清良の歌声は、双子の呪詛を跳ね返すほどの威力があった。しかし、清良は違和感を覚える。突如声が掠れ、音が出なくなったのだ。まともに双子の呪詛をくらい、地面にひれ伏してしまう清良。
何がおこっている?
清良は気が動転した。
どう頑張っても声が出ないのだ。
「ミコトのブレスレットが効いたな」
「やれやれ、危なかったぜ」
ハハッと笑う双子に見下され、清良はブレスレットを見る。先ほどまで感じなかった禍々しいオーラを感じる。すぐにブレスレットを外そうと試みるがびくともしない。それどころか、外そうとすればするほどブレスレットは重くなり、腕に食込むようである。
「クッ……」
清良はどうすることも出来ずに双子を睨む。
「さぁ、我々に着いてくるのだ」
言うことなど聞きたくないと言うのに、身体が言うことを聞かない。男達に着いて行こうと動いてしまう。
焦る気持の清良の脳裏に浮かんだのは、夜鴉堂での茨木の姿だった。
彼なら、この状況をどう切り抜けるのだろう。
「茨木くん、どうしたら……」
助けて欲しい。
清良がそう思った時だった。路地裏の空気が、一瞬にして凍りつく。
安心する。この馴れ親しんだ霊気。
「清良さん!」
清良の背後から、低く、しかし確かな声が、闇を裂いて響いた。茨木だ。
彼の周囲には、影縫と裂帛が闇に溶け込むように控えている。
茨木の瞳は鋭く、獲物を捕らえる鬼のそれだったが、清良の窮地を目にし、微かな焦りが宿っていた。
「茨木くん!」
清良は茨木の姿を確認し、安堵から力が抜ける。茨木の側に行きたかったが、身体が動かずその場にへたり込むしか出来なかった。
茨木は清良を一瞥すると、すぐに目の前の双子の呪術師たちを睨む。
「貴様ら。清良さんに何をしている」
茨木の問いに、フード1が不敵に笑う。
「ふん。貴様も来たか、鬼塚茨木。我らの邪魔をするというのか」
その言葉に、清良は初めて、双子の呪術師たちが茨木を知っていること、そして茨木が「鬼塚」という名字を持つことを知った。
茨木は双子の言葉を無視し、清良の側に行く。影縫と裂帛が双子に睨みをきかせている。
「清良さん、大丈夫ですか?そのブレスレットは?」
双子の注意は完全に清良から反れている。
茨木は清良の腕につけられた見慣れないブレスレットを見つける。清良には似つかわしくない禍々しいオーラを放つブレスレットは明らかに呪われた品だろう。こんなものを清良が疑いもせずにホイホイつける訳がない。
なぜこんなものをつけているのか。
「いや、まずは貴方にかけられた呪詛を解く必要がありますね」
清良からは完全に呪詛をくらった状態が見て取れる。双子が影縫、裂帛と対峙している間に解呪が必要だろう。茨木にとってはそこまで難解な呪詛ではない。解呪も直ぐに出来るだろう。茨木は頭の中で最適であろう経を選び出して数珠を取り出す。
「いたたたた!!!」
急に痛がりだす清良の悲鳴にハッとした。
ブレスレットが彼の腕に食い込んでいるのだ。このブレスレットは危険すぎる。彼の腕を切断しかねない。
「先にブレスレットをどうにかしなくては……」
しかしブレスレットの方は解き方が分からない。これは自分の分野ではないな。おそらくは清良の分野だろう。しかし、彼の歌声はこのブレスレットによって封じられている。
「借りて来て良かった」
茨木はここに来る前に、廃墟であるコンサートホールで少女と戯れる無音に、清良から少しだけ取ったであろう歌声を借りてきていた。
その歌声の入った小瓶を開けると、清良の『ラララ』と歌う綺麗な声が流れた。瞬時に緩む清良のブレスレットを茨木は見逃さない。
持っていた短刀でブレスレットを切った。清良の腕は自由になる。
しかし、痛々しく赤い跡が残ってしまっていた。
「有難う茨木くん。これで歌える」
清良は自分の腕の負傷には見向きもせずにすぐに双子を睨む。茨木はその清良の姿が純粋に「カッコいい人」だなぁ、と思うのだ。
「待って下さい、解呪がまだです」
茨木はすぐに数珠を取り出す。しかし、双子と影縫、裂帛の攻防は劣勢だ。
「申し訳ありません主、防ぎ切れません」
押され気味の影縫が音を上げる。
「分かった下がれ、清良さんを守ってろ」
一旦、影縫、裂帛を下げ清良の守りに付かせた。
「絡繰童子くんと、禍時くんと、逢魔くんはどうしたの?」
側に来て結界を張る影縫、裂帛に聞く清良。
「急な事で招集が間に合いませんでした。禍時と逢魔は都市で不穏な気配を感じ取っていた主の命で都市の監視をしています。絡繰童子は九尾様を慰めているところでして……」
困った表情の影縫と裂帛も焦った様子である。深くは分からないが、何かあった事は間違いない。茨木がここに駆けつけた理由もそこにありそうだ。
「鬼塚茨木。我々はお前の本名を知っているぞ」
そう茨木を脅す双子。
呪術者に本名を知られるのは致命的だ。双子のドヤ顔に清良は茨木を心配した。
「知った気でいるだけですよ」
ハッと乾いた笑いを投げる茨木。
「何を、余裕でいられるのも今のうちだ鬼塚茨木、俺の前に跪け!」
そう、茨木に命令を出すフード1。
「跪くのはそちらですよ。土河成満さん、土河成道さん」
笑顔で告げる茨木に、双子さ跪く。
どういう状態か分かってない様子だ。
「俺達二人がお前より劣っていると言うのか!」
成満が怒鳴る。
成道はプライドをへし折られたような苦悶の表情を浮かべていた。
「それはどうか知りませんが、こうして跪かせることが出来たのだからそうなんでしょうね。そもそも、俺の本名は鬼塚茨木ではありませんしね」
「なに?」
成満と成道は茨木を見る。自分たちの調べは完璧だったはずだ。
コイツは都心の路地裏でひっそりと一階で古物商を営みつつ、2階では悪の裁き人のような事をし、3階で暮らしている。
幼少期に捨てられて、妖怪に育てられ、寺に預けられ、その一連の流れから名前は茨木、苗字を鬼塚にしたはず。間違いないはずだ。
そう、双子は目を合わせる。
「まぁ、俺自身も俺の本名は知らないんですけどね」
ハハッと笑う茨木だ。
どうも陰陽師だとかいう生みの親が一応、産まれたばかりの自分に名前はつけたらしい。それが本名となっているのだろうが、茨木は知らなかった。しかし、それで助けられたことも何度かあるので、そこだけは感謝している。
「クソッ!」
成満は地面を叩く。
「疫鬼を召喚!」
成道が叫ぶ。
「ガルルル!!!」
すごい雄叫びをあげて現れたのは茨木が九尾に預けたはずの疫鬼であった。その姿に驚く清良。
「酷い……」
疫鬼の心は悲鳴を上げ、助けを求めているのが痛いほど清良に伝わってくるのだ。
「これは、酷い……」
茨木も目を背けたくなるほどの変わりようである。九尾が自分に助けを求めるのも無理は無いと感じた。
目の前に召喚された疫鬼は、自分が九尾に預けた時よりも酷い様子で、本来の姿を見る影も無かったのだ。