『3、2、1発射! さらに次のタイミングで鉄球どうぞ! 3、2、1、リリース!』
エトワの指示の下、バリスタが空気を切り裂き鉄球が唸る。
巨大な骨のモンスターがバラバラに砕け散る。
『次出ました! 大猿です! 中央を閉めて5秒後にバリスタ! ……3、2、1、発射! 命中を確認。西を閉めて東に誘導してください!』
指示通りにバリスタを発射すると、勢いよく走ってきたゴリラ型モンスターにバツグンのタイミングで突き刺さった。
すぐにゴーレムが指示通りに西門を閉めると、手負いになったゴリラが怒って俺のほうに向かってくる。
俺はこれを魔剣で倒した。獣系はリーチが短いので、シェローさん相手に散々訓練してきた俺には戦いやすい相手だ。
もちろん魔剣の特性的なものや、俺の天職によるところも大きいとは思う。
伊達に『
俺はナマモノ担当ということで、東側を請け負っていた。
こっちは俺とヘティーさんだけだ。俺がピンチの時はヘティーさんが助けてくれるが、それ以外は俺が戦っており、けっこうなんとかなっている。
西側では、マリナとレベッカさんとイオンの騎士トリオが。
中央はシェローさんが一人で陣取っている。
神官ちゃんも中央。戦況によって西に東に走り回る仕事だ。
この布陣はエトワの提案によるものだった。
『ボスは生きているモンスターからはスタミナを吸収できます。現在の傾向では、5割が生きているモンスターですから、それらはなるべくボスに倒してもらったほうが効率がいいでしょう!』
エトワははっきりと効率重視で作戦を組んできた。
中央がシェローさんなのも、もっとも汎用性が高く戦えるのが理由だ。空を飛ぶモンスター相手に矢を当てる技術は、この中ではシェローさんがもっとも高いし、普通に戦っても危なげがない。
さらに、中央に通すモンスターは大型のが多くなるんで、相性的にもシェローさんが適任なのである。たまに、壁を乗り越えてくる身軽なモンスターも、シェローさんかシャマシュさんが討滅している。
『次。ほ、骨のドラゴンです! 大きい! 急いで左右通路を閉めて鉄球を用意してください! レベッカさんとマリナさんは中央へ移動。シェローさんと協力して、三名でこれの殲滅に当たってください。その間に出たモンスターは、東側、ボスとヘティーさんで対応です!』
エトワからの指示が飛ぶ。
見ると、全長7メートルくらいはありそうな、巨大なドラゴン型スケルトンがわさわさと通路を突き進んでくるところだった。
現在昼の1時。お昼の大物といったところか。
『鉄球用意! 3、2、1、リリース! 命中! あ、まだ生きてます! 戦闘準備お願いします!』
鉄球を食らっても生き残ったボーンドラゴンが、ガチャガチャと骨が擦れるような音を響かせながら、武器を構えたシェローさんへ迫る。
鉄球一発で死ななかったところを見るに、昨日のリビングスタチューよりは強い……ということかもしれない。スタチューよりも動きも機敏だ。
この位置からだと、みんなが戦う姿がよく見える。
さすがに、強力なモンスターの後だからか、しばらくモンスターは出ず、俺とヘティーさんはしばらく観戦モード。
応援に行きたい気持ちはあるが、持ち場を離れるわけにもいかないからな。
「ベッキーの剣って確かドラゴンに有効なんでしたっけ?」
ヘティーさんがなんの気なしに訊いてくる。
さっきからレベッカさんが攻撃する時だけ、ピカピカと剣が輝き、飛び散る光片の量も断然多いんで、おそらく最も与ダメージが多いことが察せられた。
「そうですよ。竜殺しの聖剣らしいですし。まあ、エトワもそれ伝えてあったからレベッカさんも中央に呼んだんでしょうからね」
レベッカさん、シェローさん、マリナの三人が、ボーンドラゴンの尻尾攻撃や噛み付き攻撃、体当たりを上手く躱しながら、的確に攻撃を入れていく。
