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第136話  月夜の晩に魔法は熾る



 夢幻さんの話は、俺にとって、あの異世界を経験した後でさえも異次元の話だった。

 いや、未来の話なんて異世界以上に不確定であり、ぶっちゃけてしまえば「なんとでも言える」のだ。本当の話である保証はない。

 だが、その内容は腑に落ちた。

「特別なお導き」が運命を引き寄せているというのも、ディアナに出会った時に聞いていた話だったってのもある。

 でもそれだと――


「でも、夢幻さんはその『特別なお導き』をクリアしたんでしょう? 今も、ハイエルフの奥さんと暮らしてるんじゃないんです?」


 たしかにそう言っていたはず。

 それが達成されたのなら、初代AIだという「かぐや」の願いも叶ったのではないのか。


「う~ん……それがな。違ったんだよ。お導きは達成されたが、願いが叶ったというわけではなかった。限定的な意味で……うちの嫁の願いだけが叶った形だ」


「どういうことですか」


 特別なお導きと言ってもいろいろあるんだろうか。

 そりゃあ、ハイエルフも同一人物といいつつ別人なんだろうし……? いや、別人なのかな。よくわからん。


「今、お前のとこに若いハイエルフがいるだろう?」

「はい。まだ21歳って言ってます。自称だから当てにはならないかもですが」

「いや、年齢は本当だろう。『特別なお導き』は若い内に出るもんだからな」

「そうなんですか?」

「そうだ。『特別なお導き』は自分の前身体ぜんしんたいがまだ生きている内に発生する。失敗してもいいように、バックアップ要員が残るようにそうなっている」


 ハイエルフは同一個体から、生まれるという。

 では現在はディアナにはディアナの元になった女のハイエルフがいる……ということになるのか。


「これは俺の説でしかねぇが、本当に『特別なお導き』が達成されたのなら、つまり『かぐや』の願いが叶ったのなら、新しいハイエルフは発生しないはずなんだよ。もう願いは叶ったんだからな。続ける意味がねぇ」


 そうなのかな。

 よくわからないが……そうかも。


「だが、新しいハイエルフは産まれた。というか、俺の時の『特別なお導き』がクリアされた後、嫁の前身体にハイエルフの力が戻った」


「んん? つまりどういうことなんです?」


「つまり、うちの嫁は本家のハイエルフとしては別ラインの個体として独立したのさ」


 となると、ディアナは夢幻さんの嫁さんの前身体が産み直した・・・・・個体……ってことだろう。じゃあ、ディアナと夢幻さんの嫁さんは姉妹ってことになるのか? いや、厳密には『同一人物』なのか。もしくはクローン? 考えても仕方がないことだが。


「だから、あの瞬間、あの世界には女のハイエルフが二人いたことになるな。まあ、俺たちは数年でこっちに来たからわずかな期間でしかなかったわけだが」


「独立するのが夢だったってことですか? 奥さんの?」


「ちげぇよ。ハイエルフの夢は基本的に『愛する人と永遠を生きる』ことだ。その願いが叶ったからこそ俺はあいつとずっと生き続けてんだから」


 夢幻さんはマジモンの無限の命を持った人なのか。ムゲンだけに。


「だからこそ、忠告したいのさ。無限の命を持つことの意味を。まあ、俺としては仲間ができれば嬉しいがね」


 無限の命。

 夢幻さんの若さを考えるに、お導きが達成されてからずっと老けずにいるのだろう。

 不老不死がどういうものかなんて、わかるはずもない。


「……なんてな」


 ふっと笑って、肩をすくめる夢幻さん。


「え?」

「悪い、実は無限の命なんかじゃないんだよ。限りはちゃんとあるさ」

「そうなんですか? でも、お導きでそうなったんじゃ」

「向こうの世界でなら……な。おそらく永遠に生きられただろう。だが、この時代の地球では精霊力も魔力も皆無に近い。特に精霊力がないからな。実際にはあと300年もすれば死ねるだろう。実際、この150年でそれなりに老けた」

