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第161話  ラストモンスターは鉄壁の香り


 美しい彫金の施された鈍く輝く白銀の全身鎧。

 中身があるのかどうかは不明だが、フルフェイスの兜の中がどうなっているのかは窺い知れない。

 横にも縦にもデカいが、全体的にマッチョでズングリムックリな体形だ。


 何度でもいうが、ボス級モンスターはデカい。

 こいつも4メートル級。

 さすがに、これよりデカくなると人間では倒せないだろうというホトケ心があるのか、それでもデカいのには変わりない。

 確か、倍デカくなると体重は8倍になるはず。ってことは、あいつは体重1トン以上ある。

 自動車だ。そんなやつが、鋼鉄の剣を思いっきり叩きつけてくるのだ。


「と、とりあえず羅刹天ラクシャーサの時と同じように、防御結界を張ったゴーレムの張り付き作戦を決行しましょう! それとシャマシュさんは、召喚が終わり次第、魔術攻撃も試してください。あと、シェローさんとへティーさんは、弓矢で攻撃してみてください」


 俺の指示で、すぐさまシェローさんとへティーさんが弓に矢をつがい放つ。

 矢は真っ直ぐ守護騎士へ命中し、少しばかり光の欠片を散らした。

 守護騎士は何事もなかったかのように、前進を続ける。


 シャマシュさんが召喚したゴーレムに、神官ちゃんが呪文を唱え、防御結界を張る。

 ゴーレム達が、のっそりとした足取りで守護騎士を取り囲もうと進む。

 だが、守護騎士が軽々と振るった巨剣の一撃で、一度に二体のゴーレムが吹き飛ばされてしまった。

 同時にパリンと、防御結界が破壊される。

 さすがに、結界を抜いての一撃破壊とまではいかなかったが、クソ重たいはずのゴーレムが、軽く5メートルは飛ばされてしまった。

 その膂力を見て、俺は叫ぶ。


「あ、あれはヤバい! ディアナ! 神官さまもなるべく近寄らないようにしてください!」


 羅刹天ラクシャーサは抑え込める程度の力だった。

 バフォメットは、嫌らしい攻撃は多かったが、力は弱かった。

 ケルベロスは突進攻撃も咬みつき攻撃も驚異的だったが、頭が悪かった。

 イフリートは、炎攻撃が主体だったし、武器は持っていなかったので殴られても即死はなかった。

 だが、こんなデカい騎士が、巨大な剣を振り回してくるのは、ちょっとかなりヤバい。

 剣じゃなくても、もうデカい鉄棒ってだけで死ねる。


「とにかく、みんなもあの剣の一撃だけは直撃喰らわないように気を付けてください! あとは、もう個々人頑張るしかないです! 最後のモンスターですから、命大事に! がんばりましょう!」


 結局のところ、この人数じゃあ言葉で連携の相談してから戦うなんてのはナンセンスで、戦いの流れの中でお互い阿吽の呼吸で上手くやっていくしかない。

 もちろん、エトワが上から戦況を見て指示を出してくれるのはありがたいが、それは戦闘の中での情報の一つであって、最終的に判断して行動するのは個々人なのだ。もっと人数が多ければ別だが、俺たちは少人数のパーティーでしかないのだから。

