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第162話  運命はお導きの香り



「う、うおおおおおおお!」


 突然なにもないところで大爆発。

 俺は、その効果に(自分でやったくせに)、腰を抜かさんばかりに驚いた。

 というか、みんな驚いている。

 本物の爆発だったら、俺たち全員無事には済まないような、凄まじい魔術だ。

 これはあくまで攻撃魔術なので、どれほど凄まじかろうが仲間には無害だが。

 いやぁ、これは夢幻さんに大感謝だな。


 輝く火球は黒い煙となり、空へ立ち上った。

 やがて、煙が晴れて――


「やったか!?」


 あれだけの爆発だ。

 人間だったらイチコロな攻撃。


 倒せないまでも、それなりにダメージを与えられたはず。

 だが――


「嘘だろ……」

「言ったのです、ご主人さま。あいつには魔術は効かないと。精霊文明時代の大魔術でも、同じなのです……。素晴らしい魔術で驚きましたけれど……」


 守護騎士は生きていた。

 倒れてすらいない。仁王立ちだ。

 体には煤が付着し、ダメージ自体はあるだろうが、しかし普通にすぐに動き出した。

 すぐに、シェローさんとへティーさんがカバーに入る。

 あれだけの爆発でも、必殺には程遠い。

 ほとんどレジストされ、アイちゃんレーザーに毛が生えた程度といった様子だ。


 守護騎士が振るう巨剣が、シェローさんの大剣とこすれあい火花を散らす。

 ほとんど頭上から振り下ろされる鋼鉄の剣は、とてつもない重さだ。シェローさんでもマトモには受けきれず、衝撃を逃し軌道を逸らすことしかできない。

 軌道を逸らされた巨剣が、地面を穿つ。

 へこんでる暇はないのだ。効かなかったなら効かなかったで割り切らなければ。


 へティーさんがゴーレムを足場に守護騎士へ飛び掛かり、その刃が首筋を舐めるように切り裂く。

 シェローさんの剛剣が、守護騎士の手甲ガントレットを穿つ。

 マリナが振り回す槌が、胴体を強襲する。

 レベッカさんの輝く聖剣が、それに追随する。

 そして、俺も攻撃に参加するが、なかなか敵は倒れない。おそらく、体力が高いのだろう。いわゆるHPというやつだ。

 クマの時だってそうだった。なかなか倒れないモンスター相手では、それでも消耗戦をする以外にはないのだ


 守護騎士が、ダンっと一歩脚を前に出し、腰を落とした。

 剣技を発動する合図だ。

 時々しか使ってこないが、全員で固まっていると、これを使ってくる。

 ちょうどタイミングが悪く、レベッカさんが攻撃を仕掛けるモーションに入っている最中だった。

 モンスターは攻撃に怯むことが少ない。攻撃を食らいながらでも、アクションを起こすことは普通にある。


「レベッカさん! 逃げて!」


 叫ぶ。

 当然、レベッカさんも回避行動に入っていたが、攻撃の直前だったためか、一瞬遅れてしまった。

 そこに守護騎士の連続剣が疾風はしる。


「レベッカァー!!」


 近くにいたシェローさんが、レベッカさんと守護騎士との間に身体を躍らせた。

 ギィイイイインと、鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う激しい衝撃音が響き渡る。

 シェローさんが連続剣を捌くが、重く速い剣にわずかに身体が泳ぐ。

 二撃目で態勢を崩され、三撃目で、剣を弾かれた。


「シェローさん!」


 シェローさんに庇われたレベッカさんは、すでに離脱して、しかし遠くへ逃げることもできず、その光景に目を奪われたかのように立ち尽くしていた。


 四撃目で、巨大な剣がシェローさんの肉体を捉えた。

 すくい上げるように斬り飛ばされ、その勢いのまま、シェローさんは十数メートルほど離れた地面に落下した。

 血しぶきが飛び、何度もバウンドして倒れ伏し、ピクリとも動かない。

 ただ、流れる血液だけが、地面を染めていく。


「…………」


 誰もが無言だった。

 直撃だ。

「戦闘時は非情になれ」とシェローさんは良く言っていたが、そこはやはり父親だ。

 実の娘のピンチでは、体が勝手に動いてしまったのだろう。


『ディアナさま! はやく!』


 エトワの叫びで我に返ったディアナが、精霊石を握りしめて走る。

 倒れ伏すシェローさんに、精霊魔法による治療を行使しようとして、しかし、そのまま動きを止めてしまう。


 俺たちは守護騎士への攻撃を再開しながら、チラチラとその様子をうかがっていた。

 今日はもう何度かこんなことはあったのだ、俺だってもう3回も手ひどい怪我をしているのだ。自分自身は忘れてしまうから自覚はないが、骨折くらいは普通にしてる。


 はやくシェローさんに復帰してもらわないと、戦線の崩壊が近い。


「ディアナ! はやく! はやく、シェローさん復活させてくれ!」


 俺の催促に、ディアナは俯き、ゆっくりと首を横に振った。

 倒れ伏すシェローさん。首を横に振るディアナ。

 すぐに察した。察せてしまった。


「マ……マジかよ…………」


 みんなも戦いながら、ディアナが首を横に振るその意味をすぐに察したようだ。

 だが、みんな戦士だ。そのことで、急に戦えなくなったりはしない。

 しかし、ショックは受けているはずだ。

 戦線を崩壊させるわけにはいかない。


『エトワ、情報解禁だ。みんなに伝えてくれ』

『了解です。ボス』


 トランシーバーでエトワに指示を飛ばす。

 俺は、あのことをエトワにだけ伝えてあった。

 エトワはミャミャ!っと驚きながらも、上手く隠し通してくれた。

 エトワがマイクを握り、叫ぶ。


『みなさん落ち着いて! クラン登録メンバーは、死んでも神殿にて復活できます! シェローさんも、復活できますので、戦線を崩壊させないように頑張ってください! これは、ボスが精霊様から聞いたことなので確かです!』


 みんなが、驚きを隠せない表情をした。

 そりゃそうだ。死んでも生き返るなんて、いきなり言われてもな。

 程度の低い慰めの嘘と思ったかもしれない。

 だが、ここまで来たらなんでもありだ。

 ちなみに、本当に生き返るのかどうかは、精霊さんを呼び出して聞き出したから確かだ。さすがに死んで試すことまではしてないが、間違いないだろう。


 もちろん、シェローさんもクランメンバーだ。

 というか、ここにいる全員クランメンバーだ。


 シェローさんは、しばらくして光の粒子となって消えた。

 普通の人間ならありえないことだ。

 今頃神殿で復活して、「なんじゃこりゃぁー!」となっていることだろう。




 ◇◆◆◆◇




 精神的にも戦闘的にも支柱だったシェローさんが抜けて、戦闘はさらに厳しさを増した。


 男の俺がやらねばと盾役を引き受けているが、本当に激しい剣閃で、逸らすのが精いっぱいだ。

 神官ちゃんの防御結界は、紙一重でよけようとしたり、攻撃をいなそうとすると、先に結界にぶち当たって消滅してしまい、盾役には相性が悪い。捨て身攻撃のお伴には最強だろうが。


