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第147話  歓迎会は前夜祭の香り



「アヤセくん。石材はこんなもので足りるだろうか」


 目の前には、綺麗に切り分けられた白い石材が大量に並べられていた。

 寄宿舎の建築予定地の広場である。

 広場といっても、シェローさん家のすぐ横だが。


 石材は、シャマシュさんが石切り場を手伝った(実際の作業のほとんどはアイちゃんとゴーレムくんがやるのだが)礼として手に入れてきたものだ。

 これだけあれば、かなり立派な寄宿舎が建てられそう。


 石切り場の仕事は、石そのものの価値というより、切り分け、運搬する労働そのものと危険度に値段がついているので、その両方を高効率で肩代わりしてくれるシャマシュさんは、石切り場ではちょっとしたアイドルみたいになっている。

 もちろん、シャマシュさんは普段も石切り場で働いているというわけじゃない。

 だが、アイちゃんレーザーで石を切り分け、力持ちのゴーレムくんが石を運ぶというコンビネーションは、人間100人分ほどの仕事率を発揮するため、「ちょっと」なんて量じゃない仕事量になるらしい。

 石工たちの仕事は、石を切り分けて運ぶこと。

 シャマシュさんが石の切り分けと、途中までの運搬を手伝うことで、石工たちは半月くらい遊んでいられるという。

 シャマシュさんはただで(魔結晶は必要だが)石材が貰えて、石工は半月分の仕事を肩代わりしてもらえて、どっちも幸せ。

 そんなわけで、シャマシュさんは石切り場のアイドルなのだった。


「どうでしょう、大親方? 足りますか」

「さすがにこれだけありゃ足りるよ。人が運んだらひと月は掛かる量だぞ」


 大親方は嘆息した。

 ドワーフからしても非常識な量なのか。


「良かった。騎士隊の寄宿舎をつくるという話だったからな。多めに貰ってきた。もちろん、その分の仕事もしてきたが、石工たちの仕事を取ってしまうようで申し訳ないほどだったな」

「いや、石工たちは喜んでると思いますよ……」


 人力しかない世界に、重機持ってきたみたいなもんなんだろうからな……。


「とにかく、これだけあれば、石造りでつくれそうだ。最悪、モンスターの攻撃にも耐えられるように造る必要があったから、ありがてぇよ」


 大親方が言う。

 そうか、モンスタースポットの近くだし、最悪のケースを考えれば、強い造りのほうがいいんだもんな。

 強力なモンスター相手には、石造りぐらいじゃどうにもならんだろうけど。実際、アイちゃんレーザーで石は簡単に切れちゃうくらいなんだから。


「シャマシュさん、ありがとうございました。使った分の魔結晶はお返ししますから」

「専属魔術師として当然のことをしたまでさ。……まあ、感謝してくれるのなら、またお酒を付き合ってくれ」

「ああ、じゃあまたやりましょう」

「いいのかい? ふふ……やった」


 シャマシュさんとは、ときどき二人で飲む間柄だ。

 そういえば、最近は忙しくてご無沙汰にしていたな。


「でも、今日はあれですからね。あれ」

「ああ、わかっている。新人さんたちの歓迎パーティーだろう? 新人たちは可愛いが、あの元傭兵の女たちは、少々血の気が多くて困るよ。なぜかみんな私と戦いたがるんだ」


 シャマシュさんは、元傭兵団の面々のアイドルでもあったらしい。

 まあ、魔族と戦う機会なんて、そうはないだろうからなぁ……。戦士の血がうずくのだろうか。


「模擬戦なら本当はやってみてもいいんですけどね。シャマシュさんが相手じゃあ、魔術が強力すぎるし、本気でやるなら召喚魔獣込みじゃなきゃフェアでもないですし。まあ、魔術に対抗する訓練とかやるくらいが、いいとこかも」

「そうだな。私も歴戦の戦士と一対一で勝てるとは思ってないしね。アイちゃんを呼んでいいなら別だが、彼女は強力すぎるだろう」


 アイちゃんレーザーは、ピカッとしてジュッ!(マリナ談)である。

 初見で人間が避けるのは難しいだろう。しかも食らったらDEATHあるのみ。

 シャマシュさんは多彩な魔術を操り、単独で戦っても十分に強い。だが、それでも召喚魔法を使ってこそ本領を発揮できるのだ。


「まあ、彼女たちもどうしてもってほどでもないでしょう。強者の匂いを感じ取って、つい戦ってみたくなっちゃう感じなんじゃないですか。適当にシェローさんでもあてがっておけばいいでしょう」


