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第145話  閑話 虎たちの宴

「かんぱーい!」


 エリシェで飲む時によく使っている店に集合し、私達は祝杯を上げた。

 私とヘティーとミァハとノリリン。

 まるで4年前に戻ったかのようだ。


「うわーん! 姐さん生きててよかったよ! 我輩、姐さん音信不通になっちゃって、てっきりどっかでコッソリ死んじゃったんじゃないかって心配してたんだー!」 


 さっそく涙をポロポロ流して、ヘティーに甘えているのはノリリンだ。

 本名は確かミノリとか言ったはずだが、ユニゾン傭兵団では慣例的に全員アダ名で呼び合っていたのもあって、ノリリンという名前のイメージしかない。本人も気に入ってるようだ。

 トレードマークの戦斧は宿に置いてきたようで、丸腰。服装も鎧を脱いで町娘のような姿だ。私にとってのノリリンはいつも戦場の最前線で斧を振るっているイメージだったから、ちょっと新鮮。

 彼女は、ちょっと抜けてるように見えるが、地獄の右隊長として名を馳せた傭兵だ。ヘティーの傭兵団では三番目に有名だった人物だろう。


「ミヤのとこにギルド通して姐さんから文が届いたから、本当に驚いた。ミヤも姐さんは死んだと思っていたんだよ」


 ヘティーが手紙で呼び出したのは、ミヤミヤことミァハ。

 ユニゾン傭兵団では、いつもヘティーの側にくっついてコマゴマとした仕事をやっていた。自称「参謀閣下」だが、天職は「秘書セクレタリー」である。さらに、私と同じ「斥候スカウト」の天職も持っていたはず。

 どうして彼女が傭兵団に入っていたのかは知らない。天職が「秘書」ならば、いくらでもまともな仕事があるはずだからだ。確かエレピピの妹も「秘書」で役所で働いていると聞いたような記憶がある。

 まあ、傭兵団員なんて、だいたいが訳ありだ。詳しく訊くつもりもない。


「ちょっと酷いわね。私がそんな簡単に死ぬはずないでしょうが」


 ヘティーが応じる。

 実際、私もヘティーは死んだと思っていた。かなり無茶する性格だったし、行方不明になったのも、単純に死んだんだと思っていた。ああいう業界にいると、人の生き死にに慣れすぎてしまっていけない。


「死神だもんね、ヘティー」

「戦乙女ですぅー。なんでいつのまにか死神になったのよ。おかしいじゃないよ」

「姐さん、戦場に颯爽と現れた瞬間は銀ピカの甲冑と仮面でカッコいいんだけど、最後のほうは全身返り血で真っ黒。誰が見てもあれは死神」

「あっはは、姐さん、死神って呼ばれるのだけはなぜかキライだったねぇ」

「普通、誰だって死神なんて呼ばれたくないでしょ」

「ミヤは呼ばれてみたい……かも」

「ミヤミヤは変わってるわ」


 ヘティーは実際に有名人だ。

 エリシェではさほどでもないが、帝都あたりで「ファーレーの死神」とか「ファーレーの戦乙女」とかいえば、泣く子も黙る伝説の傭兵なのである。アイザックも相当に有名だが、傭兵としての知名度はヘティーのほうが上ですらあるかもしれない。

 実際、戦い方も違う。アイザックは正統派な戦い方を好んだが、ヘティーを筆頭にユニゾン傭兵団は思いもよらない戦法を使って戦う。相性は悪く、実際に戦い「緋色の楔スカーレット・ウェッジ」がヘティー率いる「ユニゾン傭兵団」にしてやられることも何度かあった。


