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 スタジオ前は逼迫していた。


「主、日が暮れて悪霊たちが活気づいて来ました。切るなら今ですよ!」 


 影縫が焦ったように叫ぶ。


「わかってる。音楽プロデューサーはどうした?」


 茨木の質問に答えたのは、調査に向かわせていた絡繰童子だ。


「悪霊の呪いで廃人になってます。病院ですよ」


 音楽プロデューサーに関しては「ざまあ」とは思うが、彼を廃人にしたところで女性たちの心の傷が癒えるわけではない。核から離れようとせず、収まりきらない怒りを増幅させていた。


「清良さんと俺が中に入る。お前たちは外の守りに手を抜くな」

「清良様もですか!?」


 茨木が自ら悪霊を「切る」ものだと思っていた影縫は、驚いて声を上げた。


「清良さんに考えがあるようです。俺は彼を命にかえても守りますから」


 そう、影縫に宣言する茨木。


「命にかけるのはちょっと重すぎない?」


清良は苦笑していた。どちらかと言えば、命にかけても守るのは自分の方だ。


「分かりました。お二方を信じます。一瞬だけ守りを緩めます。すぐに入って!」


 影縫はパッとドアを開く。茨木はバリアとなる術を口にし、清良の盾になりながら、スタジオの中に入った。すぐに扉が閉じられる。

 耳を塞ぎたくなるような酷い不協和音が響き渡る。長くは続かない。もって一分。


「清良さん!」


 焦る茨木を他所に、清良はライブで歓声を受けるアイドルの顔になっていた。彼は可愛らしくウインクする。自身も不協和音に苦痛を覚えているだろうに、少しも顔に出していなかった。


 彼の綺麗な歌声が響き渡る。


♪〜閉ざされた闇の奥

軋む心の声よ

かすかに震えるその旋律は

かつて、輝く夢を描いたのでしょう

名もなき歌よ 無垢な調べよ

踏みにじられた旋律よ

あなたを覆う憎しみの帳を

どうか ゆるりと解き放って

聴こえますか

風が運ぶ 遠い日の子守唄

痛みも悲しみも すべて泡となって

ただ、優しき光に溶けていく

もう戦わなくていい

もう苦しまなくていい

あなたの歌は 確かに届いている

愛された記憶だけが 残るように

さあ、静かに目を閉じて

安らぎの調べに身を委ねて

泡沫の夢から覚め

清らかな光へと 還りましょう〜♪


 その綺麗な歌声と優しい詩に、悪霊たちの邪悪さは徐々に消えていく。核となっていた女性の姿が見えた。清良の歌が終わると、清らかな光へと還った女性たちの怨念は弾けるようにして核の女性を解き放つ。


「ありがとう。自由にしてくれて」


核だった女性は涙ながらにお礼を言うと、綺麗な歌声を響かせながら、光となって消えていった。


「成仏できたね」


 清良はホッと胸を撫で下ろし、茨木を見る。茨木はポロポロと涙を流していた。


「えっ!?どうしたの!?大丈夫!?悪霊の不協和音にやられたのかな?きゅ、救急車!!いや、裂帛くんの方が早いか。裂帛くーん!!」


 茨木の様子に驚いて声を荒らげる清良。外を守っていた妖怪たちが、慌てて部屋に入ってくる。


「どうしました!?悪霊は!?反発が消えましたけど!」

「悪霊は成仏したけど、茨木くんが泣き止まないんだよ。どうしよう!?」


 焦った様子で影縫を見る清良。


「大丈夫です。ただ、清良さんの歌が良すぎて感動しているだけです」


 言わせないでくれ。茨木は恥ずかしくて消え入りたい気持ちになる。


「そんなに良い歌だったんですか?自分たちも聞きたい!」

「僕も!」

「拙者も!」


 妖怪たちは興味津々に食らいついてくる。


「そう?じゃあ特別にアンコールしてあげる!」


 清良が再び歌い出そうとするのを、茨木は慌てて止める。


「やめてください!うちの妖怪たちをメロメロにさせないでください!」

「いいじゃない。仕事は終わったでしょ?」

「こんな所で骨抜きになった妖怪たちをどうやって家まで運ぶって言うんですか?」

「そっか。じゃあ、茨木くんの事務所でリサイタルにしよう!」

「勘弁してください……」


 なぜか勝手に話が盛り上がって、妖怪たちは「イェーイ!」と喜んでいるし、茨木は頭を抱えるのだった。






 夜も更け、深夜二時を回った頃、廃人となった人々それぞれの枕元に茨木は立った。逢魔の能力を使ったのだ。


「貴方の罪は、貴方自身で償うのですね。……警察に行き、全てを話しなさい。それができなければ、ここから先は地獄です」


茨木の冷たい声が響く。罪を犯した者たちに、彼の「裁き」は下された。

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