「それでも300年ッスか」

「永遠じゃないとわかってるだけで全然ちげぇさ」


 それなら無限の命も悪くないような気がする。

 いや、夢幻さんはすでに150年はこっちで暮らしてるんだから、俺が今から無限の命を手に入れたら450年か。長過ぎるな……。


「まあ、どっちにしろ俺の時とは違うからな。お前のとこのハイエルフはこっちの世界には来れないだろうし」


 そういえばそうだった。根本的な問題だな。


「ていうか、そもそもどうやって夢幻さんはこっちの世界に来たんです? ……いや、千年前に戻ったって話でしたけど、それからまた千年戻ってきたんですか?」


 鏡を作ってこっちに来たと言っていた。

 それはわかる。

 だが、あの鏡は異世界人は通ることができなかった。

 こっちの世界を見れるか見れないかでも差がある。

 夢幻さん自身はともかく、ハイエルフである嫁さんはどうしようもないだろう。

 まだ、よくわからないことが多すぎる。


「まー、それも話すと長くなんだよな……」


 たしかにもう二時間は話をしている。

 俺としては鏡を直してもらえるかが最重要項目で、それはどうやらどうにかなりそうなのである。

 だが、夢幻さんの話は聞いておきたかった。

 こっちの世界にできた唯一の異世界を知る知り合いだからというのもあるが。


 夢幻さんはちょっと悩んだ末に、口を開いた。


「ま、詳しい話はうちの嫁を交えてまた話そうぜ。とりあえず、俺のことは本物の夢幻の魔導師だと信じてもらえたはずだ。それに、どっちにしろ、鏡は嫁の力がなきゃ直せないしな」

「それは全然構いませんけど。いつごろなら都合いいですか?」

「そうだな。できるだけ精霊力が強い夜がいい。次の満月の晩なんかがベストだ」

「満月? 精霊力と満月に関係が?」


 精霊力ってそもそもなんだっけ。因果律の操作とかなんとか言ってたけど、実はいまいち意味がわかっていないぞ。

 魔力は魔力なんだろうから、まだなんとなくわかるが。


「精霊力は因果を捻じ曲げる力。精霊魔法は因果を捻じ曲げる魔法だ。そんな悪いことをするのは夜に限る……。だろう?」

「ええっ。そんな理由ですか?」

「もちろん嘘だ。まだ、この時代の人間には真実を教えられないのさ。教えたとしても理解するのは難しいだろうし」

「なるほど……」


 まあ、未来の技術的な問題なんだろうし、教わる必要はないか。

 大事なのは満月の晩が良いらしいってことだけだ。

 俺はスマホを取り出した。次の満月は……。


「……5日後みたいですね、次の満月。もうすぐですけど、大丈夫そうですか? 僕はもちろん予定なしですけど」

「ああ、じゃあその日でいい。俺と嫁にとってはここ百年で一番の用事となるだろうよ」


 そんなに。

 やっぱ不老不死って暇なのかな。いや、基本的に隠れ住んでるんだろうし……そもそも戸籍とかどうしてんだ。

 いや、そのへんの話も次回でいいか。

 てか、5日後なんてすぐもすぐだけどOKしてくれてよかった。また次の満月を待つとなると待ち切れなかったかもしれん。


「……ところで、最後に訊いておきたいんですけど」

「ん、なんだ?」

「どうして、そんな良くしてくれるんですか?」


 わざわざ静岡くんだりまで来てくれて、鏡を直すために夫婦でまた来てくれるという。

 もちろん、旅費だのなんだのは支払う用意があるが、それにしてもだ。


 夢幻さんは、「そんなこと……」と言いかけて、少しだけ真剣な表情で云った。


「俺が作った鏡でのことだからな。それに、お前さんには、懐かしい景色をたくさん見せてもらった。ハイエルフ絡みで伝えたかったこともある。……なにより、俺は、こうして向こうの話をしたかったのさ。ここ150年、向こうの話なんて嫁としかできなかったんだから。言ってみれば、故郷を知る人間には便宜を図りたい……そんな理由だな」