「ああ、そういえば。私が抜けてから、ノリリンに追い掛け回されたっけ。戦場で」


 ふと思い出して言った。


 私はかつてユニゾン傭兵団にスパイ活動をしに行っていたことがある。

 情報を掴んでから団を辞めたのだが、あの半年間はスパイ活動をしていることを忘れるほど楽しかった。

 私が抜けると言った時、ノリリンは涙を流して送り出してくれたものだ。

 当時の私は心身共に傭兵で…………それでも心が痛んだものだった。


「だって、ベッキン! 結婚して子ども産むとか言って辞めたくせに、シレッっと楔の傭兵になってんだもん! あれはさすがの我輩もキズ付きました!」

「ベッキーは元々スパイだったの。ミヤは薄々気付いてた」

「でも、本当にやばい情報は流さなかったでしょベッキーったら。まっーたく甘いんだから」

「もしミルダ戦の作戦の裏を突かれてたら、ミヤ達は全滅だったかも」

「……えー、だってさぁ……。てか、ミァハ気付いてたの?」

「時々すごい申し訳無さそうな顔してたから、ベッキー。スパイやるなら詐欺師の天職でも持ってないと難しい」


 まさか気付かれていたとは……。

 まったく甘いのはどっちだっての。気付いていたなら、尋問して処刑にしてもいいぐらいなのに。


「まー、昔の話だわ。それにうちの団員のうちは仲間だから。……実は私もいちおうミヤミヤから忠告受けてはいたんだけどね、それでもベッキーを信じることにしたのよ」


 そうだったんだ……。


「……ごめんね、ヘティー。あの時、ユニゾンに参加できて、本当に楽しかったくせにさ。でも、私はスパイで……スパイだったから……」


 今でもあの時のことは時々思い出して辛い気持ちになる。

 契約が終わってからへティーたちに会って、謝って、みんな笑って許してくれたけれど、でも……裏切りは裏切りだ。


「ちょ、ちょっと! その話はもうけっこう前に終わってるでしょ? 私は湿っぽいお酒はキライなの! やめやめ!」

「そ、もう大昔の話。傭兵は仕事が終わったら身も心もフリーなのが信条……でしょ?」

「うんうん。それに、ベッキンは今や吾輩たちの隊長なんだから」


 隊長……。

 隊長か……。


「……でもさ、ヘティーが参加するなら、ヘティーが隊長のほうが良くない? 私は別にそういう経験あるわけじゃないし……」


 ヘティーは総勢100名を越す傭兵を率いていた女傑だ。

 私は緋色の楔では一団員だったにすぎない。


「なーに言ってんのよ、この子は。ジロー様からあなたが隊長を頼まれてるんでしょ? いいとこ見せなきゃ、新しい子たちにジロー様取られちゃうわよ」

「あー! ジローさま、けっこうカッコ良かった! ベッキンたら、そうなの!?」

「ふぇ、えーと……」


 急にジローのことを振られ、しどろもどろになっていると、へティーがとんでもない言葉を口走った。


「私は好きよ、ジローさまのこと」

「へ……ヘティー……?」


 好きって? どういうこと? 弟みたいに好きって意味かしら。


「あっはは! 姐さんがライバルだ! 強烈だなぁ」

「じゃあミヤも立候補する。ハーレム騎士団ってのも悪く無いね」


 ミァハまで悪乗りしてくる。


「ちょ、ちょっとなんなのよ、冗談半分でそういうこと言うのやめて」

「おや、ベッキーが怒った。その心は?」

「ジローは、ほら……優しいから、そういうの真に受けちゃうから……。それに、私はアルテミスをちゃんと真面目に大きくしていきたいって思ってるし……。だから、その……ハーレムとかはさ、ちょっと違うかなぁ~って……思うというか」

