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 目を覚ました少女の妖怪は、茨木や他の妖怪に気づいてビックリした様子で飛び起きた。


「怖がらないで。話を聞きたいだけ」


 そう、呼び寄せた絡繰童子が少女に話しかける。少女はコクコクと頷いた。

 それから少女と絡繰童子は、二人にしか分からないような言葉でやり取りする。


「主、この子は貧乏神のような妖怪なんですけど、最近、仲良くしていた無音達の様子がおかしくて困っているみたいです」

「この子は無音では無いのか?」

「この子は無音じゃないです。無音は人の形になったりしませんので」 


 茨木はどうやら勘違いしていたようだ。この子は無音とは別の妖怪らしい。絡繰童子が言った通り、彼女は困惑したような、困ったような表情をしている。妖気や身にまとう空気は落ち着いているので、悪さをする妖怪では無さそうだ。


「無音はどんな風におかしいんだ?」

「この子が言うには、無音達は一人ぼっちのこの子を気にかけて、歌手やアイドル、ダンサーの姿を少しだけ取っては、このホールで披露してくれていたみたいですね。このホールでかつて見られた類のものを取ってきて、この子を喜ばせたかったみたいです。しかし、最近急に彼らは凶暴になって全てを奪うようなことをして、この子も収集がつかずに困っているとのことです」


 絡繰童子の説明に、少女は涙目でコクコク頷いている。


「さっきの清良さんの歌声はやはり無音の?」


 そう、少女に聞くと首を振る。


「かつてここで歌を披露してくれた男の子の記憶を聞いていたと言っています。この子の今の声も無音が取ってきてしまって、返したいと言っています」


 少女は光の詰まった瓶を茨木に差し出す。


「無音が取ってきてしまった歌声やダンスの光だと言っています」

「どうやったら持ち主に返せるんだ?」

「近くまで持っていけば自然と体内に戻るそうです。この子はここから動けないので返せないと泣いています」

「解った。手分けしてそれぞれのものを持ち主に返すぞ!」


 茨木の掛け声に返事をする妖怪達だ。

 逢魔と影縫は魂の記憶を辿るのが得意な妖怪なので、ひとまず歌声やダンスは彼らに任せる。絡繰童子は少女との通訳として残ってもらい、無音は必ずこの少女の元に戻って来るはずなので、茨木が生け捕りにするために残る。裂帛には清良の光を持たせて走らせた。




「清良様!!!」 


 3階に上がった裂帛は、大声を上げながらリビングに入る。


「どうしたんだ、大声を出して」


 返事をしたのは禍刻である。 


「清良様は?」

「ここだよ?」


 清良は台所にいる様子だ。


「茨木くん達が頑張っているのに僕が何もしないなんて出来なくて、手料理でも作れるようになろうと思ったんだ」 


 焦げた卵焼きと野菜炒めがある。

 清良は「上手に出来なかったよ」と、しょぼーんとしていた。


「美味しそうではありませんか」

「不味そうだよ。せっかく禍刻くんが教えてくれたのに、ごめんね」

「いえ、我の教え方が良くなかったと……主に教わってください」


 慌てて慰める裂帛と禍刻である。 


「そんなことより裂帛くんは慌てた様子だったけど、どうしたの?もしかして茨木くんに何か……」


 清良は悪い想像をして顔を青ざめさせる。


「いえ、そうでは無く。清良様の歌声です。あれ!?」


 裂帛は持っていたはずの光が消えていることに気付いた。


「どうしたの?」

「清良様の歌声を持って帰ってきたはずなのだが……」


 どこかで落としてしまったのだろうか。

 大事に小瓶に入れてもらったと言うのに。小瓶はもぬけの殻である。


「えっ!?何か歌えそうな気がする!」


 清良はハッとして、「ラララ」と、簡単に歌を口ずさんでみた。綺麗な歌声が清良の喉を通って綺麗に発音され、禍刻と裂帛はうっとりと聞き惚れる。


「戻った!僕の歌声だ!」


 わぁと、目を輝かせて清良は禍刻と裂帛の手を取って飛び跳ねる。

 もう、禍刻と裂帛は清良にメロメロになりそうだ。


「それでは禍刻は俺と現場に行こう。多くの歌声やダンスを持ち主に返さなければならないんだ。禍刻、お前もそういうの得意だろ?」

「ああ」


 ハッとする裂帛。

 清良様の歌声にうっとりしている場合ではない、自分も早く戻って茨木の援護に回らなければ。

 正気に戻って禍刻の手を掴む裂帛。


「僕も行く!」


 そう、清良は慣れた様子で裂帛に跨った。


「清良様!しかし……」

「声が戻った僕なら何か役に立つかもしれないでしょう!早く茨木くんのところへ連れて行って!」


 驚く裂帛に命令する清良。しかし清良がいれば確かに安心である。裂帛も同意し、禍刻と清良を茨木のところまで連れて行くのであった。






 清良と禍刻、裂帛が廃屋のコンサートホールに到着した。


「ここ……」


 清良には見覚えがある。幼い頃、ここで歌った記憶がある。あれは初めてのコンクールで緊張していたんだ。出番ギリギリまで練習してた。そしたら同い年ぐらいの女の子が側にきて「すごく綺麗な歌声だね」って言ってくれて、勇気が出たんだ。


「懐かしい」


 あの子はどうしているだろう。

 そんな事を思いながら懐かしいホールに入る清良だ。



「清良さん!?」


 清良を直ぐに見つけて驚く茨木。


「今はどういう状態なの?」


 巨大な網に大きな光の玉が絡め取られている。巨大な光の玉は逃げようと藻掻いていた。


「無音の集合体です。本来の動きではない動きをしているようで、凶暴化してしまっています。切ってしまうのは簡単ですが、本来悪い妖怪では無い為に俺も躊躇ってしまって……彼女も嫌がって駄目だと言うし、しかし、俺が張った力封じの網も限界です」


 茨木は眉間に皺を寄せて耐えている様子だ。茨木の足元には少女が必死に首を振って泣いている。止めて止めてと言っているようだ。

 あの子、見覚えがある。


「やぁ、君、久しぶりだね。僕が歌ってみるよ」


 清良は少女にウィンクしてから荒れ狂う無音を見定める。

 何だろう?苦しんでいる。

 もう食べられない、苦しいと言っている。

 もう、食べなくて良いんだよ。苦しいなら吐き出せば良いんだよ。

 清良は自然と出た歌詞を歌声に乗せた。

 無音は眩く光ると、パーンと弾けた。

 見ると、小さくコロコロとしたものが無数にフワフワと浮かんでいる。まるで雪の様だ。少女はわーっと顔を明るくする。フワフワと少女の側に集まるコロコロ。


「無音です。本来の無音の姿に戻りました」


 そう、絡繰童子が説明してくれる。


「禍々しい妖気も消えている。穏やかに落ち着いついたようだ」


 茨木は念の為に機器を取り出して計測するが、値は極めて低い。


「良かった」


 清良はホッと胸をなでおろした。


「しかし、なぜ本来大人しいはずの無音が暴走したのでしょうか?」


 謎が残る。顎に指を当てて考える茨木。


「暗示をかけられたみたい。急に我を忘れて吸い続けてた、苦しかったって言っているよ」

「無音がですか?」

「うん、言ってるよね?」


 少女に声をかける清良、少女も頷いている。


「清良さんはこの子とも話せるんですね?」

「声はもう、聞こえないけどね。通じて来るんだ。あの時はありがとう」

「あの時?」


 清良は少女にお礼を言う。少女は清良に「ありがとう」と、言っているようだった。


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