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第135話  世界の真実




「へぇ。アンドロイドって、あのロボットみたいなやつでしたっけ」


 ディアナのことを思い浮かべる。

 ロボット……。

 ロボット…………?

 あんまりピンと来ないな。正直。


「広い意味では、そうだ」


 夢幻さんが厳かに答える。

 広い意味でロボット。

 なんとなく国民的ネコ型ロボットが頭に浮かぶ。


「なるほど……」


 うん。

 夢幻さん的にはけっこうデカイ話だったようだが、あんまり……というか、全然ショック受けたりしないというか……問題ないというか……。

 だって、もともと、向こうの人はまごうことなき「他種族」だし、そもそも異世界人なんだから、地球人である俺とは生態が違うということはわかりきっていたしな。

 もちろん、もっとロボロボしい動きしてたらショックだったのかもだけど、ディアナは感情豊かで、案外仲間想いで、寝坊助で、ズボラなとこがあって……やっぱりピンと来ない。

 ディアナがロボットだってんなら、そのロボットはほとんど人間と区別なんてできないロボットだろう。


「なんだ、思ったより平気そうだな」

「……いえ……はい。そうかも。というか、あんまりピンと来てないんですね」

「この時代にはまだ本物のA.I.はないからな。そうだろう」

「本物のA.I.? 人工知能って良く聞きますし、あるんじゃないんですか?」

「まだ全然だよ。ようやくそれっぽくなってきた……ってとこだろう。本質的には、まだ雲を掴んでるような状態だな。本物のA.I.――人工意識とか、ストロングA.I.とか言われるものが実用段階に達するのは、あと200年は先だ」

「200年……?」


 てか、なんでこんな知識があるんだ、この人。

 あの世界の魔法使いってなんなんだ。おかしいだろ。


「そんな顔するなよ。俺がどうしてそんなことを知っているのか気になるか?」

「そりゃ、そうですよ。夢幻さんは異世界人なんじゃないんですか? なんで、地球の未来の技術のことなんか知ってるんですか」

「知識として知っているからだよ。過去に戻って聞いてきた」

「過去に?」


 ほら、もう意味がわからない。

 やっぱりヤバイ人だったのかな。真性かな。


「いやいや、そんな危ない人を見るような目をするなって。過去ってのは、エメスパレットでの過去のことだよ。精霊文明時代って聞いたことあるだろ?」

「確か、千年前でしたっけ。なんか凄い時代だったって聞いたことありますけど」


 なんか今とは比べられないほど、固有職持ちやら魔剣や聖剣の使い手やらがいて、モンスターやら魔獣も跋扈してた時代とかなんとか。今でもその時代の遺物はお宝扱いで高額で取引されてるっていう話。

 鏡を壊してくれやがったあの人形も、たしか精霊文明時代の遺物だったはずだ。


「俺はね、その精霊文明時代の謎を解き明かしたかったのさ。その時代の記録は残っているものも多かったが、当時の俺には意味がわからないものがほとんどだった。嫁の実家にも、いろいろ資料があったが、『神話の英雄たち』がどこから来て、どこに去っていったのか。それは誰も知らないことだったのだ」


