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外伝 シンデレラ・マリナ 前編

「あンた。あの娘……マリナはどうするンさね。このままじゃ不良債権もいいところだよ」

「わかっちゃいるんだがなぁ……」

「どっかで見切りつけなきゃいけないよ。こっちだって商売でやっているんだから」

「……わかった。あと1ヶ月見てみてダメだったらマーモンさんに連絡するよ」

「山岳送りにするのは私だって気の毒だって思ってるンだ。でも、奴隷商やってりゃ仕方ないことだよ。頼ンだよ」


 妻からのこの手の小言は日常茶飯事だ。

 私は奴隷商人としては冷徹になりきれていないほうなのだろう。売れない奴隷はある程度のところで見切りを付けなければならない。商売の鉄則だ。

 まして、奴隷は在庫を抱えるほどコストが嵩んでいくのだ。


 マリナは、数ヶ月前にお得意さんから持ち込まれた。

 目鼻立ちがハッキリしていて美しい容姿の少女だったが、一つ問題があった。

 彼女はターク族。

 偽物のエルフとされる一族だったのである。


 懸念のとおり、彼女は売れ残った。

 仕入れてから、かれこれ半年は経つだろうか。

 価格はすでに最低ラインまで下げている。

 しかし、彼女が求められることはなかった。


(せめて男だったなら、すぐ売れたろうに)


 ターク族は、種族特性として力が強い。その代わり、精霊には愛されていない種族だとされている。

 実際、どうなのかはよくわからない。

 だが、労働力が欲しい客にアピールするポイントがあるという点が重要なのだった。


 さらに、彼女は天職もマズかった。


 マリナがうちに持ち込まれた時のことを思い出す。


「名前は、マリナ……と。それで天職は?」

「…………し、であります」

「なに?」

「……騎士。マリナは騎士であります」

「騎士!? 女騎士か……。なるほど、マーモンさんも人が悪いな」


 女は騎士にはなれない。

 つまり、彼女は天職を持たないのと同じということだ。

 もちろん、戦闘力という点ではプラスに働くだろうが、それなら最初から男の戦士を買ったほうが良い。

 いや、運が良ければ矢避け程度に購入する傭兵なんかがいるかもしれないが、エリシェは戦地からは遠く離れた場所。こんな場所にそういう用途の奴隷を求める客が来る可能性は低い。

 この娘が持ち込まれた時、戦闘系の天職と聞いてちゃんと確認しなかった私も悪いが……まさか騎士だとは。


(……もう少し値下げするしかないか)


 客の要望はマチマチだが、安ければ買うという人間は多い。

 奴隷は金がかかるから、元々金持ちであるか、奴隷自体が金を生む存在でない限りは、所持すること自体が難しいからだが、相場より安ければ勢いで買ってしまうタイプの客も多い。……まあ、後でどうにもならなくなってまた売りに来ることも多いわけだが。


