『何だこの赤子は』
『赤い髪に金の目、腕には火蜥蜴(サラマンダー)のような痣……化物の子に違いない』
大人たちが恐怖に引き攣った顔をしている。これは何だ?
『幸い赤子は双子。こっちの子は奥様に似て綺麗な容姿をしている男児だ。こっちの子は奥様や旦那様に気づかれない内に処分してしまいましょう』
『ああ、それが良い』
二人の男はそう言うと、俺を抱き上げた。俺?これは、赤子の頃の夢だろうか。
『本当に不気味だ。泣きもしない』
怪訝そうな表情を向けられている。俺は「バブー」としか言えなかった。
男は大きな鷹を口笛で呼び寄せる。
『この不気味な赤子を人里離れた山奥に捨てて来るのだ』
そう命じられた鷹は俺を山奥に運んだ。そして、獣がうろつく山中に俺を置き去りにして飛び去っていく。その直ぐ後には「ガルル」と、獰猛な鳴き声。側に狼でもいるのだろう。そう思った時だった。
「おや、これは珍しいですね。陰陽道の強い力を受け継いだ赤子がこんな所に。捨てられてしまったんですか?人間は勿体ないことをしますね」
狼を追い払って俺を抱き上げたのは妖狐だ。この妖狐は知っている。俺を育ててくれた狐だ。
妖狐は自分の住まいに俺を連れて行ってくれた。と言っても狐の洞穴はただの洞窟である。
「うわあっ、人間の赤子じゃねぇか!どうしたんだよ!連れ去ってきたのか?」
「捨てられていたんですよ」
「こんな所に?」
「人間は酷いことをしますよね」
ハァーと溜息を吐く妖狐と、側にいるのは裂帛だ。
「可愛い!名前は何にするの?」
キラキラとした瞳で覗いてくるのは絡繰次郎である。
「そうですねぇ、茨木はどうですか?」
「何で茨木?」
「なんとなくです」
「なんとなくで決めちゃうなよ」
ハハッと笑う妖狐に呆れた様子の裂帛。
「私は近くでろくろ首をナンパしてきますね。お乳を飲ませないといけません」
「最低狐め。そこの樹の実の汁は人間のお乳に似ている。試してみよう」
「物知りですね」
裂帛は糸を出して樹の実を取ると絡繰次郎に渡す。
「割って汁を手ぬぐいに湿らせたら飲ませてやってくれ」
裂帛に言われた通りに絡繰次郎は樹の実を割ると、中の汁を手ぬぐいに浸して俺の唇に当てる。俺はそれを吸っていた。樹の実の汁は美味しかった。
『この子は此処に居てはいけない。私が連れて行く』
『それは解っていた。住職よ、私たちの愛子をどうか人間として育ててくれ』
映像が変わった。妖怪たちに捨てられた時だ。あの時、俺は妖怪たちに邪魔に思われて捨てられたのだと感じた。今思えば、妖怪の中で一人だけ人間の俺がずっと一緒にいるのは無理があったのだろう。そう理解はできるが、あの時、自分にはちゃんと説明してくれなかった。だからすごくショックだった。
『茨木ちゃん。いつも寺のお掃除頑張ってて偉いわね』
また映像が変わった。熱心な信者のおばあさんだ。
『俺の仕事だし……』
『茨木、今日も学校を休んだな!』
住職に怒られている。
『だって、みんな俺のこと怖いって言うし、グループ作るときとか俺ばっかり余るし、呪われるとか言ってバリアバリアとか言われるし、寺でお経の罰を受けた方が良いよ』
やっぱり人間の世界に俺の居場所は無かったのだ。
『まぁ、茨木ちゃんはこんなに可愛いのにね。学校なんて行かなくても茨木ちゃんは頭が良いし大丈夫よ。将来は住職を継ぐんでしょう?楽しみね』
フフッと優しく笑うおばあさんはいつも俺の頭を撫でてくれる。そのおばあさんが俺は好きだった。あの笑顔が俺に安らぎと安心をくれた。
毎日熱心に通っていたおばあさんが来なくなったのは突然だった。雨の日も風の日も来ていたのに。
「おばあちゃん、どうしたのかな?全然来ないね」
三日目の今日も来ない。
「そうだねぇ。体調でも悪いのかねぇ。そんなことより茨木は学校へ行きなさい」
「いいよ。テストにはいつも顔を出してるし。俺、毎回満点じゃん」
「学校はねぇ、勉強するだけの所じゃないよ」
「へぇ、じゃあイジメに耐えるのも学校で必要なことなの?」
「そうではないが……」
人間社会の勉強もしてほしい住職だが、どうしたって馴染めないのだから仕方ない。俺はあの頃に戻れたとしても、きっと学校には通わないだろう。
「俺、ばあちゃんの様子を見てくる!」
「住所を知っているのかい?」
「檀家帳を見た」
「お前、勝手に……」
怒る住職を振り切って俺は走り出した。急に胸が苦しくなる。
見たくない。
「ばあちゃん!いないの?」
インターフォンを押してもドアをノックしても返事はない。郵便受けに新聞が溜まっている。俺は違和感を覚えた。おばあちゃんは几帳面で、遠出する時などは俺に教えてくれていたし、新聞は止めると言っていた。もしかして、家の中で倒れているのかも!