 シェローさんには悪いが、強者といえばシェローさんである。

 ちなみに、元ヘティーさんの傭兵団の面々は、すでにみんなシェローさんと模擬戦をやらかしている。

 シェローさんは彼女たちの間でも有名人だ。というか、かつて戦ったことすらあるのだ。

 結果は、もちろん全員返り討ちにされていた。

 シェローさんに勝てるのは、ヘティーさんか、へティーさんの傭兵団の元ナンバー2くらいということらしい。


 ヘティーさんはといえば、シェローさんとは模擬戦をやっていない。

 やってもいいけど誰か止めることができる人間がいないと、相手が死ぬまで続くことになりそうだから……ということらしい。

 恐ろしいことだ。




 ◇◆◆◆◇



「では、今日は親睦を兼ねての宴なんで、みんな楽しくやってくれ。俺からは特に言うことがないです。以上」


 午後から新人さんたち(元傭兵女子含む)と飲み会をやることにした。

 飲み会というか、歓迎会というか、親睦会というか、とにかく宴だ。

 会場はいつものように、シェローさんの家の側の広場である。


「やっふー! さっすがオーナー! 太っ腹!」

「っていうか、すごくない? すごくすごくない? 見たことない食べ物が沢山あるんですけど! 天国!」

「あ、あの……。ほんとにこんな料理やお酒をいただいてしまっていいんですか……?」

「わー! 乾杯しよっ! 乾杯!」


 隊員の反応はさまざまだが、元傭兵達は特にテンションが高めだ。というか、彼女たちはいつもテンションが高い。傭兵ってそういうものなんだろうか。


「じゃあ、ベッキー隊長! お願いします!」

「たっいっちょう! たっいっちょう!」

「乾杯! 乾杯!」


 レベッカさんが、乾杯の音頭を取れと元傭兵隊員たちに囃し立てられ、笑いながら、これを受けた。

 彼女たちはオフではこういうノリだが、さすがは歴戦のプロというか、訓練の時はいたって真面目で、隊列を組む訓練なんかでは一糸乱れぬ動きを見せたりして本当に意外性が高い。ヘティーさんの薫陶の賜物なのだろうか。


「コホン、じゃあ簡単に。みんな気付いてると思うけど、私達の最初の仕事はヒトツヅキの対処になるわ。騎士隊として正式に請けた仕事ではないけど、報酬も出るからね。今日は沢山楽しんで、英気を養いましょ。それでは、かんぱーい!」

「かんぱー!」「かんぱーい!」「乾杯!」「かんぱいー!」


 みんながワッと一斉に食べ物に群がる。

 例によって飲み物も料理の食材も俺が用意したものだ。夢幻さんに白金プラチナを売ったお金で日本円に余裕ができたんで、ちょっと奮発した。今の騎士隊の人数を考えると、けっこうな出費ではあるが、こういうのは必要な出費だ。


 特に酒は、いろんな種類を用意してみた。

 日本酒に、ウイスキー。各種リキュール。ワイン。

 焼酎にブランデー。ビールに発泡酒。

 ジンにウォッカにラムにテキーラ。

 ……正直、ここまでいろんな種類を買う必要はなかったが、一部の酒を除けば簡単にはダメにならないんで、長いスパンで見れば、これも問題ない出費だ。

 ……いや、うちには酒が強そうなのがたくさんいるんで、きっと想像以上にすぐなくなる予感がするが。


 酒が入ると、みんなだんだんほんとに無礼講になってくる。

 騎士隊もメンバーがいきなり増えたんで、まだまだみんなお互いのことをよく知らない。もと傭兵の子たちは、それぞれ個性的ではあるけど、相手に対して壁を作らない人懐っこさで旧メンバーと新メンバーとの間の緩衝材の役目も果たしてくれているようだ。

 新人さんたちは、どうしても気後れしてしまいがちなので助かる。


「ふう……」


 しばらく、みんなと話をしたり、お酌したりされたりしながら宴を楽しんだ。

 だが、男は俺とシェローさんのみである。今回、大親方たちは呼んでいないからだ。

 肩身が狭いとまで言わないが、やっぱり少人数だったころと比べると、若干俺も気後れするところはあるかもしれない。

 まあ、俺はオーナーだし、ドーンと構えていればいいのだろうが。


 喧噪から離れて一人腰掛ける。

 みんな楽しそうだ。マリナなんかノリリンといっしょに歌をうたっている。エレピピも、ミヤミヤと二人で髪の毛を弄くりあっているし、エトワはヘティーさんと難しい戦術の話をしている。レベッカさんは、元傭兵団のみんなと思い出話が尽きないようだし、オリカとシャマシュさんは新人さんたちと、なにやらヒソヒソとやっている。