 故郷……か。

 夢幻さんは、こう言ってはなんだが、故郷の星を捨てて、地球へ来たのだ。

 そして、長い寿命を生きながらも、向こうの世界へは帰ることができない。

 こっちの世界での生活は悪く無い……という話だったが、本当に狙っていた時代よりも2000年も過去に来てしまったのだから、苦労は多かっただろう。

 そんななか、向こうへ渡った人間がいるということを知って、困っているらしいということがわかれば、なんとか便宜を図ってやろうという気分にもなるのかもしれない。



 5日後に会う約束をして、夢幻さんはまたローカル線に乗って帰っていった。

 なんとなく、どうして電車で来たか訊いてみたら「電車が好きだから」という簡単な答えが帰ってきたものだ。けっこう乗り物はなんでも好きらしい。


 ちなみに、例のマントは意味なく付けていたわけではなく、姿を覚えさせない効果がある魔導具だったのだそうだ。

 マントを着けた夢幻さんを撮影してもカメラに映らなくて驚いた。本人と喋ればその限りではないが、そうでないなら、会ったことすら覚えていられないという効果もあるのだという。


 恐るべし異世界クオリティ。

 厳密には超科学なのだろうが、いずれこの世界がそのレベルにまで発展することになるとは、にわかには信じがたいことだ。




 ◇◆◆◆◇




 家に帰ってきた俺は、部屋でどっかりと腰を下ろした。

 とりあえず、手紙を書く。


 夢幻の大魔導師と会ってきたこと。

 鏡が直せそうなこと。

 精霊石と魔結晶が必要なこと。

 5日後に直る予定なこと。


 そんなことを書いた。

 だが、それ以上のことは書けなかった。

 というより、手紙でうまく説明する自信がなかったし、オリカにはまだ難しすぎる単語ばかりになってしまうからだ。


 手紙を送ると、ディアナは急いでオリカへ渡しに走った。

 オリカは料理を作る手を止めて、解読を始めた。

 まだまだ、オリカは知らない単語も多い。

 読むには少し時間が掛かる。


 オリカが翻訳した手紙を読んで、ディアナはまたメソメソと泣いた。

 鏡はオリカが持っているようで、そんなディアナの姿が映るように持ってくれている。

 俺の為に喜んだり泣いたりしてくれるディアナの正体が人造人間アンドロイドだという。


「やっぱ、ぜんぜん関係ないな……」


 全然関係なかった。

 永遠の愛を誓ってもいいほどに。




 ◇◆◆◆◇




 夕方になってみんなが帰ってきて、鏡が直ることが発表された。

 喜ぶみんなを鏡越しに見る。

 夢幻さんの話を聞いたからか、鏡から映る世界が余計に遠く感じる。

 今から2000年後の地球じゃない惑星と繋がった鏡。

 それは遠すぎるほどに遠い世界だ。

 こうして鏡が未だに繋がっているのが奇跡だというほどに。


 鏡に映るディアナを見る。

 久しぶりに明るい表情をしている。

 全身に精霊紋を浮かべて、なお美しい横顔。


 俺は夢幻さんと話していて、一つだけ大きな疑問があった。


 ――なぜ、俺なのか。


 まったく根拠がわからない。

 理由が不明だ。

 もしかすると、ただの偶然かもしれない。

 だが、運命だという。


 運命の大車輪。9/10。

 あと一つだけ段階を踏めば達成となる『特別なお導き』。

 このお導きがいつから出ていたかは覚えていない。

 たしか、一番最初……祝福を受けた時点ではなかった気がする。

 その後は、運命の大車輪なんて名前ではなく、??????みたいに表示された、謎のお導きだったはずだ。

 その後……たしかエフタとエルフを賭けた勝負をして、パーティーで市長へ贈り物をして(厳密にはビル氏がミルクパールさんへネックレスを贈ったのだが)、一息ついた時だったはずだ。

 そういえば――


 手紙を書く。ディアナへ。


「お前が俺のことを初めて見たのっていつ?」


 という内容を書いて送る。

 返事はすぐ来た。


「前にも話しましたが、エリシェの50周年パーティーの時。ご主人さまはやりとげた顔をしていたのです。その時、この人が運命の人だと確信したのです」


 そういえば、ずいぶん前にディアナと話した時、俺を最初に見たのはあのパーティーの時だと言っていた。そして、その時に聞き取れない言葉で、なんとか・・・・だと確信したのだと言っていた。

