本屋に寄りたかったんで、夢幻さんには街で降ろしてもらって別れた。
駅前の大きい本屋なら、いろいろ使える本が売っているだろう。
ヒトツヅキまでほとんど日がない。できるだけのことはしなければ。
俺は本屋で目的の本を買い、すぐに家へ戻った。
鏡から異世界へ渡り、お導きの確認をするために天職板を開く。
現在出ているお導きは多くない。
「……やっぱすぐにクリアできそうなのって、これだけなんだよな」
ヒトツヅキでキーとなるアイテムはいくつかある。
モンスター大量発生イベントなんだし、もっと言えば戦争みたいなもの。
戦略も必要だろうが、物資も重要。
中でも重要度が高いのは、武器と精霊石だろう。
「御用商と商取引をしよう……か。今からエフタ呼んで間に合うのかな」
『御用商と商取引をしよう』は、かなり前に出たお導きだ。
いずれ、エフタになにか高いものを売りつければいいと軽く考えていたが、ちょうどいいタイミングだ。精霊石もあればあるほどいいし、ここでクリアしておきたい。
やつは、マリシェーラという街にいるはずだが、距離的にどれくらいだったっけ?
近くはないだろうけど、確か帝都ほど遠くもなかったはずだが……。
俺は屋敷を出て、少し走り、ヘティーさんのところに顔を出した。
ヘティーさんは、騎士隊員たちと、なにやらオリエンテーションをしているところだった。
といっても、広場に集まって雑談形式で話をするタイプのくだけたもの。騎士隊も大きくなってきて、訓練の後にこうして反省会をしたり雑談をして盛り上がって飲みに繰り出すというパターンが増えてきている。
ただ、今日のはいつもと違い、少し深刻そうな気配を漂わせていた。
「あら、どうしましたジローさま。今日は、夢幻の大魔導師に会いに行ったのでは?」
ヘティーさんがこちらに気付いて話しかけてくる。
「ええ、それはもう終わったんですが……。なんの会議してたんですか?」
「それが、どうも良くなくてですね。ギルドのほうから、今回のヒトツヅキは数名しか応援を送れないと通達があったらしく……」
「数名……? え、いやそりゃ無理でしょ。だって――」
ルクラエラの山で体験したやつは、各坑道でモンスターが分散されている上に、シャマシュさんの魔獣でほとんど山中に封じられていて、それでもあれだ。
もちろん、ここに関しては騎士隊がいて人数的には余裕があるけど、それとこれとは話しが別。
「ここが陥落したら村もエリシェも危ないでしょう」
「ええ。ですから、シェロー・ロートも当然抗議したらしいのですが、どうもハンターが大量に帝都で雇われて不在という話で、いないものはいない。いる人間でなんとかするしかないらしく……」
「管理がズサンだなぁ」
ヒトツヅキなんて戦争みたいなもんなんだから、人数はちゃんと揃えておかなきゃ仕方ないだろうに。
「でも、ここはいいけど、エリシェの周りにはいくつか他にもモンスタースポットがあるはずでしょう? 数名じゃどうにもならないんじゃ?」
「ここにはシェロー・ロートがいますからね。あの男はハンターズランクS級です」
「S級なんだ……」
「S級ハンターは、B級ハンター10人分以上と見なされます。だから、人数も絞られたのでしょう。他の湧き場では10数名は確保しているようなので」
「なるほど……。まあ、実際うちは騎士隊もいるし大丈夫っちゃあ大丈夫なんでしょうけど……しかし困ったものですね。こんな時期に帝都に出稼ぎって……」
まあ、ハンターだって生活があるんだろうし、帝都のほうで金になる仕事があるんなら、出かけてしまうのも仕方がない……のかな?
