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 九尾ノ峰の奥地、人も立ち入らぬような場所に、この山の主である妖狐は社を構えていた。

 社と言っても、それはただの洞穴である。


「我の領地で悪さをするのは止めていただきたい」


 九尾の狐である彼は、妖怪の中でも別格の存在感を放っていた。

 精神科クリニックに関わり、太鼓叩きに化けて茨木と清良を翻弄した妖怪に目星がついていたのだ。

 逃げようとするその妖怪を、九尾は神通力で引き寄せ、目の前に跪かせている。


「九尾殿、貴殿の領地で失礼した。しかし、あの者達は妖怪にとって危険だ。直ちに対処しなければならない」

「それは解るが、我が領地は今、五穀豊穣と疫病退散の祭りの最中であるぞ。そこに乱入してくるとは、我に喧嘩を売っているとしか思えん!」


 九尾の剣幕に、件の妖怪は流石に怯えた表情を見せる。


「二度と我が領地に顔を見せぬと誓え。さすれば解放してやろう」


 九尾は件の妖怪を威圧しつつも、温情を見せた。


「九尾!」


 妖怪を追ってきた裂帛は、なぜ主を苦しめた妖怪を逃がそうとするのかと、九尾を責めるように見た。 


「二度とこの場所には現れん。見逃してくれ」


 件の鬼は九尾に懇願する。


「よし、行け」


 九尾は神通力を解いた。すかさず鬼は逃げる。その早さは目にも止まらぬものであった。


「九尾、なぜあれを逃がす。茨木と清良様を傷つけ、壊そうとしている輩だぞ!」


 裂帛は九尾を責め立てる。


「私の茨木は可愛い。しかし、私は九尾です。人間の肩を持つ事も、妖怪の肩を持つ事も出来ません。どちらかに肩入れしては、均衡が崩れてしまいます」


 九尾は普段の穏やかさを取り戻した表情と口調であるが、面持ちは複雑である。


「それに、疫鬼の思う気持ちも分からなくもないのです。強い陰陽道の力を持つ茨木は、あの手の妖怪は恐れる。そこに強い巫女の力を持つ清良が合わさってしまえば、あまりに強すぎます。均衡を守る為にも潰しにかかるのは、当然と言えば当然でしょう」

「だがな、九尾……」

「私だって胸が痛い。せっかく茨木が心を許せる人間の友が出来たと言うのに。しかし、均衡というものは光と影で保たれているのです。これは茨木と清良の問題でしょう。私が手出しする訳にはいきません」

「……分かったよ」


 九尾の表情は苦々しく、どこか寂しげだ。

 裂帛もこれ以上は何も言えなかった。


「影縫、主の所へ戻ろう。九尾の事は言わないでくれ。件の妖怪は取り逃がしたと」

「分かった」


 流石に九尾が逃がしたとは言えない。茨木を余計に傷つけることになりかねなかった。


「茨木に伝えてください。何もかも嫌になったなら私の元へ戻るようにと。ここならば茨木は安全でしょう。清良も共に連れて来ると良いです」

「本当はそうなって欲しいんだろ?」

「裂帛、返事をしてさっさと主の元へ戻りなさい」


 「一人は寂しいくせに」と言いたげな裂帛を睨み、神通力で風を起こす九尾。


「はいはい。分かりました」

「はいは一回ですよ!」

「行こう影縫。九尾に吹き飛ばされそうだ」


 裂帛は影縫と共に、茨木と清良の元へ戻るのだった。






「取り逃がしたか……」


 清良と河童がくれたきゅうりを食べているところへ、裂帛と影縫が戻ってきた。

 その報告は残念なものだった。


「九尾が何もかも嫌になったなら山に戻って来いと言ってましたよ」

「今更?」


 ずっと会ってくれなかったくせに?

