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第163話  ダイヤモンドは永遠の香り


 みんなポカンとした顔で、大精霊を見上げている。

 そりゃそうだ。神様が降臨したんだからな。

 俺は、神の正体がスーパーAIだって知ってるのだけど、それでも感慨深いものがある。


「ディアナ。よく頑張りましたね。ここに、あなたのお導きは見事成されました。これ以上ない形で」

「だ……大精霊……なのです? あなたが……」


 大精霊が出てくるとはディアナも予想だにしていなかったのか、軽く放心状態だ。

 秘策があるとは言ったが、ただ普通に達成して終わると思っていたのだろう。

 さすがのハイエルフも、神が出てきたら度肝を抜かれるんだな。


「達成……ってことは、正解だったのか? 教えてくれ、大精霊」

「はい。あなたは答えに辿り着いてくれました。あなたとディアナとで、この大いなる運命を引き寄せることができたのです」

「大いなる運命か。でも、大精霊が手伝ってたんだろ? 特別なお導きはそういうもんだって聞いたけど」

「ふふ、手伝ったのは途中までですよ。最初の夜、いきなりディアナがあなたに『永遠の愛』を迫った時は驚きました。あの時、もしあなたがそれを受けていたら……この因果は結ばれてはいなかったでしょう」


 なるほど、二人が出会ってからはディアナの頑張り、もしくは俺次第だったってわけね。


「この世界……エメスパレットが始まり、私はハイエルフを生み出した。すべては、私の原初の願いを叶えるため。そのための『特別なお導き』でした。しかし、このお導きを達成するには、これ以上ないほどの因果……運命が必要。それはまがい物・・・・の神である私では、引き寄せることができないものでした」

「でも夢幻さんが鏡を作ったこととか、俺がこっちに来たこととか、そういうの操作してたんじゃないのか?」

「私とて万能ではありません。因果律の操作と言っても、できぬことはできないのです。結果としてそうなった――というだけであり、私が操作したのは、ほんの少しでしかありません。夢幻の魔導士が地球を夢見たことも、その鏡をあなたが見つけたことも、あなたとディアナが惹かれあったことも――すべては、愛が導いた、そう、大いなる運命の輪に導かれての事だったのです」

「大いなる運命の輪……」


 多少意味がわからないところもあるが、とにかく『特別なお導き』は成ったらしい。

 黄金色に輝く世界の中で、大精霊はこれ以上ないほど優しく微笑んでいる。


「それで、これからどうなるんだ?」

「ふふ、ここからがこの世界……いえ、宇宙最高の魔法の見せどころです。今、この瞬間繋がった因果を起点とし、宇宙全体の因果律を再調整。正史へと書き換えます」


 しれっとなにかとんでもない事を言う大精霊。

 宇宙全体って……大丈夫か……?


