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第157話  中ボスは獅子の香り



『ご主人さま。私もそちらへ行くのです。理が連続して反転していて……次のモンスターは、おそらく今まで見たこともないものになるのです』

『脅かすなよ、ディアナ……』


 理の反転とは、反転するごとにその場所に本来存在しない魔素が、どこからか取り出されて、モンスターを作る糧になることをいうのだそうだ。

 ボスモンスターが湧く時は、連続してクルクルと反転して、その分だけ魔素が一箇所に凝縮されていくのだそうだ。


『じゃあ、あのクマとかサイクロプスより強いってことか?』

『あれは、通常のモンスターとはなにか違ったのです。特別というか……。今回はそういう感じはないのですが、魔力量はかなり強いのです。みんな、気をつけるのですよ』


 まあ強いといっても、ラストモンスターは一体だけだ。

 昨日のスタチューみたいに鉄球一撃でというわけにもいかないだろうが、それでもみんなで戦えばなんとかなるんじゃなかろうか。


 ディアナが小走りで休憩所から向かってきて合流。

 さすがのディアナも不安顔だ。だが、まだ二日目だぞ? 明日もあるんだから……。


 エトワの号令で、ゴーレムに左右の門を閉めさせ、中央通路を開ける。

 さらに、扉係のゴーレムを鉄球の前に配置して、敵の戦い方を見る生け贄にした。

 ゴーレムは4体召喚してあるが、扉係に二体、破壊鉄球の運用に二体使っている。

 ラストモンスターで鉄球を使ったあとは、全部のゴーレムを戦闘用に使い、死んだら次はアイちゃんを召喚する。

 アイちゃんはうちの中でも、特別に攻撃性が高い仲間なので、ラストモンスターがいくら強いといっても、かなり期待値が高い。


「そろそろ……なのです」


 ディアナの呟きに呼応したかのように、モンスタースポットから光の柱が立ち昇った。

 昨日よりも強い輝き。

 一日目よりも二日目、二日目よりも三日目のモンスターのほうが強いのは間違いない。

 だが、せめて極端なやつだけは出ないでくれと願うほかない。


『出現しました! ……これは……? 巨大な獣です! 犬……猫……? よくわかりません。ロバの耳をして、鳥みたいな脚をして、右手と左手に短剣とメイスを握っています!』


 エトワが叫ぶ。

 正面に立っているから、俺からも見えている。


 無機質な目玉をギョロつかせたライオンの頭に、尖ったロバの耳。

 筋肉隆々の胴体、両手にちっぽけな武器。

 とても体重を支えられそうもない鳥みたいな脚。

 全長は4メートルほどあるだろうか。

 ボスモンスターはどうしても巨大になってしまっていけない。


「……合成獣キマイラってやつか……?」


『バリスタ用意してください! まだモンスターは動いていませんが、射程に入ったら撃ちます! その前にゴーレム2体をつっかけてください!』


 エトワが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 バリスタ係として、新人さんを配置してある。

 モンスターが間違ってそっちに行かないように、シャマシュさんにモンスタートーチを用意してもらってある。


 シャマシュさんがゴーレムに命令をだす。

 ゴーレムが謎キマイラに攻撃を仕掛ける。

 ゴーレムは動きが遅く、攻撃手段もパンチだ。

 荷運びなどの仕事をさせる分には力持ちで優秀だが、戦いという点では欠点も多い。

 まあ、デカくて重いってのはそれだけでもアドバンテージではあるんだが……。


 ゴーレムがズッシンズッシンと歩を進め、いよいよ棒立ちの謎キマイラに一撃を加える――というところで、謎キマイラはヒザをグッと折り曲げ、ジャンプした。


 ジャンプ――なんてもんじゃない。

 飛翔だ。20メートルほどは飛び上がっただろうか。

 そのまま軽やかに、破壊鉄球を吊っている木製の梁の部分に降り立った。

 そして、こちらを睥睨してくる。


 ハッキリ言おう。

 かなり恐ろしげな状況だ。

 ライオン頭の巨大なバケモノである。


『戦法変更します! シャマシュさんは、速やかにゴーレムを帰還させ、アイちゃんを召喚してください! バリスタ組と新人さんたちは全員屋敷へ避難してください!』


 エトワが即座に叫ぶ。声音に焦りの色が混じっている、

 ヤバそうな相手が出たら、新人の避難を指示するようには言ってあった。

 さっきのジャンプだけで、こいつが危険なモンスターだと判断したのだろう。

 やはりエトワは優秀だ。


「ジローさん……他のスポットではラストモンスターとしてこんなの出てないみたいなんですけど……」


 神官ちゃんが震え声で言う。


「え?」

「こんなモンスターは私も見たことがありません……。他のスポットでは、デュラハンという首なし騎士が出てるみたいなのですが…………」

「え、ええ?」


 なんで?


