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 残ってくれている裂帛に資料集めを手伝ってもらい、色々探ってみるが目ぼしい情報は得られない。各自調査に当たらせている妖怪たちからの報告も思わしくは無かった。


「あーー!何なんだ!何の妖怪なんだ!!」


 流石の茨木も声を荒らげて頭をめちゃくちゃに掻きむしった。


「主、昼食にしては?清良さんにも何か食べてもらわないと。食材は買っておきましたから」


 気の利く裂帛はいつの間にか食材を買い足しに行ってくれたようだ。


「そうだな。助かる」


 腹が空いては戦は出来ぬと言うし、食事は大事だ。たしかに時計を見れば12時を過ぎていた。

 茨木は散らかしてしまった机の整理を裂帛に頼んで3階に上がる。


「清良さん?」


 裂帛が茨木の簡素なベッドに寝かせた清良を確認する。枕が涙で濡れていた。トントンと背中を擦る。


「昼食、何が食べたいですか?簡単なものしか作れませんけど」

「トンカツ……」

「すみません、簡単なもので……食べに出かけますか?」


 割としっかりした物が食べたいらしい。声もさっきよりハッキリ発言できているようである。失語症の症状は今までに無いものなので、ショックの大きさから一時的に声が出なくなってしまっていたのかもしれない。


「ごめんね。僕、料理しないから、簡単なものが解らないの。茨木くんの手料理なら何でも良い」

「分かりました。上手にお話し出来るようになって良かったです」

「あれ?本当だ」


 まだ元気は無さそうだが、喋りはいつもとそこまで違いは無さそうで、茨木は安心する。清良もフフッと少し笑ってくれた。


「少し待って下さいね」

「うん、待ってる」


 素直に頷く清良。茨木は台所に向かうのだった。


 昼食は親子丼と豚汁を用意した。


「美味しかった。やっぱり茨木くんの料理は美味しいよね。料理屋さんも開けるんじゃない?」


 食事を終えた清良は既にいつもの調子に戻っていた。明るく笑う彼に茨木は心が落ち着く。


「大袈裟ですよ」


 ハハッと苦笑する茨木だ。

 その時、ビービーっと妖怪からの緊急連絡が入った。これは絡繰童子からである。


「どうした!?」


 すぐに無線を取る。


「会場に怪しい動きがあります。ステージ上のアイドルが急に声が出なくなったと騒ぎになりだしています」

「解った。直ぐに行く」


 フェス会場で異変が起きたようだ。


「清良さんは此処で休んでて下さい。俺は裂帛と会場に行ってきます」

「うん、気をつけてね」


 清良は自分も着いていきたい気持ちを押さえて茨木を見送った。歌えない、何も出来ない自分がついていっても足手まといになるだけである。




「主!裂帛!」


 裂帛に跨って直ぐにフェス会場を訪れた茨木と裂帛。絡繰童子の呼び声に気づく。


「現状は?」

「声が出なくなったアイドルを抜いて他のメンバーで繋いでいます」

「なるほどな」


 確かに暗い影の靄が見える。妖気も感じる。しかし本体が見当たらない。あれは、足跡のようなものだ。既にここには居ないのか、影を潜めているのか……。茨木は視線を走らせる。


「クソッ」


 こういう場所には妖怪や悪霊が紛れ込むことが良くあるのだ。他の妖気に気が散って良く足跡を掴めない。


「ちょっと貴方達、チケットは?」


 ガシッと肩を叩かれ振り向く茨木と裂帛。警備員だ。


「裂帛」

「はい!」


 茨木は裂帛に跨ると直ぐにその場から離れる。急に大蜘蛛が現れたかと思ったら人が二人消えたので、警備員は驚いて尻もちをついている。自分は幻覚を見たのかと、キョロキョロしていた。

 しかし、困った。ずっとここで監視するにしても無理がある。子供のふりで忍び込める絡繰童子は「近くに親がいるのだろう」と思わせて怪しまれること無く監視を続けられるが、自分と裂帛はどう見てもチケットを持たずに忍び込んだ犯罪者である。逢魔や影縫も入り込めるとは思うが……。


「駄目だ。一旦引こう」


 警備員が怪しい連中がいるとでも知らせたのだろう、会場の警備員達が慌ただしくなってしまった。ただでさえ歌えなくなったアイドルが出たりして慌ただしい会場をこれ以上混乱させるのも気が引ける茨木だ。仕方なく、絡繰童子に調査は続けさせつつ、隠れられる逢魔と影縫もフェス会場に潜入させる事にして、茨木は一旦事務所に引き返すのだった。




 茨木の自宅で一人待機していた清良は、助けを求める声が聞こえた。


「もう耐えられない。でも、一人は嫌なの」


 声のする方に、清良は条件反射のように足が向いてしまう。

 そこは踏切だった。少女が踏切の前で佇んでいる。


「どうしたの?」


 悲しんでいる少女は幽霊だ。この踏切で亡くなったのだろう。


「毎日毎日、ブス、汚い、消えろって言われるの。掃除を私に押し付けて、使ったバケツの水を私にかけて、また汚れたから掃除しなさいよって、学校の先生も聞いてくれない。もう、耐えられなかったの」


 少女はしくしくと泣き続ける。いつもなら歌を歌って慰められるのに、歌おうとすると声が引き攣る。駄目だ。声が出ない。

この子は生きている内も苦しんで、今も苦しんでいるのに。今の僕には何もしてやれない。


「でも、一人は寂しい……だからね。一緒に来て欲しいの」


 少女に手を引かれた。そうだね。一人は寂しいよね。


「清良さん!!!」


 身体を強く引かれた。ハッとする。目の前を電車が通り過ぎていく。僕は何をしていた?


「悪霊め!」

「茨木くん、やめて!」


 刀を構える茨木が見える。清良は止めようと手を伸ばしたが間に合わなかった。


「私は悪くないのに!!!イヤヤアァァ!!!」


 茨木の刀に切られる少女は、悲鳴を上げて燃えるように消えて行った。


「彼女をどうしたの!」


 清良は茨木の襟元を掴む。清良は激昂していた。


「強制的に地獄の門に送りました」

「どうして!あの子は苦しんでいたのに。僕なら助けられたのに!」

「あの子は貴方を道連れにしようとしていました。このままではいつまた人を道連れにするか解らない状態でした。普段なら貴方が助ける事も可能だったのかもしれませんが、今の貴方では……」


 茨木は眉間に皺を寄せる。解っている。しかし、あれは悪霊へとなりかけていた。自分にも見える程の強い怨念を纏っていた。それは彼女が悪い訳では無いとしても、彼女が被害者だとしても、加害者になりうる状態まで来てしまっていたのだ。


「僕がこのまま二度と歌えないと思ってるの?」

「そうでは有りませんが、事は急を要していました」

「どうして待ってくれなかったの?」

「貴方の声が戻るのを待っている内にあの子が他の人を巻き込んだらどうするんですか?その人が亡くなっても貴方の歌声で救えるのだから良いと?」

「そうじゃない!」


 清良はただ茨木に八つ当たりしているだけだと解っている。でも、止められなかった。

 自分は、何も出来ない。茨木の足手まといになっている。彼のバディなのに……。

 本当に二度と声が戻らなかったらどうなってしまうのだろう。

 泣き崩れてしまう清良を、茨木が支える。


「事務所に戻りましょう」


 そう声をかけて清良を事務所まで運ぶのだった。


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