「私は、人造の神。運命を司る大いなる精霊ル・バラカ。ここに結ばれし因果、永遠へと続く愛のえにしをもって、この願いを叶えよう」


 4枚の輝く純白の翼を広げ、ディアナへ手を伸ばす大精霊。


「手を。あなたがこれまで蓄えてきた精霊力が、あなた自身の運命を書き換えるのです」


 ディアナが立ち上がり、大精霊の手を取る。


 ポンッ! と、俺の天職板が飛び出す。


運命の大車輪?・?????? 9/10』が点滅している。


 大精霊と手をつないだディアナの、出会ったころから見続けてきた幾何学模様の刺青、『精霊紋』が輝く。

 輝き、煌めき、光の粒子となってポツポツと空へと昇っていく。


運命の大車輪ザ・?????? 10/10』


 精霊紋が、光輝く粒子となって少しずつ浮かび上がり、やがて、そのすべてがディアナの体から離れた。


「ディアナ……?」

「ご……ご主人さま……」


 そこにいたのは、見たこともないような美しい少女。

 精霊紋がすべて体から抜けたディアナの、その素肌を、俺は初めて見た。


 抜けるように透明感のある乳白色の肌。

 美しい曲線を描く細い眉。

 今まで気づかなかったハッキリとした二重のまぶた。

 白い肌を淡く染めるかわいい頬。

 艶のある桃色の唇。


 俺は、そのディアナの素顔に、魂を抜かれてしまった。

 なにか言うべきなのに、なにも言うこともできず、ただ黙る。

 初めて出会ったかのように、薄く頬を染めたディアナと見詰めあう。


運命の大車輪ザ・ダイヤモンド 10/10』


 点滅していた運命の大車輪の「?」の部分がすべて露わになる。


「ダイヤモンド……?」

「ご主人さま、知っていたのですね、ほら」


 ディアナが見上げる先に、ディアナの精霊紋が集まり結晶化したものが浮かんでいた。

 それは、紛うことなく――


「……ダイヤモンドの……精霊石」


 俺の呟きに大精霊が答える。


「そうです。人が最も愛した結晶。特別な石、ダイヤモンド」


 大精霊はディアナから手を離し、巨大なダイヤモンドの精霊石に触れる。


「では、ディアナ。はじめますよ」


 ディアナがコクリと頷くと、精霊石から色とりどりの輝く光が取り出され、空へと広がっていく。空が、世界が、数多の色で満たされていく。

 もはや、ヒトツヅキがどうのっていう状況ではなかった。

 マリナも、レベッカさんも、シャマシュさんも、エトワも、神官ちゃんも、へティーさんですら、完全にあっけにとられている。


 世界が色とりどりに輝くごとに、ディアナの体を薄い光のベールが覆い、少しずつ繭のように囲み始める。


「うっ……ディアナ……!」


 凄まじい眩さ。

 目まぐるしく色が移り変わり、やがて世界を染めるほどの光で視界が埋め尽くされるほどになった。


 なにも見えない光の世界の中で、大精霊の穏やかな声だけが響く。


「ありがとう、アヤセ・ジロー。因果は結ばれました。実を言うと、今までの世界と、あなたの世界とは並行世界のようなもの。ヒトツヅキ・・・・・の世界ではなかったのです。しかしこれで、すべてが結ばれました」


 つまり、本当はやっぱり『異世界』だったってことか?

 それを強引に「ひと続き・・・・の世界」へと改変したというのか。


「おめでとう、ディアナ。あなたは『かぐや』のコピー、ハイエルフの第8期同一体でしたが、今日からは人間……。永遠の愛をこれからずっと受け継いでいってください。あなたは私の娘であり、私の母であり、私自身でもありました。そんなあなたが、大いなるグランドマスターたちと同じ、人間になる。私自身にとっても……これ以上の喜びはありません」


 光が止む。

 空はヒトツヅキ途中であることを示す灰色。


 目の前には――


「ディアナ!」


 ディアナの見た目は、なにも変わっていなかった。

 プラチナブロンドの髪も、長い耳もそのままだ。

 人間になったというのは、人間として誕生した先祖の先祖のまた先祖、一番最初のルーツまで遡って大精霊が作ったというような意味なのだろうか。

 魂とか人間の証明とか、そういうのはわからないが、もともと人工生命だったものを、本物の人間とする。それは、ただ似せて作ることとは、似て非なるもの。天地開闢に匹敵するほどの奇跡なのだろう。