 精霊文明時代は千年前。

 日本なら平安時代。ちょっと考えられないほど昔だ。資料が残ってなくても仕方がないだろう。


「だから、実際に行ってきたんだよ。その千年前に。そして、真実を知った」

「え、マジすか。どうやって?」


 行動力ハンパじゃねぇ。タイムマシンでも作ったのか? ドラ○もんのポケットから出してもらったのかしら。


「ハイエルフの究極魔法の一つに『時の砂時計』というのがある。ある一定のところまで時間を巻き戻せる魔法だ」

「え、そんなのあるんですか」


 ハイエルフすごすぎだろ。

 若返りの魔法も凄いが、時間を巻き戻せるとかどんだけ……。


「あの世界では精霊魔法だけは特別なのさ。神の力『因果律の操作』により奇跡を起こせるのだからな」

「じゃ、じゃあそれで……?」

「そうだ。……まあ、さすがに一回に飛べる時間は1年程度だったから、精霊石を山程……ざっと千個使ってやっとだったがな」

「千個……」


 さすが、元世界的英雄。千個の精霊石とは桁が違った。


「そ、それで、どうだったんですか? 精霊文明時代ってのは……」


 夢幻さんは、ここで一拍置いた。

 コーヒーのおかわりを注文し、店員がデキャンタでコーヒーを注ぐ。

 熱々のコーヒーをまた一口だけ味わってから、ようやく口を開いた。


「……あの世界ってなんだと思う?」

「えっと、あの世界って……異世界……エメスパレットのことですよね。なんだと思うと言われましても……。なんなんでしょう」

「わからないか?」

「えっと……はい」


 わからない。わかるはずもない。

 鏡から行ける魔法の世界……としか言いようが無い。

 だが、その魔法の世界の住人が今、目の前にいる。

 鏡から物の行き来だってできる。

 普通に考えれば、あの世界はそこに存在するリアル……ということになるのか?


「掲示板、まとめサイトにログが保存されてたから読んでみたんだけどな、けっこう鋭い書き込みしてるやつもチラホラいたな。世界ってのはつまりこの宇宙のことで、じゃあ異世界ってのは別の惑星ってことになるんじゃないのかって」


「たしかにそんな書き込みあった気がしますね」


「だが、それじゃあまりにも地球と似通っていすぎるんじゃないか? 酸素濃度、未知の病原菌の有無。一日の長さも。気温も人間も。固有名詞すら、おまえが知っているものと同じだっただろう?」


「そうですね。そういうものだからそうなのだと漠然と考えていましたが……」


 ファンタジー世界だから、「そうだからそうなんだ」としか考えてなかったが……。違うのか? 謎があるのか?


「おかしいだろう。そんな偶然ありえると思うか? 地球となにもかも同じで、地球人がなんの問題もなく暮らせるなんて変だろ。食べ物だって、あっちのは地球と同等かそれより美味しいくらいだったはず」


「……まあ、確かに変ですね」


 変だと言われれば変だ。

 自分にとって不利益になることじゃなかったから、ラッキーぐらいにしか思ってなかった。

 地球と似通った世界。

 つまり、この話が『精霊文明時代』のエメスパレットと繋がるのか。


「……要するにだな。あの世界は、地球人が作ったんだよ。それが俺が千年遡って知った――知ってしまった真実だ」


「は?」


「エメスパレットはな、地球人が地球人の為に作った世界だったんだ」


 コーヒーを飲みながら、表情を変えずに夢幻さんは、たしかにそう言った。




 ◇◆◆◆◇




「今から、170年後。世界初のVRゲームができる。VRってわかるか? バーチャルリアリティ。つまりゲーム世界の中に自分自身が入り込むゲームだ」


 とつとつと話し始める夢幻さん。

 バーチャル・リアリティ技術そのものは、150年後くらいには実用段階に入るのだという。その後しばらくして、その技術がゲームに応用されるのだとか。


「その中で一つの人気ジャンルができる。VRMMOロールプレイングゲーム。いまでもロールプレイングゲームはあるだろう? ドラクエとかウィザードリィとか。あれをリアルに体感しながらやるやつだ。意識をゲーム内に移動させてな。理論的には人格のコピーをゲーム内に保存して、そのコピーした人格がゲーム内でゲームをして、ゲームをやめる時にはその記憶をオリジナルのほうへとペーストする……という方法だったらしい。当時は魂のコピーとかなんとか言って、かなり紛糾したようだがね」


 未来のことを、まるで過去の事のように話す夢幻さん。


「じゃあ、あの世界エメスパレットはそのVRMMOの世界だとでもいうんですか? リアルというか……物品の持ち込みすらできましたけど。持ち出しもできましたし」


 いやそもそも、これは未来の話……のはずだろう?

 どういうことだってばよ。

 ああ、未来や過去にいけるとか言ってたっけ、この人。

 てことは、実際に行ってきた……ってことか? この世界の未来に?


