「なんで……分かったんですか?」
驚きと戸惑いが混じった声が、自分でもわかるくらい震えていた。
胸の奥を、まっすぐに射抜かれたような感覚。
伊坂は、まるで心の奥にしまっておいた引き出しを、勝手に開けられてしまったような気がしていた。
けれど葛西は、責めるでもなく、じっと見透かすでもなく、少しだけ困ったように眉を下げて、そしてどこか優しい笑みを浮かべた。
「ショートメッセージ、三点リーダーが二回続いてたろ?」
「えっ……」
言われて、思い出す。
たしかに、自分は【……?】と打っていた。
癖のように、自然と指が動いていた。でも、それが――そんなに特別なことなのか?
「普通は『…』で済ますところを、きっちり『……』にしてた。あれ、創作やってる人の癖だ。特に文章書いてるやつは無意識でやる」
その言葉を聞いた瞬間、喉の奥がぎゅっと詰まった。
小さな癖に見えて、実はその人の内側が表れる部分。自分の“創作する側の意識”が、無意識のうちに出ていたのかと思うと、気恥ずかしさと、どこか認められたような気持ちがないまぜになった。
伊坂は言葉に詰まり、無意識に一歩後ずさる。
自分の隠してきた一部が、するりと露わになってしまった感覚。
「そんな……」
声は、自分でも驚くほどか細かった。
ずっと隠してきたはずなのに。バレないようにしてきたはずなのに。
「もしかして、図星か?」
葛西は一歩踏み出し、軽く首をかしげる。
その視線に責める色はない。ただ、確認するようなやさしさがあった。
伊坂は、ほんの一瞬だけ葛西を見上げて――小さく、うなずいた。
「……はい。実は、小説書いてます。プラモデルをテーマにしたやつを、こっそりと」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥にあった“こわばり”のようなものが、音もなくふっとほどけていった。
秘密を明かすことへの恐怖。それを乗り越えたときの、ほのかな解放感。
ずっと言えなかったこと。
でも、今なら――葛西になら、言ってもいいと思えた。
「やっぱりな。書く顔してた」
「書く顔って……どんな顔ですか、それ」
自然と口元が緩む。
少し前までの緊張が、じわじわと溶けていくのを感じた。自分でも驚くくらい、笑うのが自然だった。
「で、ジャンルは? バトル? 青春? それとも恋愛?」
「ロボット×学園ものです。変形合体するやつで……ちょっと厨二っぽいですけど」
恥ずかしさを紛らわせるように、言葉の最後に小さく笑みを添える。
「はは、王道だな。でもいいじゃん。書きたいもの書いてるって感じで」
その言葉に、からかいの色はなかった。
軽く言いながらも、そこに込められた真心は、伊坂にも伝わっていた。
まっすぐに、自分の創作を「いい」と言ってくれる人が、目の前にいる。それが、ただただ嬉しかった。
伊坂は、葛西の目をしっかりと見つめながら言った。
「葛西さんは……そういうの、笑わないんですね」
「笑う理由がないだろ。むしろ、すごいと思うよ。好きなもの、ちゃんと形にしてるって。俺なんか、そこまでできなかったからな」
一瞬、その声に、ふっと影が落ちた気がした。
でも、そこには未練よりも、どこか羨望のような、温かさがあった。
伊坂は、あえて深く聞かないことにした。
きっと今は、それでいい。何よりも、今この瞬間が、自分にとって宝物みたいに思えた。
自分の好きなものを、はじめてちゃんと誰かに話せた。しかも、それを否定せず、受け入れてくれる人がいた。
それだけで、心が軽くなる。
――この人と出会えて、本当によかった。
「将来の直木賞作家だな」
「な、なんですか、いきなり」
「いや、そうなったら俺が最初に目をつけてたって自慢できるだろ?」
「そんなの……ありえませんって」
でも、内心では――ちょっとだけ、その未来を想像してしまった。
もしかしたら、いつか。ほんの少しだけ、夢を見てもいいのかもしれない。
「分かんねえぞ。だって、お前……」
葛西はそこで言葉を切り、ふと空を見上げた。
青空に白い雲が、ゆっくり流れていく。
その横顔は、少しだけ遠くを見ているように感じた。
ホビーショップの前の通りを、ふたり並んで歩く。
蝉の声が少し遠くに聞こえて、夏の空気をよりいっそう濃く感じさせる。通りを通り過ぎる風が、ほんのわずかに汗ばんだ肌に心地よかった。
手にぶら下げたビニール袋が揺れる。
不思議なほど、伊坂の心は軽かった。
さっきまでの緊張や不安は、いつの間にか跡形もなくなっていた。
誰かと一緒にいるということ。それが、こんなにも自分を前向きにしてくれるものだとは、思ってもみなかった。
ふと、葛西の横顔を見た。
何気なく笑っているその顔が、誰かに似ている気がした。
気のせいかもしれない。でも、なぜかそう思った。
――この夏、何かが始まった気がする。