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第134話  ハイエルフは永遠の夢をみる


「あ、改めましてハジメマシテ。アヤセジローです。わざわざ来ていただいて、ありがとうございました」

「そんなに緊張するなよ。あの世界を知る者同士、仲良くしようぜ」

「あっはい。まあ……」


 改札を出てきた夢幻さんをひっ捕まえて、マントを脱がし喫茶店へ連行して着席。わずか3分の早業である。

 夢幻さんは、マントを取っても外人だしイケメンだしでそれでも目立つ。いっしょにいる俺までジロジロ見られるので、実に居心地が悪い。


「ま、とにかく無事に会えてよかった。俺の名前は……そういや言ってなかったな。ジャンだ。ただのジャン。こっちでは、ジャン・パレットと名乗ってる。エメスパレットのパレットだな。でもま、今まで通り夢幻ムゲンさんと呼べばいいぞ」


 案外普通の名前だ。

 てか夢幻さんでいいんだ。気に入ってるのかな。ハンドルネームみたいなものなのかもしれない。今日だってある意味ではオフ会みたいなもんだし。二人っきりだけど。


 店員が来たんでコーヒーを二つ注文。

 夢幻さんは腹が減っていたのか、ピザも注文した。


 夢幻さんは例のマントを付けていなければ、普通にイケメンだ。

 こういうカフェで座っていると、かなり絵になる。心なしか店員の目もハートマークになっていたような気がする。


「……で、あの……鏡は本当に直るんですか?」


 コーヒーが届くのも待たず、俺はさっそく切り出した。

 いろいろ訊きたいことはある。

 山程あると言ってもいい。

 だが、一番大事なところからハッキリさせておきたい。


「おっと、いきなり来たな。……ん、まあ直るは直るんだが、条件は厳しい。お前がどれくらい向こうで稼いでたか次第だな」

「稼ぎ? ああ、お金ですか? 金貨でならそれなりに――」


 案外生活に困っているのか? 夢幻さん。

 ま、そりゃそうか。慈善事業でやってくれるわけない。本来なら、ここまでの足代だって俺が出してもいいくらいだ。

 売れば、向こうの金貨は一枚で15万円くらいにはなる。

 何枚請求されるかわからんが、夢幻さんしかあの鏡を直せる人はいないのだし、足元見られても仕方がないか――


「いやいやいやいや、そういう意味じゃねぇよ。あの鏡を直す……といっても、まだちょっと繋がってるんだろ? 完全に魔法が砕けてたら、どうしようもなかったが、広げ直すだけなら問題ないんだわ。で……だ。精霊石と魔結晶が必要だ。知ってるだろ、精霊石も魔結晶も」

「そりゃ知ってますけど……。どんくらい必要なんです?」


 魔結晶ならなんとかなる。

 こないだルクラエラで山程手に入れてきたのがあって、今はシャマシュさんの小屋の一角に積まれてある。シャマシュさんが無駄使いしまくってなければ、まだ在庫は潤沢なはずだ。大きいのが必要となると苦しいかもだが。


 精霊石もそれなりにまだあるはず。

 俺の部屋にいくつか、クランインベントリにも入ってるし、屋敷にも数個あるはずだ。確か、マリナにも一つ持たせてる。


「数で言えば、精霊石が10個は欲しい。魔結晶も同じくらいの内包魔力分欲しいな。出せそうか?」

「あ、10個くらいでいいんですか? 出せます! 出せます!」


 10個だと3000万円分ほどにもなるが、それくらいならあったはずだ。

 なんか条件はあるって聞いてたから戦々恐々だったけど、これでなんとかなるぞ!


「おいおい。10個の精霊石なんてそう簡単に出せるもんじゃないはずなんだがな……。ま、この世界のものを向こうで売れば簡単か……。で、それでだ、もう一つだけ厄介な問題がある」

「え……なんですか」


 やっぱそう簡単にはいかないのか……?