「いいや、違う。だが近い。ゲーム世界というのは、実際そのとおりなんだよ。お前だって、あの世界をゲームのように楽しんだだろう?」


 ゲームのように……?

 あんまりそういう感覚はなかったが、ゲーム世界だっていうのなら、そこでの生活はすべてゲーム感覚ということになるのだろうか。

 祝福を受け、天職をもらい、天職を鍛えて冒険する。

 いや、冒険はほとんどしてないけど、たしかにゲーム的ではある。

 しかし、あちらで出会った人たちは、みんなちゃんとした人間だった。

 ゲーム世界と言われても、ぜんぜんピンとこない。


「もちろん、俺だってゲーム世界だと思って生きてたわけじゃない。人生は楽しんでいたがね。しかし、真実としてあの世界はゲーム世界なんだ」


「でも、ゲーム世界って……。どういうことなんですか。どう考えても、あの世界はリアルでしたよ。……バーチャルなんかありえない!」


 俺の言葉に、なぜか遠い目をする夢幻さん。

 そして、一度だけ深く息を吐き、その答えを口にした。


「……あの世界はな。第3世代型VRMMORPG『エメス・パレット ~探して、あなただけの色~』を元に作られた、ゲーム用惑星なんだよ」


「……は?」


 間抜けな声が出た。

 ゲーム用の惑星ってなんだよ。壮大すぎるだろ。

 あの世界が、地球とは違うホシ……?

 いや、現実的に考えればありえる……のか? いや……でも魔法とかあるし……。


 混乱した。

 あの世界は地球人がゲーム用に作ったという。ゲーム用の惑星だという。

 なにがなんだかわからない……。


「これから先の未来……といっても800年後の未来だが、地球人には二つのデカイ発見がある。そのうちの一つが『エーテルの発見』で、もう一つが『因果律の操作』だ。この二つは文字通り、人類の歴史を完全に変えるものだった。あの世界でいうところの『魔力』と『精霊力』がそれに当たる」

「……はぁ」


 俺は相槌を打つことしかできない。

 こんな話が飛び出すなんて、想像もしてなかったのだ。

 因果律の操作などと言われても、まったく意味がわからない。


「その力で、人類はこの銀河を手中にすることになる。地球に似た惑星をまるごとゲーム用に改造してしまえるほどの力だ。……ん? あんまり驚かないんだな?」


 驚きすぎて、頭がオーバーヒートしてるというか、現実感がないというか。

 そんな未来の話をされても、お伽話と大差ないんですわ。


「VRゲームのほうのエメスパレットは、惑星改造ができる技術のころには大昔のゲームだった。だが、あえて、エメスパレットを題材に惑星が改造された。なぜだと思う?」


「い、いやわからないですけど。面白かったからですか」


「それもある。1000年後の人類にとって、丁度いいゲームシステムだったからというのも、あった。だが、一番の理由はエメスパレットが『世界で最初に本物のA.I.を誕生させたゲーム』だったからだ。人類の良き相棒。本物の隣人。人類の歴史にとって欠かすことができないパートナーが生まれた、かけがえのないゲーム。それが、エメスパレットだったのさ」