 なんにせよ、これ以上手元に置いておくのは、食費だのなんだの経費が嵩みすぎる。

 妻の忠告も当然なのだ。私だって慈善事業でこんな商売をやっているわけではない。

 売れなければ、本当に『山岳送り』にせざるを得ない。しかし、それは彼女を殺すのとほぼ同義。事実上の殺処分である。

 売れ残った奴隷を脅す方便として、山岳の名を出すことはあるが……私は実際に奴隷を山岳にやったことはない。

 私が売った奴隷が山岳で死んだ――そんな話を聞くこと自体はあったにせよ。


 私は、マリナの価格を事実上の底値まで下げた。

 すでに赤字だが、それが私にできる最後の人情だった。


 マリナはすでにうちにいる奴隷で最古参だ。

 これだけ売れ残る奴隷は珍しい。たとえターク族だとしても、奴隷の人種など買う側は気にしないことのほうが多いからだ。


 せめて、この一ヶ月で売れてくれることを祈る以外にない。


 ◇◆◆◆◇


「さあ、あンた。約束の一ヶ月だよ」

「ああ……わかってる。……マーモンさんに連絡するよ」


 結局、マリナは売れ残り続けた。

 需要のない奴隷は、どうにかして処分する以外にない。

 こちらも商売だから、最低限、かかったコストくらいは回収したい。だから、解放するわけにもいかない。


「……あの人は、こうなることがわかっていて、あの娘を売ったのかな」

「マーモンさんかい? ああ、あの人ならそれもあり得るね」


 お得意さんのことを悪く言うつもりはないが、しかし、あの人は奴隷を本当に人間として扱わない、かなり割り切ったタイプだ。

 商人としては有能なのかもしれないが、仕事の付き合い以外ではあまり関わり合いになりたくはないタイプ。

 私はあの人からマリナを仕入れたが、またあの人に売るとなれば、差額分あの人は得をして、私はただ損をしたことになる。

 商売だから、こういうことは時々ある。

 正直、業腹だが売れ残った奴隷でもそれなりの値段で引き取ってくれる伝手がマーモンしかない以上、仕方がない。


 山岳とは、ドラゴンとモンスターが昼夜戦いを繰り広げている場所で、モンスターに倒されたドラゴンの死骸がそのまま残されている、いわば宝の山だ。

 そこでは日夜、哀れな奴隷達が命を懸けてドラゴンの素材集めの仕事をさせられている。

 当然、ドラゴンやモンスターに見つかれば命はない。

 マーモンは、その場所に奴隷達を送り巨万の富を得た男で、彼が殺した奴隷の数は三桁にも届くといわれている。

 マリナを山岳で使い潰すのに、どれほどの躊躇もあるまい。


 手紙を書く手が止まる。妻が睨んできている。

 彼女からすれば、マリナはまさしく無駄飯食らいなのだから、さっさと処分してしまいたいという心境なのかもしれないが……。


(エフタさんにも断られたし、まさか解放するわけにもいかない……)


 解放した場合、金貨40枚以上の損失だ。

 うちのような零細商会は十分店が傾く額。

 妻のように割り切るのが正解なのかもしれないが、私は奴隷を扱うような商会をやりながら、しかし奴隷に対して冷徹になりきれなかった。


 彼らだって、境遇の不幸があり奴隷に身をやつしただけで、我々と同じ大精霊の御子なのだ。獄紋を背負わされたような者ならまだしも、祝福も授かり、天職を賜っている彼らを、殺すような選択などしていいものか。


「あンた。ほら、手が止まってる」

「……なぁ、やっぱりマリナは――」

「どうするんだい。あンたが言いたいことはわかってるよ。でもね、そんな風に情を掛けてたらキリが無いだろう? 私たちにだって生活があるンだから」

「だが、あの子の人生だって――」


 そう口にした次の瞬間だった。

 ポンという音と共に、天職板が飛び出したのは。


「えっ!? ええっ!?」


 天職板が突然目の前に現れる時は、大精霊からの「お導き」と決まっている。

 お導きは『大いなる精霊ル・バラカ』が授けて下さる人生の道しるべ。

 どんな理由があろうと、これを達成するのが大精霊の信徒の務めである。

 単純に、達成で得られる精霊石が金銭的に価値のあるものであるという点を抜きにしても。


 ・最古参の奴隷を祭りの日に売ろう 0/1


「は?」


 それは想像もしていない内容だった。

 祭りとは、エリシェ50周年祭のことだろうか。

 まだ、半年近く先の話である。


 そして、最古参の奴隷。

 それは、まさしくマリナのことに他ならない。


 私は無意識にか、書きかけていた手紙を握り潰していた。

 大精霊が「お導き」を出したのだ。

 つまり、マリナは必ず祭りの日に売れるということ。

 ……いや、それまで売るな――いや、手放すなということなのだ。


「マリナは山岳には出さない」

「はぁ!? あンた、今更なに言って――」

「お導きが出た。彼女を祭りの日に売れだとさ。その日になにか、良い縁があるんだろ」

「お導きが!? そ……そう……。ル・バラカ様がそうおっしゃるなら……」


 さすがの妻も、お導きとなれば認めざるを得ない。

 そうでなくても、お導きは達成となれば精霊石が手に入る。金貨で言えば20枚分にもなる。マリナの分の赤字なんて一気に取り返せる額だ。


 そうして、売れ残りのターク族であるマリナは、しばらく商館で暮らすこととなった。


 ◇◆◆◆◇


「マリナ! 騎士ごっこはいい加減にして、洗濯を手伝いナ!」

「了解であります、ビッグマムどの! すぐ行くであります!」


 マリナは半年間手伝いとして置くことにした。

 奴隷としては売れる見込みがないし、かといってただ置いておいても仕方が無い。

 幸い、彼女は気立てが良く、労働意欲も高い。

 仕事をさせるのも、結果的に奴隷教育の一環となるだろう。


「てやぁー! 物干し竿流奥義、岩破斬!」

「さっさとしな!」


 物干し竿を振り回して遊ぶのだけは、勘弁して欲しいものだが。


 ◇◆◆◆◇


 いよいよ祭りまで半月というある日、マリシェーラのエフタ氏が、いつものように奴隷を卸しにきた。

 彼は帝国御用商ソロ家の人間だが、私のような者にも気安く、商売人としては付き合いやすいタイプだ。仕入れ価格もかなり勉強してくれるし、一部では道楽息子と呼ばれているようだが、仕事そのものも堅実だし、何より頭が良い。