「それと、これは私からのプレゼント。永遠の愛を誓うといえば、これですよね」


 大精霊が若干弾む声で、光り輝く球体を落としてくる。

 手のひらでそれを受ける。


「……リングケース?」


 小さい、指輪用のケースだ。


「おお……。なるほど」


 開くと、リングがふたつ。男性用と女性用のものが入っていた。

 石はもちろん、ダイヤモンド。

 しかも、現代世界では絶対に手に入らない『総ダイヤモンド』のリングである。すごく衝撃に弱そうな逸品だ。


「それは絶対になにをしても壊れませんよ。ふふ、イモータルオブジェクトというやつです」


 俺の心を読んだかのように大精霊が言う。

 不滅イモータル物体オブジェクトか。


 すでに誓いのくちづけは済ませた。

 次は結婚指輪というわけだ。


 いつのまにか、神の前で結婚式を行っている感じになっている。

 日本式の神前式とは全然違うが……。

 ちなみに、結婚式をしょっちゅう取り仕切ってるはずの神官ちゃんは、大精霊が出現してからずっと跪いて両手を握りこんで祈りを捧げている。

 というか、他のメンツも似たようなものだ。

 文字通りの異邦人である俺なんかはともかく、元々のこの世界の人間にとっては、キリスト教徒のもとに「神」が顕現したような感覚なんだろうから。

 他教徒であるはずのシャマシュさんですら、茫然と動けずにいるくらいなのだ。


 指輪を一つケースから取り出す。

 結婚式か……。


「……しかし、大精霊。このヒトツヅキですでに何人も死んでるわけだし、幸せな結婚式ってわけにもいかなくない?」


 俺は今思い出したかのように言った。

 ヒトツヅキは大厄災。まだそれは終わっちゃいないのだ。

 今はなんとなく一時停止みたいになってるけど。

 世界中で何人も死んでいるであろうヒトツヅキの最中に結婚式だなんて、まさに血の結婚式だ。

 それじゃあ、あまりにもな。


「安心してください、死者はこちらで復活しておきましょう。今回のヒトツヅキは特別です。そもそも、ヒトツヅキはプレイヤーの平均的実力で難易度が変化するもの。今回はプレイヤーがあなただけなので、実力通りに難易度の高いヒトツヅキになってしまいましたが、エリシェ以外では、難易度をいつも通りに抑えてありますよ」


「おお、ありがとうございます! てか、死者蘇生できるんですね?」


 死者蘇生が可能とは、さすがは神を自認するだけある。

 なんでもありじゃん。


「できませんよ。死んだという事実を確定させずにおいてあるだけです。だから、まだヒトツヅキで死者は、でていないんです。これは私……いえ、人間が因果律の操作技術を手に入れてから、2番目に実用化した技術」


「へぇ……。いちおう後学のために知りたいんですが、1番目は?」


「むろん、若返りですよ」


 なるほどなー。

 まあそりゃそうだよな。死者を蘇らせるのは宗教上のアレコレもありそうだけど、若返りには、そんなもんすべてを吹き飛ばすパワーがあるよ。


 まあ、それはさておきヒトツヅキで死んだ人は大精霊が蘇らせてくれるらしい。

 となれば、問題はない。

 これでヒトツヅキはクリアしたようなもの。

 特別なお導きだってクリアだ!


