迫り来るスケルトン。
半分朽ちたボロボロのロングソードを、躊躇なく振り下ろしてくる。
俺はそれを落ち着いて払い、一歩進んで肉薄し、スカスカの肋骨の隙間から手を突っ込み、直接、魔核を抜き取った。
その瞬間、スケルトンは身体を構成していられなくなり光る粒となり消滅。
魔核が剥き出しのモンスターだけに使える裏ワザ的な必殺攻撃だ。
「おみごとですジローさま。これほど鮮やかに魔核盗みができるのは、手練の戦士でも少ないですよ。誰しも、モンスターに対しては少なからずの恐怖心がありますから」
ヘティーさんが手を叩き絶賛してくれる。
「ヘティーさんの教え方が良かったからですよ」
「私は特になにも教えていません。教師が良かったとすれば、ベッキーやシェロー・ロートの教えが良かったのでしょう。恐怖に勝てるかどうかは、戦士になれるかどうかの最大の分水嶺となり得る部分ですから」
「そうなんですか?」
この世界の人は、天職がある分、そういう部分での適性がどうのってのなさそうなイメージだったけど。
天職がある=問答無用で才能がある――みたいな感じで。
「天職があれば必ずしも実戦で戦えるというわけではありませんよ。実戦に出て生還できるかどうか、そのとき本当の意味での戦士の適性が問われます。私がやっていた傭兵団でも、その適性がなく死んでいった者はたくさんいました。たとえ、天職に恵まれていても」
「そういうものなんですか……。そういう意味では僕はあんまり適性ないかもしれません。自分が死ぬ覚悟はあっても、人を殺す覚悟は正直言って持てているとは思えませんし」
「ふふ……大丈夫ですよ、ジローさま。私の見立てでは、あなたは自分や仲間が殺されるという状況になれば、躊躇せずに殺せるタイプです。この間の、ディダ叔父の時のように、一方的な場面では腰が引けるようですがね」
「そういうもんですか」
そうかもしれない。モンスター相手なら問題なく戦えるし、殺すことにも躊躇はない。まあ、相手は生物ではないからってのもあるけど。
だが、生きた魔獣と戦ったこともある。このへんでは巨大なイノシシが出るんで、訓練と実益を兼ねて狩りをしたことがあるのだ。
その時も、ちょっと可哀想かなと感じたものの、普通に殺生できた。
というか、楽しかった。
狩りは人間の本能だって噂は本当かも。
「それにしても、モンスターの湧くペース上がりましたね」
「もうアワセヅキが始まっていますからね。これから、もっとペースが上がっていきますよ」
「なるほど……でもそのわりには、ハンターズギルドからの応援がないみたいですが」
本来、シェローさんと役所の担当者で、ヒトツヅキ対策が進められる過程で、必要なだけの戦士が配置されるはずなのだが、そのわりには、全然、誰も送り込まれてこない。
まあ、ここには騎士隊(というか元傭兵の戦士)が誰かしら常駐してるんで、モンスターがちょっと湧くくらいなら問題にはならないのだが。
「確かに少しおかしいですね。我々は非正規軍ですし、ジローさまも正式に市長から頼まれてるわけでもないんですよね? 普通はアワセヅキが始まるころには準備はほとんど終わっているものなのですが……」
「うーむ……」
シェローさんも留守にしていることが多い。
なにか問題が発生しているのかな。
◇◆◆◆◇
次の日、夢幻さんと会うことにした。
夢幻さんはけっこう暇をしているのか、急なアポにも関わらず快諾し、いつものように車に乗ってやってきた。
「ハイ、マイケル」
運転席から顔を出して、ニヤニヤ顔で声を掛けてくる夢幻さん。
「マイケルって? それにしてもまた違う車ですね」
真っ黒い外車で、カウンタックと比べれば地味な車だ。
なんかどっかで見たような記憶があるが――
「うそだろ……。その素っ気ない反応……マジでか……、ナイトライダーを知らない……?」
「ナイトライダー? ああ、なんか昔のアメリカ映画でしたっけ? 『夜空を見上げるたびに思いだせ』って」
「それは、ちっがーう! この車は1987年から放送されていた、アメリカのTVドラマ『ナイトライダー』に出てきたスーパーマシン『ナイト2000』のレプリカだっつーの! 日本にゃ数十台しかない車だってのに……、同じウケ狙いならデロリアンのほうが良かったか……」