「くっ!」


 何度目かの攻撃を、なんとか逸らすことに成功する。

 その隙に、マリナが、レベッカさんが、へティーさんが攻撃を続けるが、守護騎士は信じられないタフさで未だに倒れる気配を見せない。

 精霊石は数分に一つのペースで使ってしまっている。

 これが尽きたら、ジリジリと削られ、いずれ全滅してしまうだろう。

 それまでに――

 それまでに倒さないと――


 守護騎士が独特のモーションから連続剣を放つ。

 俺たちはこれを今度は余裕を持って回避した。

 少しモンスターから離れたところ、神官ちゃんが声を掛けてくる。


「ジローさん、先ほど報告が入りまして……東のスポットで、ワイバーンを倒してしまったと……」

「え、うそでしょ。やりすごせなかったんですか?」

「それが、倒せそうだったので倒したと」

「なんで……」


 ワイバーンを倒す。それ自体は別にいい。

 だが、ワイバーンの次は羅刹天ラクシャーサだ。

 あれはゴーレムがいれば楽勝だが、人間だけで戦うにはかなり危険な相手。

 腕の未熟な連中だけでは、絶対に倒せない。他のスポットは、戦士が100人以上いるはずだが、それでも烏合の衆みたいなものだろう。

 元傭兵団が請け負っている南のスポットならともかく……。


「なんで倒しちゃったんですか!? 次のモンスターはさらに危険だって伝えてあったでしょうに!」

「それが……、ワイバーンの行動パターンも掴めてきて、やれると思ってしまったようで……。それで、人数だけは多いですから、多勢で襲い掛かって倒したとかで」

「バカな」


 なんて余計なことをする連中だ。

 陸上では無力なワイバーンだからこそ、時間を稼ぎやすかったってのに、地面で自由に動ける羅刹天ラクシャーサ相手じゃ、抑えておく手段なんてないぞ。

 精霊石を使ったゾンビアタックもほとんど意味ないだろうし……。


「それで……すでに20人は殺されたと」

「マジですか……なんてこった……」


 なんて馬鹿共だ。

 この世界でずっとヒトツヅキとうまくやってきたんじゃないのかよ。

 どうして、言われた通りにできなかった!

