ティナはベルトルドから貰った魔法鞄をトールから受け取ると、中の装備の確認をする。
この鞄は盗難防止の魔法が掛かっており、魔力を登録した人間にしか中の物の出し入れが出来なくなっているのだ。
ベルトルドが予めティナの魔力を登録してくれていたので、ティナは難なく鞄を開くことが出来た。
ティナが魔法鞄の中に手を入れると、頭の中にリストが浮かび上がる。ティナは予想以上の量の物資に驚きの声を上げる。
「え……っ?! こ、これは……?!」
「どうしたの? 何か変なものでも入ってた?」
トールに声を掛けられたティナは我に返ると、その鞄の中身について説明する。
「えっとね、簡単に言うと、この中に入ってるものだけで三年間は暮らせそうなんだ。保存食も大量に入っているし……まったく、どれだけ過保護なんだか……」
ティナが呆れたように呟くが、その顔はとても嬉しそうだ。きっとベルトルドのことを思い出して、感謝しているのだろう。
ベルトルドのお陰でトールも快適な旅が出来るだろう。それに関してはトールもベルトルドに深く感謝する。
だけど、折角二人っきりなのに、こうして時々ベルトルドの影がチラつくのを、トールは少し不満に思う。
「……ギルド長には感謝しないとね。それで、武器は何が入ってる?」
「あ! そうだったね、ごめんごめん! えっと……どうやら剣みたいだよ」
ティナが魔法鞄からズルっと長い何かを取り出した。しかし普通の剣より更に長いので、一瞬槍と勘違いしそうになる。
「それは……ツヴァイハンダー?」
剣だと思っていた物は、ギルドでティナが言っていた長剣、ツヴァイハンダーだった。
鋼で作られたツヴァイハンダーの剣身は銀色なのだが、ティナが持つツヴァイハンダーは黒曜石で作られたかのように黒く輝いている。
「それ、何だかすごくレベルが高い武器みたいだけど……って、ティナ、どうしたの?」
魔法鞄からツヴァイハンダーを取り出したティナが、ずっと無言なのに気付いたトールが声を掛ける。
「すごい……これ、お父さんが使っていた剣だ……」
「え? ティナの?」
「うん、ベルトルドさんが持っていてくれてたなんて知らなかったけど、なるほどだね。確かにお父さんの剣はピッタリかも!」
ティナがうんうんと頷いて一人で何かを納得していると思ったら、再び魔法鞄に手を入れた。
トールが不思議そうに見ていると、ティナが革で出来た鞘を取り出して見せる。
「ほらこれ、そのツヴァイハンダーの鞘! 確か、魔力で反応して刀身がすぐ抜けるようになってるの!」
背中に背負うような長身の剣は、鞘から抜く動作が多いため、奇襲を受けた場合不利になることがある。しかし、ティナの父親が使っていたらしい鞘は魔道具の一種で、魔力を流すと固定具が外れ、剣の抜き差しがとても簡単な仕様になっているという。
「ほらほら! これ付けてみて!」
とても楽しそうなティナに気圧されたトールは、されるがままにツヴァイハンダーと鞘を装着した。
「うんうん! すっごく格好良い!! トールにぴったりだね!!」
ツヴァイハンダーを背負ったトールを見たティナが、満面の笑みを浮かべた。
まるで子供のような無邪気なティナの笑顔に、トールの心臓が一瞬跳ねる。
トールは顔がわかりにくい見た目にしていて良かったと内心で思う。そうでなかったら、ティナに顔が赤いことがバレていただろう。
「これ、すごく高価なものだと思うけど、俺が使ってもいいの?」
本来であればかなりの重量があるはずなのに、このツヴァイハンダーは普通の剣並みの重量しか無い。恐らく、希少な鉱物で作られたものだろうと、トールは予想する。
「勿論だよ! トールが使ってくれたらすごく嬉しい! ベルトルドさんもそのつもりでツヴァイハンダーを選んでくれたんだと思うし」
ティナの話では一時期、父親はツヴァイハンダーではなく、バスタードソードを使っていたらしい。しかしティナはツヴァイハンダーを使う父親が格好良くて好きだったと言う。
「有難う。じゃあ、有り難く使わせて貰うよ」
「うん! 良かった!」
トールはベルトルドの気遣いに感謝した。そして彼に一瞬嫉妬してしまった自分を恥ずかしく思う。
ティナを溺愛するベルトルドが、気に入らない人間にティナの父親の、それも大切な遺品を貸し与えるとは到底思えない。
しかし、ベルトルドはただ単にトールを認めた訳ではなく、牽制のつもりでツヴァイハンダーを選んだのだろう、とトールは結論づけた。