 まあ、みんなでいっしょに、いろんな状況による戦い方を想定訓練しまくってきたからできるってのもあるのだが。


 剣でブッ飛ばされなかった2体のゴーレムが、守護騎士に張り付きパンチを繰り出す。


「わたくしも行きますわ! 退かぬ、媚びぬ、省みぬ! いっけーー!」


 金髪をなびかせた生首を小脇に抱えたデュラハンが、ランスを掲げて絶叫しながら守護騎士に猛チャージ。

 さすがは召喚魔獣だからか、減速とか一切しないで文字通り本当に激突するから凄い。人間には絶対にできない挙動。馬を使った特攻だ。

 ドカンとぶち当たり、ガリガリと鎧を削る。


 デュラハンの突撃が合図となったように、全員でモンスターを取り囲む。

 クマの時と同じように、自然とシェローさんが盾役となり、俺たちは攻撃を食らわないように、チクチクと攻撃をする役目だ。

 ゴーレムがグイグイと足止めをしてくれるので、さすがの守護騎士も動きが阻害されているようだ。

 シャマシュさんが、得意の氷の魔術を連射。

 その隙にもう2体のゴーレムも復帰してくる。


 ゴーレム作戦は悪く無いが、デカいゴーレムが邪魔でこっちも攻撃しにくいのが玉に瑕だ。

 なんとか羅刹天ラクシャーサの時と同じように、倒して抑え込めればいいんだが。


 だが、その案はすぐに破棄することになった。

 守護騎士が、一瞬の隙をついてゴーレムを蹴り飛ばし、力強く踏み込み、少し距離が離れたところを一体一体、剣を連続で叩きこんだからだ。

 剣をひとつ振るうごとに、重量級のゴーレムが宙を舞う。

 一撃、二撃、三撃、四撃。

 いきなりの連続剣で、ゴーレムたちは一瞬で光の欠片となり消滅した。

 守護騎士は剣技を放ち終え、残心。


「うそだろ……」


 一瞬の出来事に、思わず身体をこわばらせてしまう。

 ゴーレムは力が強いのだけが取り柄の召喚魔獣だが、石でできてるだけあって硬く重い。

 それを、あんな風に一気に破壊するとは。


「シャマシュさん、次、ゴーレムまた召喚お願いします!」

「うっ……、そうだな。だが、これはアイちゃんを呼んだほうがいいんじゃないか……?」


 アイちゃんを呼ぶか、ゴーレムを呼ぶか。難しいところだ。

 ゴーレムは例えすぐ死ぬのだとしても、足止めくらいにはなる。

 使い惜しみがないのもいい。


 だが、それだけだ。

 俺たちの目的は足止めじゃない。

 倒すことだ。


「じゃあ、一度アイちゃん呼び出しましょうか。攻撃が効くなら、長期戦になるよりはいいですし」

「うむ。……まあ、とりあえず、私の魔術はほとんど効果がないようだよ。守護騎士ガーディアンの名は伊達じゃないということか」


 シャマシュさんが放つ氷の魔術は、ほとんど全部レジストされてしまった。

 ただでさえ魔術が効きにくいモンスターばっかりだってのに、こいつはその中でも飛び切り硬いモンスターだ。


「じゃあ、お願いします。俺もいきます!」


 とにかく、俺だって魔剣持ちの剣士だ。理論上は倒せるはず。少しずつでも体力を削らなければ。


 ブゥーンと空気を切り割き振るわれる巨剣を紙一重で躱し、脚を横薙ぎに斬りつける。ギャリンと多少の光を散らすが、鎧に阻まれて有効にダメージを与えられている感じがしない。