 茨木は眉間に皺を寄せる。


「九尾の事も分かってやって下さい。主を人間の社会に慣れさせたかったんです。あいつ、ずっと後悔してましたから。拾って直ぐに寺に預けていたら、茨木はこんなに大変な思いはしなかったんじゃないかって言ってましたからね」

「そうなんだ。でも、俺に何も言わずに寝てる間に勝手に寺に預けるのは、ちょっと違うんじゃないか?」


 あの時は本当に寂しかったし、寺は神聖な場所だと妖怪達もあまり顔を見せてくれないしで、茨木は急に捨てられたと感じていた。

 今言われれば理解できるが、七歳ほどの子供を何も言わずに放り出すのはいかがなものだろうか。

 茨木は結構根に持っているのだ。

 妖怪達との暮らしと、寺での暮らし、どっちが良かったとか、好きだとか天秤にかける訳ではなく、どっちも好きだが、過程が良くなかっただろうと思っている茨木である。

 簡単に言うならば、ちょっと拗ねているだけだ。


「まぁ、分かった。そうするよって言っとく。どうせ九尾には聞こえてるんだろうしな」


 九尾は千里眼に地獄耳である。


「一旦、祭りに戻りましょうか。連絡も無いので異変は無いでしょうし。今更ですが、祭りを楽しみましょう」


 まだ少し、帰り時間を遅らせても問題は無いだろう。

 清良が楽しそうにしていたお祭りをこんな嫌な思い出で終わらせたくは無い茨木である。




 広場に戻ると、山車は村を周りに行ってしまった後であった。


「主、異変はありません!」


 絡繰童子は林檎飴とチョコバナナを両手で持ちながら報告してくる。


「ずいぶん楽しんでいるな」


 思わず笑ってしまう茨木である。

 他の二匹はどうしただろうかと、視線を動かす。


「逢魔は太鼓打ちが居なくなってしまったので代わりに打ってあげてます。禍刻はたこ焼きの屋台のおじさんが倒れたので代わりに入ってあげてます」


 そう、絡繰童子が報告する。


「たこ焼きの屋台のおじさん大丈夫なのか!?」


 おじさん倒れたって、どうしたんだ?

 件の妖怪の仕業が!?


「ただの寝不足みたいです。祭りが楽しみ過ぎて眠れなかったそうで、今、そこの公民館で寝てます」

「そうか」 


 大変な事態じゃなくてよかった。おじさん、睡眠はしっかりしてくれである。


「茨木くん、茨木くん!」


 清良は茨木の手を引いた。


「どうしました?」

「鉄砲があるよ!」

「射的ですね。何か欲しいものが有るんですか?」

「僕の写真集だ」

「えっ?」


 見ると確かに清良である。

 こうしてみるとやっぱり人気アイドルなんだなぁと実感する茨木である。


「えっ!?清良?うそ!本物!?」


 射的屋の女性が清良に気づく。


「僕の写真集を的にしてくれて有難う」


 そう、清良は射的屋さんにウィンクを投げる。確実にヒットを決めた。


「キャーー清良様にウィンクをををを!!!」


 射的屋は悲鳴を上げて倒れそうになっている。


「えっ、有名人?」

「清良って?」

「人気アイドルだよ」

「あの麗しい美形の」

「付き合いたい男2位ぐらいの」

「一緒に海に行きたい男2位ぐらいの」


 キャーキャーと人が集まって来てしまう。

 それにしても、万年2位男のような言われ方でちょっと恥ずかしい清良だ。

 いや、2位で何が悪いんですか!?

 2位だって良いじゃないですか!


「歌唱力はずっと1位よ!」


 そう、倒れかけてる射的屋が声を上げる。 


「あの、握手してください。良かったらサイン下さい、出来ればステージで歌を披露してください!!!」 


 射的屋の要望はどんどんデカくなる。


「良いよ。握手、サイン。ステージは……勝手に上がって良いのかな?」

「俺が元真に掛け合ってきます」


 やる気満々の清良に、茨木は役員テントに向かう。

 元真が役員で良かった。


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