「あらあら」

「あらあら」

「あらあら」

「……なによ」

「いえ~、べっつに~。これはこれからからかい甲斐がありそう……、これからもよろしくね、ベッキン!」


 あははと笑ってバンバン肩を叩いてくるノリリン。

 ちょっと癪だけど、女友達ってのはこういうもんだった。


 でも、実際……新しい子も増えて、ジローのまわりは今まで以上に女の子だらけだ。

 新しい子達もジローのことを好きになっちゃう子が出てくるかもしれない。今まで以上ににらみを効かしてないと……。

 ああ……こんなこと考える自分がキライだわ……。


「あっ! ベッキン、その指輪ステキ!」


 なんとなく、ジローからもらった指輪を見ていたら、目ざとくノリリンに見つかってしまった。


「ああ、それね、ジロー様から貰ったらしいのよ。時々うっとり眺めちゃって、実際、乙女だわよ、ベッキーったら」

「すごい。それって精霊石じゃないの? ミヤも男の人からそんなの貰ってみたい」

「わー、いいないいな」


 見せろ見せろとノリリンとミァハが集まってくる。

 私も正直まんざらでもない。


「ふ、ふふふ。いいでしょう。私の髪の色に合わせて赤い石を選んで作ってくれたのよ」

「うへぇー、ベッキンたらメロメロじゃん!」

「ねえねえ、ジローさまとはどういう関係なの、実際の所。ジローさまには、いつもエルフ様と爆乳のターク族の子が引っ付いてるし、ベッキーはいまいち一歩引いた感じに見えるよね」

「ミヤミヤは良く見てるわね。私はしばらく帝都に行ってて離れてたけど、その間に進展した感じでもなかったしなー。実際奥手よね、ベッキーって」


 痛いところを突いてくれるが、しかし実際私が出遅れているわけではないはずだ。

 マリナから訊き出したところによると、ずっと引っ付いているマリナですらキスもまだだという。お姫ちゃんも同様らしい。


「ねえねえ! そこんとこどうなのベッキン!」


 ノリリンはこういう話がやたら好きだ。自分のことはほとんど話さないくせに。


「う……実は……キスもまだ」

「うええええ! プラトニックじゃん! もういい歳なのに!」

「歳は余計でしょ! でも、ほら私だけの問題じゃないのよ。だって、ねぇ。ジローもなんというか奥手というか……。けっこうサイン出してるつもりなんだけどなぁ……」


 ジローもまんざらでもない……はずなんだ。たぶん……。


「確かにジロー様はガツガツと来ないわよね。あッ――、まさか」

「……いや、あの子、最初は性奴隷のつもりでお姫ちゃんゲットしてたんだからね。だから、そっち・・・じゃないのは確かなのよ。なんでか、まだ手は出してないみたいだから不思議で」

