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 茨木は役員テントへ向かい、元真に事情を説明した。清良がステージで歌いたいと言っていること、そしてそれが祭りの盛り上げに繋がることを力説する。

 元真は最初は驚いた顔をしていたが、今朝の清良の歌声は素晴らしいものであった。それに外から「清良〜歌って〜」と、すごい歓声が聞こえている。

 声に気付いた元真はすぐに承諾した。


「分かりました。ですが、くれぐれもトラブルのないように。私も立ち会います」

「ありがとうございます」


 茨木は元真に深々と頭を下げ、広場へと戻った。

 広場では、清良がすでに簡易ステージの前に立っていた。山車が村を一周して戻って来たことで人がさらに増え、期待の眼差しを清良に集中させている。絡繰童子は清良の足元でピョンピョン跳ねて喜び、禍刻は近くのたこ焼き屋台の裏から顔を覗かせている。逢魔は太鼓打ちがいないステージにちゃっかり座り込み、楽しげに太鼓を叩いていた。

 元真がマイクを手に、清良を紹介する。


「皆さん、ご紹介します!皆さんもご存知の人気アイドル、清良さんが、急遽この祭りのステージで歌を披露してくれることになりました!盛大な拍手でお迎えください!」


 ワッと歓声が上がり、拍手が湧き上がる。清良はステージの中央に進み出ると、マイクを握った。一瞬の静寂の後、彼の歌声が夕暮れの空へ綺麗に響き渡った。それは、先ほど人々が口ずさんでいた不気味な不協和音とはまるで違う、澄み渡るような歌声だった。祭りの喧騒も忘れさせるほどに、清良の歌声は人々の心に深く染み渡っていく。彼の歌には、確かな感情が込められていた。希望、喜び、そして癒し。歌声は、疲弊していた村人たちの心を解き放ち、淀んだ空気を浄化していくようだった。


 歌い終わると、広場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。人々は皆、笑顔で、その瞳には失われていた活気が戻っていた。


「清良さん、すごい……」


 茨木は清良の歌声が持つ力に改めて圧倒されていた。あの暗示でかすんでいたのであろう村人たちの瞳が、清良の歌によって輝きを取り戻しているのがはっきりとわかる。これはただの歌ではない。まさに、巫女の力。清良の歌は、村に再び、本当の祭りの熱気を取り戻したのだ。

 ステージを降りた清良は、多くの人々に囲まれていた。サインを求められ、握手を求められ、引っ張りだこだ。その隣で、茨木は誇らしげに清良を見守っていた。


 日も暮れ、辺りもすっかり暗くなったころ、打ち上げ花火がはじまる。

 茨木は清良の手を繋ぐと祭りの喧騒から少し離れた小高い丘に上がった。


「花火を見るならここが良いんですよ。静かでよく見えるんです」


 茨木のお気に入りのスポットだ。

 祭りの屋台で色々貰ってしまったものを二人で食べる。焼きとうもろこしにフランクフルト、たこ焼きに焼きそば、色々袋に詰められていた。食べきれないんじゃないかと二人で笑った。

 7時ちょうどになり、打ち上げ花火が始まった。色とりどりの花火が打ち上がる。


「わぁ、綺麗。打ち上げ花火、生でじっくり見たのは初めてだよ」


 花火に見とれる清良。


「清良さんは初めての事が多いですね」


純粋に初めての体験を楽しむ清良が可愛くて和む茨木だ。


「うん、演出でステージの後ろで花火が上がったり、することはあるけど、じっくり見れるものじゃないからね」


 ハハッと苦笑する清良だ。 


「そうですよね。忙しい清良さんが休めればと思って連れてきたと言うのに、あまり休めませんでした。申し訳ないです」


 むしろ大変な目にあわせてしまった気がする茨木である。


「ううん、楽しかったし、とても良い休暇だったと思う。座禅や雑巾がけも楽しかったし、村のみんなは良い人だし、変な妖怪を取り逃がしたのは癪だけど……祭りが楽しめたから良かったよね。修学旅行みたいでワクワクしたよ」


 フフッと笑う清良は本当に楽しそうで、茨木は安心した。


「はい、俺も、楽しかったです」

「また来年も連れてきて欲しいな」

「勿論ですよ。ちゃんと休暇を取ってくださいね!」

「茨木くんもね!」


 さりげなく二人は指切りを交わすのだった。




 祭りが終わり、片付けまで手伝う清良。雑巾がけは初めてだったが、ボランティア活動など精力的にしている清良はゴミ拾いが早い。元真が感心していた。


「清良さん、私は貴方を誤解していました。はじめは都会のチャラチャラしたナンパな男だと思ってしまって、きつくしてしまいました。申し訳ありません」


 元真は清良がそういった男であるなら精神を叩き直さなければと思ってしまったのである。色眼鏡で見てしまった自分を反省する。 


「僕の見た目だとそう見えるかもしれないね。大事な弟みたいな茨木くんを心配したんだよね?」

「そういうわけではありません」


 ハハッと笑う清良にバツが悪そうな表情をする元真である。



「清良さん、帰りますよ!」


 茨木は寺の階段を登って荷物を持つと、降りてきたのだ。


「えっ荷物持ってきてくれたの?階段大変だったでしょう?」


 気づかなかったと、直ぐに茨木に駆け寄る清良。


「いえ、清良さんはゴミ拾いを頑張っていたので。じゃぁ、元真、またね!」


 茨木は元真に手を振る。


「もう少し頻繁に顔を見せるようにしなさいね」


 なんだかんだで茨木が心配な元真である。 


「うーん、来年はまた来ると思います」

「来年ではなく、四ヶ月に一回ぐらいは顔を出してください」

「面倒くさいよ〜」

「その蜘蛛に乗れば直ぐでしょうが!」


 既に裂帛には車に化けてもらっている。荷物を乗せる茨木。


「まぁ、来れたら来ますよ。清良さん、裂帛に乗って下さい」

「うん、元真さん。また」


 清良は元真に頭を下げて裂帛に乗り込む。茨木が「裂帛、出して」と言うと、元真の目にはもう何も見えなくなった。


 一陣の風が通り抜けただけである。


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