「ばあちゃん!!」
ドアに手をかけた。鍵は掛かっていなかった。
「ばあちゃん大丈夫?いるの?」
俺は声をかけながらばあちゃんを探した。そしてばあちゃんを居間で見つけた。血まみれで、息をしていない冷たくなったばあちゃんを……
「うわああぁぁぁ!!!!」
悲鳴を上げたのは過去の俺か、今の俺か。
「茨木さん、もっと深く思い出しましょうね。辛い記憶を沢山思い出しましょう」
「止めて、嫌だ!!もう、思い出したくない」
冷たい声が耳に届く。あの、医師の声だ。いつの間にか涙が止まらない。辛い、苦しい。もう、聞きたくない。思い出したくない。
『うわあぁ止めてくれ。勘弁してくれ。出来心だったんだ。ばあさんが居たのは想定外だったんだ。殺す気は無かった!!』
映像が切り替わる。恐怖で逃げ惑う男が見えた。ばあちゃんを殺した男だ。金目当てでばあちゃんの家に入った強盗。運悪く寺から帰ってきたばあちゃんと鉢合わせて殺してしまったのだ。俺は許せなかった。警察に行く。罪を認める。そう泣きつく男を、妖怪に命じて地獄送りにした。男が改心しようと、罪を認めて謝ったとしても、優しいばあちゃんは帰ってこない。これはただの復讐だった。俺は結局あの男と同じ、ただの人殺しだ。
「そうだよ。君は人殺しなんだ。今更、悪人に自首を説いたりするのは矛盾しているね」
「清良さん……」
目の前にいるのは清良。軽蔑的な瞳で俺を見ている。そんな目で俺を見ないでほしい。
「君は誰からも愛されない。もちろん、僕も君が嫌いだ。ただ都合が良いから使ってあげてるだけ。それを良いように取るの、気持ち悪いね」
「ごめんなさい。そんなつもりは……」
「僕の相棒になれた気でいた?図々しいね。僕は皆から愛される歌声で幸せを広めているの。それを君は何?暗くてジメジメした人殺しの癖に僕の側にいれると思ったの?」
「ごめんなさい……」
責めるように詰め寄る清良の瞳は、まるであの男を見る俺の瞳に似ていた。酷く恨んで殺したいような。そんな瞳に見える。清良にまで嫌われてしまったら、本当に俺は人間の側に居場所がない。あのまま山奥で妖怪たちと暮らしていた方が幸せだった。ただただ辛くて悲しい。俺は一人ぼっちだ。
「誰が一人ぼっちだって!!!」
急に大きい声が聞こえてハッとする。この声は清良だ。聞き間違える訳がない。
「茨木くん!僕を見て!」
茨木に被せられていた怪しげな機械を取り外し、自分を見るように促す清良。茨木は思ったよりも酷い表情をしていた。
「僕はどんな目で君を見ている?」
「すごく怒っています」
「そうだね、相談もせずに勝手に一人で乗り込んだりして!僕は君のバディなんだから頼ってくれないと困るでしょ!」
「俺がバディで良いんですか?」
「茨木くんが良いの!」
「本当に?」
「僕が嘘をついているような目をしている?」
清良の強い視線に、茨木はただただ涙が止まらず、清良は力強く茨木を抱きしめるのだった。