「……それってヘタレなだけなんじゃ?」

「だって、ずっといっしょに暮らしてるのよ? いくらなんでも……」

「う~ん……」


 なんとなく腕を組んで考えてしまう。

 ユニゾン傭兵団は女だけの傭兵団だった関係で、ちょっかいを掛けてくる男が多かったのだ。だが、ジローはそういう男どもとは、まったく違っている。

 実際、彼は別の世界(ジロー風に言えば『異世界』)から来たのだから、生きてきた世界が違う。文化も違う。男女の関係性も違うのかもしれない。


「それじゃあ、とにかくベッキンが頑張るしかないんじゃない?」

「そうねー……。そうなんだろうなーとは思ってるんだけどねー……」


 そうとは思っていても、私も経験がないから、どうしてもグイグイ行けない。お姫ちゃんやマリナの目もあるし……。


「参謀としては、夜襲が良いかと具申しますぞ」

「じゃあ私とどっちが先にジローさまの唇を奪うか競争しよう」

「ヘティー!」


 ヘティーにその気になられたら勝てる気がしない。

 ジローの前では大人しいけど、本来のヘティーはもっと肉食系というか、目的の為には手段を選ばない行動力があるのだ。

 あのメイド服が、彼女のそういう衝動を抑えているような気がしてならない。

 騎士隊に入って甲冑を着たら誰も止められない戦場の死神が出来上がるような気がする。

 ジローなんてイチコロだろう。

 もっとも、ヘティーが言う「好き」が本気かは大分怪しいところだが。


「……せめて、そうね。冬が明けるまで猶予をちょうだい」


 私は折衷案を出した。問題を先送りにしたとも言う。


「ああ、冬か。なるほどね」

「確かに冬の間は長いけど……大丈夫?」

「他にすることもないし、やってみせるわ」


 ヒトツヅキが終わったら冬が来る。

 この辺りもけっこうな量の雪が降る。

 その間の行動はかなり制限されるから、やれることは必然的に少なくなるのだ。

 攻勢をかけるなら、そこしかない。


「えー、じゃあ我輩達は冬の間暇になっちゃうじゃん!」

「あんたたちは、いつもみたいに雪合戦でもしてなさいよ」

「うぇえええ、ひどい! 我輩たちを子ども扱いして!」


「我輩だって恋がしたい!」と叫ぶノリリン。「ミヤもミヤも」と乗るミァハ。

 すごく懐かしいノリだ。昔、ユニゾン傭兵団にいたころからこうだった。

 恋がしたいと言いつつ、二人にはこれといった恋の噂はなかった。

 今もなさそう。

 二人がエリシェに落ち着くつもりなら、別の男の子を紹介してもいいかもしれない。

 ……もっとも上手くいくとは、全然思えないのだが。


「全然話変わるけどさ。ホントにいいのかな、騎士隊にみんな合流しちゃって。ミヤミヤの独断専行だったから、私の個人的な部下ってことにしてもいいのよ」


 ヘティーが言う。

 騎士隊はジローのものだし、隊長はいちおう私だから気を使っているのだ。

 それにヘティーはなんだかんだで優しい。集まった子たちを放り出すという発想はないようだ。


「ジローもいいって言ってくれたし、大丈夫よ。私も、久々にみんなに会えて嬉しかったし、実力的にもみんななら折り紙つきだしさ」

「そう言ってもらえると助かる。うん……ジローさまにもお礼しなきゃね」


 ヘティーの瞳が怪しく光る。

 これは悪いことを考えているときのやつだ。


「……ちょっと、何する気よ。やめてよ」

「大丈夫よ。ちょっとペロペロするだけよ。ミヤミヤも付き合いなさい」

「わー。楽しそう。やるやる。ペロペロ」

「なんなら吾輩も参加するっペロ」

「ほんとやめて。なんなのあんたたちは」


 私が頭を抱えると、へティーがちょっと真面目な顔をして答えた。


「ねえベッキー。私ね、ジロー様のことは、ちょっとマジの気があるみたいなのよ。自分でも不思議なんだけどさ……。イオンの件もあるし……。なんだか、ちょっといろいろ捧げちゃいたい気分。ベッキーにはほんと悪いんだけど」

「ヒュ~! 姐さんがそんなこと言う日が来るなんて!」

「ミヤも俄然ジローさまに興味が湧いてきたよ」

「本気なの、ヘティー」

「本気よ」

「本気かぁ~……ああ~…………」


 ただでさえライバル多いってのに、まったくなんだっての……。

 今の立ち位置が気持よくて、なんにもしてこなかった私も悪いのかもしれないけどさ。

 そんなにモテる要素あるのかなぁ、ジローに。

 あるんだろうなぁ……。最近はイオンですら、ちょっと変な感じだし。


「なんにせよ、春が来るまでは待って! 隊長命令です!」

「うわー、強権発動だー!」

「隊長命令じゃしょうがない」

「あっはは、ベッキンも必死だ」


 これはもうハーレムしか現実的な落とし所はないかもしれない。

 私も甘い。

 こんな風に言っていても、みんなにも幸せになってもらいたいのだ。

 そして、ジローならそれができるんじゃないかって思ってしまっている自分がいるから始末に負えない。


 お姫ちゃんとマリナくらいは仕方ないと思ってたけど、なんだか凄いことになってしまいそうだ。


 結局その後、朝まで飲んで、次の日は仕事も訓練も休んでしまったのだった。

 まったく、女同士だと飲み過ぎてしまっていけないわ。




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