茨木と清良、裂帛はライブの撤収作業まで手伝い、解散後は裂帛の背中に乗って帰路についた。
「全く何なんですか、事前に相談もなくあんな事して!」
茨木は顔を真っ赤にしてプンプンである。
「ごめんね。みんな暗くなっちゃってたから気分が上がるかなって」
「俺は恥ずかしさで死ぬかと思いました!」
一般人がいきなりライブのステージに上げられて気分が上がるなんてことは無いだろう。ただただ頭が真っ白になるだけである。
「僕の気分は上がったけどね。裂帛くんも上がったよね?」
「あ、はい。清良様はもちろんの事、主もカッコよかったですよ」
「やめてくれ〜」
急に話を振られた裂帛も頷く。
裂帛も「いやぁ〜主のありゃあ目も当てられませんでしたぜ」なんて言えるわけないじゃないか。
茨木はもう、何言われても傷口に塩である。
「もう、この話はやめましょう。九尾と哀羅の事が聞きたかったんですよね?」
茨木は話題を変える。九尾と哀羅の事を清良にも概要を伝えた。
「哀羅くんはPTSDみたいな状態で、九尾様は怒りを抑えるのに必死になっているって事だね」
清良の表情は険しくなる。
自分はギリギリ茨木くんの助けが間に合った。
それでも怖かったし、あのまま連れ去られていたらと思うと冷や汗が出る。
今も茨木が側に居てくれるから何とか明るさを保てているが、茨木が居なければどうなっているか分からない。
哀羅の事を思うと、清良も心配である。
しかし、哀羅のために出来ることは清良にはもう無かった。
哀羅の支えは九尾であり、九尾の支えも哀羅であろう。
「九尾様と哀羅くんが一緒に居るなら、きっと大丈夫だよ」
僕が茨木くんの側に居て気持ちが安らぐように、きっと哀羅も九尾様の側に居るなら落ち着いてくる。
そうあって欲しいと、清良は願った。
「そうですね。俺もそう思います」
茨木も頷くのだった。
そんな話をしている内に夜鴉堂まで帰ってきていた。
裂帛は「何かあったら直ぐに呼んで下さい」と言い残し、すぐに九尾ノ峰に向かう。
茨木と清良は3階の生活スペースまで行き、とりあえずソファーに腰掛けた。
「茨木くん、これからどうする」
そう、茨木にこれからの方針をたずねる清良。
「まずは、清良さんの体調を完全に回復させることですね。それから、斎宮家の動向を探る必要があります」
茨木は静かに答えた。
彼の表情は、すでに次の戦いを見据えているかのようだった。
夕食を終え、清良がお風呂に入っている時であった。
洗濯を回していた茨木の元に、土河兄弟の後を追わせていた影縫が姿を見せた。
「主、報告に上がりました」
そう、茨木の前に跪く。
「影縫、お疲れ様。報告を頼む」
「はい。斎宮朔夜は『穢れ喰らいの儀』の準備を進めており、その儀式の触媒となる為に清良さんを使おうという魂胆です。少々強引になっても構わないと。都を浄化するためならば、多少の犠牲は止むを得ない。そう不穏な会話をしていました」
「穢れ喰らいの儀とは何だ?清良さんを媒体?」
影縫の言葉に聞き返してしまう茨木。聞き覚えの無い儀式である。
都の浄化を試みているなら、目指す方向は一緒であるが、「清良さんを媒体」にするなど、多少の犠牲はやむを得ないなど、言い方が乱暴すぎる。
都の浄化と、我々の考える闇を祓うことは違うのだろうか。
「主にも分かりませんか?自分にも聞き慣れぬ言葉でした。九尾様ならご存知やも知れません。そちらは主に任せます。私は斎宮の偵察に戻ります」
「ああ、引き続き頼む」
影縫は重要な話を取り急ぎ伝えに来てくれたらしく、すぐに持ち場に戻る。
さて、どうしたものだろうか。
九尾に聞きたいが、今は哀羅に付きっきりであろう。九尾も自分を抑えるのに手一杯であろうし、下手な刺激を与えてリミッターが外れたらどうなるか分からない。今の九尾はいつ爆発してもおかしくない危険物だ。なるべく関わらせずそっとしておくべきだろう。
斎宮がまだ清良さんを諦めていないことは分かった。
『媒体』。清良さんに一体何をさせたいのだろうか。
強引に捕まえて犠牲にする必要のあることとなると、生贄と考えてしまう。清良さんを何の生贄にしようと言うのだ。
茨木にはまだ分からない事だらけであるが、ひどい胸騒ぎがする。
「茨木くん、お風呂あがったよ」
「あ、はい……」
「どうしたの?顔色が悪いね」
パジャマ姿の清良は茨木にお風呂に入るよう伝えに来たようだった。しかし茨木の顔を見て眉間に皺を寄せる。
「何か報告が来たの?」
清良は鋭い。
「いえ、疲れが出ただけですよ。俺も風呂に入って来ます」
茨木は誤魔化して笑顔を作るとお風呂に向かった。
言えない。
清良さんは狙われていて、媒体にされそうになってますなんてことは。
彼も怖い思いをし、まだ本調子ではないのだ。出来るだけ心穏やかに過ごして欲しい茨木である。
清良さんの事は俺が必ず守る。
そう、意気込みを再び固めるのだった。