「いやぁ、すみません。わからなくて。……でも、かっこいいですね!」
「フォローがせつねぇ」
いやまあ……かっこいいとは思う。
黒くてピカピカで。内装のおもちゃっぽさも嫌いじゃないけど、元ネタを知らないと魅力は半減なんだろう。元々は、ポンティアック・トランザムというアメリカ車なのだそうだ。
助手席に乗り、走りだす。ある意味では、前回のカウンタックよりも人々の視線を集めていた。きっとこれが夢幻さんの趣味なんだろう。
道中、ナイトライダーが如何に面白いドラマか話してくれたが、それほど興味をそそられなかった。なんせ30年以上前の代物だからな……。時間があったら見るけど、そもそもレンタルDVDとか出てるのかな。夢幻さんにそれを聞くと、「じゃあDVD貸してやるよ!」となりそうなので、お茶を濁しておいた。
俺よりはるかに地球人してるよ、この人は。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「まあ、いろいろ話したいこともあったんですが、ひとまずこれお土産です」
「お土産……? って、おお! リリアラムじゃねぇえか。懐かしいなぁ」
信号で止まっている間に、お土産を見せると、夢幻さんの眉尻が下がった。
いくら夢幻さんが地球に順応しているといっても、あちらにしかない食べ物を懐かしく思うこともあるだろう。中でも果物類は地球のとは似て非なるものが多いんで、リリアラムをひとカゴ分用意してあったのだ。
「なんか甘い懐かしいような匂いがするなとは思ったんだよ。嬉しいよ、うちのも喜ぶだろう」
「い、いやぁ。そんなに喜んでもらえると逆に恐縮ですね。また持ってきますよ。リクエストあれば聞きますし」
「お、じゃあ新鮮なウィッチェティを頼めるか? 嫁が時々食べたくなるって言うんだが、こっちのだと食味が違うらしくてな。日本じゃ食べれんし」
「ウィッチェティって芋虫でしたよね確か……。うちでも時々ディアナが食べてますよ」
「エルフはみんな好きなんだよな、あれ」
まあ、一匹300円くらいのもんだし、20匹くらいオガクズに入れて持って来ればいけるだろう。
そんな話をしながら、適当な喫茶店に入る。
夢幻さんは実に健啖家で、入るなりナポリタンとサンドイッチとコーヒーを注文した。エネルギッシュな人だ。
それぞれの飲み物が届いてから切り出した。
「前に言っていた精霊石を買い取ってくれるという件で」
「売ってくれるのか?」
「ええ、まあ……。はい。金額次第ではありますが」
夢幻さんは精霊石を1億円で買い取ってくれるという。
1億は大金だ。
大金だが、夢幻さんはちょっと想像を絶する金持ちのようだし、ここで庶民感覚の金銭感覚で交渉してはいけない。ビル・ゲイツと交渉してるような気分でいこう。
……まあ、夢幻さんには鏡を直してもらった恩があるから、毟り取ってやろうみたいな意図はない。ただ、適正金額が存在しないものだから、お互いに納得できる金額で取引したいだけだ。
「前にも言ったが、精霊石なら種類を問わずひとつ1億円で買うぞ。税務処理はこっちで全部やるから、ちゃんと手元に1億残るようにする」
「それ、やっぱりマジだったんですか」
「精霊石はこの世界では、どうあがいても手に入らないものだからな。正直にいえば、1億でも全然安いくらいだよ」
「ですか……」
1億あれば、地味な生活を続ければ一生暮らしていけるという。
すでにこの段階で破格だ。
金額が破格というより、俺自身の生活スタイルからいって破格。
これ以上を望むだけの、人間的なキャパシティが俺自身に存在していないのだ。
もちろん、ちゃんと考えれば金はいくらあってもいいし、やれることの幅も増えていくのかもしれない。
だけど――
「じゃあ、それでお願いします」
「いいのか?」
あっさりと承諾した俺に、少し疑わしげな視線を向ける夢幻さん。
「いいです。ただ一つだけお願いがあるんですよ」
「なんだ?」