散々フォーメーションの訓練をやってきた間柄だ。息が合っていて、安定感がある戦い方だ。
シェローさんは狂戦士的で一直線な印象こそあるが、実際にはすごくクレバーな戦い方をする。そのへんは、元傭兵団長アイザック氏の薫陶の賜物なのかもしれない。
「それにしても彼女――エトワも凄いですね。指揮は初めてなんでしょう?」
ヘティーさんが感心したように言う。
「実戦では初ですよ。まあ、本人も軍師になりたいとか言ってましたし、多少のレクチャーはしましたが。ヘティーさんもたまになんか聞かれてたじゃないですか」
「ええ。すごく頭が回る子だなとは思ってましたが、まさかこれほどとは」
「僕も驚いてますよ。モンスターが出てどういうモンスターか見た目で判断して、指示をすぐに出すのって難しいですからね。マゴツイてたらすぐに目の前まで来ちゃいますから」
実際、エトワはモンスターが森から出て、瞬時にどうするか判断して指示を出している。
全体をちゃんと把握できてなければできないことだ。
この役目を任せられる人材は稀有なものと言える。
俺でもできなくはないだろうが、必ずどこかで迷いやなんやらが生じただろう。
その点、エトワはすべて数学的というか、合理的判断に基づいて指示を出すので、迷いがない。俺が上司だからとかそういう手心もなくて逆に助かる思いだ。
「あ、倒しましたね」
ボーンドラゴン戦はレベッカさんのジャンピング突きで幕を閉じた。
ほとんどボス級のモンスターだったはずだが、さすがは竜殺しの聖剣ということか。この世界はけっこう武器性能の差が大きく出るようだからな。さすがは元ゲームだということか。
『骨ドラゴンが倒れました! 次モンスターは確率的に動物系になるでしょう。ボス、用意しておいてください!』
エトワから指示が飛び、実際次のモンスターはヘルハウンドだった。
ゴーレムが東通路を開く。
こっちに走ってきたヘルハウンドを、魔剣で処理する。動物系は動きが単調だし、攻撃手段が少ないから、こういう状況下では容易い相手だ。
さらに魔剣で吸収のスキルが発動すれば、疲れも取れて一石二鳥だ。
「神官さま、他のスポットの戦況はどうなんですか?」
一時的にヘティーさんに任せて戦況の確認をする。
他のスポットの動向も大事になってくる。ここはもう人は割けないが、状況次第では精霊石を貸し出す必要が出てくるかもしれない。
「ここから人を出したスポットはおかげ様で持ち直しました。他のところも……ギリギリながらやれているようです」
神官ちゃんの、「ギリギリ」という口調の雰囲気に暗い色が帯びている。
もしかすると、すでに何人か死人が出たかもしれない。そうでなくても重傷者は出ているだろう。
他のスポットの実質的な戦力は知らないが、人数的にはうちの何十倍と揃っているはずではある。
だが、しょせん烏合の衆だ。強力なモンスターが湧いた場合、泥沼の消耗戦でしか倒しきることはできないだろう。精霊石を使ったゾンビアタックに近い戦術を用いているのではなかろうか。というか、それ以外に有効な手だてはないだろう。
「……あとで返していただけるなら、精霊石を貸し出してもいいですよ。今日、この後に使ったとしても10個もいかないでしょうし。いや、一つも使わない可能性もあります」
元傭兵団へ回す分もある。そっちが優先だ。
だが、いま手元には124個もの精霊石がある。
俺の全財産と言ってもいいが、神官ちゃんに貸すのなら問題ない。厳密には、エリシェという都市、あるいはハンターズギルドへの貸付けだ。
「ありがとうございます、ジローさん。今日は追加でエリシェの金庫から石を出していますから大丈夫なはず……なのですが、かなりのペースで使ってしまっているようなので、三日目には貸していただくことになるかもしれません。エリシェの精霊石の貯蔵はそれなりにあるはずですが、今回のようなペースだと……」