 20人も死んだなんて……。


「ジローさんが気に病む必要はありません。むしろ、ジローさんのおかげでまだこの程度の被害で済んでいるんですから」


 神官ちゃんからの慰めの言葉も、俺には遠く聞こえた。

 この20人は生き返らない20人だ。

 俺の責任ではない。でも、人が死んだのは確かだ。俺たちは、クランメンバーだからと死ぬことなく戦っているってのに。

 こんなことなら、戦闘に参加する人間は全員クランメンバーにするくらいすれば良かったのだ。

 今更、こんなこと言っても仕方ないけど。


「ご主人さま」


 いつのまにか隣に来ていたディアナが、真っ直ぐと俺を見つめている。

 真剣な表情だ。


「ご主人さま。先ほども、言おうとしたのですが、その……戦闘中にこんなことを言うのは、自分ではどうかと思うのですが……でも、これしかないのです」


「なんか……秘策があるのか?」


 秘策があるなら乗っかりたい。

 もうすでに泥沼の消耗戦に突入しかかっているのだ。

 倒しきれるかわからないボス戦を、MP切れが先か、ボスが死ぬのが先か、先行きの見えない戦いをしている状態だ。


「秘策……というわけではありませんが、状況は確実に打破できるはずなのです」


「マジか。そんなのあるなら、もっと先に――」


 言いかけて、ディアナがなにを言おうとしているのかに気が付いた。

 ディアナが持っている持ち札など、もともと多くはない。

 精霊石を用いた力押しの精霊魔法と、その身に宿した特別な精霊力のみだ。


 ディアナの真剣な眼差しを、真っ直ぐに受け止める。


 そのとき・・・・が来たのだ。


 戦況は硬直。シャマシュさんにゴーレムを召喚してもらい、俺が抜けている間の守護騎士の足止めを頼んでから、ディアナと向き合った。


「ディアナ、その秘策は?」


「はい。ご主人さま、私と……『永遠の愛』を誓って欲しいのです」




 ◇◆◆◆◇




「『永遠の愛』か……」


「『永遠の愛』なのです……。ご主人さま、私と結婚してくれるって言ったのです。エルフと結婚する、その意味はあなただってわかっているはずですけど」


「もちろん、それはわかってるよ」


「それで……その『永遠の愛』をお互いに誓い合うこと……。実は、それこそが……私の特別なお導きの達成条件なのです」


 そのことは知っていた。本人には知っているとは言わずにいたが。


「……この、私のお導きが達成されれば、私は精霊魔法をすべて使えるようになるのです。そうしたら、あんなモンスターぐらい」


 なるほど。たしかにお導き達成となれば、この全身を覆う精霊紋の枷が取れ、自由になるのだろう。

 けど……。


「いいのか? こんなタイミングでなんて」

「私は、最初からあなたに永遠の愛を誓っているのです。ご主人さまが鈍感なだけで!」

「鈍感……。そうかもな」


 ディアナの気持ちには気付いていたさ。ただ、いろいろあってマゴついてただけで。

 そして、『永遠の愛』に対する答えも決めてあった。


「ディアナ」

「……はい」


 ディアナの両肩を掴む。

 交差する瞳と瞳。


「お前と永遠の愛を誓うってことは、どういうことかわかるか?」

「……ずっといっしょということなのです」

「いや……俺のほうが先に死ぬだろ。お前はエルフで、俺は人間なんだから」

「……永遠の愛を誓ってくれるのではないのですか……? そうしたら、ご主人さまは、私と同じように、ずっと生きていられるようになるのです」


 サラっと怖いことを言うディアナ。

 つまり、ディアナにとっての永遠の愛とはそういうこと――なのだろう。


