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第七章 広がるざわめき

1



「朝食は鮭の塩焼きですよ」

「ん〜」


 カーテンを開けた茨木に起こされ、清良は体を起こす。また茨木の部屋で寝てしまったらしい。


「ごめんね。また茨木くんのベッド使っちゃったね」


 もはや茨木のベッドは清良のベッドのようになってしまっていた。


「構いません」

「もう、僕のベッドを買った方が良いかな」


 あっけらかんと言う茨木は本当に気にしていない様子である。しかし、清良は気になる。でも、ここで寝ないという選択肢は出て来なかった。だって、よく眠れるし、安心するのだ。


「俺は寝袋で寝てるので大丈夫です」

「何が大丈夫なのかな?」


 まさか寝袋で寝ていたとは。いつも茨木の方が清良より後に寝て、先に起きてしまうので、全然知らなかった。

 寝袋で寝る茨木くんはちょっと見てみたいと思う清良だ。しかし、大丈夫ではないだろう。寝袋より絶対にベッドが良いに決まっている。


「寝袋って、寝心地良いですよ」

「じゃあ僕がその寝袋で寝るよ」

「駄目です」

「ほら〜」


 寝心地良いなら僕に寝袋を譲るよね?と、いう表情で清良は茨木を見た。

 茨木は苦笑して見せている。やっぱり僕用のベッドを用意しようと決める清良だ。幸い、茨木の寝室は書斎とは別れており、広いスペースがある。清良のベッドが増えても問題なさそうなぐらいにはスペースに空きがあった。


「取り敢えず、朝食にしましょう」

「うん、鮭の塩焼き楽しみだなぁ。鮭って何しても美味しいよね。焼いても刺し身でも美味しいし、炙っても美味しいよ。イクラも筋子も美味しいしね!」

「そうですね」 


 清良はどうやら鮭が大好物らしい。朝食に鮭を出すとすごく喜ぶのだ。茨木も鮭は好きである。


 今日も清良はいつも通りの忙しい日々だ。朝食を取りつつ、「お疲れではありませんか?今日は休んだら?」と、心配する茨木。

 昨日は廃墟のアパートで残滓と対峙し、疫鬼の存在に気が立つ茨木だ。清良もそうであろう。


「ううん、大丈夫」


 清良は首を振る。

 既に決まっている仕事を当日にキャンセルなど出来ない。それに、ドタキャンなどという事は、清良のプライドが許さなかった。実際、よく寝れているし、疲れは感じていない清良である。


「しかし……」


 清良の気持ちも分かる茨木だが、彼の体が 保たないのではないかと心配なのだ。それに、いつまた疫鬼が清良を狙って仕掛けてくるか分からないという心配もある。

 清良の意志の強い視線に、茨木は溜息を吐く。人々に光を届けるのも大事だろうが、もう少し自分の体も気遣って欲しいと思う茨木である。


「ごちそうさま!」


 清良は良く食べて手を合わせる。


「今日も美味しかったよ」

「薬草スープもどうぞ」


 茨木は食後に薬草スープを差し出す。多少は気休めになるだろう。清良は、美味しいと飲んでくれるが、薬草スープは苦い筈なので彼の『美味しい』は信用ならないなと思う茨木だった。


「本当に僕は大丈夫だよ?」


 レコーディングスタジオに向かう為、裂帛の背中に乗る清良。何故か茨木まで乗り込んでくる。


「付き添います」

「夜鴉堂はどうするの?」

「絡繰童子に任せました」


 茨木は絡繰童子に店番を任せ、清良の護衛に回るつもりだ。何かあれば直ぐに絡繰童子が連絡をくれる筈であるし、大丈夫だろう。

 裂帛と禍刻、影縫にも清良の護衛を頼んだが、同時進行で疫鬼の事も調べさせている為に、付きっきりと言う訳にはいかない。

 清良にばかり目が行って疫鬼の痕跡を見落とす訳にも、疫鬼の痕跡に夢中になって清良を疎かにする訳にもいかないのである。

 ならばもういっその事自分が側についているのが一番だと、茨木は考えた。

 清良は「僕の事は大丈夫だから、疫鬼を調べて」と、言ったが、茨木は考えを曲げず、結局、レコーディングスタジオまで着いてきてしまったのだった。

 仕方なく清良は茨木を『マネージャー』という体で撮影に同伴させる事にした。

 今日もレコーディングスタジオからテレビ局、雑誌の撮影と、予定がびっしりである。


 華やかな光と喧騒の中で、清良はプロのアイドルとして完璧な笑顔を振りまいていた。

 すごい、清良さん。別人みたいだ。

 カメラを向けられる清良は、可愛い笑顔からセクシーで色気のあるポーズまで様々な表情を見せる。


「良いね清良くん。今度さ茜ちゃんとツーショットを撮ろうか」

「はーい!」


 茜と呼ばれる女性もアイドルなのだろうか、茨木は詳しくないが、寄り添って撮影する姿はまるでカップルのようでお似合いである。キスするのかと思う程近い距離感に茨木は目のやり場に困った。


「はーい、ありがとう。いい写真が撮れたよ!」


 カメラマンからオーケーが出る。


「お昼休憩を挟みます」


 スタッフの声がし、清良は茜に「お疲れ様、ありがとう」と、声をかけてから茨木に駆け寄る。


「お疲れ様です」


 茨木は清良にタオルと飲み物を渡す。後ろから茜が追いかけて来るのが見えた。


「あの、清良さん」

「え?なに?」


 声をかけられた清良は振り向く。彼女は清良に名刺カードを差し出す。


「私のSNSと連絡先です。今度良かったらお茶でも」


 彼女の顔は真っ赤だ。清良に気があるのだろう。茨木はどうしようか迷った。二人っきりにした方が良いだろうか。


「ちょうど良いからと一緒にランチにしよう」

「えっ!良いんですか!?」


 清良はちょうどお昼だし、お昼ご飯を食べながら一緒にお茶も出来るねと、いう感じである。


「俺は外に行ってきますね」

「え?何で?何かあった?」

「え?俺はどこに居れば良いんですか?」

「僕の隣じゃないの?」

「え?」

「え?」


 清良と茜を二人にした方が良いと思う茨木と、急に外に出ると言われ、疫鬼が出たのかと身構える清良。

 顔を合せてお互いを見る。どうも話しが噛み合ってない気がした。


「もう、お昼食べ損ねるよ」


 清良は理由のわからない茨木の手を引いて控室に戻るのだった。

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