精霊石は奇跡の石というアイテムであると同時に、金そのものでもある。
使ってしまえば金のように経済となって回ることはない。ただ、消費されて終わりだ。
そういう意味では、実に危険である。
とはいえ、背に腹は代えられない。ヒトツヅキで滅ぶかどうかの瀬戸際なら使わざるを得ない。
「まあ、とにかく今日を乗り切ること……。それだけですね」
さしあたり、もうできることはない。
ここはホントに少人数で頑張っているんだ。ホントはもっと応援貰ってもいい立場のはずなんだからな。
◇◆◆◆◇
『次、出ました! あ……骨軍団です! 全部で6体! 西に回します。マリナさん、ライトニングファウンテン準備してください。ここで使います!』
エトワが叫ぶ。
東側通路が封鎖されたので、よく見えなかったが6体同時に湧くのは珍しい。
ライトニングファウンテンというのは、マリナの武器の固有スキル、全周囲電撃攻撃のことだ。
しかも、ビリビリ攻撃をついに使うとなると、エトワから見て手強そうに見えたということだろうか。
確かビリビリ攻撃は100分に一回という制限があったはず。どこで使うかは、タイミングが難しいところなのだが。
「ああ、パーティーモンスターですね。ヒトツヅキで稀に湧くんですよ。他のモンスターと違いチームワークがいいんで、撃破が難しいんですよ」
ヘティーさんが教えてくれる。
俺はエトワのいる物見ヤグラまで走った。
6体の骨モンスターが、隊列を組んで慎重に歩を進めている。
どの骨からも、怪しい黒いオーラが立ち上り、実に禍々しい。
重鎧と斧を装備したスカルファイター。
白い鎧と剣を装備したスカルロード。
和風の鎧と刀を装備したスカルサムライ。
黒装束を着たスカルニンジャ。
法衣を着たスカルプリースト。
黒ずくめの、なんだか豪華なローブを着た――
ん? 一番後ろのやつだけオーラが段違いだ。
あれってリッチーってやつじゃないか……?
スカルウィザードとかいうようなお気楽な感じじゃないぞ……?
一匹だけ、真っ黒なオーラ立ち昇らせてるんですけど!
「エトワ! 一番後ろのやつに気をつけるように伝令! 神官さまは魔術障壁の準備! 精霊石も適宜上手く使うように言って」
「はい!」
エトワがトランシーバーで指示を出す。
向こうには、マリナ、レベッカさん、イオン、神官ちゃん。
モンスターが射程に入ったところで、マリナがビリビリを纏った戦鎚を振り下ろした。
輝く雷のシャワーがモンスターに降り注ぐ。
「お、おおっ!?」
一気に全員を戦闘不能へ追い込むかと思われた一撃だったが、法衣を着たプリーストが瞬間的に広げた黒い障壁で、後衛三匹には弾かれてしまった。
影が移動するかの如くヌルっとした動きで、骨ニンジャがイオンに忍び寄る。
前衛の骨戦士どもはビリビリにやられて一時的にせよ行動不能だ。
この隙に叩き割っておかなければ、いずれ復活されてしまうが、問題はリッチーである。
漆黒のオーラを膨らませ、ヤバゲな雰囲気バリバリである。
シェローさんかシャマシュさんを応援に――とも思ったが、次のモンスターが湧いた時の対応も必要だ。
アイちゃんを呼ぶのも手だが、アイちゃんは一度呼んだら、しばらく呼べない。かといって他の召喚魔獣ではあまり役に立たないだろう。ゴーレムなしでは鉄球も使えないのだし。
下手な対応をしてしまうと、モンスターの湧き方によっては詰将棋の如く、一手ずつ崩されてしまう。
ここは、頑張ってもらうしかない。
そうこうしているうちに、骨ニンジャがイオンへ刃を閃かせた。
イオンはこれを間一髪で躱し反撃するが、影に沈み込むが如く滑らかに動く骨ニンジャに軽く避けられてしまう。
レベッカさんとマリナは最優先でリッチーのほうへ走り、体当たりするかのようにレベッカさんの聖剣を突き立てる。
が――
「ショートテレポートッ!?」