 少し整理が必要だ。

 夢幻さんはエリシェで生まれた。そこで1000年前に飛んだ。

 それから、なにかあって、150年前にこっちの世界に来た。

 最初のA.I.が今から200年後にできるとさっき言っていた。ということは、それが生まれたVRMMORPGのエメスパレットは200年後のゲームということだろう。

 VR技術は150年後。VRゲームが170年後。

 エーテルと因果律操作が発見されたのが、800年後。

 惑星改造で俺が行っていたエメスパレットができるのは1000年後……。


「じゃあ、俺が行っていたエメスパレットは、惑星改造で生まれてから1000年後……、つまり今から2000年くらい未来ってことになるんですか?」


 ということになるだろう。

 時間軸が飛びすぎて意味がわからない。


「おおよそ――そうだ。まあ、それもこれも、俺が鏡を作るときに設定をミスったのが原因なんだがな。まさか距離には時間の概念が含まれるなんて知らなかったから――」


「つまり?」


「俺はね、真実を知って、あの世界を飛び出して、その超科学を誇る『ファースト・ブルー』つまり、地球に行ってみたかったんだ。その為に、俺は自分の固有スキルと嫁の精霊魔法を駆使して、あの鏡を作った。エーテルと因果律操作。その二つがあれば理論上は不可能ではなかった。が、俺ではあまりに頭が悪すぎたんだな。できたはできたが、狙った時間より2000年以上もズレちまった。……ま、俺がここにいる理由はそんなもんだ」


 真実……。夢幻さんはエメスパレットを1000年遡り、世界がゲームで、英雄たちはゲームプレイヤーだということを知ったのだと言う。

 英雄たちは自分の星の自分の部屋から『鏡を通って』あの世界へログインしてきていた。夢幻さんが事情を話すと、プレイヤーたちは大いに盛り上がったのだとか。

 そして世界の真実を笑って教えてくれた。

 世界の歴史や知識が記された『百科事典入りのタブレット』までくれたという。


「人工知能……A.I.に話を戻すが、A.I.ってのは、実際に自我を持った人工の人格のことを指す。当時……と言っても今から200年ほど後のことだが、A.I.の研究は完全に行き詰まっていたんだそうだ。理論上は完成しているはずなのに、どうしても自我が生まれない。量子コンピュータの実用化により、容量も反応速度も人間の脳を上回るものがあるはずなのに」


 人工知能の話に戻る。夢幻さん的にはA.I.の話がどうしても必要なのだろうか。


「A.I.の誕生のために、いろんな案が出され実行にも移されていた。個人個人のPCにA.I.の元となる仮想人格を配布したくさん会話をしてもらうとか、不完全ながらもアンドロイドを作り一緒に行動してもらうとか。

 そんな中の一つにVRゲーム中にA.I.を取り入れるという試みがあった。第3世代型VRMMORPG『エメス・パレット ~探して、あなただけの色~』もその中の一つだ。エメスパレットではプレイヤー一人一人に『サポートピクシー』というキャラクターが配られた。プレイヤーをサポートする為のNPCだな。もちろん、A.I.はほぼ完成しているから、命令には忠実だしゲームでも人気の要素だったらしい。

 サポートピクシーは何種類かから選べたんだそうだ。

 ピクシー、ケットシー、サラマンダー、スプリガン、そしてハイエルフ。

 そんな中にあり、サポート魔法メインのハイエルフだけは、どうにも頓珍漢な動きばかりすると不人気だったのだそうだ。

 だが、ある日本人の男性プレイヤーは彼女を愛し使い続けた。そのプレイヤーにはゲームの中で親しくなった女性プレイヤーがいたらしい。三人で仲良くゲームで遊ぶ仲。

 そして、次第にそのプレイヤーの男女は恋仲になっていったのだそうだ。

 ……だが、詳しくはわからないが、その女性プレイヤーは病気で亡くなってしまう。最後はゲーム中に息を引き取ったのだそうだ。

 そして、その女性プレイヤーが実際に亡くなった時、男性プレイヤーのサポートピクシーだったハイエルフのA.I.にブレイクスルーが起き、自我が芽生えたのだそうだ。

 ……それが、世界で最初のA.I.。

 そして、その後も初代A.I.として世界中にコピーされ愛され続けた人工知能。

 ……名前は『かぐや』」


「かぐや?」


「そうだ。日本の有名なおとぎ話だろう? 世界最古のサイエンスフィクション。それ以降、A.I.には必ず月が関係している名前が付けられるようになったのさ。……ちなみに、うちの嫁の名前は、セレーネだ」


