「親方、できますかね。なんか、やたら仕事振って申し訳ないんですが」
「ああ。ちぃっとばかし人手はいるが、仕事自体は大したことねぇよ。シャマシュさんが手伝ってくれりゃあ、材料もどうにでもなるしな」
「じゃあ、頼みます。ガワさえできちゃえば、あとはなんとかなりますしね。シャマシュさんには俺のほうから頼んでおきますんで」
「そうしてくれると助かる。あの人のセンスにはついてけねぇから、建てるのはこっちで仕切らせてもらうがな」
「シャマシュさんのは独特ですからねぇ」
「それで、部屋は一人部屋でいいのか?」
一人部屋でいいと思うが、なんとなくこういうのは相部屋が基本というような気もしないでもない。こちらで部屋を用意するのだし一人部屋は贅沢すぎるだろうか。最初は大部屋、一人前になったら相部屋で、ある程度育ったら個室にするなんて手も……。
「とりあえず相部屋を基本として作って下さい。細かい間取りはまた考えてきます」
「了解だ」
というわけで、思い切って寄宿舎を作ることにした。
もちろん騎士隊の為の施設としてだ。
大親方に頼めばエリシェ周辺のドワーフたちがワッと押し寄せて、すぐに完成するだろう。材料はシャマシュさんに頼んで、ゴーレム人足に石材を運んでもらえば、かなり捗るはずだ。
建築場所はシェローさんの家の側の空き地。
レベッカさんたちと相談して決めた。
この辺りは比較的開けた草原で、モンスタースポットの近くということもあり、使われていない土地だ。役所の許可もすぐ下りた。モンスタースポットから半径何百メートルかの範囲は、基本的に人が住むには不適とされ、土地自体も個人では基本的に所有できない。その代わりモンスターを退治する仕事、即ち退魔屋は好きなところに家を建てて住むことができる。退魔屋は自らを囮にしてモンスターを寄せて倒すのが仕事だから、範囲内に住むのは当然といえば当然なのだが。
このあたりも実際シェローさんの家以外には俺の屋敷ぐらいしか存在していない。
最初は俺の屋敷をさらに増築するという案もあったのだが、ほぼ全員から反対されたんでお流れになった。
結界があるから、屋敷だと良い部分もあるんだけどな。
隊員はなんだかんだでけっこう増えた。
エリシェに住んでいる者はいいが、外から来たメンバーはエリシェでアパートを借りるかしなければならないし、こっちもエリシェの滞在許可証を発行するという、けっこう面倒くさい手続きもしなきゃならない。その際、住所を登録しなきゃならないんで、住居の世話も仕事のうちだったりする。まあ、だからこそ寄宿舎を作ることになったわけだが。
エリシェは帝都の中でも数少ない商業特区として栄え、外から商人以外の人間が入ってくるのは難しい。一時滞在ならともかく、長く暮らすにはしっかりとした身元引受人が必要なのだ。それがなく捕まった場合、最悪、労働奴隷にされてしまう。
俺の場合は、シェローさんとレベッカさんが、嘘をついてまで俺のことを身内だと言ってくれたんで助かったのだが、豊かな街であるエリシェを目指す外の人間は、けっこう多いのだという。
「主どの! 全員、用意完了であります! 今日も一言いただきたいのであります!」
大親方と寄宿舎について相談していると、マリナが呼びに来た。
今日は店は休みの日で、騎士隊全員で合同訓練をする予定なのだ。
そのついでとして、大親方にも来てもらって寄宿舎の建設計画を話していたのだ。
「ん、今行くよ。マリナも頼もしくなったなぁ」
「そ、そうでありますか? みんなマリナがターク族でも、全然気にしないで接してくれるからでありますよ。みんな、主どののおかげであります」
「マリナ自身が頑張ってるからだと思うぞ。それに、みんなやっぱり騎士だから、差別とかしないだけの精神性を持っているのかもしれないな」
マリナはターク族で、この世界ではちょっとした差別の対象になっている。
だが、騎士隊の新メンバーも、元ヘティーさん傭兵団のみんなも、マリナに差別的な態度をとることはなかった。俺やディアナと親しげだからとか、騎士隊の先輩だからってのもあるのかもしれないが、注意深く観察していても差別的な態度が出る人間はいない。
マリナはもう奴隷でもないし、騎士隊の中核メンバーでもある。
最初のころ、自信なくオドオドしていたマリナのことを思い出すと、今は本当に立派になった。それだけでも、俺はこの世界に来れてよかったとすら思う。
「では先に行っているのであります!」
「はいよ。じゃあ大親方、俺も行ってきます」
「おう。じゃあ、ワシは寄宿舎のほうの段取りに戻るぞ」
「お願いします」
大親方と別れ、俺は整列して待つ騎士隊のほうへ歩き出した。
こうして全員で訓練するのは、これで3度目。
メンバーが増えて、いままで適当にやっていた訓練も、なんだか組織じみたものになった。誰かが統制をとらなきゃどうにもならない人数にまで膨れ上がったともいう。
若い女性ばかりの騎士隊だ。