「どうしたんです? こんなところで、一人で」


 俺がボンヤリと一人で飲んでいると、イオンが抜けだしてきて横に腰掛けた。


「うーん、女子たちのパワーにちょっと圧倒されちゃってね」

「ふふ、まだ若いのに、そんなオジサンみたいなこと言って」

「あんまり、女慣れしてないからなぁ……」


 俺がそう呟くと、イオンはふふと柔らかく笑った。


「笑うことないだろ」

「ふふ、ごめんなさい。でもほんと、アヤセさんはそういう感じですよね。……まあ、野暮なことは言わないんで、がんばってください」

「アッハイ」


 イオンの正体やら経緯やらは、ルクリィオン姫のことを知っている元傭兵団のメンバーには教えてある。

 なにせまだ知り合って日が浅いんで不安もあったが、ヘティーさんもレベッカさんも、絶対に大丈夫だと太鼓判を押してくれたんで話すことにしたのだ。

 新人さんたちには、事情があるから詮索しないでほしいとだけ伝えてある。

 まあ、彼女たちは『騎士』だ。大丈夫だろう。


「イオンは、みんなとはどう?」

「ええ、みなさん私のことを気遣ってくれて……やさしくしてもらっています。あの日から、ずっと絶望の中で生きてきて、もう未来などないと思っていたのに……。敵討ちもさせてもらって……、その上、こんな充実した日々を送れているのは、アヤセさんのおかげです」


 とつとつと語るイオン。普段はかなり明るくなったが、時々こう、なんともいえない暗さが出てくる。こっちが地なのかなぁ。


「……まあ、みんなと仲良くできてるなら良かったよ」


 しばらく二人でとりとめない会話をして、お酒を飲んだ。

 イオンの正体はバレるわけにはいかないが、これだけの人数で守れば、そう簡単にはバレないだろう。


「あー、ご主人さま! こんなとこにいたのです」

「ディアナか」


 すでにけっこう飲んだのか、足元が覚束ない様子のディアナがやってきて、イオンとは逆隣に座った。

 さらに、俺の腕に腕を絡ませて酔っぱらい特有のちから加減のなさで、密着してくる。


「うーふふふ。新しい子が増えたから、こうしてご主人さまが誰のものかをアッピールしなければならないのです」

「女社会の闇だな」


 ディアナのこういうところは空回りしているだけなように思えてならないが、これがこいつのかわいいところでもある。ただの酔っ払いともいうが。

 俺も童貞のわりには、これくらいの接触ではそこまでドギマギしなくなってきた。

 まあ、俺も酒が入ってるからってのもあるかもだけど。


「じゃあ、私は戻りますね。ディアナさまごゆっくり」

「ああ。新人さんとも話してやってくれ」

「もちろん! 私だって新人ですからね」


 イオンが輪の中に戻り、ディアナと二人残される。

 ディアナの長い髪が地面に着いていたので、持ち上げて、なんとなく自分の首に巻いてみる。日本ではめったに見ることがないプラチナ・ブロンドの美しい髪は、フワフワツヤツヤでいつまでも触っていたくなるものだ。


「女の髪をそんな風にするなんて、ご主人さまは大胆なのです」

「髪長すぎで地面についてたからな……。もう少し短くはしないのか?」

「髪は女の命なのです。……まあ、ご主人さまがどうしてもと言うならヤブサカでもありませんが」

「お前が大変じゃないのならいいと思うよ。せっかく、こんなに綺麗なんだからな」


 ディアナの髪は本当にお世辞抜きに綺麗だ。

 髪の毛というよりは、黄金でできた繊細な糸のようですらある。


「きれいなのは髪だけぇ?」

「出た。酔っぱらいめ」

「ねえねえ。どうなのです? ご主人さま」

「髪以外も綺麗だよ、ディアナは」

「おっふ」

「おっふじゃないよ。何言わせんだよ、まったく……」

「……私、照れちゃうのです。鏡が直ってから、ご主人さまったら、なんだか私に対して優しくなったような気がするのです」


 優しくなっただろうか。

 もともとこんなもんだったような気もするけど。


「……それにしても、みんな元気だな。暗くなったら解散にしようと思ってたんだが」


 未だに元気に飲み食いするみんなを見やる。

 すでに黄昏時に差し掛かっているが、みんなまだまだ飲み足りない様子。

 なんか鬱屈が溜まっていたのかと勘ぐりたくなるほどのハジケっぷりだ。このままオールナイトまでありえる。


「暗くなってくると、月が良く見えるのです」

「ほんとだな。それにしても、いよいよヒトツヅキか」


 乾杯の時、レベッカさんも言っていたが、騎士隊としてこの場所で湧くモンスターの対処を手伝うことになっている。

 新人さんたちは基本的にサポート中心になると思うが、初期メンバーや元傭兵たちは、普通にモンスターと戦うことになるだろう。


「ほら、もう二つの月があんなに近い。明日にはもうアワセヅキになると思うのですよ」


 この世界の二つの月、リンクルミーとミスミカンダル。このふたつが重なり合うとアワセヅキのスタートということらしい。月同士の月食という感じかな。

 これが始まると、モンスターの湧き周期が早くなるらしい。というか、すでにだいぶモンスターの湧くペースは速くなってきている。

 深夜には湧かないらしいのだが(もともとがゲームだから、その都合だろう)、日中は2時間に一匹くらいのペースで湧く。それでも、このへんはモンスターの湧きも、強さもゆるいらしいからマシだ。街に近いからなのかな?