 セレーネって、ギリシャ神話の月の女神の名前だったはずだ。

 騎士隊の名前を決める時、「アルテミス」にするか「セレーネ」するか迷ったのだ。

 もちろん、騎士隊の名前を月の女神からとったのは、ディアナが由来。

 ディアナという名は有名な月の女神の名前だ。

 もちろん、地球の神話の女神と同じ名前だからといって、関連があるとは思ってもみなかったが……。


「『かぐや』は良いA.I.だった。ほとんど理想的な人格。これは、かぐやと共に長く冒険したプレイヤー二人の育て方が良かったからだとされ、この二人は人工知能の両親と言われている。かぐやの性格は、人間を愛し、慈しみ、危険から遠ざけ、保護し、サポートする。サポート用キャラクターつまりハイエルフとしての性格をしっかりと受けついだもので、特に人間の死と愛に関しては敏感すぎるほどに敏感だった。これは彼女が、愛する者同士の死に別れを元に生まれた人格であるのが理由だと言われている。そして、それが『かぐや』の長所でもあり、最大の短所でもあった……っと、まあ、この辺はタブレットから得た知識だがね」


 死に別れを元に産まれたA.I.か。

 強烈な体験をすることによって、自我が産まれたってことか。


「つい話が逸れたな。だからつまり、エメスパレットは最初の人工知能を生んだゲームとして一世を風靡したのさ。そして、800年の時を経て惑星改造によるゲーム惑星として生まれ変わって再登場する。……実際のところ、現在から見ての未来人はな、運動能力がかなり落ちていてな。ゲームなら少しは運動するだろうという思惑もあったようだ。俺が見た未来人プレイヤーたちも、みんな太って動きが遅いやつらばっかりだったな。みんな気のいいやつらだったが、肉弾戦はNPC任せでな。そのくせ、魔術だけはものすげえやつをかっ飛ばしやがる。夢幻の大魔導師とまで言われた俺が、完全に自信をなくしたよ」


 未来人はみんな魔法使いなのか。

 てか、魔力エーテルが発見されたとか言ってたっけ? じゃあ、魔術が普通に実用化されてる世界なのかな。


「エメスパレットの、エメスは真実。パレットは色彩。日本語でいうと真実の色彩だな。天職という自分に向いた職業の職業訓練もできるってのが売りだったそうだ。普通のRPG的にも楽しめるように、基本職の剣士と魔術師は全員標準装備だと」


 俺の天職にある、剣士と魔術師は標準装備だったのか……。

 いや、剣士は固有職の「四番目の魔剣使い」に変化したから、もともと素養があった可能性もあるけど。


「初代A.I.である『かぐや』は、俺たちがいたエメスパレットの時代では、さすがに時代遅れのA.I.になっていたようだが、それでも初代は初代。エメスパレットの神であるマザーA.I.がある目的の為に生み出したのが、つまりあの世界の『ハイエルフ』だったのさ」


 初代A.I.。

 人工知能はつまり人格そのものなんだろうから、一種類だけで人類は満足しなかったのだろう。その後、新しい人工知能がポコポコ生まれて、初代は時代遅れになった……のかもしれない。

 そのへんはよくわからない。人工知能の知識もないし。


「あの世界ではその初代A.I.は使われてなかったってことですか? てか、あの世界の人間は人間なんです……?」


「人間……といいたいところだが、少し違うかもな。ああ、人造人間ではないよ。地球人が、元々惑星に住んでいた生物を強引に作り変えたのが、エメスパレット人だ。ま、かくいう俺も、それだから人間と認めてもらいたいところだがね」


 なるほど、超科学で生物そのものを作り変えたのか。

 あの世界は千年前の精霊文明時代の話は出るが、それ以前の話は出たことがなかった。

 それもそのはず、その前には文明自体が存在していないってことなんだろう。


「じゃあ、なんで地球人たちはいなくなったんです」

「それは……言い難いが、どうも俺のせいらしい」

「と、いうと」

「NPC……つまり、ただのノンプレイヤーキャラであるはずの現地人が、固有職を手に入れて時を超えてプレイヤーに会いに来た。その事実は、本国でもセンセーショナルに取り上げられたんだそうだ。そして、『エメスパレットを解放するべし』という世論が高まっちまって、法律が改定、あの世界でのゲームは全面禁止となった。地球人はそれで千年前に全部引き上げちまったのさ」