 シェローさんが、へティーさんが、レベッカさんが、それぞれに攻撃を加えるが、巨人相手にチクチクと攻撃しているという感じだ。

 それでもダメージは通っているはず。やれることをやるしかない。


『バリスタ、発射!』


 エトワがタイミングを指示し、レベッカさんがバリスタを発射する。

 太い、杭と言ってもいい極太の矢が守護騎士に突き刺さり火花が飛び散る。


『鉄球どうぞ!』


 守護騎士を誘導し、うまいタイミングで鉄球を食らわせることに成功。

 ドッゴォ! という音と共に、鉄球が守護騎士にめり込み、少なくない光の欠片が飛び散る。

 やったぜ、さっすが頼りになる! と思ったものの、ワイヤーを掴まれ、思いっきり引っ張られた拍子で、台座がガラガラドッシャンと倒され壊れてしまった。


「うそぉ!!」


 これでもう鉄球は使えない。

 さらにバリスタで攻撃。鉄球が使えなくなったからといって、怯んでいても仕方がない。

 モンスターへダメージが入ると、光が欠片となって飛び散るからわかりやすいのだが、バリスタで飛び散る量は少なく、やはり鎧に阻まれているのだろうか。


「いくであります!」


 マリナが、帯電した鎚を振り上げる。ライトニングファウンテンだ。

 今日はここぞというところまで温存していたのだが――


 バシュ! と鎧に到達した電撃が弾かれてしまった。


「だ、ダメであります! ぜんぜん効いてないのであります!」


 ダメだった。

 このレベルのボスに効くタイプの攻撃ではないのだろう。

 全周囲攻撃だから、どちらかといえばザコ向けの技だ。


「ふわー! 殺るDEATHデス! みなぎる、アイッ!」


 召喚されたイービルアイのアイちゃんがデスビームを飛ばす。

 アイちゃんビームは、さすがというか、そこそこのダメージをはじき出している模様。守護騎士は空を飛ぶモンスターへの攻撃手段は持っていないのか、アイちゃんへは関心を払っていない。

 ビーム喰らわせ放題である。

 ただ単にビームに耐性があって、ダメージ量が少ないだけかもだが。


「どうですか、シャマシュさん」

「正直……かなりマズいな。あれは魔術の類はほとんどすべて遮断するタイプのモンスターのようだよ。アイちゃんの攻撃ですら、7割はあの鎧に阻まれている」

「マジすか。ただでさえ普通の攻撃も鎧に阻まれてんのに……」

「私の攻撃は……悔しいがほぼ意味がないだろう。あとは召喚魔獣に頑張ってもらうのがいいだろう。アイちゃんは、顕現していられる時間が短いからな……。次は、やはり……ゴーレムだろうか。彼らは戦闘ではあまり役に立たないと思っていたのだが、認識を改めたよ」

「パワーは力ですからね……」


 守護騎士はそこまで動きが速いタイプじゃない。

 図体のデカい鎧騎士だから、当然といえば当然だが。

 召喚魔獣の持ち札の中で有効なのは、やはりゴーレムだろう。

 しかもゴーレムなら最大4体も呼び出せる。一撃で殺されるとしても、魔結晶の続く限り呼び出してもらえば、かなり違ってくる。


 ちなみに、デュラハンさんも頑張っているが、呪怨魔術が効かないとみるや、ほとんど突撃するだけのチャージマシーンと化してしまった。

 それなりに攻撃は通っているが、守護騎士の薙ぎ払いでフっ飛ばされる度に消滅するんじゃないかと気が気でない。人間じゃないから、光の欠片が飛び散るだけで、真っ二つにならないのはいいんだが。