「これからも、いろいろ助けてもらいたい場面があると思うんで、助けてほしいんです。別に金銭的な意味じゃなくて、異世界のこととかで」
「そんなこと。もとから俺はそのつもりだったぞ」
「なら、それでお願いします。こっちの世界で、向こうの世界を知っているのは、お互いだけですから」
俺は手を差し出した。
シェイクハンドである。喫茶店の中で、ちょいと派手目な外人と握手。
まわりの客が見ているが、それはどうでもいい。
その後、精霊石の売買について、簡単な契約書を書いた。
「精霊契約のほうがいいんだけどな」と夢幻さんが冗談めかして言ったが、正直、契約書だって本当は必要ない。俺は夢幻さんを信じるしかないし、夢幻さんが裏切ろうと思うなら、俺はもうとっくにどうにもならなくなっていただろう。
口座番号やらを教え、取引はつつがなく終了した。
明日には俺の口座に、1億円が振り込まれるのだという。嘘みたいな話だ。
夢幻さんは、精霊石をいざという時の為に持っておきたいそうで、それが俺から1億出してでも精霊石を欲する理由なのだとか。
いざという時のため……つまり、家族の病気や怪我なんかでどうしても現代医療では治せない時に、奥さんの精霊魔法でなんとかする為ということだ。
それ以外では、世界情勢が変な方向に進みそうな時、神の力が必要だと判断したら躊躇なく使うとも夢幻さんは言っていた。
個人がそういう干渉をするってのは、ちょっと怖い感じもするが、まあ信じてもいいだろう。
というのも、夢幻さん曰く、「自分は人間によってデザインされた人間だから、本質的に人間に敵意を抱くことができないし、嫁もそれは同じだ」ということらしいからだ。
俺からすると、夢幻さんは人間以外のなにものでもないが、ルーツを知ってしまったがゆえの葛藤があるのかもしれない。
「――それで、最近そっちはどうだ?」
取引が終わって、世間話のように夢幻さんは切り出した。
そっちというのは、つまり異世界での生活のことだろう。
「そろそろヒトツヅキなんですよ。僕は初めてなんで、けっこうビビってるんですが、いちおう戦力ということで参加はする予定で」
「ヒトツヅキか。懐かしいな」
「夢幻さんはけっこうヒトツヅキで戦ってきたんでしょう? なんか一人で強いモンスターを倒したとか聞きましたよ」
いろいろ武勇伝がある人だ。ヒトツヅキ未経験ということはありえない。
「さすがに一人ってことはねぇよ。ヒトツヅキってのは、結局は大人数で当たるもんだ。みんながやられて、最後に自分だけになっちまったことは何度かあったのは事実だけどな。……人数はちゃんとそろってるのか?」
「市のほうで用意されるはずの戦士が到着してないらしいんですよ。まあ、うちの騎士隊が常駐してるんで、大丈夫……だとは思うんですが」
「星の配置は?」
ヒトツヅキは、星の配置でいくつかの種類があるのだ。
「配置? ……ああ、なんか今回わかりにくいとかって」
「わかりにくい? もうアワセヅキ始まってんだろ? やべえかもしれねえぞ」
夢幻さんの顔が緊迫感を含んだものに変わる。
そのイケメンぶりに女性店員の視線を独り占めだ。
ちなみに、店員がお冷を注ぎに来た回数はここまでで5回だ。多い。
「ヤバいって……?」
「ヒトツヅキは星の巡りによってグレードがあるってのは知ってるか?」
「ええ、出てくるモンスターの強さが違うんでしたっけ」
「そうだ。だから、星の観測はあの世界の人間にとっては重要事だ。それなのに、まだグレードが判明してないってことは、未知のヒトツヅキか――」
「か?」
「
「やばいんですか?」
「やばい」
言い切る夢幻さん。
やばいのか……。
聞きたくない情報だった……。
いや、聞けてよかったのか。
事前に対策できる。
「『此岸めぐりのヒトツヅキ』ってのはな、設定されているヒトツヅキの中で3番目に難易度が高いんだよ」
夢幻さんは、過去の世界で『エメスパレット』の攻略本みたいなものをもらったと言っていた。それに書いてあったか、もしくは向こうで聞いたのだろう。
「あっ、3番目なんですね」
