目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

4

 事の発端は数時間前である。


 茨木は烏からの連絡を受けて人間界のゴミを掃除したばかりであった。

 清良がツアーに出かけた間、動き放題の茨木は烏からの連絡に積極的に答えていた。

 しかし、なるべく妖怪たちの餌にするのではなく、地獄の門へ送るようなやり方は控えるようになった。

 清良ならどうするかが先に浮かんでしまい、以前よりも二倍以上の時間をかける案件もあったりして、烏からくどくど言われることもあったが、最善を尽くせたと茨木の心は以前より健全なものであるようだった。


 今回もなかなか自分が悪いと認めない女であった。部下の女性をイビリ散らかし、最終的には自殺者を出した女である。

 「あの女が弱いのよ」「仕事も出来ない癖に」「私が指導してあげたの」「社会のゴミよ」など、散々言っていた。

 社会のゴミはどちらなのか。

 ここまで聞かない者ならば、以前なら妖怪たちの餌にしていたところである。

 しかし根気強くやった茨木は、女を精神病院送りにとどめた。

 妖怪の餌になるのと精神病院送りになるのはどっちが良かったのかは分からないが。仕方ない。あの女はゴミである。精神病院には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

ここまでならやはり妖怪に食わせてやった方が良かったような気がする茨木である。烏からも「人思いに殺った方が良かったんじゃねぇの?」と言われる始末だった。

 それでも烏伝いに自殺してしまった女性の家族は感謝していたと聞いて、彼女の家族が報われたのなら本望だとホッとしていた時だった。


 側にいた裂帛がハッとした表情をしたのだ。何かに気を取られた様子である。


「どうした?」


 裂帛の珍しい反応に、茨木は彼を見る。


「分かりません。九尾に何かあったみたいです。確認して来ても良いですか?」


 裂帛は酷く心配した様子だ。

 彼と九尾は旧知の友、何かあったのは間違いないだろう。


「直ぐに行ってやれ」


 茨木も九尾はなんだかんだ言っても親みたいな存在だ。何かあったとなれば一大事である。


「僕も行っていい?」


 同じく九尾の旧知である絡繰童子も心配した様子だ。


「ああ、俺への連絡用に影縫を連れて行け」


「はい!」


 裂帛に影縫を付ける。

 裂帛は絡繰童子と絡繰を付け替え、すぐに九尾の元に向かった。


 仕事が終わったばかりであるが、最近都市は霧がかったように感じ、茨木は禍時と逢魔を調査に出してしまっている。清良がいない影響かもしれないが、万全を期するに越したことはないだろう。しかし、九尾に関してあそこまで心配な面持ちを見せる裂帛は初めて見る茨木。

 九尾はかなり力の強い妖怪である。今の日本では四天王と評される中の一匹でだ。その九尾に何かあるとは思えないが……

 心配である。


 九尾の呼びかけに反応した裂帛は尋常ではない早さで九尾の元に駆けつけた。人を乗せている訳ではないので、ほとんど瞬間移動である。


「どうした!!」


 駆けつけた裂帛は叫びながら九尾が居るはずの洞穴に入る。見ると九尾が項垂れ、地面を拳で殴りつけているところであった。最近彼の側近をしている様子の猫又がオロオロしている。


「クソ!! 哀羅(あいら)が連れ去られた!!」


「哀羅が!?」


 打ちひしがれる様子の九尾に口に手を抑える裂帛だ。

 哀羅とは、九尾が疫鬼に与えた新しい名前である。


『疫鬼と言う名前は貴方に似合って無いと思います。なので私が考えました』


 という感じで勝手に名前をつけていた。九尾は自分が拾ったものに名前をつけるのが好きなタイプだ。

 九尾は哀羅をそれはそれは可愛がっており、哀羅も九尾には懐いていた。修行も真面目に取り組み、九尾の教えを守って過ごしていた哀羅は顔つきも穏やかになり、食欲も抑制できていた。

 その知らせは逐一裂帛に届いており、親ばかのように溺愛しているなと思っていたのだ。

 九尾も孤独であったし、哀羅も孤独であった。お互いがお互いの孤独を埋め合って、良い作用になっていると裂帛は感じていたのだ。

 それがどうして……


 今日も九尾は哀羅の修行を見ていた。

 精神統一する哀羅の姿勢は美しく、疫鬼の見る影もない。

 九尾はそんな哀羅を大切に見守っていた。そんな時だ。

 突如、哀羅を魔法陣のような物が取り囲んだ。九尾はハッとする。

 あれは、陰陽師である斎宮(さいぐう)家の紋。


「哀羅!」


 九尾はすぐに哀羅の名前を呼んで手を伸ばす。


「行くな哀羅!」

「九尾様!」


 消えかける哀羅は必死に九尾に手を伸ばしていた。指先が触れるか触れないかのところで、哀羅は完全に斎宮の紋に吸い込まれ、姿を消した。

 間に合わなかった。


 九尾は地面を殴る。


 自分は九尾ノ峰を守る妖狐。この山を離れる訳にはいかない。自分では哀羅を助けられない。茨木を頼るしかない。そう考えた九尾は裂帛に念を飛ばしたのだ。


「分かった。直ぐに茨木に伝える」


「面目ありません。私がついておきながらなんたる失態でしょうか」


 九尾の憔悴しきった姿は裂帛からみても酷い有り様である。猫又はオロオロしているし、このままここに二匹で残すのも気が引ける。

 絡繰童子も九尾を心配していた。お互い、視線だけで頷くと、絡繰童子は残ることにする。


「茨木に伝えてください。清良にも危険が迫っています。ミコトいう悪い巫女にまんまと引っ掛かってしまいました。彼の最大の武器であり守りである歌声を封じるものです。それと双子の名前は土河成満(どがわ なりみつ)土河成道(どがわ なりみち)です」


「分かった」


 九尾の忠告を受けて、裂帛と影縫はすぐに茨木の元に戻ったのだった。


 忠告を受けた茨木は焦る気持ちを何とか抑えて考えた。

 清良を嵌めた巫女がいるならば、巫女の力が必要かもしれないと。しかし、清良が歌を封じられたおそれがあるならば、どうする?自分に巫女の力はない。その時浮かんだのが、無音と少女の事である。

 すぐに廃墟のコンサートホールに寄り、その足で直ぐに清良の元に向かった。


 結果的に間に合って良かったが、哀羅は何とかしなければ。

 九尾が泣いている。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?