「精霊石に種類があるのは知ってるな?」

「はい。宝石の原石みたいな感じですもんね。確か色によって価値が違うんでしたっけ」

「そうだ。彩度が高いものほど高級な石とされている。例えば、お前のところのハイエルフが赤い精霊石の首飾りを付けていただろう? あれなんかは最高級の精霊石で作られたものだな」

「ああ、赤珊瑚の首飾りしてますね、確かに」


 ディアナの首飾りってそんな高級品だったんだな。

 普段、等身大のあいつを見てたからあんまり意識してなかったけど、エルフのお姫さまなんだもんな。


「赤と青の精霊石は特に珍重されていてな。赤が濃い精霊石は『天色緋紅玉あけこうぎょく』、青が濃い精霊石は『天色瑠璃群青るりぐんじょう』と呼ばれ珍重されてるんだよ」


 どっかで聞いたような名前だ。


「それで、そのうちのな。青のほうが欲しい。あの鏡を直すには、精霊力のキーとなる石が必要で……まあ、なくても理論上は大丈夫なはずなんだが、鏡に紐を付けるのにな、作った時にパスとして使ったのと同じ種類の石が欲しいんだよ。それが青の精霊石『天色瑠璃群青』でな。手に入れようとして手に入るもんでもねぇが、金を積めばなんとか――」


 シブい表情で、そんなことを言う夢幻さん。

 天色瑠璃群青か……。


「あ、あの。……俺、それ持ってます。てか、向こうで最初に手に入れた精霊石がそれで……。神官さまも確か、そう言ってましたし」


 はじめての精霊石は大事に取っておくのが習慣と言われて、ずっと部屋に保管してあったラピスラズリの精霊石。

 一度、オリカの目を治す時に足りなかったら使おうと神殿に持っていたことがあり、その時に神官ちゃんに驚かれた記憶がある。

 こんないい石を持ってたんですか! と。

 もったいないから使わないほうがいいと言われて、その後はしまってあったのだ。


 俺が持っていると言ったら、夢幻さんは「は?」と間抜けな声を出した。


「はじめての精霊石で、青が出たのか!? すげぇな……いや、お導きか。すべて神の手のひらの上というやつか……」


 夢幻さんは、コーヒーを一口含み、遠い目をした。

 神の手のひらの上……。お導きがあるあの世界では、確かに神が人生に関与する率は高めだ。


「まあ、とにかくそれがあるなら、素材的には問題ないはずだ。とはいえ、俺も嫁も魔法は久しぶりだからな。いちおう失敗する可能性はある……とだけ言っておく」

「あ、はい。そういえば奥さんエルフなんですね。エルフ……いや、そもそも夢幻さんって何者なんですか?」


 もしかすると失礼にあたるかもしれないが、訊かずにはいられなかった。

 俺はあの鏡を手に入れて、向こうに渡っていただけだ。

 だが、夢幻さんはあの鏡そのものを「作った」のだという。しかも、どうやら魔法を使ってだ。

 そもそも、あの世界はなんなのか。

 夢幻さんはどこから来たのか。異世界人なのか。そもそも、あの鏡はエルフはもとより、異世界人だって渡れないんじゃなかったのか。


 夢幻さんは、少しだけ難しい顔をしたあと、笑って言った。


「もちろん、教えるつもりで来た。すべてな。……ちょっとだけ、覚悟がいる話になるが、いいか?」




 ◇◆◆◆◇




「まず……そうだな……。なにから話したらいいもんか。とりあえず、最初に言っておくが、俺は純エメスパレット人だ。こっちの世界とはまるっきり無関係の人間ってことだ」


 そうなんだ。

 いや、顔立ちからして日本人じゃないから、なんとなくわかるけど。


「俺は当時、史上稀に見る大天才として持ち上げられていた。まだエリシェが街の名前じゃなく、ただの地名だったころの話だ。1000年間現れなかった固有職持ち。神の愛を受けた麒麟児として、チヤホヤされていた」

「1000年に一度ってすごいですね」

「ああ、だから当時の俺は完全に調子に乗っていた。そんなある日、おかしなお導きが出た『?・??????』というハテナマークばかりのものだ」

「ん? それ、俺にも出てますよ。最初はハテナで今は『運命の大車輪』って出てます。未だに謎なんだけど、まあ、おそらくうちのエルフと関係があるやつだとは思うんですが」