「バカ、2番とか1番のヒトツヅキは、それこそプレイヤーが山ほどいたころに、なんとかクリアしてたようなやつなんだぞ。3番目でもプレイヤーのいないあの世界では、十分に脅威のはずだ」
「やばいじゃないですか!」
「だから、そう言ってるだろ」
もともとヒトツヅキってのは、ゲームでプレイヤーみんなでクリアするイベントみたいなものだったらしい。
最大難易度の『
そして、次に難しい『
……名前だけで関わり合いになりたくない感がビンビン来てる。
これと比べれば、「此岸めぐり」ならかわいいもんなんだろうけど……。
「……あの、この地獄だ極楽だのってのになる可能性はない……んですよね?」
「そこは大丈夫だ。その二つは特別なヒトツヅキで、星の動きも月の動きも尋常なものじゃない。俺も過去に行った時に見たがな。極楽の前は空が真っ白になるし、地獄の前は空が真っ暗になる。アワセヅキの期間もない。そもそも、ヒトツヅキの前に大精霊からアナウンスがあるからな」
「完全にゲームの公式イベントだそれ」
「だから、そうなんだよ。地獄や天国はかなり稼げるってんで、プレイヤー連中は大はしゃぎだったがな。あいつらは、死んでも生き返れるからズリィんだ」
うわぁ。
現地人との感覚差がひどい。
「俺も少し手伝ったが、極楽浄土のヒトツヅキで出るモンスターなんて天使の大軍団だからな。地獄のほうは、鬼に悪魔に堕天使となんでもござれだ。今のエメスパレットでこの二つのヒトツヅキが出たら確実に人類滅亡するぞ」
「やばいなんてもんじゃねぇ……」
だがまあ、少なくとも今回は『此岸めぐり』なのは間違いなさそうだ。
いずれにせよ、準備は入念に行っておこう。
「でもなんで、此岸めぐりだとわからないんです?」
「まだデータが少ないからだよ。少なくとも俺があっちにいたころには、3回しか起きていない。しかも、毎回星の配置が違うからな」
「それなら、それで此岸めぐりだってわかるんじゃないですか?」
他のヒトツヅキがいつも同じ星の配置なら、逆にすぐわかりそうだけど。
「他のヒトツヅキでも、配置がそろわないことがよくあるんだよ。『振り子落とし』かと思ったら『逢魔ヶ時』だったりな」
「じゃあ、今回もそれかもしれないじゃないですか」
「もちろん、そうかもしれん。ただな……どうもヒトツヅキのグレードは、そのときの人類戦力の程度で決まっているくせぇんだ。俺は一度だけ『此岸めぐり』を体験しているが、俺の能力も魔力も最高に充実して、仲間にも恵まれた――そんなころに起きた。……今回もそうなんじゃねえか? お前のところに、人材集まってるんだろう? お前自身だって、あの世界じゃ1000年ぶりのプレイヤーだ。マザーが張り切る理由としちゃ、十分なような気がするぞ」
そう言われると、その通りで、もう此岸めぐり以外ないような気がしてきた。
夢幻さんが言うには、かなり強力なモンスターが出るから、やれることはなるべくやっておいたほうがいいとのこと。
モンスターに効くのは、大型の武器や魔法の武器で、通常攻撃だけでは心許ないという。
確かに、今までに戦った強大なモンスターはクマやらサイクロプスやら、ミサイルでも打ち込んでやったほうが手っ取り早いような奴ばかりだった。
「……だがまあ、なんとかなるだろう。プレイヤーは成長速度が違うからな。お前も、かなり鍛えたんだろう?」
でかいパンケーキを頬張りながら、そんなことを言う。
「鍛えましたけど、プレイヤーかどうかって関係あるんですか?」
「ああ、俺も知ったときには少しばかりショックだったんだが、成長速度が5倍ってのは、プレイヤー限定なんだよ。現地人……つまりNPCは、せいぜい2倍か3倍程度なんじゃないか?」
「マジっすか」
シェローさんも確かに成長が早すぎるって言ってたけど……。
すごく優遇されてんだな……プレイヤーって。
その後、いくつかの世間話をして別れた。
ヒトツヅキが終わったら遠出して遊ぶ約束までしてしまった。
「孫たち」も紹介してくれるというが、そこは固辞しておいた。夢幻さんと奥さんだけならともかく、お孫さん(年上)まで加わってくるとなると、確実にキャパ超えるっての!