「……いえ。ギルドに所属しているハンターにはその地区のヒトツヅキに参加する義務があります。それがギルド所属の条件でもあるので」
「ん? じゃあ、みんなどうして帝都に行っちゃったんですか?」
「それが現在調査中らしく……。今、うちでもミヤミヤに動いてもらっていますから、近いうちに情報が入るでしょう」
つまり問題が発生しているということか。
自分のところだけは最善をつくすつもりだけど、他のスポットについては市長やらギルドやらに最善を尽くしてもらうしかない。
できる協力はするつもりだけどさ。
「まあ、とりあえずそれはそれとして――ヘティーさん。エフタさんと連絡とれます?」
「えっ? どうしてですか? そりゃあ、取ろうと思えば取れますが――」
へティーさんはエフタの実姉だ。
姉からの呼び出しなら応じないわけにはいかないだろう。俺にも姉がいるからわかる。
「実はずいぶん前から『御用商と商取引しよう』というお導きが出てまして、ヒトツヅキが本格的に始まる前に、クリアして精霊石を確保しておきたいな……と」
「そんなお導きが出ていたんですか! でも、ヒトツヅキまでじゃあ、もう日がないですね……マリシェーラからでは……」
「もうちょっと早く動いてればよかったんですけど」
さすがに間に合わないか。
エフタにちょっとした革命的技術を超高値で売るつもりだったのだが。
「ジローさま。どうしても間に合わせたいのなら手段はあります」
「あるんですか?」
ヘティーさんがこっくりと頷く。
しかし非正規な手段ということだろうか。
「大丈夫なんですか? 別に無理なら無理でもいいんですけど」
お導き……というかエフタとの商談は、いくつかある「やっておきたいこと」の一つでしかない。そりゃあ、精霊石の一つでもあるに越したことないわけだけども。
「無理ではありません。秘蔵の魔導具を出させましょう。アレを使えばここまで二日程度のはず」
二日って……。
マリシェーラってけっこう離れてるんじゃなかったっけ。
秘蔵の魔導具ってなんなんだ……。
「さっそく私のほうから打診しておきます。神官様の緊急通信網を使わせて貰えば、マリシェーラまではすぐに伝わるでしょうからね」
「ああ、精霊通信を使うんですね……それで、商談があるから精霊石100個持って来てって伝えてください」
「ひゃ、100個ですか!?」
「出せない数でもないでしょう。その代わり、こちらも恒久的に儲けられるネタを持ってきます」
「……わかりました。伝えます」
よし、これでエフタ……というかお導きの件はOKだ。
実際に、この取引にエフタが乗ってくるかどうかはわからんが、ちゃんと説明すればわかってくれるだろう。
いつまでも、魔法やら天職頼みじゃあ発展も頭打ちだぜ。
◇◆◆◆◇
次の日。
俺は主要メンバーを招集し、次のヒトツヅキが『此岸めぐり』である可能性が高いと伝えた。
最初はみんな半信半疑だったが、エリシェの英雄「夢幻の大魔導士」がそう言っていたとなれば、話は別。
どう準備をするべきか検討会が始まった。
基本的にはシェローさんとレベッカさんが音頭を取る。このモンスタースポットはシェローさんの管轄だから当然だ。俺たちはあくまで応援要員にすぎない。
とはいえ、他人事ということはないわけで、できる限りの支援は拒まないつもりである。特に金で解決できることなら、いくらつっこんでもいい。
だが、すぐに納得できなかった者もいる。
ディアナだ。
俺の話を聞いて、最初は茫然としていたが、突然堰を切ったようにまくし立て始めた。
「そ……そんな、此岸めぐりのヒトツヅキなんて! もう50年も来ていませんし、星の巡りこそ、その可能性もあるのかもしれませんけれど」
ヒトツヅキを戦うことは、すでに決まっていたことなので、隊員たちは特に取り乱したりはしなかったのだが、ディアナは想像以上に動転したようだ。
それほど「此岸めぐり」ってのは強烈なヒトツヅキなのだろう。
なんたってナンバー3だ。
これより上のは天国か地獄なんだから、事実上の最大難度なのである。
「まあ、実際はわからんが、準備だけはしとこうぜ。いつかの『振り子落とし』の時ですら、16人も死んだって聞いてんのに、それより上のヒトツヅキだってんだからさ」
「むっ、無理なのですっ。みんな死んでしまうのですよっ」
「死ぬって……」
俺が諭しても、ディアナは動揺を収めることができないようだった。
「此岸めぐりと言えば、夢幻の大魔導士でもボロボロになってやっと退けたほどのものなのですよ……! いくら騎士隊があると言っても……!」
「そりゃあ難しいだろうけどさ、やるしかないだろ。湧いてきたモンスターだって、どっかで食い止めなきゃ一般人が死ぬことになるんだし、俺たちは騎士隊なんだからな。ここで逃げたら二度と騎士隊なんて名乗れないぞ」
騎士隊の旗を掲げた以上、ヒトツヅキが思ったより厳しそうだからってトンズラこくなんてできるわけない。
もちろん、みんなのことも大切だ。無謀な戦いに挑んでほしいとは思っていない。だが、入念に準備して挑めばクリア不可能ということもないはず。
もともと、この世界の人間は1000年間もこのシステムと共存してきたのだから。
「それになぁ……みてみろよ、みんなの顔を。……俺なんかはね、騎士でもなんでもないし逃げちゃったっていいよ? でも、これじゃあ、もうそんなわけにゃいかないだろ」
アルテミス騎士隊は、女ばかりの騎士隊。
だけど、みんな確かに騎士だった。
静かに闘志を湛えた真摯な視線をディアナに投げかけている。
ディアナは『姫』だ。
普段は気さくに接しているが、それでもみんなにとってディアナは忠誠を誓った護るべき対象。