「永遠に生きていられるってのはさ、ディアナ。それは死ねないということなんだよ」

「死にたいのです? ご主人さまは……」

「死にたくはないさ。だけど、歳をとって自然に死ぬ。生を全うするってのが、普通の生き方だ。永遠を生きるってのは、歪なことだ」

「歪……」


 ディアナのことは好きだ。

 だからといって、二人だけで永遠を生きるというのは、俺の望みじゃない。

 永遠に生きられたら、永遠に愛が持続するなんてのは、希望的観測に基づいたものでしかない。それは夢幻さんとて言っていたことだ。いつか死ねるとわかっているから、やっていけていると。

 だから、二人で永遠になど生きられない。


「『特別なお導き』ね。実は俺にも出てるんだよ」

「え? そ、そうだったのですか!?」

「ああ。だが、ということは俺の望みを言ったっていいだろう。お前の望みであり、俺の望みである。そういう答えがあったっていいんじゃないか?」

「そ、それはそうですけれど……」


 特別なお導きが願いを叶えるものなのだとすれば、俺の言い分だって聞いてくれたっていいだろう。

 この世界を制御している、人ならざる神に、そんな柔軟さがあるのかどうかは知らないが。


「ディアナ。俺はお前のことが好きだよ」

「えっ…………えっ! ほっほんと?」

「ほんと。出会った最初から好きだ。いっしょに暮らしてて、何度も手を出しそうになったんだぜ」

「えっえっ、そんな。出せばよかったですのに」

「みんなもいたからさ。……ま、それはさておきさ」

「はっ、はい」

「ディアナ。お前と『永遠の愛』を誓うよ」

「わ、わたしもあなたに『永遠の愛』を誓うのです!」


 その言葉と共に、一気に膨れ上がり身体から吹き出すディアナの黄金色の精霊力。

 灰色の空を、輝く黄金色に染め上げるほどだ。戦闘中のみんなが、何事かとこちらを窺っている。


「特別なお導き」はこの世界最高の魔法だという。

 少なくとも、ハイエルフ達の認識としてはそういうものだと、セレーネさんから聞いた。

 彼女の認識では、それは愛する人と永遠に結ばれる魔法だから……ということだったから、だが、果たしてそうだろうか?

 すでに無限の命を持っているハイエルフが、伴侶を不老不死にする……言ってみれば、そんな程度のことが、この魔法の世界で一番の魔法と言えるだろうか?


 俺は、夢幻さんに見せてもらったタブレットで「かぐや」の物語を読んだ。

 かぐやの人工知能にブレイクスルーが起きた原因とはなにか。

 そのかぐやが持ち続けているたった一つの願いとはなにか。


 その答えは、その言葉通りの意味ではない。

「愛する者と永遠を生きる」という言葉だけの意味じゃないんだ。


「で、では誓いのくちづけを――」


 黄金色の光に包まれたディアナが、瞳を閉じる。


 いつのまにか、剣戟の音は止み、世界は時を止めたような静寂に包まれている。

 目の前には、輝く光のベールの中プラチナブロンドの長い髪を揺らして瞳を閉じた、全身を精霊紋で彩ったハイエルフ。


「ディアナ……」


 誓いのくちづけ。

 だが、その前に一つだけ。


「ディアナ、教えてくれ。お前の本当の願いはなんなんだ? お前がこの『お導き』に込めた、本当の願いを教えてくれ」

「えっ?」


 ディアナが目を開けて、首を傾げる。


「え、えっと……どうして……? どうしても言わなきゃダメなのです……?」

「ダメだ」

「う、う~……。前に、話したことがあると思うのですけれど、小さいころ私の家に夢幻の大魔導師とハイエルフの絵本があって……、その、ふたりが結ばれる物語で、私憧れていたのです。それで、私も『いつか私も固有職を持った強い男の子と結ばれたい』って……。えへ」