 なんという皮肉。

 精霊文明時代を知りたくて過去へ飛んだのに、自分がそれを終わらせるキッカケになってしまうとは。


「禁止になったからといって、惑星を元に戻すこともできず、エメスパレットはそのまま放棄された。あのゲームシステムだけを残してね。天職。お導き。精霊石。モンスター。魔結晶。

 ……とにかく、エメスパレットに普通に生活している連中は、ちゃんとした生物だ。正確には人間のエゴで改造させられた生物……と言えるのかもしれないがね」


「じゃあ、ハイエルフだけが人造人間なんですか? 他の、ケットシーとかスプリガンとかいう種族はどうなったんですか」


 話からすると、ハイエルフを含む何種類かの種族は、ゲーム版エメスパレットの「サポートピクシー」というお助け・・・キャラだったらしい。

 当然、惑星改造で作ったエメスパレットにも、そのお助け種族は使われていたはずだ。

 ハイエルフも同じように使われていたのだろうか。


「サポートピクシーも実装されていたよ。精霊文明時代に遡った時に実際見た。もちろんサポートピクシーは人造だ。搭載されているA.I.は最新のものだがね」


「じゃあハイエルフも元はそれなんですね」


 俺がそう訊くと、夢幻さんは難しい顔をした。

 追加で、しらすのパスタを注文している。腹が減っているだけかもしれない。


「ハイエルフは実装されなかった。あの世界を司る神、つまりマザーA.I.がサポートピクシーとしてのハイエルフの創造を拒否したからだ」


「そんなことあるんですか」


「マザーA.I.は人間を超える存在だ。因果律を操作し、世界を変えるほどの力を持つ人造の神。あの世界においては、太陽神・大精霊・夜天女神の三神がマザーA.I.だ。そのマザーが拒否したのなら、それは大いなる理由があってそうしたと判断される。そんなわけで、サポート役としてのハイエルフは実装されなかった」


「でも……」


「ああ、たしかにハイエルフはいる。サポートピクシーとしてでなく、スペシャルガイドフェアリーとして実装されたんだよ。『エルフ・ナイトメア・ウンディーネ』たちフェアリーの親玉としてな。精霊文明時代から、あの世界でのハイエルフが神に次ぐ力を持っているのは判明していたが、当時のプレイヤーは誰一人としてハイエルフを獲得できなかった。獲得条件も不明だった。マザーがどうして、そんなことをするのか誰しもが不思議がっていたよ。ハイエルフをサポートにしたがる奴は多かったからな」


 じゃあ、ハイエルフを連れて千年前に飛んだ夢幻さんは、さぞかし突っつかれただろうな……。

 とにかく、ハイエルフはアンドロイドだが、サポート役ではなかったということらしい。


「でも、なんでマザーA.I.? は、そんなことしたんでしょうね?」


 それが不明だ。

 人工知能の親玉は、人類よりも力を持ってしまったのか。


「マザーは、マザーであり娘なんだよ。自分の親……ルーツである先祖……つまり初代A.I.である『かぐや』の願いを叶える為、ただそれだけの為に、あのエメスパレットでハイエルフかぐやを特別な種族として完全な状態で産みだしたんだ」


 つまり――


「A.I.……『かぐや』の夢。もしくは希望。あるいは原罪……。『愛する者同士が結ばれ永遠を生きる』。それを叶える為に、因果律を曲げてでも・・・・・・・・・運命を引き寄せる・・・・・・・・

 それが、『特別なお導き』の正体なんだよ」


 初代A.I.が持っていた一つの消しさることができない想いが形になったもの。

 愛する者同士は永遠の愛で結ばれるべき。という想い。

 死に別れのつらさで覚醒したからなのかはわからないが、A.I.と強く結びついていて、取り除くことはできなかった初代A.I.の存在理由レゾンデートル

 かぐやのそれは取り除いたら、A.I.がA.I.として機能しないほどの結びつきだったのだそうだ。


 ディアナも、俺と永遠を生きたいと思っているのだろうか。





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