 運命の大車輪の進み具合は9/10。

 もうすぐ達成のはずなのだが、途中から音沙汰がない。


「そうだ。あれは、ハイエルフの特別なお導きとパスが繋がると発生する。まあ、俺の時は『運命の大車輪』なんて名前ではなかったが」

「へぇ。それで、あのお導きってなんなんですか? 夢幻さんは知っているんです?」 


 夢幻さんの嫁はエルフだという。

 エルフなのか、もしかするとハイエルフなのかもしれない。


「知っている……が、俺の時とお前さんのとでは、厳密には違うだろうな。まあ、実際にはほとんど同じだと思うが。あのお導きはな――」

「あのお導きは……?」

「ハイエルフの原罪、もしくは夢、あるいは希望。そういった想いや祈りを集めて奇跡を起こす。あの世界で一番の大魔法。それが、ハイエルフの『特別なお導き』なのさ」


 想像以上に壮大だった。

 あんなに魔法でまみれた世界で一番の大魔法って……。なにが起こるってんだ……。


「夢幻さんは、達成したんですか?」


 達成するというか、達成を見守るというか……。


「いちおうな。……さて……話は変わるが、お前さんはハイエルフってなんだと思う?」


 あからさまに話題を変える夢幻さん。

 あまり触れて欲しくないのだろうか。


 しかし、ハイエルフ?

 俺はディアナしか知らないから、それほど詳しくはない。

 普通のエルフよりも、耳がちょっと長くて、髪の色も白い。

 エルフの髪がブロンドなら、ハイエルフはプラチナブロンドだ。

 顔は精霊紋に彩られよくわからないが、素顔は美人……のはず。


「エルフの王族……なんじゃないんですか?」


 俺は答えた。なにかといえばエルフの王族という答えになるだろう。


「確かに王族には違いない。だが、普通のエルフとはあまりに違うとは思わないか? 生物としてハイエルフが異常なのはわかるだろう?」

「そうなんですか?」


 ディアナが異常……? そんなふうに思ったことなかったけど……。


「奴らは死ぬことがない・・・・・・・。普通のエルフやナイトメア、ウンディーネなんかは、普通に死ぬ。寿命だってある。だが、ハイエルフだけは永遠を生きている」


 え? そうなの?

 ディアナってまだ21歳とか言ってたし、多少寿命が長かろうが、普通に生きて普通に死ぬんじゃなかったのか?

 死なないってどういう……?


「この世界に来て、ちょうど似た生き物がいるなと思ったんだが、フェニックスって想像上の生物がいるだろ。寿命がくると火の中に飛び込んで再生するってやつ。ハイエルフはほとんどあれと同じなのさ」

「ふ……不死鳥と……?」

「そうだ。そもそもハイエルフには交配能力自体がない。年老いたハイエルフは、自分で自分の分身を作りだす。そして、分身を作った後の古い自分自身は、残された精霊力で残りの寿命を全うするのさ。ハイエルフは男と女ひとりづつしか存在せず、常に擬似的な父親と娘か、母親と息子として家族の形を作る。お前のところに女のハイエルフがいる以上、もう一人のハイエルフは父親役だけだろう」

「たしかに母親の話って聞いたことなかったです……」


 混乱していた。

 ハイエルフは異種族。人間とは違う。

 そうわかっていたはずだったが、まさかここまで違うとは思っていなかった。

 ディアナだって父親と母親がいて、普通に生まれたのだと、常識としてそう考えていた。

 それが、自分で若い自分を産んで永遠を生きるなんて……。

 いや、それって要するに単為生殖する生き物ってことじゃないのかな。厳密には別人なんじゃないの?


 夢幻さんの話は続く。


「そんなハイエルフの夢ってなんだと思う? 察しは付くと思うが――」


 即答はできなかった。

 ディアナを見ていればわかりそうなものなのに。


「ハイエルフの夢。もしくは希望。あるいは原罪……。彼女の夢・・・・は今も昔も一つだけ。『愛する者同士が結ばれ永遠を生きる』ことなのさ」


 ――永遠の愛を誓ってほしいのです。

 ――永遠の愛を、誓ってくださいますか……?