 戦力にはなるから、騎竜のモロコシみたいに避難させておくのももったいないとはいえ、さすがにあそこまで人間感ある召喚魔獣を使い捨てにするのは、良心が痛むのだ。

 特大魔結晶で呼び出した召喚魔獣は死んでも生き返らせることができるらしいが、それにしたってな。


 とにかく、こうなったら消耗戦でもなんでも、削りきるしかない。

 俺は、戦場へ飛び出していった。


 …………

 ………………

 ……………………




 ◇◆◆◆◇




「…………はっ!?」


 意識がハッキリしてくる。

 寝ぼけて起きて、起床時刻をすっかり回った目覚まし時計を見た瞬間のように、一気に体中の血液が沸騰する。


「何分経ってる!? いや――何度目だ!? ディアナ!」


 傍らで心配そうにこちらを覗き込んでいたディアナが答える。


「2度目なのですよ、ご主人さま。時間は45分経つのです」

「クソッ! 誰もまだ死んでないな?」

「なんとか……。でも、デュラハンが死んだのです」

「あの突撃娘が……。いやまあ、復活できるそうだから」


 状況はすぐに理解できた。

 俺は、あの守護騎士に手ひどくやられて、ディアナの時間遡行による回復魔法を受けて回復したところなのだろう。


 しかも、2度目だという。

 こういう魔法だとわかってなかったらパニックになっていたかもしれない。


 そうこうしている間にも剣戟の音は激しさを増している。

 守護騎士の周りに、神官ちゃんの魔法による魔法陣が浮かび上がっている。

 盾役のシェローさんには、常時、精霊石を使った防御結界が張られ、へティーさんが人間離れした動きで守護騎士に斬撃を加え続けている。

 あの二人の化け物じみた動きと比べると、俺やレベッカさん、マリナはまだまだ人間の範疇だ。


「ディアナ、精霊石はまだあるな?」

「はい。イフリートから出た分もありますから。ただ、このペースでいけばあと30分ほどで尽きるでしょう」

「そこがタイムリミットか……!」


 時間がない。

 精霊石がなかったらとっくに全滅してただろうから、イフリートが石を出してくれたのは本当に幸運だった。

 それがなかったら、もうとっくにヤバくなっていただろう。


 守護騎士はマジックガードはほぼ完璧。スピードはそこそこだが、攻撃力も高く、リーチも長い。まさに最強レベルのモンスターだ。これと比べたら昨日のウガルルなど、実にたやすいモンスターだったといえる。

 このままでは、ジリ貧だ。

 なにか……なにか手はないか。


「あっ!」

「ご主人さま!」


 意を決したようにディアナが口を開くのと、俺が大事なことを思い出したのはほぼ同時だった。


「え、え? なんなのです、ご主人さま」

「ああ、強力な魔術を夢幻さんに習ったのを忘れてた。熱くなってたんだな」

「魔術ですか? でも、あれに魔術は……」

「いや、精霊文明時代に最強とされたやつだ。できるかどうかはわからんが、やってみよう」


 魔術は、ことわりを理解することによって発動する。

 だから、要するに夢幻さんと俺は勉強をしてきたのだ。

 勉強そのものは中途半端に終わったが、俺にはまだ『世界の理ザ・プリンシプル』という補助スキルがあるから、おそらく発動するだろうとのこと。

 実際、こっそり練習してみたら発動はできた。

 みんなを驚かそうと思って黙ってて忘れてしまっていたのだ。

 戦いが始まったら、剣で戦うことで頭がいっぱいになってしまった。


『エトワ、今からデカい魔術を使う。仲間には無害だが、いちおうマイクで伝えてくれ』

『ハイ!』


 俺は目を閉じて、脳内で魔術式を構築しはじめる。

 魔術式……いや、化学式だ。

 頭の中で、ある程度完璧に理屈が通っていないと魔術は発動しない。

 確認する手段はないが、体内魔力、いわゆるマジックМポイントの概念もある。

 俺はMPが高くないはずだから、一回こっきりの魔術だ。

 これ一回で次は使えないのは、前に確認してある。


 頭の中で式を作り、その効果を想像し、材料を魔素から生成する。

 すべてイメージの問題だ。イメージが弱ければ魔術は発動しない。

 本当は、もっとちゃんと確信を持っていないと魔術は発動しないらしいが、俺にはアシストスキルがあるから、こんなもんでなんとかなるはずだ。


 2C7​H5​N3​O6​+7.5O2​→14CO2​+5H2​O+3N2​。

 何度も頭に叩きこんだ式。

 科学なんてやったの何年振りだろうか。俺のあまりの頭の悪さに夢幻さんも失笑もんだったからな。


「いくぞ!」


 魔素を練り上げ、魔術を行使する。


 自身の魔力をTNT火薬に変換し爆発させるという、シンプルかつバカバカしく、強力な術。


 通称――


「TNTバースト‼」


 身体から魔力が抜ける感触がして、同時に、守護騎士の眼前に輝く火球が生まれた。

 まばゆいほどの光と共に、黄金の火球が刹那の内に閃光と共に膨れ上がり爆発した。ケルベロスの咆哮よりも胸に響く爆発音に衝撃波。

 少し遅れてズゥウウウンという地響きがこちらに届く。


 精霊文明時代、ベテランプレイヤーにとって必須魔術とされていたという、攻撃魔術。


 TNT爆発魔術エクスプロージョンである。


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