 耳を真っ赤にして、そんなことを言うディアナ。

 まさに婿探しのお導き……。

 いや、今はそんなことはいい。


「うん。でも、それ以外にもあるだろう? 心の底の願いが。そうだな……お前が生まれて、最初に願ったこととかさ」

「最初に……? どうして、そんな難しいことを言うのです……?」

「えっと……そうだな。じゃあどうして『特別なお導き』って伴侶を探すお導きなんだ?」

「えっ、ええっ。伴侶を探す……そ、そういえばそうですね……。伝え聞く限り、特別なお導きは人生の伴侶探しが目的で――」


 もうちょっとだ。もう少しで答えにたどり着く。


「じゃあ、それをしようと思うタイミングがあるはずだ」

「えっと……」


 セレーネさんが言うには、特別なお導きは誰に言われるわけでもなく、ある程度の年齢になると勝手に始まるものだという。

 周りから「そろそろ特別なお導きの歳ねぇ~。どういうタイプと結婚したいの?」みたいな話をされるというわけでもないのだそうだ。

 物心付いた時には、伴侶を探すということが強く意識の中にあったらしい。

 そのキッカケが知りたい。


「……私が永遠を望んだのは、実家の屋敷にあるキネンシャシンを見てからだったような気がするのです」

「記念写真?」

「はい。古い古い写真。冒険者の男の子と女の子。真ん中にハイエルフの少女が写った記念写真。私はそれを見た瞬間、泣きたいような……なんとも言えない気持ちになったのを覚えているのです。永遠ではないものを、永遠にしたくなる、そんな写真なのです」


 少しだけ、泣くような表情をするディアナ。

 ディアナの実家にある記念写真。それはつまり。


「女の子はターク族じゃなかったか?」

「え、ええ。写真の……ですよね。たしかにターク族だったかもしれません。大きな槍を持っていて儚く微笑んでいるのです。私はその写真を見ると、胸がざわついて――」

「それだ」


 正確にはダークエルフだが、それはこの際関係ない。

 ディアナの実家にあるキネンシャシンは、「かぐや」とその主人である男プレイヤーと、死んでしまったという女プレイヤーとで撮ったものだろう。

 俺も「かぐや」の物語を調べたときに、夢幻さんのタブレットでそれを見た。

 どういう経緯でディアナの実家にあるのかはわからないが、間違いないはずだ。

 セレーネさんもその写真を見たことがあると言っていたしな。


 かぐやの本当の願い。

 ずっと持ち続けてた、たった一つの願い。

 そして、このエメスパレットで『特別なお導き』なんてものを作ってでも、やり直そう・・・・・とした願い。


 それはディアナの願いとは、もしかすると少しだけ違うものなのかもしれない。


 だが、俺には確信があった。

 これが答えだという確信が。


「ディアナ。お前と、永遠の愛を誓うが、それは永遠に二人で生きるって意味じゃない」

「え……?」

「俺はお前を一人の女として愛する。だから、いっしょに生きて、いっしょに死のう。子どもを作って……人間として生を全うしよう。形がなくなっても、愛は永遠だ!」

「ご……ご主人さま……!」


 ディアナと口吻くちづけを交わす。


 かぐやの願い。

 死と生の中で産まれたたった一つの本当の願い。

 それは、人工生命として実に簡潔で当たり前のもの。

 生と死で引き裂かれた二人が、それでも誓い合った愛に触れ、そうして生まれた自我が一番に求めたもの。

 その願いは。



 ――人間になりたい。



 辺り一面がきらきらと輝く黄金色に包まれる。

 あれだけ暴れまわっていたガーディアンは動きを止め、沈黙。

 みんなもなにが起こったのかわからず、辺りを見回している。


 温かい眩い黄金色の粒子が立ち上り、一点に収束していく。

 そして、その光は次第に人を形作っていった。

 長く白い髪に、白い角。白い四枚の翼を震わせた、神々しい姿。


 お導きの達成時にはなにが出る?

 言うまでもない。精霊だ。

 じゃあ、特別なお導きが達成となったら?


「……ありがとう、アヤセ・ジロー。あなたの愛で、運命は結ばれました」


 その精霊が、慈しみの黄金色の瞳で俺とディアナを見て、語り掛けてくる。

 その姿は、ここにいる全員が初めて見るにも関わらず、一瞬で誰なのかわかるものだった。


「私はずっと見守っていましたが、あなた方は、初めまして……ですね。私は『精霊ル・バラカ』。この世界の運命を司る神」


 お導き達成時には精霊が出る。

 じゃあ、特別なお導きの達成となれば?


 この世界を司る三柱の神の一柱。


 大いなる精霊ル・バラカの降臨である。



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