 あの時、聞き取れなかった言葉が『運命の人・・・・』なのか。


 そして、あの時、ディアナが俺を初めて見た瞬間に「運命」が繋がった……ということなのだろう。




 ◇◆◆◆◇




 次の満月までの5日間は、ジリジリと、しかしあっという間に過ぎ去っていった。

 精霊石は10個無事に揃ったし、魔結晶も用意した。


 そして約束の日の夕方。

 夢幻さんは待ち合わせの場所に、車に乗ってやってきた。


「まさかのランクル60……」


 トヨタ、ランドクルーザー。世界一有名なSUVの一つ。

 しかも、ちょっと古い60系である。

 たしか、1980年代の車だったはずだ。

 てか、免許あるんだ……。いや無免の可能性もあるかな……。


「悪い。待たせたな。52号線が混んでたんだよ」


 颯爽と車から飛び降りてくる夢幻さん。

 実にワイルドだ。これから魔法使って鏡を直す人という感じじゃない。

 そして――


「あなたがアヤセさんね」


 助手席から降りてくる女性。

 耳が隠れるほど・・・・・・・深くニット帽を被り、プラチナブロンドの髪を首元で切りそろえた、透き通るほど白い肌の美人。


「はじめまして、彼から聞いてると思うけど……、ハイエルフのセレーネです。今日はよろしくね」


 やわらかく微笑むセレーネさん。

 こんな静岡の片隅で、ハイエルフですと自己紹介される非現実感に、笑いすらこみ上げてくる思いだ。

 それほど、セレーネさんはハイエルフだった。

 エルフが実在するなんてもんじゃねぇ。どっからどうみてもエルフ。

 妖精板の住人が見たら卒倒しかねないぞ。


「あ、えっと、こちらこそよろしくお願いします」

「ふふ、驚いてるわね。魔導具で姿を変えてきてもよかったんだけど」


 いたずらっぽく笑うセレーネさん。

 ディアナと同一体だというセレーネさんだが、似ているは似ているものの、やはり別人だった。俺がディアナの精霊紋なしの素顔を見たことがないからってのも多分にあるだろうが。

 でも姉妹と言われたら信じるほどには似ているな。


「……なぜあなたが選ばれたのか不思議だったけど、会ってみてわかったわ。あなたは彼に似ている。……いえ、彼があなたに似ているのね」

「彼って……? 夢幻さんのことですか?」


 似てないだろ。

 夢幻さんはどう見ても外人顔のイケメンじゃないですか。

 俺なんて完全に日本人ツラじゃないですかー!