「どうして……。てか、そんなことあるんですか?」

「わかりません……。こういうケースは初めてで……」


 やはり俺が、俺だけがプレイヤーだからってのが関係してるのだろうか。

 ヒトツヅキを司るこの世界の神が、ちょっとばかり張り切っちゃった結果ってことなのか。

 そりゃあ……うちはディアナもいるし、俺もいるし、なにか特別なフラグが立っていたとしても不思議じゃない。

 不思議じゃない……けどさぁ!


 ライオン頭が、ぎょろぎょろと魚のような目でこちら側を品定めでもするかのように、観察している。

 今はまだ動きはない。

 が、今までの敵とは圧倒的にオーラとでもいうべき雰囲気が違うモンスターだ。

 一目でヤバいと思ったリッチーだって、これと比べればやはりザコ敵の範疇だろう。

 なるほどラストモンスターとはよく言ったものだ。


 だが、もうここに現れてしまっているのだ。いずれにせよ、倒さにゃならん。

 大丈夫。このメンバーなら。やれるさ!


 シャマシュさんが、ゴーレムの召喚を解き帰還させ、アイちゃんの召喚に入る。

 謎キメラは、その様子をいまだにただ見ていた。


 突然、大きく息を吸い込んだ。胸がパンパンに膨らむほどに、空気を肺|(があればだが)に吸い込む。

 すわ、ブレスか! と俺たちが身構えるのが早いか、


「――――――!!!!!」


 なにかを叫んだ。

 質量を伴った咆哮。

 まさか、音そのものを攻撃として使うとは誰も考えていなかっただろう。

 俺だって考えていなかった。

 耳をふさぐヒマもなく、半ば無防備に全身を貫かれる。

 攻撃を受けた、という認識すら追いつかない、突然の攻撃。


〈スキル「百獣の王ザ・ライオンハート」発動します。ウガルルの「獅子王の咆哮」を無効化しました〉


 頭の中に声が響きわたる。

 スキル――天職が『四番目の魔剣使い』になった時に得た謎のスキルが効果をあらわしたらしい。

 だからか、突然の咆哮に驚きはしたものの平気だった。

 本当に、なにもなかったかのように、なんの影響も受けていない自分に驚くほどだ。

 しかし、周りを見回せば――


「うっそだろ……」


 マリナが腰を抜かしてへたり込んでいる。

 レベッカさんとヘティーさん、シェローさんまでもが立っていられず、地面にヒザをついている。

 神官ちゃんも、シャマシュさんも同様だ。

 平気そうなのは、咆哮の効果範囲外だったらしいエトワや新人さんたち、そして、俺とディアナだけだ。

 ディアナがなぜ平気なのかはわからんが、ハイエルフ様の特権かもしれない。


 自らの咆哮の絶大なる効果に満足したからか(表情からはなにもうかがえないが)、謎キメラがフワリと地面に降り立つ。


「でかいな……」


 デカい。横にも縦にもデカい。身幅もある。

 前にマンガで読んだ、「こんなデカいやつに敵うわけない」という言葉が脳裏に浮かぶ。でも、あのサイクロプスだってこれくらいはデカかったじゃないか。

 それに今、満足に戦えるのは俺だけだ。

 みんなが動けるようになるまでは、俺が一人で抑えるしかない。

 俺はグッと息を飲み込み決断した。


「ディアナ! 精霊石用意しておけ! もし俺がやられたら躊躇なく使って回復してくれ! みんなはそのうち回復するだろうから、精霊石使うのはちょっと待ってろ。俺がヤバそうだったらシェローさんに使え」