 人の噂など当てにならないものだ。


 マリシェーラから奴隷を卸してくれる彼は、護衛も付けず危なっかしいことこの上ないのだが、その日は珍しく一人ではなくフードを被った人物を連れてきていた。


 奴隷を卸してから、一度食事のために商館の外に出たエフタ氏は、なぜかすぐに戻ってきて、昼過ぎまで商館でボンヤリとしていた。

 フードの人物とときどき言葉を交わしていたようだが、なんだかよくわからない。


「ご主人、少し事情が変わった。祭りの日まで彼女にはエリシェに逗留してもらうことにした。それまで彼女を預かってもらえませんか? もちろん、礼は弾みますよ」

「彼女って、エフタさんの連れの人ですか? それは別に構いませんが……」


 わざわざ奴隷商館に預ける必要など無い。

 彼ならば、高級宿でもなんでも取り放題だろうに。


「事情がありましてね。彼女は私にとっても客人でして。とあるお導きの関係で、私が一時的に預かっているだけなんですよ」

「まあ、そういうことでしたら。客間も空いてますし」

「頼みます。ディアナさんも、くれぐれも大人しくしていて下さいよ。私は仕事で一度マリシェーラに戻りますから」

「エフタはうるさいのです」


 フードを取ったエフタ氏の客人はエルフだった。

 それも、見える範囲の肌すべてに色とりどりの刺青が入ったエルフ。

 ただならぬ事情があるのは、その時点で見て取れた。


「では頼みますよ、主人」


 実に尊大なエルフだったが、街の神官様より遥かに高貴な気配を纏わせ、私は視線を合わせることすらできなかった。

 まるで女王のような彼女は、奴隷商館などとは最も似つかわしくない存在に感じた。


 ◇◆◆◆◇


 祭りの当日。

 エリシェ50周年祭は、かなり大規模に準備された祭りであり、帝国全土から物見遊山の客が訪れる。

 もちろん、奴隷商館を覘いていく者も増える。

 ターク族のマリナも、この祭りの最中に売れる……そのはずだ。

 私も妻も、この1年ですっかり彼女のことが可愛くなってしまった。

 願わくば、良い主人に巡り会って欲しいものだ。


 2日目の朝、エフタ氏がやって来た。


「ご主人、ディアナさんをありがとうございます。とりあえず、今日で一度彼女は引き取ります」

「世話になったのです」


 祭りはまだ2日目だが、どうやら祭りに用事があったらしい。

 もしかすると、来賓だったのか。……いや、来賓なら奴隷商館に置いておく必要はない。

 全く謎だが、エフタ氏には高級宿に宿泊するのと変わらない額を貰っている。知る必要もないことだろう。


「マリナ。あンたはこの祭りの最中に絶対に買って貰わなきゃならないンだよ。私も、あンたのことは可愛い。できれば、山岳送りにはしたくないンだ。どうあっても、気に入ってもらうンだよ」

「わ、わかっているであります。山岳送りは嫌であります……」


 妻がマリナを脅しているが、あれはあれで激励のつもりなのだ。

 萎縮させているだけに見えるが……妻は口下手なのである。

 私たち夫婦には子どもがいない。彼女が、マリナに愛情に近い感情を抱き始めていることは、付き合いの長い私でなければ気付くことができないだろう。

 ビッグマムなどと呼ばれ奴隷達に畏怖される我が妻であるが、本当は性根の優しい女なのだ。


「とにかくお客さんだ! あンたもわかってるね! マリナを勧めるんだよ!」

「わかってるよ。お導きもかかっているしな」


 お導きが出ているからといって、彼女が絶対に売れるという保証があるわけではない。私自身の努力が足りないと見なされて、未達成となる可能性だってある。

 まさに正念場だ。

 だが、大精霊のお導きだ。

 マリナは良い子だ。売れないはずがない。

 もし、これで売れないのなら――


 もう山岳に送ったりなどできるはずがない。

 私たちが、彼女を買う。

 それしかないだろう。





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