そんなディアナが、危険だからやめてほしいと言ったところで、逆効果だろう。
「姫。姫のことはマリナが護るのであります。主どのだって護ってみせるのであります。ヒトツヅキだって、絶対大丈夫なのであります。たくさん鍛えましたし、仲間もできたのであります」
「そうよー、お姫ちゃん。別に騎士だからって気取るわけじゃないけどさ。ヒトツヅキ避けて生きるのなんて、どのみち無理なんだし……守らせてよ」
「で……でも……」
マリナとレベッカさんが代表してディアナを説得する。
「でも、私……みんなのことが心配なのです。マリナなんてアホだからあっさり死んじゃったりしそうで……」
「マリナだって、出会ったころとは違うのでありますよ? マリナは死なないであります。もし、やられたとしても、また、姫の魔法で助けてもらうんであります」
「……バカね。あれは精霊石が必要だし……、死んじゃったら意味ないのよ」
「そうなんでありますか? じゃあ、ぜったいに死なないように戦うであります! それでもダメでありますか?」
マリナがまっすぐにディアナを見つめる。
もともと、マリナにこの手の説得は無理だ。
「……じゃあ、約束……約束してほしいのです。マリナ……みんなも……ぜったいに死なないって」
ディアナが一人ひとりの顔を確認するように見渡して、言った。
ディアナにしては珍しい、感情の吐露と言ってもいい言葉だ。
それだけ、このヒトツヅキに思うところがあるのだろう。
「姫がこんな顔をするなんて、明日は雪が降るであります」
「マッ、マリナ。あなたねぇ……」
「冗談であります。それに……大丈夫でありますよ。みんな――誰も死なないであります。主どのも、タイチョーどのも、誰も死なないような作戦を考えてくれるのであります」
「そうだな、マリナが言う通り、誰も死なないように最善を尽くすさ」
最善を尽くすしかない。
ディアナの心配を吹き飛ばすくらい、余裕でこのヒトツヅキをクリアしてみせる。
そうでなければ、もう当たって砕けろだ。
昔から言うだろう。人事を尽くして天命を待つと。
……ちょっと使い方違うか。
◇◆◆◆◇
ディアナの普段見せない弱さに触れた隊員たちがディアナの下に集まり、「姫の下で死なないことを誓う騎士」のイニシエーション大会となった。
新人さんなどは、ちょっと涙ぐんでる子までいる。
彼女たち騎士は本当に儀式が好きだ。今まで報われなかった分、憧ればかりが増幅しているからかもしれない。
それが、ひと段落してから、検討会を再開した。
ディアナの一件があったからか、みんなの顔つきもちょっと変わったかもしれない。
死なずに戦い抜く。あたりまえのことだが、コンセンサスが得られたのは良かった。命がそれほど重くないこの世界で、死なないことを至上に置くというのは、案外大切なことだ。
「今回は戦闘要員が我々だけであります。モンスターとの戦闘は、ルクラエラで経験しましたが、ヒトツヅキは長丁場なんであります。そのことを考えて作戦を考えたほうがいいかもしれないであります」
「うちはまだいいわよ。ちゃんとした戦士が揃ってるし。他の湧き場のほうが厳しい戦いになるんじゃないかな。場合によっては応援頼まれるかもしれないわよ」
「わはは、すまんなジロー。他のモンスタースポットに人の割り当て取られちまって。その分、モンスターから出た石は総取りだから、それで勘弁してくれ。俺も久々に全力を出そう」
ディアナが慌てるのもわかるし、俺だって別に勇者でもなんでもない。逃げられるものなら逃げてしまいたい気持ちもある。
しかし、ピンチはチャンスだ。
ここで騎士隊の価値を示すことができれば、この街で確固とした立ち位置を得ることができるだろう。
ヒトツヅキはエリシェで戦える人間は総出で当たることになる。
他の
現場には一人必ずエルフが配置されるので、状況は精霊通信でリアルタイムで共有される。
「とにかく準備です。考えられる対策のすべてをやりましょう。お金は後で魔結晶で回収できますから、ジャカジャカ使ってもいいでしょう。ではみなさんアイデアを出していってください」
今はまだアワセヅキが始まったばかりで、月が完全に重なりあうヒトツヅキまでは一週間ほど時間がある。
その間に突貫でやれることをやっておくのだ。
人間はもう増やせないし、人員の戦闘力も突然上げるのは難しいだろう。
モンスターとの戦闘経験は、順次戦うことで積んでいるものの、まだスケルトンの戦士ぐらいしか出てこないので、たいした経験にはならない。
無論、それでもやらないよりはマシではある。あの変則的な動きは体験しておいたほうがいい。まあ、新人さんたちが白兵戦をやる可能性は低いだろうけど。
「じゃあいきなりだが私からいいか?」
シャマシュさんが手を上げる。珍しいな。
「モンスターに対する戦術なら私がモンスタートーチを作れば、動きをある程度コントロールできるかもしれない。それでなにかできないだろうか?」
モンスタートーチというのは、シャマシュさんが魔術で作る黒い炎の松明のようなもので、モンスターを引き寄せる効果がある。
確かに常にモンスターがソレに向かってきてくれるなら、作戦の立て方が変わってくる。
なるほど、確かにモンスタートーチは使えそうだ。
「うーん……、ならやっぱシンプルに壁がいいんじゃないですか? モンスターのサイズによりますけどモンスターを壁で二分させられるだけでも違いますし。もしくは一方通行の通路にしちゃって、常に先頭の一匹とだけ戦うなんてことも考えられます。ああ、それならバリスタ打ちまくって直線上のモンスターを殲滅なんて手も――」
モンスターは死ねば魔石だけ残して消滅するから、死骸のことを考える必要がない。
バリスタ作戦は使えるぞ!