 それだけを伝え、魔剣をひっさげて走る。

 まだみんなは動けない。

 その間に攻撃されたら一撃死もありえる。

 あのライオン頭は、どれほど強そうだろうがナマモノだ。

 魔獣かどうかはわからない。

 ――いや、あれは獣だ。獣の合成品だ。まさしく魔獣と言うしかない化け物だ。

 この剣が魔獣殺しの魔剣だというのなら、やれるはずなのだ。


「おらぁあ!」


 一気に接近し、思い切り斬りつける。

 謎キメラは軽やかに五メートルほども後ろにジャンプして回避した。

 当然、俺はこれを追撃する。


「――!」


 ギョロリとした目玉が俺を真っ直ぐに捉え、知覚できない言葉でなにかを呟く。

 こちらへ向けた短剣の切っ先からバスケットボール大の燃え盛る火球が発生し、ゴウッという音と共に飛来してくる。

 獣のくせに魔術まで使ってくるとは、小癪だ。

 さすがに漫画みたいに剣で弾いたりはできないので、ただただ避けるしかない。


「あぶねぇ! 熱い!」


 なんとか回避に成功したが、距離を取られてしまった。

 戦いはリーチがモノを言う。どれほど威力のある攻撃を持っていようが、当たらなければ意味がないのだから。


「くそっ! 飛び道具はズリィぞ」


 弱音を吐いても仕方がない。

 俺はさらに走って距離を詰めた。

 肉薄し、魔剣を振るう。

 謎キメラは、身体のバランスが変だ。脚が短く頭がデカイ。

 だから、ちょうど腰の辺りを思い切り攻撃できる。

 本当は頭を狙いたいが、さすがに自分の背よりも高い位置にある頭は攻撃しにくい。

 はやくシャマシュさんが復活して欲しいところだ。

 アイちゃんビームや、魔術でなら狙えるだろう。


「――――!」


 謎キメラが俺の攻撃を食らいながらも、手に持った武器を振るい攻撃してくる。

 軽やかに重力を無視したようなジャンプをして襲いかかってくるので、武器による攻撃というよりも体当りに近い。4mもある巨体が、降り注ぐように攻撃してくる様は圧巻だ。


 だが、俺はそのたびに上手くカウンターを取った。

 フワリとジャンプするということは、それだけ動きが遅いということだ。どちらかというと、魔術的な攻撃が得意なタイプなのかもしれない。

 剣で斬りつける度、大きく光の欠片が飛び散る。

 ライオン頭が魔獣のカテゴリに入るかはわからないが、効いてる感触がある。

 肉薄し続けている限り、火球攻撃もできまい。


 そうして何度目かのジャンプ攻撃。


「――!」


 空中で口を開けたライオン頭が、こちらに向けて広範囲に渡る炎を噴き出した。

 一瞬で視界が赤く染まる!


「う、うおおおおおおお!」


 俺は目を瞑り、息を吸わないように、やみくもに真っ直ぐ走って炎から脱出した。

 熱いではなく痛い。

 一瞬だったから、酷いヤケドにはなっていないだろうが、直撃を食らってしまった。

 草原をゴロゴロと転がり、服に燃え移った炎を消す。

 おそらく、威力そのものは短剣から出す火球よりも小さいのだろうが、なにせ広範囲だ。これを避けるのは難しいかもしれない。


 振り返ると、また距離をとって着地したライオン頭が、短剣からいくつもの火球を飛ばしてきた。

 俺はこれをさらに間一髪で避ける。

 魔剣の『吸収』スキルのおかげで、体力的には問題ないが、ひとりでの戦闘は正直苦しい。


 自らが出した火球に追随するかのように、空中を滑るようにライオン頭が接近してくる。

 メイスを振り上げ、今度はあれでぶん殴るつもりか。


「くっそ!」


 俺は転がって火球をやりすごしてから、すぐさま立ち上がり、ライオン頭の脚を払った。


「ッ――!」


 叫び、ライオン頭が体勢を崩す。

 上半身は勇ましいが、脚は鳥だ。見え見えだが、案外これが弱点……なのか?


 俺はこれが勝機と、体勢を崩した相手を、やたらめったらぶっ刺した。

 ひとたびチャンスが来ると、サイズがデカイ相手はマトがデカイぶん、やり放題だ。


「みなぎるアイッ!」


 ライオン頭がやっと立ち上がったところ、どこかで聞いたセリフと共に破壊光線が飛んできてライオン頭の眉間に直撃した。

 アイちゃんのデスビームである。正式名称は知らないが。


「アヤセくん! 遅くなってすまない! 魔族のくせに、あれしきの咆哮で竦み上がってしまって」

「シャマシュさん! いいですから、畳み掛けましょう!」

「よし!」


 アイちゃんがビームを放ち、シャマシュさんが氷の魔術を連続で行使する。

 ズガン! ズガガン!