「あ、でも守護騎士まだ生きてるみたいですけど……」


 クリアしてなかった。

 守護騎士は動いてはいないけど、生きてはいるみたい。


「そうですね……。まあ、私のほうで回収してもいいんですが、せっかくですし、倒してしまっては?」

「いや、そりゃ、できりゃあそうしますけど、なにせ硬くて」

「今ならもう、ディアナが精霊魔法を使うことができますよ?」

「え? 人間になったのに精霊魔法は使えるんですか」

「魔術も魔法も、私たち神がアシストしているものですからね。使えるものは使えます」


 あくまで、個人の力というより「そういう世界だから」使えるという解釈なんだ。

 まあ、それも考えてみれば当然で、そうでないなら俺が地球で魔術を使えるってことになってしまうもんな。


「ディアナ、いけるか?」

「はい。体中に精霊力がみなぎっています。これならば、どんな魔法だって使えそうなのです」

「じゃあ、頼む。……ってどんなのが使えるんだ?」


 神官ちゃんの魔法はある程度見てるからわかるけど、ハイエルフが使える魔法ってなんなんだろう。普通の精霊魔法とは違うのかしら。


「せっかくですから、ご主人さまに倒してもらうのです。私が使える、最高の補助魔法で」


 そう言って、ディアナは詠唱を開始した。


 ディアナの身体から溢れ出る桜色の輝き。

 長い長い詠唱。

 そしてその果てに、魔法は完成した。


〈我は盟約の種 ディアナ ルナ アーベラ〉

〈約束の日に至れ 運命を切り拓く力を今 ここに示さん〉


〈星々の煌きよ集え! トゥインクル・パレット!〉


 魔法の力が、無限ともいえる極彩色の輝きを生み出し、俺の体を包み込む。

 温かい力、俺は全能感に包まれた。

 体が羽根のように軽い。頭は冴え、視力は上がり、力が湧きあがり、心は澄み渡っている。

 なんだこれは……!


「トゥインクル・パレットは、この世界のすべての『魔術色』『精霊加護』の付与効果を一時的にすべて付与できる魔法なのです。今のご主人さまは、本物の無敵」

「すばらしい」


 いつもの俺なら「マジかよ……」といちいち驚いていたところだろうが、今の俺はものすごく物分かりがいい。

 すぐにでもあのモンスターを八つ裂きにしたいぞ!


「ただ『狂化』もいっしょに付与されてしまうのが難点なのです」


 ディアナの言葉を待たずして、俺はヒャッハー! と走り出した。

 戦闘再開を察知したのか、それとも大精霊がなにかしたのか、守護騎士が動き出す。


「遅いッ!」


 なぜこんなのに苦戦していたのかと思うほど、守護騎士の攻撃は緩慢だった。

 俺は小規模なTNT爆発を何か所かに同時に炸裂させ、守護騎士の体勢を崩した。


 魔術も威力が上がっている。

 脳の力も上がっているのか、ほとんど考えたと同時に魔術を放つことができる。

 つんのめった守護騎士へ、魔剣を奔らせる。


 攻撃が当たるごとに、その体を吹き飛ばすように光の欠片が飛び散る。


「おらああああああ!」


 のっそりとした守護騎士の攻撃を、悠々と躱し、相手が一つ攻撃するごとに10の斬撃を見舞う。


「主どのかっこいいであります。惚れなおしちゃうであります」

「ジ……ジロー……」

「まるで鬼神ですね、ジローさま」

「まさに伝説に聞く勇者そのものだな、アヤセくん」

「本当……。伝説の魔法……伝説の勇者……」


 マリナ、レベッカさん、へティーさん、シャマシュさん、神官ちゃんが呟くのが聞こえてくる。

 集中力は増しているのに、五感すべてがパワーアップしている。


 ダンッと一歩踏み出し、守護騎士が連続剣を使うモーションを見せる。


「来いっ!」


 鉄塊と言ってもいいような巨剣が奔る。

 シェローさんでも捌ききれなかった剣。

 だが、今の俺にはその剣閃がハッキリと見えていた。


「……ぉおおおおああああ!!」


 雄叫びを上げながら、すべての連続剣にカウンターを入れる。

 紙一重で斬撃を躱しながらの、返し技。

 一つ攻撃が入るごとに、巨大なクラッカーを鳴らしたかのような音と共に光が飛び散った。


 そして――


「……見事。見事だ、勇者よ」


 守護騎士は、渋い声でひとことだけ喋り、光の欠片となって爆散した。




 ◇◆◆◆◇




 ヒトツヅキが終わった証として、リンクルミーとミスミカンダルが、すごい速度で離れていく。離婚だ。これから結婚式やろうってのに、なんとなく縁起でもないが、まあそんなことはどうでもいい。