「あ……ああ、ちがうの。ごめんね。彼は彼……。私は『思い出の君』と呼んでいるわ。うちの実家に記念写真があるから、今度行った時に見てみるといいわよ」

「はぁ……」


 実家。エルフの里にあるというハイエルフの実家か。

 まあ、いずれ行くつもりだったし、覚えてたら見てみよう。


 その後、夢幻さんの車に乗って、うちへ向かった。

 母親は夜勤でいないから丁度いい。

 近くのコインパーキングにランクルを停め、家へ。

 よく知らない人を家へ招くのは、なんとなく怖いというか居心地が悪い気分。

 二人のことを信用してないわけじゃないが、それとこれとは話が別だ。

 コミュニケーションが苦手というか、人間が怖いからなのかな。


 そして、二人を部屋に招いた。


「ちょっと狭いんですけど、適当に座ってください。あ、これが鏡です」


 夢幻さんに鏡を手渡す。

 鏡にはディアナが映っている。


「ここに映っているのが、うちのハイエルフ……ディアナです」


 夢幻さんが鏡を手にとり、横からセレーネさんも覗きこむ。


「なるほど。セレーネの時と似ている」

「それはそうでしょ。私の妹なんだから。……まあ、私には向こう側が見えないんだけどさ」


 セレーネさんには見えないらしい。


「夢幻さんには向こうが見えるんですね」

「見えるだけだがな」


 夢幻さんがこっちの世界に来るのにはかなり無理をしたのだという。

 あの世界を管轄する神を騙して、なんとか鏡をくぐったのだとか。


「……それで、どうですか? 直りそうですか?」


 鏡の向こうでは、ディアナ以下、全員集まっているはずだ。

 俺が手紙を向こうに送ったら、地下室の元の場所に鏡を置くように言付けてある。


「そうね。これなら大丈夫かな。あくまで鏡の領域が縮小しただけで、機能そのものはそのまま残ってるから」


「マジですか! やった!」


「マジよ。ただ、私も彼も魔法を使うのは久しぶりだからね。ま、大丈夫だと思うけど」


 と言いつつも、自信がありそうな顔だ。

 現在、夜の10時。

 満月がよく見えるよう、窓を開けて、術式の準備が始まった。


「俺は魔術で簡単な補助をするだけだから、ほとんど精霊魔法だけが頼りなんだ」

「そうなんですか? あの例のスキルで直すんでは?」


 スキルと精霊魔法で鏡作ったって言ってなかったっけ。


「俺はもうスキルは使えねぇ。祝福自体捨ててきたからな」

「あ、そうだったんですか」

「そうだよ。あの鏡をNPCが抜ける条件の一つが、祝福の破棄だからな」


 ええ、そうだったのか。

 まあ、でもそうか。祝福を受けるってことは、神の紐付きになるってことだ。それじゃあ、なかなか神を騙すってわけにはいかないんだろう。

 夢幻さんは、固有職持ちで天職も5個あったって話だから、なかなか思い切った選択だっただろうな。


「俺が持ってたスキルの名前は伝わってないだろう? ネタバレしてしまうと威力が半減するから、秘密にしてたんだが」

「スキル? 『夢幻の魔導師ザ・ミラージュ』の固有スキルですか?」

「そうだ。スキル名は『蜃気楼の摩天楼ザ・ファタモルガーナ』。無限の幻影を生み出せるスキル。要するにこけおどし専門のスキルさ」


 自虐的に笑ってみせる夢幻さん。

 十分すごいスキルだと思うけど。


「この鏡は、俺がリアルに思い描いた『地球へと繋がる鏡ログインポート』を、精霊魔法で定着させたものなんだよ。つまり、幻影を本物にしたものだな。だから、俺にスキルがない今、ポート機能が切れてたら終わりだったんだが……運が良かった」


 よかったというか、悪かったというか……。

 いわゆる、不幸中の幸いというやつだな。結果だけ言えば、夢幻さんと知り合えたのだし、良かった……ということなのだろうか。


「さあ、準備OKよ。さっそくやりましょう」


 セレーネさんが、ニット帽を取り長い耳を露わにする。

 腕まくりまでして、やる気まんまんだ。


「ひとつだけ、精霊石を吸わせてもらうわ。150年ぶりの純粋な精霊力ね……」


 そういえば、エルフはほっとくとアレの日になるんじゃなかったっけ。

 その度に夢幻さんが襲われてたのかな……。


「ふふ、エルフは精霊力を使わなければそうそう大丈夫なのよ。この世界でも、月光浴をちゃんとしていれば問題ないわ。精霊魔法を使うことも……ときどきはあったけど」


 俺が考えていたことを見透かすように、セレーネさんが言う。

 ちょっと恥ずかしいぞ。


 淡い光を発して、セレーネさんが精霊石から精霊力を吸い出す。

 向こうの世界では、精霊力は普通にしていれば補充されるものなので、こんな風に贅沢な精霊石の使い方をしたのは初めてだという。

 薪がないから札束で暖をとるみたいな話だ。


「さ、今度こそいいわよ。ジャンもいい?」


 ジャン? ああ、夢幻さんのことか。


「いいぞ。魔結晶から魔力取り出すのなんてホントに久しぶりだがな」

「じゃあ、いくわね」


 鏡の欠片の前に、パスを結ぶ為の精霊石『天色瑠璃群青』が置かれる。

 他の石はすべてセレーネさんの精霊力補充用だ。

 夢幻さんは、魔術で鏡の枠を調整するのが仕事なのだそうだ。それをやらないと、サイズが爆発的にデカくなってしまう危険があるのだという。


 セレーネさんが呪文を唱え、桜色の光が部屋を満たす。

 精霊石10個分の巨大な精霊魔法が唱えられる。

 因果を捻じ曲げる魔法が、一度は確かに失ったものを復活させてくれる。


 長い長い、時間の末。

 一際、眩い輝きの後。

 そこには、元通りの姿になった鏡と。


 鏡の中で飛び跳ねて喜ぶ、みんなの姿があった。






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