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 清良の全国ツアーは、各地で熱狂的な支持を受けながら順調に進んでいた。彼の歌声は、その場にいる人々だけでなく、テレビやラジオを通して全国に届けられ、多くの人々の心を癒していた。

 その歌声は、単なるアイドルの歌という枠を超え、聴く者の心の奥底にまで響き渡る、不思議な力を持っていた。


 ツアー中のある地方都市での公演後、清良は楽屋で一人の女性歌手と出会った。彼女はバンドグループに所属している、地下アイドルのような存在だ。


「清良さんの歌声、やっぱりすごい。私には分かるんです。それは、古来より伝わる『鎮魂の歌』。魂を鎮め、淀んだ気を清める、巫女の力ですね」


 ミコトという芸名で活躍している彼女は、清良に明るく話しかけると、握手を求めた。

 清良ははじめ、彼女が何を言っているのか良く解らずポカーンとなる。こういうキャラ設定なのだろうかと思った。

 とりあえず、握手を求められたので手を握る。


「憧れます。清良さん程ではありませんが、私にも多少、巫女の力があるんですけど、全然力が足りなくて」


 ハハッと苦笑する彼女だが、確かに握った手から不思議な感覚を受ける。それは悪い気持ではなく、なんだか旧知の友に巡り会えたような、そんな感覚だ。


「男性で巫女の力を持っているって珍しいですよね?清良さんはどちらの血筋ですか?」


 ミコトは首を傾げる。清良の「本名」を聞き出そうとする意図が、その問いには隠されていた。


「えっと、僕の母はピアニストで父は俳優なのだけど……」


 どちらの血筋と聞かれても困る。


「母方ですかね。名字は何と言うのですか?」

「清良、です」


 清良は、芸名がそのまま本名であるかのように答えた。本能的に本名を隠している。なんとなく、嫌な気持ちになってしまう清良だ。

 ミコトは一瞬、意外そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。


「清良……聞いた事無いなぁ。もしかして、先祖返りとかでしょうか」

「そうかもしれないね」


 清良はとりあえず話を合わせた。清良は、ミコトが自分の血筋にやけに興味を示すのを不思議に思ったが、気のいい子なのだろうと軽く流した。

 本名を尋ねるなんて、よくある事である。嫌な気持ちになってしまう自分がおかしいのだと思った。


「でも、気をつけて下さいね。清良さんの歌声は、淀んだ気を清め、荒ぶる魂を鎮める力を持っていますが、その力は、時に危険を呼び寄せることもあります」

「危険?」


 急に真剣な表情になり、注意するような口調になるミコト。清良は身構える。


「清らかな力は、それを欲する者や、逆に憎む者を引き寄せます。特に、闇に属する者たちは、清良さんのような力を利用しようとするでしょう」


 ミコトはそう言いながら、清良の歌声が持つ力をどう制御し、守っていくべきか、その術を教え始めた。

 その言葉の端々には、清良の力を「利用する」ことを前提としたような響きが、わずかに混じっているようにも聞こえた。


「清良さんはあまりに無防備に力を披露しすぎです。少し抑制する必要があります。これは、力を抑制するブレスレットです。つけて下さい。それから、これは襲われた時用に投げつける清めた塩です。持っていて下さい」


 そう、色々勝手につけられたり、持たされたりする清良だ。彼は、これらが本当に自分のためなのか、それとも何か別の意図があるのか、考える間もなくミコトの勢いに押されていた。


「うん、有り。助かるよ」


 ミコトの言葉に素直にお礼を言う清良。親切な子なのだろうと、彼はまだ疑いを持たない。


「ミコト〜行くよ〜」

「はーい!」


 バンドメンバーが呼んでいる。


「じゃあ、失礼します!」


 ミコトは元気よく頭を下げると、去って行くのだった。清良はそんなミコトに手を笑顔で振った。妹が居たらあんな感じかなぁと、ちょっと和む清良であった。






 ツアーは終盤に差し掛かり、清良は故郷に近い都市での公演を迎えていた。その日の夜、公演会場の近くで、異様な気配を感じた。

 清良はものは試しだと、ミコトから教わったばかりの感覚を研ぎ澄ませ、その気配の源を探った。

 ミコトが言うには『座禅する感覚』だそうだ。幸い、清良は元真から座禅をかなりきっちり教え込まれた。その感覚を思い出す。

 すると会場裏の薄暗い路地裏から、微か な、しかし確実に不穏な「歌声」が聞こえてくる。それは、清良の歌声とは真逆の、魂を惑わし、負の感情を増幅させるような、呪詛めいた響きだった。

 清良が路地裏に足を踏み入れると、そこには、黒いローブをまとった二つの影が立っていた。

 彼らは、清良の存在に気づくと、ゆっくりとこちらを振り返く。その顔は、そっくりで、どこか不気味な共通の雰囲気を纏っていた。

 彼らの瞳は、清良の歌声に宿る力を、まるで獲物を見つけたかのようにギラつかせている。


「…見つけたぞ、清らかな歌声の持ち主よ」


 フード1が冷たく言い放った。その声には、清良の歌声への執着がにじみ出ていた。


「貴様の力は、我々に必要であり邪魔なもの。大人しく、我々と共に来るのだ」


 フード2が歪んだ笑みを浮かべながら清良に手を伸ばす。その手から放たれるのは、禍々しい呪力だった。

 清良は咄嗟に身をかわしたが、その呪力は周囲の空間を歪ませ、路地裏の壁を抉り取った。


「僕の歌声は、誰かのものになるためにあるんじゃない!」


 清良は、恐怖に震えながらも「鎮魂の歌」を歌い始めた。

 彼の歌声は、呪詛の歌声とぶつかり合い、路地裏に光と闇の波動が渦巻いた。


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