「ヒトツヅキとアワセヅキは違うんだっけ?」

「そうですね。アワセヅキではモンスターが湧く頻度が上がるにすぎませんが、月が完全に重なり合うヒトツヅキでは、強力なモンスターがほとんど際限なく湧き続けるのです。ルクラエラで体験したものと、ほとんど同じ感じになるはずなのですよ」

「あれと同じやつか……。あの時もけっこうギリギリだったからなぁ。ちょい不安だけど、準備もできるし大丈夫かな……」


 あの時はシャマシュさんが、モンスターが湧き出る坑道の入り口を閉ざしてくれたし、ラストモンスターのアルゲースも、脳筋系のモンスターだったからなんとかなったけど、今回はどうだかわからない。

 まあ、そのために準備をしているわけだけど。


「実は……今回、星の巡りがわかりにくくて、ヒトツヅキの種類がまだ判別できていないのです。いつもなら、これくらいの時期にはわかるものなのですが……」

「種類?」

「ヒトツヅキとひとくちに言っても、月の周りの星の配置で何種類も種類があるのですよ、ご主人さま」

「確かに、前にも聞いたような気がするな。なんか振り子がどうしたとか、そういう」


 なんか変な名称がついてたような記憶だけボンヤリ残っている。

 星の並び方でだれかが名前を付けたのだろう。

 それとも、ゲーム時代からのネーミングなのかもしれない。


「もう! ヒトツヅキの種類は、澪つChannel-marks逢魔Dusk in twilight八つEight-brave振りFall子落とし -pendulum、そして、此岸Globe‐めぐりtrotterの5つなのですよ。前に教えましたのに」

「……さすがにそれは覚えきれんだろ」


 さらに言えば、覚えるつもりもない。知ってる人に聞けばいいだけのことだし。


「で、そのうちのどれかかわからないと都合が悪いのか?」

「『澪つ串』や『逢魔時』なら問題ないのですが、もしも『振り子落とし』だった場合、もっとちゃんと準備をしておかないと、あぶないかもしれないのです」

「それが、一番モンスター強いんだっけ?」

「前に、『守護騎士の鎧』がここで湧いたと聞きましたが、そのときのヒトツヅキが『振り子落とし』なのです」

「ああ……何人か死者が出たっていう」


 死者……。死者か……。死者が出るのはまずい。

 しかし、立ち向かわなければならないのも事実。だから、国もある程度はちゃんと対策を立てているというわけだ。

 例えば、シェローさんとレベッカさんはあんまり仕事をしている感じがないのだが、実はシェローさんが常駐退魔屋としてそれなりの給料を役所から受け取っているからで、ハンティングで仕留めた分はお小遣いにすぎなかったりする。


 だから、もちろん今回のヒトツヅキに対しても例年通りの準備を済ませてある。

 俺も手伝ったが、基本的にはシェローさんと役所の担当者がやった。

 なんといってもヒトツヅキは1日~3日の長丁場である。モンスターが湧き続けるのを、出てきたそばから、ひたすら倒していくのである。

 一匹も討ち漏らしてはならない。戦線の崩壊などもってのほかだ。

 だから、そうならないように、戦士やら補給物資やらと準備にてんてこ舞いだ。

 さらに大神殿からスポット一か所につき一人エルフが配置される。精霊石は数に限りはあるだろうが、国持ちだ。

 正直な感想として、かなりしっかり準備している。大型モンスター用の攻城兵器みたいのまで用意してあるくらいだ。

 シェローさんは、今回は騎士隊がいるから助かると言ってくれたが、お世辞ではないにせよ、騎士隊なしでも大丈夫なように準備をしているということだろう。


「それはそうとして、そろそろお開きにするか。暗くなってきたしな」

「はーい。じゃあ続きは屋敷でですね」

「なんでそうなる……いや、まあいいか」


 ピッタリ寄り添うディアナの体温を感じながら、みんなのところに戻った。

 そして、結局飲み会は屋敷に戻ってからも続き、ほぼオールナイトになったのだった。




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