直撃の寸前にリッチーは掻き消え、すぐ10mほど離れたところに姿を現した。
そして、両手を合わせ、黒い炎を熟成するかのように色濃く練り合わせていく。
イオンは骨ニンジャの相手で手一杯だ。
さらに骨プリーストが、ビリビリにやられた戦士たちになにやら魔法を唱えて、回復を試みている。
リッチーが両手を前に突き出し、顎をカクカクと動かして、なにやら呪文の名前でも呟くのかという刹那、リッチーの頭に一本の矢が突き刺さり、光の欠片が飛び散った。
シェローさんがかなり離れた位置から矢を命中させたのだ。
しかし、リッチーの呪文は止まらない。
まるで矢のことなど気にもしてないかの如く、ただチラリとシェローさんのほうを一瞥したのみだ。
魔法を使うモンスター。もちろんその可能性は考えてはいた。
だが、モンスターはその性質上、どうしてもアホが多い印象だったんで、対策が不十分だったのは否めない。攻撃のことは考えていたが、防御のことは疎かだったのだろうか。
トグロを巻いた漆黒の炎が渦巻き、最高に膨れ上がった魔力が、リッチーが指差した先……マリナとレベッカさんがいる場所へ射出された。
螺旋を描きつつほとばしる炎の大蛇。
物理的な攻撃と違い、これを十全に防ぐ方法はない。しかも、マリナもレベッカさんも両手武器を装備して、盾すらないのだ。
「マリナッ! レベッカさん!」
俺は思わず叫んだ。
二人は、回避行動を取っているが、炎は直径3mほどもある巨大なものだ。
躱しきれないだろう。
俺はつい目を逸らした。
バシュ!
という音で目を開くと、炎は二人に直撃する直前で、輝く光の壁に遮られ止まっていた。
凄まじい勢いで噴射される炎にもビクともしない光の盾。
「よかった。神官ちゃん」
神官ちゃんの障壁魔法である。
手には精霊石が握られているんで、かなり強力な防御魔法を使ってくれたらしい。
一回300万円の防御魔法だ。
この隙を逃すレベッカさんとマリナではない。
二人は頷き合うと、レベッカさんはリッチーのほうへ、マリナはプリーストのほうへ走った。
リッチーの炎の魔術は続いている。一度発動すると、しばらく炎を噴射する術なのかもしれない。
レベッカさんは炎を迂回しリッチーへ迫り、身動きが取れない相手へ、聖剣を連続で叩きつけた。
マリナは巨大な戦鎚を振り回し、回復魔法を唱えている骨プリーストを潰し、復活しかけている骨戦士どもをモチをつくかの如く順番に粉砕していった。
さすがに、マリナの戦鎚はボスモンスターから出た武器というか、相性もあるだろうが、骨モンスターには異常に効く。
イオンは骨ニンジャとの一騎打ちを未だに続けていた。
すでにイオンは傷だらけで少なくない血を流している。
そこに戦闘を終えたレベッカさんが合流し、骨ニンジャを倒した。
骨ニンジャは厄介そうな相手ではあったが、2対1ならなんということもなかったようだ。
「なんとか……なったか。一体一体は大したことないが、やはり数が揃うと厄介だな」
イオンのキズは、神官ちゃんの精霊魔法ですぐに全快した。
とはいえ、失った血の分は戻ってこないんで、イオンには休憩を命じた。
最悪、ディアナのスーパー回復魔法(時間戻し)を使うという手もあるが、まだそれを使うほどではないと判断した。
「一体の強大な敵も怖いですが、ほどほどの力を持つ敵が数を揃えるのは、さらに怖いです。あ、ボス、次湧きますから、そろそろ持ち場に戻ってください。時間も残り3時間。さらに強力なモンスターが出るかもしれません」
「はいよ」
そうして、厳しい戦いながらも、骨モンスター向けの準備が万端だったのが功を奏したか、5時ちょっと前のラストモンスターまで、これといったピンチに陥ることはなかった。
そして、モンスターの湧きが突然プツリと途切れる。
いよいよ、二日目のラストモンスターが湧く。