実に華やかで見学料を取るだけでも、お金になりそうなくらい。
最初はたった数人だった騎士隊だが、あれよあれよとメンバーが増えて、今では総勢54名。イメージとしては、学校の一クラス分くらいという感じだ。
元々のメンバー、俺、ディアナ、マリナ、レベッカさん、エトワ、エレピピに、イオンとシャマシュさん。これだけ人数が増えると、雑用が増えてくるんで、食事とか飲み物を用意する係としてオリカにも参加してもらった。相談役としてのシェローさんもいる。
ヘティーさんの傭兵団の元団員は、ノリリンとミヤミヤ以外にもやってきて、結局、24人にもなった。ミヤミヤによると、すぐに来れる人間ばかりではないので、もしかするとまだ増えるのだという。恐るべきはヘティーさんのカリスマ力か。
新規メンバーも、さらに増えて20名弱。
今日はまだ参加していないが、祝福を受けたばかりの10歳の子と、11歳の子がふたり、今後参加することになっている。
三人とも親といっしょに俺のところに挨拶に来た。
祝福を授かるのは一律で10歳と決まっているのだから、10歳の子が来る可能性は最初からあったのだが、実際にそれが現実になると、なんともいえない非現実感があった。
10歳となると(当然といえば当然だが)ほんの子どもだ。うちで最年少だったのはエトワだが、エトワは見た目が成人になってもほとんど変わらないネコの獣人だし、頭も良いから、あんまり意識してこなかった(というより獣人インパクトが勝った)のだが、普通の10歳の少女となると、騎士隊に入ってどうのこうのというイメージが全く湧かない。
とはいえ、募集はしちゃってるし、この世界での常識に当てはめれば、面倒を見る以外にはないんで採用した。まあ、最初から鍛えれば数年後には立派な騎士になるだろう。
というか、採用しないという選択肢はない。
この国で騎士職を授かってしまった女性は
ヘティーさんのように、聖騎士の天職でも授かったのなら別だが、普通の騎士天職の女性は悲惨だ。傭兵にでもなれれば、まだラッキーというのが実情なのだとレベッカさんも言っていた。
実際、これから先、騎士隊や俺の商売がどうなるのかなんてのはわからない。
だけど、ゆっくりだけど確実にこの世界で動き始めたという感触がある。
もっと騎士隊が有名になって、騎士天職を授かった女の子の受け皿になれたらいいな。
◇◆◆◆◇
目にも止まらない速度で振るわれる巨大な戦斧を、さらに巨大な鋼鉄の槌が弾き返す。
弾かれた斧の運動力をそのまま回転力に変え、
それほど大きくない身体のどこから、あれほどの力が湧き出てくるのか、鋼鉄の塊と言っても良い戦斧を自在に操り振り回す。
「ははっ! やるね、マリリン!」
「ノリリンどのも! 守るので精一杯であります!」
マリナとノリリンとの模擬戦である。
模擬戦といいつつも、二人共普通に戦槌と戦斧を使って戦っている。マジで食らったら死にそうというか、普通に死ぬと思うんだけど……。
「いけー! マリリン! ノリリンは左が弱点だよ!」
「ノリー! 少しは手加減しろー!」
「マリリンかわいい! かわいい!」
元ヘティーさんの傭兵団にいた方々から声援が飛ぶ。
マリナはなぜかすぐに気に入られて、マリリンというアダ名がついた。
マリナは屈託ない性格で、実はかなりコミュ力が高い。神官ちゃんとか相手ならともかく、基本的には誰にでもハッキリものを言うからだろうか。案外、相手のことを見ていて、クリティカルなことは言わない思慮深い一面もある。ディアナとうまくやれているのも、マリナのコミュニケーション力あってのことだろう。合わない相手なら、とっくに破綻していてもおかしくなかった。
激しい攻防は続いている。
パワー、スピード、駆け引き。
こうして外から見ていても、かなりハイレベルだ。
俺としては、大怪我でもしないかとハラハラものだが、実はあれでもそこそこの安全マージンをとって戦っているのだ。
すなわち、どちらかのほうが圧倒的に強いということ。お互いに万が一が起こる可能性が低いから、真剣(剣じゃないけど)を使っての練習ができる。
この場合でいうと、マリナよりもノリリンのほうが圧倒的に強者だ。
ある程度、実力差が埋まってくると危ないんで、模擬剣を使っての訓練になるのだが。
「わ……わぁ……」
「あっ! あぶないっ! そ、そこだー! いけー!」
「すっご! すっご!」
「ひぇええええ」
新人ちゃんたちのリアクションは様々だ。
彼女たちは年齢こそ様々だが、みんな基本的には戦闘とは縁のない人生を送ってきたような子ばかり。
こんな戦闘自体、見たことがなかっただろう。
街で暮らしていれば、戦争なんてのは遠い世界の出来事。まして、こんなテレビもラジオもないような世界なら、うわさ話が一番の情報ソースという有様でもおかしくない。
「……あ、あの……アヤセさん」
「ん? どうした?」
新人騎士のマルローネが話しかけてくる。
