会場入りした清良は、もう別の表情を浮かべていた。キリッと勇ましくステージに挑む姿は、やはりプロである。
リハーサルから既に清良は生き生きとし、素晴らしい歌声を披露している。茨木と裂帛はスタッフ用のTシャツに袖を通し、舞台袖で清良を見守っていた。
「裂帛、九尾と哀羅の事を報告してくれ」
清良を見守りつつ、裂帛に報告を促す茨木。二匹のことが気がかりであった。
裂帛の表情は重い。
「九尾の元に連れ帰った哀羅は終始震えており、夜もあまり眠れていない様子でした。やはりトラウマになってしまったようで、時折、我を忘れて悲鳴をあげるなど、精神的に苦痛を負っているようです。九尾が抱きしめると落ち着くのですが……」
「そうか……」
無理矢理召喚され、言うことを聞かされていたのだ。哀羅が苦しむのも無理はない。
心の傷が癒えるには時間を要するだろう。茨木は心配であった。
しかし、自分に出来ることはなさそうだ。九尾が哀羅を癒やしてくれることを願うしかない。
自分が清良に癒やされているように。
「九尾も哀羅が戻ってきたことには安堵していますが、怯える哀羅に『斎宮め!許さん』と、烈火のごとく怒り狂っていますよ。俺でも見たことないくらいです」
裂帛が見たことないほど九尾が怒り狂っているとなると相当である。
山の守り神である九尾が激怒するとなると、山の天候は荒れ、最悪、里に被害が出る恐れがある。
「絡繰童子と猫又が必死に九尾と哀羅を慰めて、ギリギリ最悪の事態はおきないようにしています。さすがに九尾も自分で自分を抑えて正気を保っていますね」
「絡繰童子はしばらく九尾の所に居てもらうとして、お前はどうする?九尾の側に居たければそうして欲しいところだが……」
九尾が自分自身の感情を抑えられなくなった場合、どんな災害が起きるか分からない。
裂帛は九尾の旧知であり、九尾はかなり裂帛を信頼している様子。彼が側についていた方が良いだろう。
「俺は茨木と清良さんも心配なのですが、しばらく都と九尾ノ峰を行き来する毎日になりそうです」
「悪いな」
「いえ、悪いのは斎宮です」
さすがに頻繁に長距離移動を最速で行うのは裂帛にとってもきついが、それでもやらなければならないと裂帛は気合を入れた。
リハーサルを終えた清良が戻ってくる。
「僕の歌声、ちゃんと聞いてた?」
「ええ、耳が幸せでしたよ」
「嘘、二人で話してた癖に!」
清良は茨木が裂帛とずっと話をしていたことを咎める。
「すみません、九尾と哀羅の事を聞いてました」
「だから、そういうのは僕だって聞きたいんだからね。九尾様と哀羅くんの事は僕だって心配なんだよ」
「そうですよね。帰りに裂帛の背中で話します」
「わかった。本番は絶対に僕だけ見て、聴いていてよ?」
「約束します」
清良と茨木は指切りを交わすのだった。
一般客の会場入りや、声掛け、物販の手伝いをした後、茨木と裂帛は清良が用意させてくれた関係者席に通された。
もう、真ん前である。
キラキラと眩しいステージに負けないほどにキラキラと輝く清良。あまりにもカッコいい。
観客席からは、「キャー!」と悲鳴が終始上がりっぱなしである。
与えられたペンライトを、見よう見まねで振る茨木と裂帛だ。
「うわぁ、ヤバいですね。これは、他の皆に申し訳がないです」
普段、厳つい様子の九州男児っぽい裂帛であるが、今は恋してる乙女の表情である。
うっとりと清良を見つめていた。
「みんなには秘密だな」
知られたら「抜け駆けだ!!」「自分たちが仕事している間に!!」「許せん!!」と、末代まで呪われそうである。
ああ、怖い。
「さーて、そろそろ最後の曲だよ。このステージだけの特別な曲だからちゃんと聴いてね!!」
清良は、手を高く振ると歌いながらステージを降りる。
ちょっと待ってくれ清良さん!!
これは、清良さんが俺のパートも用意したと無理やり歌を教えてきたやつ!!
茨木の前で立ち止まった清良は茨木のパートになると、マイクを向けてくる。
こんなの歌えるわけないじゃないですか!!
茨木は清良を睨むが、清良は「歌って」と、圧をかけてくる。
この攻防がほんの一瞬あり、仕方なく茨木はヤケクソだと、マイクを向けて歌うのだった。
茨木のパートはラップである。
もう、頭は真っ白だ。
茨木のパートが終わると清良は茨木の手を引き、ステージに戻る。
二人でのパートを一つのマイクで歌い、何とか歌い切ると、観客席からは拍手喝采であった。
茨木の心臓はもう止まりそうであった。
「みんな!僕の親友、茨木くんだよ。彼は特別出演だから、見られたみんなはラッキーだね!はい、茨木くんも何か言って」
とんでもない無茶振りをしまくってくる清良に茨木はタジタジである。
どうしたんだ清良さんは!?
昨日の一件でちょっとおかしくなってしまったんじゃないだろうか。
茨木はオロオロしつつ、マイクを向けられているので何か言わないといけないと必死に考える。
「えっと、僕は清良さんの親友です。どうも……」
頭をかきながらお辞儀することしかできない茨木であった。
どうやってステージを降りたとか分からない。
清良は何事もなかったかのようにアンコールに応えていた。