何だか父親二人に監視されてるみたいだな、と苦笑いを浮かべながら、トールは大切な愛娘を預けてくれた、ベルトルドの信頼に応えようと思う。
「じゃあ、次はティナの武器だね」
「うん、見てみるね。えっと……」
再びティナが鞄に手を入れる。そして取り出したのは、白銀に輝く二本の短剣だった。
「うわぁ……! 綺麗……!」
ティナは対になっている白銀の短剣を見て感動する。
トールのツヴァイハンダーとは対照的な白い短剣は、細かい細工が施されており、芸術的価値もありそうな一品だった。
「もしかしてその短剣、ティナのお母さんの?」
「あ、そうかも。お母さんの武器は短剣だったし」
男が使うには煌びやかな短剣も、ティナの母親の遺品で間違いなさそうだ。
「軽過ぎず重過ぎずちょうどいい重さ! 何だか手にしっくり来るし」
ティナは柄を握ったり、短剣を軽く振り回して武器の調子を確認している。
母親の遺品という付加価値だけで無く、性能面でもかなりレベルが高い短剣なのだろう。
ティナの様子に、トールもツヴァイハンダーを確認しようと柄を握り軽く魔力を流してみる。すると、ティナの説明通りツヴァイハンダーを固定していた金具が”カチリ”と外れ、黒く輝く長身の剣がトールの手にその重心を傾ける。
トールはツヴァイハンダーをくるりと持ち替え、何度か振ってその感覚を確かめた。
「……うん。本当だ。すごくしっくり来るね。まるで以前から自分のものだったみたいだ」
学院でも武器を使用する実技の授業があり、様々な武器を扱ったことがあるが、そのどれよりもこのツヴァイハンダーはトールの手に馴染んだ。
「うわぁ……! 凄い! うんうん、やっぱりツヴァイハンダーはトールによく似合ってる! 黒いっていうのもポイント高い! すっごく格好良い!!」
ティナはツヴァイハンダーを軽々と操るトールを見て感嘆する。
長身で手が長いトールに絶対似合うと思っていたところに、黒くシックなこれまた格好良いデザインのツヴァイハンダーを持ったトールは、その佇まいだけで絵になっていた。
相変わらずどのような顔をしているのかはわからないトールだが、それが全く問題にならないぐらい、スタイルの良さが際立っている。
「有難う。ティナもその短剣すごく似合ってる。持っているのは武器なのにとても可愛い」
「うえっ?! え、えっと、その……有難う」
褒めるのは平気なのに、褒められることに慣れていないティナの頬が赤く染まる。
はたから見ると、お互いを褒めあってイチャイチャしているカップルなのだが、ツッコミ役がいないため本人たちは全く気付いていない。
それから二人は装備の点検を終えると、護衛をする事になっている商会が待っているという東の城壁へと向かった。
城壁の周辺には露店が立ち並んでいて、たくさんの人で賑わっている。
他の国に向かう商人らしき一行が、大量の荷物を荷馬車に載せたり、運んでいる姿を眺めながら、ティナ達は周辺を見渡して依頼人を探す。
「あ、あの人かな」
背が高いからだろう、すぐにトールが依頼人を見付けたようだ。ティナも同年の少女たちよりは高めの身長であるが、それでもトールの肩よりは低い。
「失礼、モルガンさんでしょうか?」
「ん? ああ、そうだが……ああ、兄ちゃん達が護衛してくれる冒険者か! 話は聞いていたが、ずいぶん若いなぁ」
トールが声を掛けた男性は、ギルドに護衛を依頼したモルガンと言う名の、壮年の男性だ。
モルガンはトールとティナを見ると、顎髭を撫でながら「なるほどなぁ」と頷いている。
「俺はトールで、こっちはティナです。二人共Dランクですが……」
自分達を見たモルガンの反応に、ティナはもしかして若すぎると言って依頼を断られるのでは、と心配になる。トールが言葉を詰まらせたのも、きっと同じ理由だろう。
「がははは!! 大丈夫だよ兄ちゃん!! ベルトルドさんからの推薦だし、何の心配もしてねぇよ!! クロンクヴィストまでよろしく頼むわ!!」
しかしモルガンはトールの肩をバシバシと叩きながら豪快に笑う。どうやら彼はベルトルドの知り合いらしく、人を見た目で判断しない人間のようだ。
「おっ! 姉ちゃんの方は随分可愛いじゃねぇか!! こんなに可愛いのにDランクたぁ、大したもんだ!」
「あ、有難うございます」
「……ん? でも姉ちゃん、ティナだっけか? 俺とどこかで会ったことねぇか?」
「え? え?」
ティナは元聖女だったこともあり、祭典や神殿の行事の時はよく顔を出していた。モルガンはその時に聖女としてのティナの姿を見たことがあるのかもしれない。