 ――ご主人さまは、私の……運命の人なのです。


 ディアナの言葉が脳内をリフレインする。

 そう。

 ディアナは確かにそう言っていた。

 永遠の愛を誓って欲しいと。


 それは、あくまでそういう愛の言葉なのだと思っていたが、もしかするとそれ以上の意味を持っていたということなのだろう。

 永遠を生きる種族と永遠の愛を誓う。

 そのことの意味は、わかるようでいて、よくわからないことでもあった。


「その顔はなんとなくわかってきたのだと思うが、さて、俺はハイエルフのお導きが出て、今、ここにいる。では、問題。俺はいったいいくつでしょう?」

「年齢? 見た目は40くらいに見えますが……」


 もともとあの世界の人間の実年齢はわかりづらい。

 精霊石による若返りが一般的だからだ。

 だが、こういう問題を出してくるということは、ものすごく若いか、もしくはその逆だろう。


 夢幻さんは、フッと軽く微笑み言った。


「俺はね、誓ったんだよ。ハイエルフと永遠の愛をね。そしてお導きは……達成された」

「あっ、達成されたんですね」

「いちおうな」


 夢幻さんが出来たてのピザをひと切れ掴み口に運ぶ。

 ホフホフとウマそうに食べてはいるが、その瞳には空虚な光が宿っていた。


「年齢だが――俺がこの世界に来たのは、ずっと昔。もう……150年ほども前のことだ。日本で言う幕末のころというやつだな。それからずっと歳も取らずにこの世界で生きている。永遠の恋人と共にね」


 マジか……。


「そんな顔すんなって。俺は望んでそうなったし、ここでの生活も楽しんでるから別に後悔してるってわけじゃねえんだ。で、そんなことより、話の核心なんだが――」


 まだあるのか。

 ちょっとすでに許容量オーバーしそうなんですけど。


「ハイエルフがなんなのかって話だよ。お前さん、特別なお導きが出てるんだろう? なら、知っておくべきだ」

「え、えっと……はい」


 ハイエルフの正体……か。

 そういう不思議な種族っていう話じゃないのか。


「これは言うべきことか……本当は悩んだんだがな。だが、嫁とも話し合って、教えておくべきだという結論に達したんだ」

「……はい」

「お前さんが、ハイエルフとの関係を続けて、障害を乗り越えていく気概があるのかどうか。それは最初からずっと試されている……はずだ。お導きが出た時から、あるいは、その前からな」

「えっと、はい。そうかも……」


 特別なお導きの強制力のことだろう。

 それに、ディアナのあの精霊紋からして、ある種の障害には違いなかっただろう。

 一番最初の出会いからして強烈だったからな。


「俺もいい歳だから、こいつが老婆心ってやつなのか、大きなお世話なのか……自分でも判断つかねぇんだが、俺が鏡を直したばっかりに後悔する選択をする……あるいは、神の手のひらで弄ばれる結果になるのは忍びねぇから言うんだが」


 言うべきかどうか悩んでいるのか、なかなか核心に触れない夢幻さん。

 確かに、夢幻さんが鏡を直してくれたら、運命の大車輪は続行となるだろう。

 達成の条件はともかく、ディアナの特別なお導きとリンクしてるとなれば、つまり、そういうことなのだろう。


 そして、ハイエルフとそういう関係になるのならば、当然、ハイエルフの正体も知っておくべき……ということなのか。


 寿命の違う、生態も違う超生物。神に愛された種族。いや、男と女ひと組しか存在しないような生き物は、厳密には種族とは言えないのかもしれない。

 ファンタジー世界においても、特別ファンタジーな生物……ということか。


「教えてください。鏡が直ってからディアナと向き合っていく為にも、ここではぐらかされたら半端にシコリが残りますし」


 俺のその言葉に、夢幻さんは、「そうだな」とひとつ頷いた。

 そして、コップに入った水をぐいっと飲み干し、まっすぐ俺の目を見て告げた。


「ハイエルフの正体は人造人間だ。生命体であるが、生命体ではない。Artificial intelligence……つまりA.I.を搭載された、悠久を生きる有機アンドロイドなんだよ」




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