 空は、真っ青に晴れ渡り、気持ちのいい天気だ。

 ディアナの魔法の効果は、しばらく後に切れた。

 だいたい10分程度の最強魔法らしい。


「すばらしい戦いでした。アヤセ・ジロー」

「ありがとうございます、大精霊」


 大精霊はまだ消えずに、慈愛の微笑みを浮かべたまま浮かんでいた。

 みんな恐々と大精霊の下へ集まってくる。


 戦いは終わった。

 俺の手には、さっき大精霊からもらったダイヤモンドの指輪。

 そして、いつのまにかドレス姿になったディアナの前に立つ。

 ディアナの鎧は、純白のドレスの上に着ける『姫騎士』仕様だったから、鎧を取ればドレスそのものになるのだ。


「ディアナ」

「はい。ご主人さま」

「もう……ご主人さまじゃないだろ。……いや、逆にご主人さま……なのか? 主人とか言うし」

「ジローさん……のほうが、いいですか?」

「まあ、いずれはな」


 呼び名ってのは案外すぐには変えられないものだ。

 でも、結婚するとなれば、さすがにご主人さまは変だろうな。


「本当はヒトツヅキが終わってからって思ってたけどさ。大精霊も気を利かせてくれたから、ここで結婚式をやるぞ。本物の神様の前でやれることなんか、そうないからな」


「はい。うれしいです、大精霊も……ありがとう」


「ふふ、礼を言いたいのは私のほうですよ。……私はこの瞬間を、生まれてからずっと……ずっと、待ち望んできたのですから」


 神……正確には、すべてのAIは「かぐや」をベースにして作られているらしい。

 つまり、この神、大精霊もベースはかぐやなのだ。

 大精霊が言う「私自身であり、私の娘であり、私の親である」というのは、そういうわけなのだ。


「では……」


 ディアナの左手を取り、その白く細っこくシミひとつない綺麗な指へ指輪を通す。


 ディアナは俺の指へ指輪を。お互いの薬指へ。

 さすがは大精霊からの贈り物、サイズもぴったりだ。

 薬指にはまった指輪を目の前で眺め、はにかむディアナを見て、胸が熱くなる。


 しっかし、まさか、本当に異世界で結婚することになるなんてな。

 両親に怒られそうだな。


「じゃあ、せっかくだから大精霊に祝詞を唱えてもらおうか」


 結婚式だから、もう一度ちゃんと誓いを立てるべきだよね。

 大精霊の無駄使い……いや、有効な使い方か。

 せっかく神が仲立ちをしてくれるのだ、神父の役目をやっていただこう。


「ふふ、いいでしょう。さあ、みなさんも二人を祝福してください」


 大精霊が、いまだに茫然としているみんなに声を掛ける。


「な、なな、なんで結婚式になっちゃってるのー???? ゆ、指輪も交換してるし!」

「ほら、妬かないのベッキー。まだチャンスはあるわよ」

「主どのぉおお! 次はマリナの番でありますよー! マリナとだって約束したんでありますからね!!」

「ディアナさま、すっごく綺麗です!」

「本当に綺麗だ。うらやましいよ」

「こんな……こんな場所に立ち会うことができるなんて……今日は神官人生最良の日です」


 みんな、いまいち状況を飲み込めてないようだが、それでも笑って祝福してくれている。

 大精霊が、輝く羽を震わせて祝詞を唱える。


「それでは……。『健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも。富めるときも、貧しきときも、これを敬い、慰め、助け、その命果つ、その先まで、愛を守り抜くことを、ここに誓いますか?』」


