 それとも、鏡を見せろと言われて「これは俺が作ったもんだから返してもらうぜ」と取り上げられる可能性だってある。

 もし、そうなった時、俺にはなんの力もない。

 そしたら魔剣で対抗でもしてみるか? そうなったら、俺が逮捕されるだけだ。だが、ただやられるのはもういやだ。


 そんな「もしも」に脳を支配され、結論を出したのは次の日の朝だった。


 結局、連絡を取ることにした。

 慎重に言葉を選びメールを書く。

 この人がどういう人物かはわからない。

 だが、鏡を直してくれるというのなら、是非もない。

 できることがあるのに、リスクだけを見てやらないという選択ができるほど、俺は強い人間ではないのだから。




 ◇◆◆◆◇




 返事はすぐに来た。

 夢幻さんは驚くほどフランクで、エメスパレットが懐かしい、あっちはどうだ平和にやってるかと気さくな言葉で綴られてあった。

 もうずっと前にあの鏡を使ってこっちの世界に来て、一度もあっちには帰っていないらしい。正確にはもう帰れないのだという。


 何度かのやりとりの後、実際に会うことになった。

 詳しい話はその時してくれるという。

 こっちが警戒しているのを配慮してか、喫茶店で話すことになった。

 向こうとしては家で会いたかったらしい。嫁にも会ってもらいたかったのだそうだ。

 夢幻さんは山梨県在住らしいんで、そこまで行くのが大変というのもあった。


 オリカへは今回の概要を簡単に書いて手渡した。

 概要といっても、パソコンの事を説明をしてもわからないだろうから、夢幻の大魔導師に会うということだけだ。わかる範囲で、夢幻の大魔導師のことを教えてほしいという言葉を添えた。

 しばらくしてから、オリカから返事が来た。

 そこでわかったことは――


 夢幻の大魔導師は、エリシェで先代神官が祝福を授けた人間で、記録上はこの千年で唯一の「固有職」持ち。

 固有職名は『夢幻の魔導師ザ・ミラージュ』で、スキル名は伝わっていないらしい。

 80年前の戦争の際、1000の大軍勢をたった一人で止めたという逸話が残っている。

 性別は男。

 50年前から行方不明。

 エリシェのみならず、エメスパレット全体で有名な英雄で、それゆえ「夢幻の『大』魔導師」と呼ばれる。


 ということだ。

 とにかく、あの世界ではかなりの有名人で、俺も何度かその名前を聞いたものだ。

 普段はあんまり気にしていないが、エリシェの大広場の真ん中にある銅像は「夢幻の大魔導師」がモチーフだという。

 エレピピがちょい役で出演したという劇の演目も『夢幻の大魔導師と帰らずの森』とか『夢幻の大魔導師とエルフの姫君』とかそんなんだったはずだ。

 そんな人がなぜ、日本にいるのか……?

 謎は深まるばかりだった。


 とにかく、俺が夢幻の大魔導師に会うということで、屋敷のメンバーは沸き立ったらしい。鏡を作ったとされる大天才がなんとかしてくれるというのだ。ちょっと気が早いが、直ると確信している者もいるほどだ。

 実際に、そんな上手く行くのかわからないが、俺も久しぶりに歌でも歌いたい気分だ。この感情が、「溺れるものは藁でも掴む」でないことを祈る。



 ◇◆◆◆◇



 約束の日。

 夢幻さんはわざわざ山梨からやってくるというので駅で待ち合わせした。

 目印はない。お互いに写真を交換したりもしなかったのだが、夢幻さんが、俺が見れば一発でわかるようにして行くからと言うんで、それに頼ることにした。

 ケータイ番号はお互い登録してある。

 まだ電話したことはないが、イザとなれば、それでなんとかなるだろう。


 駅ビルの一階で、約束の時間になるまでウロウロと落ち着きなく過ごす。

 ネットで知り合った人と会うのは緊張を伴う。

 相手は自称オジサンだが、エリシェでは100年前の人として伝わっている。

 いったい実年齢いくつなのか想像もできない。

 あの世界では精霊石での若返りだって可能だ。とはいえ、すごいお爺さんが来る可能性もゼロじゃない。


 約束の時間の5分前。

 甲府から富士、富士から静岡へと地味に在来線に乗ってやってくる夢幻さんを待つ。

 自称魔法使いのくせにやたらと庶民的だ。山梨からだと電車で一本のがないから仕方ないっちゃ仕方ないけど。

 そういえば、メールでもなぜか夢幻さん呼ばわりで名前を聞くのを忘れていたことを、今更思い出した。


 在来線から吐き出された乗客が、改札からワラワラと飛び出してくる。

 俺はそれをただ立ち尽くして眺めている。

 夢幻さんは来るのか? 

 すぐわかる目印を持ってくるという話だが……?


「ん……? なんかざわめきが……?」


 なんとなく改札のほうがざわめいている。

 人々がチラチラと振り返りながら歩き、なにかを気にしているようだ。

 まるで有名人でもいたかのような。


 そしてその男は現れた。

 すぐにわかる目印……というか――


「マジかよ……」


 人々の視線を一身に浴び、羽が生えた牛、即ち、大精霊ル・バラカの羽が生えた牛のモチーフが刺繍された濃紺のマントを羽織った、死ぬほど目立つ長身のナイスミドルが階段を降りてくる。

 薄めのブラウンの髪を無造作にセットした、西洋人の男性。

 年齢でいうと40歳前後だろう。ある意味では想像通りの年齢。

 振り返って写メを撮ろうとする高校生に、笑顔で手を振っている。


 ……どうやら、あの変人が「夢幻の大魔導師」のようだ。










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