マルローネは新人の中でも、特に真面目な性格で、訓練も先頭を切って行っている。
元々は、隣町で酒屋を手伝っていたらしいが、騎士隊パレードを見て感動し、参加を決めたのだという。
「マリナ先輩が、まだ始めてから半年くらいって……本当なんですか?」
「ホントだよ。俺も同じくらいだし」
「…………じゃ、じゃあ私もあんな風に強くなれるんでしょうか」
「天職の効果ってのは、すごいもんだからな。なれるよ」
俺は軽く返答した。
実際、天職の効果はすごい。
新人さんたちには、戦闘訓練よりも基礎体力訓練と乗馬の訓練をやらせているのだが、基礎体力もどんどんついてくるし、なにより乗馬の上達の仕方が半端じゃない。
マリナとエレピピを見ていたからわかっていたつもりだったが、始めて1週間ちょっとなのに、もうみんな歩かせるくらいはお手の物になってしまったのだ。
天職のない俺とエトワとオリカだけが、おっかなびっくり練習している有様だ。
まあ、エトワに関しては動物的(?)な勘で、けっこう上達が早かったのだが。
「あれって、ノリリンさんはまだ余裕がある……ってことなんですよね」
「ノリリンは実戦経験をかなり積んでる戦士だからね。マリナはモンスターとは何度か戦ったことあるけど、人間相手の戦いは経験値が違いすぎるから」
「それで、あのノリリンさんよりも、ヘティーさんやシェローさんはもっと強い……」
「うん……まぁ……。あの二人はほとんど世界最強選手権に出れるようなレベルの人たちだから……」
ヘティーさんとシェローさん、あとシャマシュさんはこの世界規模で見ても、かなりの強者だろう。
俺やマリナなんかは、圧倒的に経験が足りない。
所詮、まだまだ戦士一年生なんだからな。
「私、騎士の天職で……って、みんなそうなんですけど、けっこうメゲちゃってたんです。……でも、天職って凄かったんですね。私だって、神様がついていて、頑張ればちゃんと見ててくれるんですよね」
独り言のようにつぶやくマルローネ。
だいたいどの新人さんも、同じようなものだ。エレピピもそうだったし。
実際、今日と同じような質問をされたのは、これで6回目だったりする。
みんな不安なのだ。自分の天職に。自分がただの役立たずなんじゃないかと不安なのだ。
ずっとそうやって、そういう価値観で生きてきたのだから。
天職も祝福もゲームのシステムでしかないのだが、そんなこと言っても仕方がない。天職も祝福もお導きも、この世界に住むものにとっては現実以外のなにものでもないのだから。
「成長率5倍ってのは普通じゃないよ。二時間やれば十時間やったのと同じってことなんだからさ、ものすごい才能があるってこと。騎士の天職なんて、男だったらちょっとした騒ぎになるくらいのものなんだから、もっと胸を張って頑張ればいいと思うぞ。少なくとも、ここでなら騎士になれるのは確かだしな」
「チャンスを与えてくれて……ありがとうございます、アヤセさん。私、自分のことがずっと嫌いだったんです。でも、ここでなら、やっと自分を好きになれそう」
「これからもっと好きになれるよ。騎士隊の仕事もバンバン取ってくるし、エリシェの店のほうも手伝ってもらうからな。忙しくなるよ」
「私、精一杯頑張ります!」
ギュッと拳を握って気合を入れるマルローネ。
実際、頑張ってもらわなきゃ困る。騎士隊も店も慈善事業というわけじゃないから、自分の分の食い扶持ぐらいは稼いでもらわないと、倒産してしまう。
ま、実際は地球産のものを売れるわけだし、ここまで来たらあとはそう大変ではないだろうという予感がある。
だとしても油断大敵、気を引き締めてやっていこう。
マリナとノリリンの模擬戦は、順当にノリリン勝利で終わった。
マリナは武器が巨大な分どうしても動きが大味になりがちなんで、同じように巨大な戦斧で戦うノリリンのバトルスタイルは大いに参考になるだろう。
ヘティーさん達の加入で、うちの騎士隊はこの国有数の戦闘集団にまで登りつめる可能性すらでてきた。まあ、その分、どういう仕事をとってくるべきなのか悩ましいところではあるのだが。
とりあえずは、モンスターや魔獣を狩る仕事か、あとは警備の仕事なんかをメインでとってきたいものだ。人間相手の仕事……例えば山賊狩りとか、そういうのもいずれはやらなきゃならない時が来るのだろうが、とりあえずは避けたい。まあ、ヘティーさんたちもいるし、人間相手だから遅れをとる可能性はほぼゼロなので、やってみるのも人生なのだとは、わかっちゃいるのだが。
仕事といえば、全員クランメンバーとして登録すれば、遠くの仕事でも帰りのことを考えなくていい。なんたってテレポートがある。
なんだったら、帝国を出て、他国で仕事をしてみても面白いかもしれない。出国は難しいのかもしれないが、隣の火の国は属領だという話だし、ちゃんと手続きすりゃなんとかなるだろう。
とはいえ、それもこれもヒトツヅキと冬を乗り越えてからだな。
……いや、そのまえに歓迎会を開こう!