 と、近代兵器で攻撃されてるかのような音が響く。


「――――!」

「やらせるか!」


 ライオン頭が口を開け、ファイアブレスか咆哮か、どちらかを使おうとしたのを察知した俺は、背後から思いっきり斬りつけた。


「――ッ!」


 声にならない声を上げて、咆哮がキャンセルされる。


「待たせたな、ジロー! あとは任せろ!」

「後ろで休んでてください!」

「サポートは私がします! ジローさんは怪我の治療を」


 シェローさんとヘティーさんと神官ちゃんが復活してきたのでバトンタッチ。

 俺は後方に準備してあったブツを取りに走った。


「ご主人さま! ひどい怪我なのです! すっ、すぐ治療を――」

「いらないって、記憶消し飛ぶだろ、それ」


 ディアナが精霊石片手に、時間遡行魔法を使おうとするのを止めて、近くに置いてあったブツを手にとった。


「ま、炎を使うモンスターに効くのかどうかはわからねーが。せっかく用意したしな。と、そのまえに」


 未だに動けずにいるレベッカさんとマリナを回収する。

 咆哮からの復帰は実力順かなにかなのだろうか。


「あ、ありがと、ジロー。もう大丈夫よ」

「いきなり情けない姿を見せてしまったであります……」


 あの咆哮は反則だ。

 レベッカさんやマリナでさえ、たっぷり一分は動けずにいた計算である。

 シェローさんへティーさんでも、三〇秒は復帰までにかかっている。

 戦闘中に一分も動けなかったら、もうそれは死ぬしかない。

 魔術的な耐性が足りないということなのだろうか?

 それとも回復役が足りないのか。

 まあ、いざとなったらディアナが時間遡行で復活させるという手があったはあったのだけど。


 ヘティーさんのナギナタがライオン頭の顔面を切りつけ、シェローさんが豪剣で脚を切り払う。飛んできた火球は神官ちゃんの魔法の盾で弾かれる。

 最強のトリオだ。

 さすがのライオン頭も、これにはたまらずマトモに攻撃を当てられていない。


 俺はこっそりと戦闘区域に入り、ガソリン・・・・入の陶器の瓶をライオン頭に向かって思いっきり投げつけた。

 敵にぶち当たって瓶が割れ、独特の臭気を伴った液体がライオン頭にぶちまけられる。

 俺は五本の瓶を連続で食らわせてやった。


「火を点けるぞー!! シャマシュさんお願いします!」


 叫び、シャマシュさんに魔術で火を点けてもらう。

 シャマシュさんの指先から一条の火線が伸び、ライオン頭に触れるか触れないかというところで――


 ボウッ!!


 爆発するかのように、一気に四メートルの巨体が燃え上がり炎の塊になった。


「――――ッ!!!」


 火だるまになった謎キメラが、炎を消さんと暴れまわる。

 俺はダメ押しに、残る二本の瓶も投げつけてやった。

 炎は勢いを増して、モンスターの身体を焼く。

 ダメージが入っている証拠として、キラキラとした光の欠片が断続的に飛び散っていく。


 さすがに、剣で白兵戦たたかっている俺たちは、この燃え盛るモンスターに近付くことができない。

 その代わり、アイちゃんが連続してデスビームをブチ込み続けている。

 何度も何度も光の欠片が飛び散る。


 俺はこの隙に、神官ちゃんの通常魔法でヤケドを治してもらい(けっこう酷いヤケドだったらしい。戦闘中でアドレナリンが出まくってるのか、全然痛くはなかったが)、火が消えるのを待った。

 結局、火が消えてもモンスターは生きていた。

 凄まじい生命力である。正確にはヒットポイントか。

 あれだけアイちゃんレーザーの直撃を食らっていて。


「だがもうそろそろ死ね!」


 俺は走った。

 ブスブスと身体を焦げ付かせたライオン頭を、魔剣で思いっきり斬り払う。

 ――もうこれで終わる。

 そういう予感があった。


「――――――――――――ッッ!!」


 魔剣がその身体に接触し、光の欠片が激しく弾けて、ついにライオン頭は断末魔の叫びと共に消滅した。

 後には、巨大な魔結晶と――


「なんだこれ?」


 ロバの絵が刺繍してある可愛い手袋が残されていた。


 ドロップアイテムだ。



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