「さすがジローさま。考え方がエゲツないですね。その考え方は実に傭兵的です」
「そうですか? せっかく相手が愚直に動いてくれるなら、そこを利用すれば簡単そうじゃないですか」
「まぁー、実際にはそこまで単純でもないんですけどね。モンスターにもいろいろありますから」
確かにいろいろだ。スケルトンとオークなら動きは違うだろうし、オークなんかは投石攻撃もしてきた。画一的に思い込んでしまうのは危険かもしれない。
とはいえ、夢幻さんにある程度のアドバイスは聞いてきた。
まず、こちらが有利な面。
もともと、ヒトツヅキそのものはゲーム時代からの名残なので、
こちらは魔法使いなんてほとんどいない、ほぼ肉弾系戦士だけで構成されている騎士隊だから、それだけで有利だ。
こちらが不利な面は、なによりも『負けられない』というところだろう。
プレイヤーと違って、死んだらそれで終わりだ。
俺はもしかすると生き返る可能性があるが、さすがに死んで試す勇気はない。
「落とし穴はどうですか? 壁もそうだけど、有利な地形をこっちで作っちゃえば有利に戦えそうですよね。それか、高い壁を作って、下に集まったモンスターに岩とか落としたりとか」
突貫なら多分間に合う。
平地でガチンコするよりずっとマシだ。
他にもガソリンやら灯油なんかを使う作戦もあるんで、用意だけはしておく。
「あと一番大事なのはやっぱり兵器ですよね」
「兵器? バリスタみたいな?」
「まあ、そうです。いくつか本持ってきたんで、大親方に突貫で作ってもらおうかなと」
人間がチャンバラするのもいいけど、モンスター相手にガチンコするより、やっぱ道具使っちゃったほうが効率がいいだろう。
相手が人間だと難しいだろうが、モンスター相手ならバカバカ当たりそうに思う。
大親方に作ってもらうのは、
「なんだこりゃ!? こんなもん作れるのか!?」
設計図を見た大親方が驚きの声を上げる。
「理論上は。鉄球を釣るワイヤーは僕が用意しますから、大親方は鉄球だけ作ってくれれば。できそうですか?」
「お、おお。そう言われてできねぇなんて言えねぇ。だが、鉄材はちょっと融通してくれると助かるな」
「じゃあ、それも用意しましょう」
大親方に見せたのは、バリスタと投石器の設計図、そして釣り上げ式破壊鉄球の概略図だ。鉄球……浅間山荘事件の時のアレだ。
鉄球のほうは設計図とかなかったんで、俺の手作りの設計図やら、クレーンの写真なんかを見せた。鉄球を振ってぶつければ何度でも使える上に破壊力はバツグン。なんせ自動車をぶつけるぐらいのインパクトがある。モンスターをうまく誘導できれば、当てるのも難しくないだろうということで用意することにした。
問題はワイヤーだ。この世界にも超重量の鉄球を支えられる物質自体はあるんだろうが、かなりの金額になりそうなので、ワイヤーを俺が用意することにした。調べた感じ20万円くらいしそうだが、今の俺なら支払える金額だ。むしろ運ぶのが大変そうだが、まあなんとかなるだろう。
他にもいくつかの案が出て、だいたいのプランが固まった。
やはり事前工事が大きいんで、大親方や、ゴーレムを召喚するシャマシュさんの負担が大きくなる。しかし、ここでちゃんと準備をしておけば、少なくとも序盤は余裕を持って戦えると思う。
あとは、できたらあと一回くらいは夢幻さんに会って、攻略法みたいなものがないか聞いておきたいな。
聞くことリストを作っておいたほうがいいな。
無事にこのヒトツヅキをクリアする為にできそうなことは全部やっておきたいところだ。