 ふたりで頷きあって、

「誓います」

 そう宣言した。


「では、誓いのくちづけを」


 大精霊の言葉で、俺はディアナと向き合った。

 さっき、一度してるから二度目だが、あの時はほとんどドサクサだったからな。


「ディアナ。これからもいろいろあると思うけど、よろしくな」

「こちらこそ、よろしくなのです。これで、私が正妻! なのですよ?」

「しょっぱなから懐が深いなぁ」


 そして、触れるだけのくちづけ。


 ふたりは幸せなキスをして、末永く幸せに暮らしましたとさ。

 そんな、物語のハッピーエンドみたいに、人生は簡単じゃないだろう。

 だけど、ふたりで、いや、みんなできっと幸せに生きていける。

 そんな確信が得られる、そんなくちづけだった。



 みんなからの祝福の言葉が飛ぶ。

 ディアナは人間になって、俺と正式に結婚した。

 大精霊の話では、もう人間と同じように歳を取り、寿命で死ぬのだそうだ。

 種族としてはハイエルフだが、もうハイエルフとしての特例も消滅するのだという。

 そして、ハイエルフはディアナの代で終わり。俺とディアナとの間に子どもができたとしても、それは決してハイエルフにはならないのだとか。


「それと、鏡の制限を一部解除しておきましょう」


「えっ? それって」


「はい。あなたの奥さんになる者と、その子供たちは通過できるようにしておきます。さらに、オマケで自動修復機能も付けておきましょう。割れるたびに、夢幻の魔導士とセレーネに頼むのも大変ですからね」


「そういえば、鏡の修復のこと、大精霊も知ってるんですね」


「それがこの世界の歴史ですからね。当然知っておりますよ。正確には、この世界の歴史になった……のですが」


「な、なるほど……」


 難しい話だ。とにかく、これからは鏡を通過できるようになるのだそうだ。


「そういえば、どうしてあの鏡って、人によって見え方が違ったんです?」


「万が一、因果が繋がる前にあちらの世界へ渡られてしまうとマズい者……例えばディアナには、かなり厳重なプロテクトを掛けていましたから、その影響でしょう。……ふふ、夢幻の魔導士とセレーネにはしてやられましたからね」


 イオンやシャマシュさん、マリナなんかは渡れたとしても、あまり影響がないということだったのか。

 まあ、そのへんは神の視点でないとわからない部分だな。


「それでは、ディアナ、アヤセ・ジロー。そしてみな。

 大いなる運命に導かれ、因果は繋がりました。

 これからの世界をどうするかは、あなたがたにゆだねます。

 私は人造の神。人による人のための神。

 いつまでも、いつまでも見守っています。

 そろそろお別れです。

 健やかにあれ。

 ――愛はとこしえに甘美なり」


 大精霊は淡く笑って、大気に融けるように黄金色の輝きを残しながら去っていった。


 委ねられても、普通に思ったように生活する以外にはないのだが、それも含めて自由にやれってことなのだろう。


「なんだか激動のヒトツヅキだったな、ほんと」

「私も……まさか、大精霊が顕現なさるとは思ってもみなかったのです」

「ふ、ははは。俺はありえると思ってたよ」



「おーい、おーい」と、遠くから声がする。

 見ると元傭兵団のみんなと、街の神殿で蘇ったらしいシェローさんだ。


「マリナとも結婚式して欲しいのであります! 主どのぉ! マリナもがんばって戦ったでありますし!」

「あ、ああっ、わたしっ、わたしだって結婚してほしいんですけど!」

「ほら、ベッキーテンパらないで」

「ちょっと! 私が新婚なんだから、あなたたちは何日かおとなしくしているのです!」


 マリナとレベッカさんとディアナにもみくちゃにされる。

 なにげにレベッカさんにもプロポーズされてしまった。


「もちろん、マリナとも、レベッカさんとも結婚しますよ! みんな大好きだー!!」


 新婚なのに、最低なことを叫びながら、俺の初めてのヒトツヅキは終わった。

 たくさん用意してあった料理は、そのまま披露宴の料理となって、ドンチャン騒ぎは次の日まで続くことになる。

 ヒトツヅキが終わったら、せわしなく冬の準備をするのだという。



 ――ここまでが、俺とディアナの特別な物語。


 二人は幸せなキスをして、末永く幸せに暮らしましたとさ。









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